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6月の湿った猫〜梅雨時のメンタル不調対策〜 山梨 漢方 梅雨 メンタル さわたや薬房

早川弘太

早川弘太

テーマ:漢方的ご自愛短編小説

六月のはじめ、僕は湿った猫を拾った。

白ともグレーとも言えない、微妙な色をした毛並みが雨に濡れて、くしゃくしゃになっていた。その猫は駅前のバス停のそばの植え込みのなかでじっとしていた。

どこから来たのか?なぜそこにいるのか?それは僕には検討もつかなかったがでも、そこにいるのが当然かのような顔をして、猫は僕をじっと見つめていた。

僕はコンビニで猫用のおやつをかって猫の前に差し出した。猫はほんの数秒考えたふりをしたが、ほぼためらいなくそのおやつを食べた。そして、当然のように僕のあとをついてきた。

僕はその猫を“仮”で家に連れて帰ることにした。名前もつけなかった。ただの“猫”だ。just a cat.

部屋に着いた猫は、Amazonの段ボールの中にしいた古いタオルの上で気持ちよさそうに丸くなっていた。何かを言うでもなく、ただそこにいて、ただ眠っていた。

部屋の外は、雨。窓の下では、電線をつたう水滴がぽつりぽつりと落ちる音がしていた。

その夜、僕はLINEで高校の同級生とやりとりをしていた。7月の同窓会の打ち合わせ。会場や時間の調整。返信がひと段落したあと、ふと僕は彼にこんなことを聞いてみた。普段ならそんなことは聞いたりしないのだが、その日はなんだかそうするべきだったのだ。

きっと雨のせいだろう。

「この時期になると、毎年なんとなく気持ちが沈むんだ。気分がどんよりするっていうか。君にわかるかな?」

「おいおい、僕だって一応医療系の端くれだぞ。それぐらいわかっているさ。この時期に起こりやすい気分の不調。それ、湿邪のせいかもしれないね」

「しつじゃ?」

「湿気が脾を弱らせるんだよ。漢方では、脾が弱ると“思い悩む”って性質が強くなる。脾っていうのは今の生理学的な脾臓のことではなくて、わかりやすく言うと消化する場所、胃腸をイメージすればわかりやすいかな。」

彼は、山梨で創業250年を超える老舗の漢方専門店を継いでいて、僕にとってはただの昔のクラスメイトだけど、今は“プロ”だ。

「心にも湿気がたまる、っていうことかい?」

「そうそう。消化力だけじゃなく、思考も重だるくなって停滞する。だから考えすぎるんだよ。季節の変わり目で自律神経も乱れやすくなり、もともと胃腸があまり強くない人は、この時期になると消化力が低下して、食べたものから元気や血液ができにくくなるんだ。そうすると、自律神経の乱れでメンタルが不安定になるだけでなく、気持ちも弱り、不安や心配、考えすぎ、神経質になったりするから注意が必要なんだよ。

あとは、シンプルに湿度が高くて蒸し暑いとイライラするよね。」

と返信が送られてきた。

LINEの画面を見ながら、僕は、新聞の上で丸まっているまだ若干湿っている猫の姿をちらりと見た。猫は僕をチラッと見返して

なぜか「彼の言っていること、それ、合ってるよ」と言っているような顔をしていた。

翌朝、僕は台所でシソの葉を刻んだ。その香りは、驚くほど鮮やかに空気を変えた。湿気に包まれていた部屋のなかに、すっと一本の風が通ったような気がした。

シソにはカラダの湿気を取る働きと停滞した気分を巡らせる、香りがもつ効能が薬膳的にはあると漢方の大先生が教えてくれたのだ。

猫は、そのにおいに反応してくしゃみをした。そして新聞の束から降りて、僕の足元で静かに伸びをした。

僕はそのまま、ハトムギ茶を淹れた。あたたかい湯気が立ち上がり、ガラス窓にうっすらと白い膜が張った。

ハトムギ茶にはカラダの余計な湿気をとる働きがあり、梅雨から夏にかけてハトムギ茶を飲むということは、ミネラル補給だけでなく、過剰に体に溜まった湿気を取る働きも薬膳的にはあるそうだ。

その刻んだシソときゅうりとナスを刻んだものをさっと塩でもんだものをつまむと心なしか心とカラダが少し軽くなる気がした。

食事を軽く取ったら久しぶりに湯船に浸かろう。そういえばしばらくシャワーばかりで湯船には浸かっていなかった。

湯船には発汗によりカラダの水はけを調える働きがあるだけでなく、ぬるめの湯船にゆっくり浸かることで、自律神経も整い、胃腸もメンタルにも好都合なのだ。

「やれやれ、結局奴の言う通りか・・・」僕は思わずそう呟いた。

僕はスマホを伏せた。SNSも、メールも、とりあえず放っておいた。

気持ちが不安定なときは情報は少ないほうが頭がスッキリするからだ。

雨音に耳を澄ませながら、何も考えない時間を意識的につくる。そんなこと、いつぶりだろう。

「猫ってさ、湿気が苦手なんだよ」そういえば、昔誰かが言っていた。でも、僕は思う。湿気が苦手なのは、猫だけじゃない。人もそうだし、思考だってそうだ。気分だって、心だって、たまにはからっぽになりたいときがある。ベタベタと絡みつくような状態は誰だってうんざりするものだ。

湿った猫は、梅雨明けと同時に姿を消した。

帰宅すると、新聞の束の上にぽつんと猫の毛が数本だけ落ちていた。不思議と、寂しさはなかった。それよりも、「ありがとう」と、どこかで誰かに言いたくなった。

心にたまった湿気は、きっと猫がどこかへ持って行ってくれたんだろう。胡瓜と茄子と紫蘇の香りとハトムギ茶の湯気と一緒に。

【解説】梅雨から夏にかけて、湿度が高くなってくるとカラダだけでなく、心の不調を訴える方が増えてきます。漢方では「湿邪」と言って、カラダに溜まった余計な湿気は胃腸トラブルなどの原因だけでなく、心の不調にもつながると考えます。

毎年この時期、不眠や神経過敏、メンタル不調になりやすい方は、今回ご紹介した「カラダの除湿」をしてみませんか?

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早川弘太
専門家

早川弘太(販売職)

株式会社 沢田屋薬局

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