遺言執行者観に関する謬説がなくなるまで①
1 負担付遺贈とは、受遺者に一定の法律上の義務を負担させる遺贈のこと
負担付遺贈とは、①「私は甥の甲にA宅地を遺贈するが、甲は、私の妻が死亡するまで毎月10万円ずつ支払うこと」というような、受遺者に一定の法律上の義務を負担させる遺贈です。
①「私は甥の甲に1000万円を遺贈する。その代わり甲は行方不明の乙を探し出して乙に300万円を支払え。」などという例もあるでしょう。
遺贈は、特定遺贈だけでなく、包括遺贈の場合でも、かまいません。
包括遺贈の場合は、③「私は甥の甲に全財産の半分を遺贈する。甲は、その月から私の妻が死亡するまでの間、毎月末日に、私の妻に10万円ずつ支払うこと」という遺贈も可能なのです。
2 受益者
上記の遺贈の例では、受遺者甲は、①③の場合、遺言者の妻に毎月10万円を支払う法律上の義務、②の場合、乙を探し出し乙に300万円を支払う義務が生じます。この場合の遺言者の妻や乙は、受遺者甲から甲が負った負担を履行してもらえる立場に立ちますので、「受益者」と呼ばれます。
3 受遺者が負担を履行しないときは、遺贈は無効になるか?
受遺者が負担を履行しない場合でも、遺贈が無効になることはありません。これは次回に解説する「条件付遺贈」と違う点です。
4 負担の履行請求権
ただ、受遺者が負担を履行しないと、遺言者の相続人や遺言執行者から、受遺者に対し、負担の履行を求めることができます。近時の有力説は、受益者からも受遺者に対し、負担の履行を請求することができると解しています。
5 負担付遺贈に係る遺言の取消し
民法1027条は、「負担付遺贈を受けた者がその負担した義務を履行しないときは、相続人は、相当の期間を定めてその履行の催告をすることができる。この場合において、その期間内に履行がないときは、その負担付遺贈に係る遺言の取消しを家庭裁判所に請求することができる。」と定めています。上記の遺言の例で言えば、甲が遺言者より負担付き遺贈を受けたのに、①③の場合、遺言者の妻に毎月10万円を支払う法律上の義務を履行しないでいる、②の場合、乙を探し出し乙に300万円を支払う義務を履行しようとはしないでいる場合、相続人や遺言執行者から、家庭裁判所に対し、これらの負担付遺贈に係る遺言の取消しを請求することができるのです。
6 遺贈分より負担部分が多くなったとき
遺贈の例の③「私は甥の甲に全財産の半分を遺贈する。甲は、その月から私の妻が死亡するまでの間、毎月末日に、私の妻に10万円ずつ支払うこと」という遺言により、遺贈を受けた甲が、遺言者の妻に、毎月10万円ずつ支払っていたところ、遺贈分より負担分の方が多くなりそうになった、とします。
この場合、甲は、民法1002条1項「負担付遺贈を受けた者は、遺贈の目的の価額を超えない限度においてのみ、負担した義務を履行する責任を負う。」だけですので、遺贈分を超える負担まで履行する義務はありません。ですから、遺言者に支払った毎月の10万円の合計額が、遺贈の価格を超えるところから先は、月10万円の支払を停止することができるのです。
7 甲が、負担の方が大きいと考え、負担付き遺贈を放棄すると、妻の受益分はどうなるか?
遺贈の例①や③の場合で、甲が遺贈を放棄すると、遺言者の妻は、毎月10万円の受遺者の負担分をもらうことができなくなります。そのときは、民法1002条2項で、「受遺者が遺贈の放棄をしたときは、負担の利益を受けるべき者は、自ら受遺者となることができる。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。」との規定がありますので、遺言者の妻である受益者は、甲に代わって受遺者になることができます。
8 受遺者の遺贈分が、遺贈を受けた後の事情によって、少なくなったとき、負担部分はどうなるか?
民法1003条は、「負担付遺贈の目的の価額が相続の限定承認又は遺留分回復の訴えによって減少したときは、受遺者は、その減少の割合に応じて、その負担した義務を免れる。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。」という規定がありますので、遺贈の①の例で、甲の受益分が半分になれば、甲が遺言者の妻に支払う月10万円は月5万円に減額になります。遺贈の②の例でも、甲が1000万円の「遺贈を受けた後、半分の500万円を返金することになったときは、乙を探し出して乙に300万円を支払う負担は、乙を探し出して乙に150万円を支払う内容に変わります。