読書日記「百年の孤独」
当番弁護士は、身柄拘束されている人の要請があれば、1回だけ無料で接見して、法的アドバイスをすることがその役割であり、ここから私選で受任したりすることもある。そのまま被疑者国選となることもある。
当番弁護士も日によっていろいろである。あたりがいいというか悪い日は何件も接見に行かないといけない一方、全然出動がない日もある。
土曜日の当番弁護士で、朝起きて留守電を聞くと(昔は出動要請があると留守電にふきこまれていたのだ)、北部の支部の書記官から「宮津警察の○○さんが…」と北部に行かないといけなくなったことがある。このときはあまりに暑かったのと遠方までいくのが嫌でTシャツに短パンで行ったことを覚えている。「こんな格好してるけど弁護士やから」と力説して説明をして帰ってきた。宮津は帰りの電車がすぐになくて、海を見たりして時間を潰すのにこまったのも記憶にある(私は運転があまり得意でないので、遠方まで自動車で行けないのである)。
休みの日の当番弁護で、まとめて裁判所が勾留のための質問をすることがある。そうすると、裁判所から留守電が入るのがだいたい夕方4時45分だったりする。5時を過ぎて留守電が入ると翌日扱いなのであるが、夕方4時45分に3件とか入っていると相当にヘビーである。
市内だと3件なんとか回ることが出来るが、市外が1件でもあるとどれかは翌日扱いにしてもらって回ることが出来る範囲で回ることになる。
弁護士に成り立ての頃、2件回って南部の警察に行く時に既に夕方6時前で、駅を降りてタクシーに乗ろうとするとその駅にはタクシーがなかったことがあった。地図を見ると、直線距離で3㎞である。やむなく歩こうと思い歩き出すが、直線距離3㎞は、実際に歩く距離はもっとあるという単純なことにすぐにきづかされるのであった。
途中で川があり、困ったことに橋が物凄く遠くにしかない。まっすぐ渡れば警察署まではそれほど距離はないはずである。秋頃であったと思うが、川沿いの道ではトノサマバッタが飛んでいた。思わず小学校の頃虫を捕まえまくっていた気持ちがムラムラとわき起こり捕まえたくなるが、捕まえてもどこに入れるのか、また被疑者への接見はどうするのかという冷静な気持ちに戻りようやくこらえる(たぶんこの時点で相当疲れていた)。
その時私の眼には川の中の飛び石が目に入ってきた。鴨川などによくあるコンクリートで作られたアレである。
これを突っ切れば早くいける…。そう考えて、スーツ姿にビジネスバッグを抱えた私は川の草だらけの堤を突っ切り対岸に渡ったのであった。もし川に落ちたら接見などとてもいけないと思いながら。
対岸は土の崖のようになっていたが、カバンを斜めにかけて登る。近所の人が見ていたら相当怪しい人であろう。まさかに被疑者に接見に行く弁護士とは思えないであろう。
そして川を渡り徒歩10分。ようやく目指す警察についた。既に7時前で7時過ぎから接見をする。被疑者は何の前科もない覚せい剤自己使用事件で、「実刑になりますか。刑務所行きですか。弁護士を依頼した方がいいですか。」ということが聞きたかったということで私を呼んだのであった。
量刑相場というものがあり、当時、初犯の覚せい剤自己使用ではたいてい1年6月執行猶予3年であった。このことを説明し、国選でも素晴らしい人もいるし、量刑相場からすると依頼することがもったいないという説明をして帰途についた。もし電話接見があれば、川を渡らなくて済んだような話なのであるが、彼からすれば人生の一大事であったかもわからないので、それはそれで当番弁護士としての使命を果たしたと考えてよしとしたのであった。