低気圧の恋人〜気圧変化で体調を崩すすべての方へ〜【山梨 漢方 さわたや薬房】
焼き立てのトースト。淹れたてのコーヒー。完璧なはずの日曜日の朝は思わぬ形で崩れ去ることになる。
完璧な香りに包まれた日曜日の朝、突然彼は目の前にやってきた。
春の朝というのは、不思議なものだ。
空気は柔らかいのに「なにかしなくては」っと、どこか人を急かすようなところがある。
僕はトーストの端にバターを塗りながらこんな事を考えていた。
「今日こそは少しのんびりしよう」っと。
やることリストは頭の片隅にはある。TODOリストを開けばやるべきことが山積みなのはわかっている。
でもそれを見ないふりをするにはある意味ちょうどいい朝だった。
コーヒーはうまく淹れられたし
トーストもいつになく完璧な焼き加減だ。(僕は往々にしてトーストと焼きすぎる傾向にある)
こういう小さいけれど、確実な幸せのある朝は、それだけで一日がうまくいくような気がする。
そのときだった。
テーブルの向こう、niko and…で購入したティッシュBOXの陰に、いつのまにか小人が立っていた。
身長は二十センチくらいだろうか。
緩めのパーマがかかった黒髪に、やや大きめのメガネ。黒いパーカーの胸元には「LOEWE」と大きく書かれていた。
足元にはキレイに磨き上げられたGUCCIのスニーカーがまるでさっき生まれてきたようにキレイに履かれていた。
小人にしては不釣り合いなほど整ったコーディネート。ブランド物を嫌味なく着こなし、奇妙なほど洒落ている。
しかし僕の視線はそんな小人のコーディネートではなく
彼の鼻に注がれていた。鷲っ鼻で鼻背が腫れ上がり、いかにも昨晩ビールを飲みました、という鼻だ。つまみはきっとエビチリだろう。
僕は職業柄、どうしても最初にそこを見てしまう。
小人にも鼻炎がやっぱりあるらしい。
学会に報告するほどのことではないが興味深い事実だ。
そんな事を考えているとふいに小人が僕の顔を見上げてこう言った。
「踊るんだよ。踊り続けるんだよ」
僕はバターナイフを持ったまま、しばらく動けなかった。
「踊る?」
「そう。踊るんだよ。
踊らないと・・・・」小人はそこでいったん間を置いた。「5月病になるんだよ」
僕はため息をついた。
せっかくの休日の朝に現れる訪問者としては、この鼻の悪いLOEWEを着た小人はあまり歓迎したくない種類の人物だった。
「別に新入社員じゃないし、何年この仕事をしていると思っているんだい?5月病なんて関係ないさ」僕はそう言った。「5月病なんて、新しい環境に放り込まれた人の話だろう?」
小人は少しだけ首を傾げた。その角度が妙に正確だった。
「首を傾げる」
っと辞書で調べたら多分この角度だろうと
分度器で測ったような正確な傾きだった。
「それが違うんだよ。だから踊るんだよ。」
と小人は「やれやれ」といいたげな表情をした。「みんな勘違いしてる。5月病は季節が作るんだよ。」
小人は僕のお気に入りのTHERMOSのマグカップのふちに飛び乗った。
ずいぶん身軽な動きだったし
小人のクセに人のマグカップに座るなんて態度がでかい、などというと今ではいろいろ問題があるのだろうか?
鼻は悪そうなのに、運動神経は悪くないらしい。
「春はね、ただ花が咲いて、空が明るくなって、気持ちのいい季節ってだけじゃないんだよ。
気温は上がったり下がったりするんだよ。
気圧は不安定に揺れるんだよ。
朝晩と日中の気温差も大きいんだよ。
しかも人は春になると、頼まれてもいないのに頑張るんだよ。
あれしておこう
これも片づけておこう
申告もしなくちゃ
診療報酬改定の準備をしておかなくちゃ、ってなるんだよ。
だから踊るんだよ。」
そう一気にまくし立てながら小人は指を一本立てた。
「身体はその全部を、きちんと負担として受け取ってるんだよ。」
僕は黙っていた。
コーヒーの湯気が、小人のメガネを少し曇らせていた。
小人はズボンのポケットからハンカチを取り出し丁寧にメガネを拭いた。
「自分では平気なつもりでも、しらないうちにずっと気を張っているんだよ。
新生活の人はもちろんだけど、新生活じゃない人も同じなんだよ。
春っていうのは、それだけで交感神経を優位にさせるんだよ。
心とカラダを頑張らせる、そんな状態が続くんだよ。だから疲れるんだよ。
静かに、そして確実に疲れるんだよ。」
「それで・・・5月になると体調が崩れるわけか・・・」
「そうなんだよ。
ゴールデンウィークみたいな
『ほっとしてもいい時間』
が来ると、それまで張っていた糸が少し緩むんだよ。
すると急に、不眠、イライラ、気分の落ち込み、朝起きられない、めまい、胃や腸の不調。
そんなものが顔を出すんだよ。
疲労が、ようやく症状として形に翻訳されるんだよ。」
疲労が翻訳されて不調となる
という言葉を僕は少し気に入った。
小人にしては言葉のセンスが有るやつだ。
身体はいつも、自分なりの言語で僕らに何かを伝えてくれる。
ようはその声に僕らが耳を傾けるかどうか?だ。
僕たちはそれを、忙しさとか
年齢のせいとか
気のせいとかで
いささか雑に片づけてしまっているのかもしれない。
小人はテーブルの上をとことこと歩いた。
GUCCIのスニーカーは見た目よりもずっと静かで、靴底は予想以上にキレイだった。
「春は芽吹きの季節。
自然界のエネルギーが一斉に上に向かう。
人の身体の中でも、いろんなものが動こうとする。
その勢いについていけなくなると、巡りは滞るし、血も消耗しやすくなるんだよ。
だから踊るんだよ。」
オドルンダヨ。
その言葉だけがなんだか宙に浮いているような気がした。
「ちょっと漢方の話、してもいいかな?」
それまでの小人の態度から急変して、急にかしこまってそんなことを言ってきたので、漢方に関しても多少の興味があったので僕は「どうぞ」と小人に言った。
すると小人はさっきまでとはだいぶ態度が豹変して
得意げな顔をしながら
「えへん、えへん、え〜漢方的には・・・」と喋りだした・・・
「元気が不足している気虚の人は、そもそもの体力が足りないんだよ。
血が不足している血虚の人は、カラダを支えるための血が足りないんだよ。
気の巡りが悪い気滞の人は、ストレスで巡りが止まりやすいんだよ。
だから春の影響を受けやすいんだよ。」
「なるほど」と僕は言った。漢方の詳しいことはよくわからないがなんとなく小人の言わんとしていることが不思議と僕には理解できた。
そして、なんとなく僕自身、最近調子が悪いのも
職場で元気がない人が多いのも
結局は「春という季節」が原因だったのだ。「でも、だからって踊るっていうのは少し飛躍があるんじゃないのかな?」
っとちょっと意地悪な質問を小人してみた。
その言葉を聞くと、小人はLOEWEのパーカーのフードを整えながら
黒縁の眼鏡に手をかけていた手を止めて
「飛躍じゃないさ」
ときっぱり言った。「巡りをよくすること。
流れを止めないこと。
春はそれが大事なんだよ。
巡らせる、動かせる
だから踊るんだよ。」
小人は両手をサッと広げた。LOEWEのパーカーの袖がふわりと揺れた。
「君は踊りが得意かい?」
っと小人が聞いてきたので「まさか」という顔をして僕は首を振った。
パラパラはもちろん、盆踊り、フォークダンスの類まで、踊りと名のつくものを僕はこれまでしたことがないのだ。
小人は「やれやれ」という顔をまたしながら
「実際に踊れないなら、カラダに動きを与えてあげるんだよ。
例えば
朝日を浴びるとか
深呼吸するとか
少し歩くとか
湯船に浸かるとか。
そういう小さなことが、身体の中では全部『踊り』になるんだよ。
巡りを取り戻すための、静かな踊りなんだよ。」
外では誰かが自転車をこぐ音がした。遠くで犬が一度だけ吠えた。日曜日の町は、まだ完全には目覚めていなかった。
「朝の光は無料なんだよ。深呼吸も無料なんだよ。歩くのももちろん無料だよ。
大切なものはたいていは無料なんだよ。踊るのも無料だよ。」小人は続けた。「でも入浴は少しお金がかかるな」
と僕は意地悪にまた小人にむかってニヤッとわらいながら言った。
「そこはまあ、多少はね。」と小人はバツの悪そうな顔をして言った。「でも特別料金ではない」
僕は笑った。
小人も少しだけ笑った。
彼の鼻はやっぱり少し詰まっていそうだった。
「食べるものも大事なんだよ」と彼は言う。「赤いもの、黒いもの、たんぱく質。
血を補って、土台を作る。
酸味や香りのいいものもいい。
酢、柑橘、紫蘇、ハーブ。そういうものは、春に滞りやすい巡りを少し軽くしてくれるんだよ。カラダを踊らせるんだよ」
僕は冷めかけたトーストを一口かじった。
バターはちょうどよく染み込んでいた。
コーヒーは幾分冷めていたが、それでも十分おいしかった。
「つまり」
と僕は言った。「5月病っていうのは、5月になって突然始まるものじゃなくて、春のあいだに少しずつ仕込まれているものなんだな」
「その通りだよ。」小人は満足そうにうなずいた。「だから4月のうちに踊っておくんだよ。早いほうがいいんだよ。」
そこまで言うと、小人はテーブルの中央まで進み、なぜか姿勢を正した。
何か儀式のような気配があった。
「さて」と彼は言った。「僕は行かなきゃいけないんだよ。」
「どこへ?」
「踊るんだよ。」
彼はそう言うと、ほんとうに踊り始めた。
最初は小さく、かかとでリズムを取り、それから肩を揺らし、くるりと回った。LOEWEをの文字がくるくると回転し
GUCCIのスニーカーが静かに春の光を受けて小さくきらめいた。
その踊りは滑稽でもあり、どこか切実でもあった。
何かを追い払うための踊りであり、同時に何かを招き入れるための踊りにも見えた。
彼は窓辺まで行くと、もう一度僕の方を振り返った。
「オドルンダヨ。」と小人はいうと同時に春の風に紛れるみたいに、ふっといなくなった。
あとに残ったのは、完璧なはずだった冷めかけたトーストとコーヒーの香りと
窓の外の明るい光だった。
僕はしばらく椅子に座ったまま、その光を見ていた。
それから立ち上がって、靴を履いた。
「オドルンダヨ」
そう口にだして僕は歩き出した。
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