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コラム
1996年『ゴルフ赤トンボ事件』の真相
2015年5月5日 公開 / 2019年1月2日更新
覚えている方もおられるかもしれません。
1996年、フェアウェイにあるボールの下敷きになった赤トンボを逃がすために、あえてルールを違反してボールを拾い上げたという男子プロゴルファーがいました。
それは福沢義光プロ。
福沢プロは、1991年にツアーデビューし、2001年6月には、兵庫県よみうりカントリークラブで行われたタマノイ酢よみうりオープンでプレーオフの末に鈴木亨プロを破り、初優勝を果たしました。しかしツアーでの優勝は、あとにも先にもこの一度限りでした。
それでも福沢プロは赤トンボの一件により、今でも記憶に残るプレーヤーとなっています。『赤トンボ事件』は一方では称賛され、また一方ではルールの解釈にR&Aまで巻き込んで1年以上も物議を醸すことになります。
「ルールは知っていた。でもトンボを打つのはかわいそうだった」
1996年10月27日の日曜日、兵庫県にあるABCゴルフ倶楽部では、毎年恒例のフィリップモリス・チャンピオンシップ(現マイナビABCチャンピオンシップ)の最終日が開催されていた日に『赤トンボ事件』は起こります。
このトーナメントは高額賞金でも有名、しかもこの日は尾崎将司(※ジャンボ尾崎)プロの通算100勝が掛かっていて、それを末弟の尾崎直道プロが阻止するかという最終日を盛り上げる役者の揃った状況です。会場は大勢のギャラリーで大賑わい。
そんな中、注目とは全く無縁の最下位争いをしていた福沢義光プロと同伴競技者の井田安則プロのペアが、15番ホール532ヤードのパー5ホールの第3打地点にやって来ました。
この組は数えるほどのギャラリーの中、静かな雰囲気に包まれながら淡々とプレーを進めていました。
問題はここで起きます。
福沢義光選手が、15番ホールのフェアウェイにあるボールを打とうとしたところ、尻尾がボールの下敷きとなって、赤トンボが動けなくなっているではありませんか。
ごく短いアプローチショットならば、ヘッドの刃先でボールの原をコンと払い、ボールもトンボも生かすショットもできるでしょうが、ここはパー5の3打目、まだウェッジでのしっかりしたショットが必要な場面。間違いなく赤トンボは木端微塵になるでしょう。
しかし、赤トンボを逃がすためにはボールを動かさねばならず、インプレー中のボールをピックアップすることはペナルティー行為となってしまいます。
福沢プロは迷うことなく、ボールの位置をマークして、ボールを拾いあげました。
赤トンボはゆっくり芝生から舞い上がったかと思うと、次の瞬間勢いよく、つーっと秋の空を飛んでいき、すぐに見えなくなりました。
それから、ゴルフ規則18(止まっている球が動かされた場合)の処置に従って、赤トンボのいなくなった芝にボールをリプレースし、1打のペナルティーを受けてプレーを続けました。
プレー終了後に競技委員に報告し、15番ホールは1罰打の「6」となり、その結果、福沢プロは単独最下位の67位。その上は65位に2名、その差は1ストロークでした。
もしも赤トンボの1打罰がなかったら、3人が最下位となり賞金もわずかながらアップとなっていました。
翌日、尾崎直道プロが兄のジャンボ尾崎プロの100勝を阻止したという派手な記事の脇に、『トンボ事件』の一件を書いた新聞が多くありました。
福沢プロは「ルールは知っていた。でも、トンボを打つのはかわいそうだった」と語っています。美談の少ない時世だったのか、その後、新聞の一般紙面のコラムや週刊誌が取り上げ、ゴルフファン以外の人たちの知るところとなりました。
そして日本ユネスコ協会連盟は、福沢プロに日本フェアプレー特別賞を贈ったのでした。
1年以上の時間を裁定に要したR&A
しかし『赤トンボ事件』はここで幕を下ろしません。
1年をかけたUSGAやR&Aを巻き込むルール裁定問題に発展していったのです。
この事件があって、JGA(日本ゴルフ協会)には様々な意見、問い合わせが寄せられました。その多くは「こんなケースの1罰打は酷ではないのか」「競技委員の権限で罰を免除できないのか」などの人情論でしたが、なかには「規則上、この処置で正解だったのか」という課題的意見も寄せられました。
JGAはゴルフ規則の総本山である英国にあるR&Aに問題を提起し、検討を求めました。
1年以上も過ぎて裁定が下り、JGAに返答が来ました。
このケースは「規則18」ではなく「規則19(動いている球が方向を変えられたり止められた場合)」で処理されるべきであったというのがR&Aの裁定でした。
規則19-1aの処置となると、「赤トンボ」という“生きている局外者”によって偶然にボールが止められた場合、ボールを拾い上げても罰はありません。
それならば、1打罰はなかったことになります。
ただし、規則19-1aには続きがあります。
拾い上げたボールは、スルーザグリーンやハザード内では「ドロップ」しなければなりません。
R&Aの裁定は、「問題のケース、競技者はドロップではなく、球をリプレースしており、間違った処置をとっているので、2罰打を付加すべきであった」となりました。
もしも、この規則19によって、福沢プロの結果を裁定すると、拾い上げた1罰打はなくなりますが、ドロップしなかったということによる2打罰がつき、最終成績はさらに1ストローク増えての単独最下位となります。
この裁定で注目されるのは、「赤トンボに止まっている球を拾い上げた」のではなく、「動いている球が、赤トンボがいるために、その上で偶然に止まってしまった」とみた視点の違いです。
結果としての事象だけを見るのではなく、どのようにしてそうなったのかを推察して、それが公正でなければ救済するというゴルフ規則の大前提に基づく裁定のように思います。
それはさておき、ルールに「生きている局外者」という言葉があらかじめ書かれていることに驚きます。昔にも同じようなトラブルがあったのでしょうね。
さすがゴルフルール271年の歴史です!
■参考文献
「痛快!ゴルフ学」鈴木康之、杉山通敬、藤岡三樹臣著:集英社
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