遺言執行者観に関する謬説がなくなるまで①
「相続 49」の事例の説明
夫が1億円の相続財産を残して亡くなりました。相続人は、妻と長男と長女です。夫は遺言を書いていました。その遺言には、「長男にA宅地を遺贈する。」というものでした。
A宅地の価額は3000万円とします。夫は、また、生前、長女が婚姻するときに、B宅地を贈与していました。B宅地の価額は2000万円だとします。夫は、これ以外に遺言を書いていませんので、相続分の指定はありません。相続分の指定がないときは、法定相続分で、各相続人の取り分が決まります。
表の1・・・もともと夫が持っていた財産
① 1億円分の相続財産
内訳(ア)長男への遺贈財産であるA宅地3000万円
(イ)その他の相続財産7000万円
② 長女への生前贈与B宅地2000万円
⑵ 特別受益者(a)は誰か?
特別受益者とは、「共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け」た者、又は「婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者」ですから、長男と長女が特別受益者に該当します。すなわち、長男は、夫が遺言に「長男にA宅地を遺贈する。」と書き、遺贈を受けていますので、特別受益者になり、また、長女は、夫の生前、婚姻するときにB宅地の贈与を受けていますので、「「婚姻・・・のため・・・贈与を受けた者」にあたり、特別受益者になるのです。
表の2・・・特別受益者(a)
①受遺者である長男・・・3000万円の特別受益者
②受贈者である長女・・・2000万円の特別受益者
2 特別受益者がいる場合の効果
⑴ 効果の1ーみなし相続財産(b)
特別受益者がいるときは、「被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみな」される効果があります。
これを⑴の事例に則して言えば、夫が残した財産の価額である1億円に、長女への生前贈与財産の価額である2000万円が加算され、1億2000万円が、「相続財産とみなされる」「みなし相続財産」になるのです。
表の3・・・みなし相続財産(b)
①の相続財産(遺贈分を含む)1億円+②の生前贈与分2000万円=1億2000万円
⑵ 効果の2ー仮の相続分(c)
みなし相続財産に民法900条、901条の法定相続分か、民法902条の指定相続分の規定を適用して、各相続人ごとに相続分を算出します。この相続分のことを、ここでは注釈民法(27)のに倣い、「仮の相続分」ということにします。
表の4・・・仮の相続分(c)
妻の仮の相続分は、1億2000万円の1/2(法定相続分)=6000万円
長男の仮の相続分は、1億2000万円の1/4(法定相続分)=3000万円
長女の仮の相続分は、1億2000万円の1/4(法定相続分)=3000万円です。
なお、仮の相続分を算出するには、前述の(b)みなし相続財産に法定相続分か指定相続分を乗ずるのですが、上記事例では、遺言で相続分の指定はされていませんので、法定相続分を適用することになります。
⑶ 効果の3ー具体的相続分(d)
各相続人ごとの仮の相続分(c)から、各相続人ごとに、遺贈又は贈与された財産の価額を控除し、残額(d)を算出します。この残額が「具体的相続分」と呼ばれるものです。
これを上記事例に則して数字で表しますと、
表5・・・具体的相続分(d)
妻の具体的相続分・・・6000万円-0=6000万円
長男の具体的相続分・・・3000万円-遺贈分3000万円=0
長女の具体的相続分・・・3000万円-受贈分2000万円=1000万円
【説明】
妻は、生前贈与も遺贈も受けていませんので、(c)の「仮の相続分」6000万円から控除するものはなく、具体的相続分は6000万円になります。
長男は、仮の相続分(c)の3000万円から遺贈の価額3000万円を引きますと、具体的相続分は0になります。
長女は、仮の相続分(c)の3000万円から生前贈与分2000万円を引きますと1000万円になります。
表6・・・最終の取得分
これは、遺産分割時の相続財産つまり相続開始時の相続財産である1億円から遺贈分3000万円を引いた7000万円に具体的相続分率を乗じたものですが、具体的相続分がマイナスにならない限り、最終の取得分は具体的相続分と一致します。具体的相続分がマイナスになる場合の計算は別のコラムを参照。
結果は、夫が残した1億円の相続財産は、うち3000万円分が長男に遺贈されましたので、残った7000万円分については、妻が6000万円、長女が1000万円で分けることになるのです。
7 全体を通してみれば、相続分どおり。
以上の結論に、生前贈与分や遺贈分を加えますと、
表7 検証
夫が有していた財産は表1の財産すなわち、
①相続開始時の相続財産1億円分
②生前長女に贈与していたB宅地2000万円分
③合計1億2000万円分
この資産は、
妻・・・相続財産の中から6000万円分
長男・・・遺贈分として①の中からA宅地3000万円分
長女・・・相続財産の中から1000万円分と生前贈与分B宅地の2000万円分合計3000万円
これらは、妻の法定相続分である1/2、長男の法定相続分である1/4、長女の法定相続分である1/4と一致することになります。
7 特別受益者の考え
以上の説明により、理解できると思いますが、結局のところ、「特別受益者」制度は、遺贈や生前贈与を合わせて、相続人間に、法定相続分又は指定相続分を得させるための利害調整の制度なのです。