今からでも間に合う!潤いを制する者が、夏を制す。【Number風ご自愛コラム】山梨 漢方 さわたや
それは7月の終わり。午後三時ちょうど、陽射しはまだ鋭かったが、風は意外とやわらかく、彼女の髪をスカートのようにふわりと揺らしていた。
「桃、好き?」と、唐突に彼女が訊いた。
僕は小さくうなずいた。彼女は山梨から箱いっぱいの桃を持ってきていて、部屋の片隅でほのかに甘い香りを漂わせていた。
「子供の頃ね、近所に変わったおじいさんがいたの。山奥に住んでて、いつも桃の種を干してた。夏になると、桃ばっかり食べてた」
「仙人みたいな人?」
「そう。『桃は仙果。長生きする』だからたくさん食べなさいって、いつも言ってた」
僕は桃の皮を慎重に剥きながら、彼女の話を聞いた。
完熟の桃の皮はデリケートで、優しく扱わないと傷つきやすい。それは僕にちょっとしたことで傷つきやすい思春期の頃を思い出させた。「その人ね、ある夏の終わりにふっと消えちゃったのよ。山ごと、もぬけの殻。残ってたのは、干された桃の種と、お茶碗に半分だけ残った桃の実だけ」
そんな不思議な話を唐突に聞かされて、僕は正直リアクションに困った。
「嘘だろ?」なんて真正面からも言えないし、かといって真面目に事の真相を深堀りするような話でもない。
「桃ってさ、体にいいって知ってた?」と、僕はたまらず話題を変えた。
「知ってるわ。うちの母が、元気や血液が不足しやすい体質だからって、夏は桃を欠かさず食べなさいってその仙人に言われたの。
桃って体を冷やさない珍しい果物なのよね。
温性。だから妊婦さんや子供にもいいんだって」
「そうなんだ、お母さんはきっと漢方的体質だと気血両虚、ってやつだね。夏の果物なのに、桃は体をあっためるんだね。」
「変わってるよね・・・桃って」
風が窓から入り込み、カーテンをふくらませた。
僕はひと口、桃をかじった。口の中に甘みがひろがり、少し遅れて、淡いぬくもりのようなものが喉の奥に降りてきた。エアコンの冷たい風とはちがう、体の奥からほどけるようなぬくもりだった。
「でもね」と彼女は言った。
「怒りっぽい人、顔が赤くてカッカしてるような人には、あんまり向いてないのよ。食べ過ぎると余計に熱がこもっちゃうから」
「肝陽亢盛、だね」
彼女はちょっと目を丸くした。
「それ、漢方の言葉?それにさっきの気血両虚、ってのも漢方の言葉?」
「うん、前に体調を崩したときに色々調べたり、漢方の専門家に相談したことあって、それから個人的に勉強したりしていたんだ。」
彼女は小さくうなずいた。
「じゃあ、あの山の仙人も、きっと”気血両虚”だったんだね」
僕は笑った。
「それか、ただ桃が好きだったか」
ふたりで笑って、またひと口ずつ、桃を食べた。
桃の種をそっと机の上に置いたとき、ふと彼女が言った。
「種ってね、生薬になるのよ。“桃仁”。血の巡りをよくして、生理痛や便秘にも使うの」
「つまり、桃は実も、葉も、種も、全部役に立つってこと?」
「そう。まるごと養生の果物ってわけ」
「それもあの突然消えた”桃仙人”が言っていたの?」
「桃仙人、たしかにその名前がぴったりね。そうよ、桃仙人がそう言っていたのよ」
「じゃあ、桃仙人は血液と元気が不足している気血両虚と、桃の種をせっせと集めていたみたいだから、便秘で悩んでいたのかもしれないね」
そう僕が言うと彼女はアハハ、と彼女にしては大きな声で笑った。
部屋の片隅に小人の影のようなものが一瞬見えた気がした。
きっと桃仙人が見に来たのだろう。
【解説】僕の地元、山梨県の名産品の一つ「桃」
6月中頃から8月中旬ぐらいまでくらいが収穫のピークで、最近では1年中食べられる果物が多い中、本当にシーズンでしか食べられない果物で非常に全国的にも人気のある果物の一つです。
そんな桃は果物では珍しい「温性」の特徴があるのでエアコンや冷たい飲食で夏でもカラダを冷やしやすい現代人にはおすすめの果物と言えるでしょう。
さらに胃腸が弱く元気不足の気虚が多い日本人には元気と血液を薬膳的に補うと考える桃は日本人の多くの方におすすめと言えるでしょう。
旬もあと少しの桃、ぜひ山梨の桃を見かけたら一度召し上がってみてください。
どこかで桃仙人が見ているかもしれませんよ。
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