人の話の作為

中隆志

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 人間は普通は自分が可愛いものであるから、事実経過を話をするときには、自分に都合が悪いところは話をすり替えたり、すり替えた気もなくそのように話を変容して記憶してしまったりすることがあることはよくいわれている。
 弁護士をしていると、同じ事実を体験しているのに、ここまで180度違う主張になるとは…ということを多々経験する。
 芥川龍之介の「藪の中」は人間のこうした性質を描いた名作であるが、松本清張にも、こうした人間の性質を描いた秀作として「カルネアデスの舟板」(新潮社 張込みに収録)という名作がある。

 ただ、事実に争いがある場合に、明確にいずれかが嘘をついているケースというものもある。たとえば、金銭の貸し借りがあって、借用書を証拠として訴訟提起した場合に、相手方が既に支払ったという主張がされることがある。
 これなどは、借主が支払っていないのに「支払った」と嘘をついているか、現実には支払ってもらっているのに、偶々借用書が残っていたことを奇貨として、貸主が訴訟を出したかのいずれかということになる。ただし、貸主が死亡していたりすると、相続人としてはその間の事情が分からないので、借主に訴訟提起するということはあり得る。
 借主は、そのような主張を封じるためには、振込の控えであるとか、領収書を貸主から徴収しておくべきということになる。

 一方、それぞれが微妙に嘘をついていて、それが為に事実関係が余計に錯綜するというパターンもある。芥川の藪の中などはそうした典型例ではなかろうかと思われるが、作為が入り込む余地をある程度予測しながら話を聞くべきであるということになろう。
 後は認識している事実は同じであるが、それぞれが自らにその事実をいいように評価して争いとなる場合がある。

 認識しているというか主張している事実が異なると当然それぞれの立場で評価するから、事案は大混乱ということになる。
 作為が入り込む余地というのは古今東西どうしようもない。歴史書などはそのとおり受け止めてはいけないというのはそうした作為が入り込む為であろう。

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