遺言執行者観に関する謬説がなくなるまで①
1 原則
特定の財産、例えばA宅地の遺贈を受けたとき、そのA宅地に第三者の権利がついている場合、受遺者は、その第三者の権利がついた状態で、A宅地をもらったものとされます。
ですから、受遺者は、遺贈義務のある者(遺言執行者や、相続人)に、その負担で、遺贈を受けたA宅地上の第三者の権利を抹消してくれ、ということはできません。
民法1000条本文は、「遺贈の目的である物又は権利が遺言者の死亡の時において第三者の権利の目的であるときは、受遺者は、遺贈義務者に対しその権利を消滅させるべき旨を請求することができない。」と定めていますが、以上の意味になります。
2 第三者の権利が借地権、通行地役権など、遺贈財産の使用・収益を目的とする権利である場合
この場合は、受遺者の権利は、第三者の借地権や通行地役権の負担付きの権利ということになり、遺言者の相続人に予想外の負担をかけることはありません。
3 相続人に予想外の負担を与えるリスク
第三者の権利が、抵当権や根抵当権の場合です。
受遺者が、第三者の抵当権の対象になっている財産の遺贈を受けた場合、自らの負担で、第三者の権利を消滅させるとどうなるか?
例えば、受遺者が、第三者の抵当権のついたA宅地の遺贈を受けた後、抵当権者に抵当権の被担保債権を弁済して、抵当権を抹消してもらった場合です。
この場合、受遺者は、この弁済額を、抵当権の被担保債権の債務者に対して、求償できるのです。被担保債権の債務者が、遺言者の場合もです(中川・加藤編・補新版注釈民法(28)270ページ)。これは、結果的に、受遺者が、遺贈義務者に第三者の権利を消滅させることの請求を認めたに等しくなります。
受遺者が、抵当権者に、被担保債権の弁済をしたときに、その金額を、被担保債権の債務者に対して求償できる、理屈は、受遺者は、第三者の抵当権の負担の付いた不動産はもらったが、抵当権の被担保債権の支払い義務まで負担したのではない、ということです。
ですから、遺言者が、第三者の抵当権が付いているために価値がない不動産だと考えて、その価値のない不動産だから、“あいつ”に与えても良い、等と安易に考えて、“あいつ”にその不動産を遺贈すると、“あいつ”はその不動産の遺贈を受けた後、自らお金を出して第三者の権利を消滅させた上で、遺言者の相続人に対して、そのお金の請求(物上保証人がする主債務者に対する求償権行使)をすることができますので、そのような遺言は、遺言者の意思に反して、相続人に多大な負担をかけることになってしまいます。
4 リスクを避ける方法
遺言者は、そのような負担を自分の相続人にかけたくないと思ったときは、受遺者に、抵当権の被担保債権まで負担させる必要があるのです。遺言書には、その旨、例えば、「私はA宅地を、甲に、被担保債権の負担付きで遺贈する。」と書かなければならないのです。
これが「負担付き遺贈」ですが、これについては別のコラムで解説します。
または、「私はA宅地を、甲に、甲がA宅地に設定している抵当権の被担保債権を肩代わりしてくれることを条件に、遺贈する。」と書く方法もあります。これは「停止条件付遺贈」ですが、これについても別のコラムで解説します。