読書日記「百年の孤独」
人によって態度を変えたり、自分の機嫌によって態度を変えたりすることは人間としてもっとも悪いことの一つである(犯罪は除いて)。
昔、弁護士に成り立ての頃に寿司屋にボスと行った時に、まだ若手弁護士ということで寿司屋の大将に偉そうにされたことがあった。別にこちらは偉そうにする気もないのに、こういうのは嬉しくないことである。どうもその店は当時かなり繁盛していたらしい。
その寿司屋は嫌いで、2度といくまいと思っていたが、ある時にN村T雄弁護士とその寿司屋に行こうという話になり、行ったところ、ネタはあまりないし、大将も妙に人なつっこくなっていた。後から聞くと、かなり経営が傾いてきていたということであった。私にも妙に愛想をふりまくのである。
もちろん商売であるし、愛想を振りまくのはよいが、以前繁盛していた時とあまりにも違う態度に私は逆にむかっと来て、それからその店は2度と行っていない。
自分が良いときには人に偉そうにして、状況が悪くなったからといって態度を変えるのは好ましくない。
三国志の中で関羽は、ことあるごとに上の人間に楯突いたが、下の人間には極めて愛情をもって接した。これなども人によって態度を変えるパターンである。
組織の中ではこれでは困るであろう。現に諸葛孔明から五虎大将軍に任ぜられた時、「張飛・超雲はいざ知らず、馬超や黄忠のような輩と同列になれるか」と受けようとしなかった時、使者は関羽を叱っている。
逆に張飛は上に立つ人間には良い顔をしたが、下の人間にはつらく当たったので、最後は部下に寝ているところを首を斬られて死んでいるのである。
劉備玄徳も、諸葛孔明と並んだ知謀と恐れられた鳳統が仕官してきた時、風体がみすぼらしい為地方の小さい役人に任じている(このとき劉備は赤壁の戦いで曹操を破り荊州の南四郡を得て得意の時にあった)が、後に諸葛孔明から指摘されて慌てて呼び戻している。
機嫌が悪いときは態度を変える人は、自分以外の人間には感情がないとでも思っているのであろう。しかし、そういう態度を取られた方は面白いはずがないから、そういう人の周囲には人が集まらない。その意味で、そういう人は人生の終わりを全う出来ないかもしれない。
そうしたことのないよう日々自省しなければならないと思いながら、私も人間であるからそうなっているかもしれない。また、周囲でそういう人を見るにつけ注意をしたいが本人には自覚がないかもしれないし、「相手とか機嫌によって態度を変えたりするのは最悪だよ」とはいうのは難しい。