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『プリンを食べない男たち』―後編:そして、スプーンは静かに動いた― 山梨 漢方 さわたや薬房 メンタル 薬膳 健康 スイーツ

早川弘太

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テーマ:漢方的ご自愛短編小説

〜前回までのあらすじ〜

僕の父は、プリンを一度も食べなかった。

正確に言えば、僕の知っているかぎり、彼はその短くはない生涯の中で一度もプリンを口にしなかったのだ・・・

そんな環境で育った僕がひょんなことから立ち寄った古びた喫茶店でプリンと出会うことになる。

そしてそのプリンとの出会いが僕を不思議な冒険へと導いていく・・・

************************************

あの日、あの喫茶店で出会ったプリンと、テーブルの端に置かれていたチラシ。「プリンは栄養たっぷりん〜その驚きの働きとは?」

という、少しだけふざけたタイトルに反して、その内容はまっすぐだった。

プリンは、ただのスイーツではなかったのだ。栄養を補い気持ちをゆるめ僕らの乾いた心と体にそっと潤いを与えてくれる

まさに『ご自愛』そのものだった。

僕はその夜、ひとりの友人のことを思い出していた。

大学時代からの同期で、真面目で、いつも肩に力が入っているような男だったがなぜか気が合い、卒業後もたまにランチや飲みにいったりしていた友人がいるのだが

そういえばあいつも、プリンを食べない男だった。

翌週、僕はその彼を久しぶりにランチに誘った。

「で、なんで急に飯なんか」

「プリンがある喫茶店を見つけてさ」

「・・・・プリン?」

彼は苦笑いをした。「俺、ああいうのダメなんだよ」

僕は笑って答えた。

「知ってるよ。何年お前と付き合っていると思ってるんだよ。でも、いいから。黙って一口食べてみてくれ。」

少し睨むような目をしながら、彼はプリンをすくった。そして口に運び、しばらく固まったあと、こう言った。

「・・・・うまいな、これ」

その顔は、長年これしかないと思って履き続けてきた、木靴のような硬い靴を脱いだような、そんな表情だった。

次に僕は叔父に会いに行った。そう、僕は叔父に合わなければならなかったのだ。

かつて大手企業の部長だったその人は、退職後も

「甘いものは男の食い物じゃない」となにかにつけて言い続けていた。

親戚の集まりがあるときも、法事のときも、お茶菓子やコース料理のデザートをみてはそんなことをよく口にしていた。でも、そんな彼の言葉の端々には、どこか疲れたような寂しさを僕は感じていた。

「プリンなんて久しぶりだな」

と叔父は言っていたが、実は人生で一度も食べたことがないのだと、後で伯母が教えてくれた。

「・・・・なんだか、胃があったかくなるねぇ」

プリンを食べ終えた後、叔父は今までみたことがない微笑みを浮かべながら、そうつぶやいた。

よく見るとカラメルが一滴も残らないぐらい、彼はキレイにプリンを食べていた。その残されたプリンの器がすべてを物語っているようだった。

そして、最後に僕は、父に会いに行った。そう、父に合わなければ僕のプリンを巡る冒険は終わらないのだ。

無口で、まっすぐで、頑固で、その背中を見て僕は育ったけれども、何かを父と共有した記憶はほとんどなかった。

僕は静かに、プリンをテーブルに置いた。それは、あの喫茶店で出会った、あの味と同じプリンだった。

父はそれをしばらく見つめたあと、ゆっくりとスプーンを手に取った。そして、言葉もなく、それを口に運んだ。

しばらく沈黙が続き、やがて父はひと言だけ、こう言った。

「・・・まあ、悪くないな」

その言葉は、たった5文字だったけれど、それまでの40年分の距離を、すこしだけ縮めてくれたように思えた。

プリンを食べないことで、僕らはどれだけの「やさしさ」を、どれだけの「うるおい」を、人生からこぼしてきたのだろう。

「甘いものはダメなんだ」と言いながら、実は心のどこかで、自分を許せず、緩められなかっただけじゃないのか。

「甘味は、心と脾をゆるめる」

あのチラシに書いてあった薬膳の一節が、今さらになって深く染みる。

今、僕の冷蔵庫には、小さなプリンが2つ入っている。ひとつは僕の分。もうひとつは、誰かのための分。

たとえば、今日も肩に力を入れて生きている「プリンを食べない男」のために。

そのスプーンが動く瞬間、僕らの中で固まっていた何かが、やさしく、とろけていくのかもしれない。

〈完〉

【解説】プリンは茶碗蒸し同様、滑らかで吸収の良い貴重なタンパク源です。食欲が低下している時、胃腸が弱っている時、歯や口腔内の調子が悪くて固形物が食べにくいときなどでも食べやすいので、上手に活用することで心身を整えるご自愛食に早変わりします。

スイーツは上手に活用しましょうね。

(プリンに使われている主な原材料の栄養学的&薬膳的働き)◆ 卵:からだの材料になる「完全栄養食」良質なたんぱく質、ビタミンB群、鉄分。肌、髪、筋肉、すべての土台。◆ 牛乳:骨と心を支えるやさしいミルクカルシウム・ビタミンDで骨を丈夫に、神経を穏やかに保ちます。◆ 砂糖:脳と心の“ごほうびエネルギー”少量の糖質は、即効性のエネルギー源。疲れた心をふんわりゆるめてくれます。そして、薬膳的には――

◆ 卵は“血”を補い、“陰”を養う体の中の乾きやほてり、不眠、肌の乾燥にやさしく働きかけます。

◆ 牛乳は“肺”を潤し、“心”を鎮める咳や喉の乾燥、そしてイライラ、不安感へのセルフケアに。

◆ “甘味”は、心と胃をゆるめる味ストレスがたまっているとき、食欲がないとき。

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早川弘太
専門家

早川弘太(販売職)

株式会社 沢田屋薬局

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