示談したのに再度請求された|清算条項と蒸し返しへの対応
本記事は2026年10月1日時点の法令(民法、刑法、弁護士法)と弁護士職務基本規程に基づいて作成しています。刑法の法定刑は、2025年6月1日施行の改正により懲役・禁錮が拘禁刑に一本化された後の表記です。個別の事情によって結論が変わることがありますので、具体的な対応は専門家にご相談ください。
「示談金は現金で、明日の夜に店の事務所まで持ってこい」。風俗店でトラブルになり、その日はいったん帰されたものの、後から電話やメッセージでこう指定されたというご相談は少なくありません。一方で、「言われたとおりに現金を持って行ったら、その場で金額が上がった」「現金を渡したのに、受け取った人が誰なのか分からないまま終わってしまった」というご相談も寄せられます。
「現金の手渡しは避け、振込にしましょう」という説明は、多くの記事で目にします。それ自体は誤りではありません。ただ、風俗トラブルでは、キャスト本人が本名や口座を知られたくないと考えていたり、店が窓口になっていて振込先の名義がはっきりしなかったりと、振込に切り替えるだけでは片づかない事情が重なりがちです。また、どうしても対面で渡すことになった場合に何を決めておけばよいのかは、あまり整理されていません。
この記事では、トラブルの場からいったん離れた後、日を改めて現金の受け渡しを求められている段階に絞って、場所と方法を決める前に確認しておきたいことを整理します。その場で即時の支払いを求められた場面は【風俗トラブル】「今すぐ払えばこの場で終わる」と言われた|即時払いを求められたときの判断、支払う場所や方法についての民法の一般的な考え方は【不当要求対応】現金を持ってくるよう指定された|対面での受渡しを避ける理由、領収書の書き方は【風俗トラブル】示談金の領収書・受領書をどう作るか|後日の否認に備えるに委ねています。
「現金で持ってこい」という指定を分けて考える
「現金で持ってこい」という一言には、実はいくつかの指定がまとめて含まれています。まずそれを分けておくと、どこに交渉の余地があるのかが見えやすくなります。
指定には「方法」「場所」「日時」「受取人」の4つが含まれている
支払いの方法(現金)、場所(店の事務所など)、日時(明日の夜など)、そして受け取る人(店のスタッフなど)。この4つは、いずれも相手方が一方的に決められるものではありません。民法は、支払う場所について当事者の間で別の取り決めがない場合の原則を定めていますが(民法484条1項)、あくまで取り決めがない場合の定めであり、場所も方法も当事者の話し合いで決め直すことができます。
相手が指定してきた条件は、交渉の出発点であって、決定事項ではないと考えておくと、落ち着いて対応しやすくなります。4つのうちどれか1つを変えるだけでも、受け渡しの性質は変わります。
相手が現金と対面にこだわる理由は一つではない
相手が現金での手渡しを求める理由はさまざまです。すべてが不当というわけではなく、中には理解できる事情もあります。理由によって、こちらから示せる対案も変わってきます。
| 考えられる事情 | 見分ける手がかり | こちらから示せる対案 |
|---|---|---|
| 本名や口座を知られたくない | キャスト本人が当事者で、本人の意向として伝えられている | 代理人を立て、氏名を代理人限りとしたうえでの振込 |
| 支払いの記録を残したくない | 口座の名義を尋ねると話をそらす、店の名義での受領を求める | 受領者を明記した合意書と受領証を条件にする |
| その場で条件を追加したい | 金額や書面の中身を事前に示さない | 金額と書面を事前に文面で確定させてから日時を決める |
| 早く支払いを受けたい | 期限が短く、その理由の説明がない | 振込でも短期間で着金できることを伝える |
同じ「現金で」という求めでも、上の一つ目と二つ目以降とでは意味が違います。本人が身元を守りたいという事情であれば、それに配慮した方法を提案することで話が進むことがあります。反対に、どの対案にも応じない理由が説明されない場合は、そのこと自体が判断の材料になります。
場所と方法を決める前に固めておく3つのこと
受け渡しの場所や方法は、本来、何をいくらで解決するのかが決まった後に話し合う事柄です。風俗トラブルでは、中身が固まらないまま「いつ、どこに持ってくるか」だけが先に決まっていくことがあるため、順番を意識しておくことが大切です。
誰に払うのか|店とキャスト本人
風俗トラブルで請求をしてくる相手は、店であることもキャスト本人であることもあります。店の営業上の損害とキャスト本人の精神的な損害は、法律上は別の請求です。店に現金を渡しても、キャスト本人との間の問題まで清算されたことになるとは限りません。この点は誰に払うのか|店の損害とキャスト個人の損害は別で詳しく扱っています。
受け取る権限のない人に支払った場合、支払った側が善意で過失がなかったときを除き、原則として支払いの効力は生じません(民法478条)。また、弁護士でない者が報酬を得る目的で示談の交渉や示談金の受領を行うことは、弁護士法72条が禁じており、違反には2年以下の拘禁刑または300万円以下の罰金が定められています(同法77条3号)。店が受け取り窓口になっている場合の考え方は店がキャストに代わって示談交渉をしてよいのか|非弁行為という視点を、受け取る人の確かめ方は【風俗トラブル】支払った後に相手が別人だと分かった|本人確認をしない示談の危うさをご参照ください。
何と引換えに払うのか|合意書・受領証・借用書の原本
現金を渡すことで区切りをつけたいのであれば、その現金と引換えに何を受け取るのかを先に決めておく必要があります。支払う側は、支払いと引換えに受取証書(領収証)の交付を求めることができます(民法486条1項)。さらに、トラブルの当日に店で借用書や念書を書かされている場合には、全額を支払ったときにその証書の返還を求めることができます(民法487条)。
あわせて、清算条項や接触禁止、口外禁止、身分証の写しや画像の削除など、支払いと同時に取り決めておきたい事項を合意書に盛り込みます。条項の内容は風俗トラブルの示談書に必ず入れる6条項|抜けると後で効かないで整理しています。店で書かされた書面の内容が思い出せない場合は、【風俗トラブル】店の事務所で書かされた紙の写真を撮っていない|内容を後から確かめる方法もあわせてご覧ください。
支払方法を合意書の中に書いておく
金額と引換えに受け取るものが決まったら、支払方法と支払期日も合意書の条項として書き込んでおきます。「〇年〇月〇日限り、下記口座に振り込む方法により支払う」といった形で方法まで定めておけば、後になって「現金でなければ受け取らない」と言われる余地が小さくなります。
場所と方法は、合意書の文面が固まった後に決めるという順番を守ることで、受け渡しの当日に金額や条件が動くことを防ぎやすくなります。
受け渡しの方法ごとに残るものと残らないもの
同じ金額を支払う場合でも、方法によって手元に残る記録や、その場で条件が動く余地は変わります。風俗トラブルでよく検討される方法を並べると、次のようになります。
| 方法 | 支払いの記録 | 相手方の身元の確認 | 当日に条件が動く余地 |
|---|---|---|---|
| 相手が指定した場所での現金手渡し | 受領証がなければ残りにくい | その場で確かめにくい | 大きい |
| 弁護士の事務所など第三者のいる場所での現金手渡し | 受領証と立会いの記録が残る | 確認の手順を事前に組める | 小さい |
| 相手本人名義の口座への振込 | 金融機関の記録に残る | 口座の名義で確かめられる | 小さい |
| 代理人の預り金口座を経由した振込 | 代理人の間の記録に残る | 代理人が確認する | 小さい |
振込の具体的な名義や記録の残し方は、示談金の渡し方|振込名義・領収・受領証で残すべきもので扱っています。
相手が身元を明かしたくない場合の組み立て方
キャスト本人が「本名や口座を知られたくない」と考えている場合、本人名義の口座への振込は受け入れられにくいことがあります。こうした場面では、双方またはいずれかに弁護士が代理人として入り、本人の氏名などの情報を代理人の間にとどめたまま合意を結び、代理人の口座を経由して支払うという方法が考えられます。
弁護士が事件に関して預かった金銭は、自分の金銭と区別し、預り金であることを明確にする方法で保管することが求められています(弁護士職務基本規程38条)。相手の身元を守りつつ、支払いの記録も残すことができる点で、双方にとって受け入れやすい形になることがあります。代理人限りで合意を結ぶことの可否は本名を明かさずに示談できるか|代理人限りでの合意の可否で整理しています。
「振込には応じない」と言われたとき
振込を提案しても、「現金でなければ受け取らない」と言われることがあります。まずは、なぜ現金でなければならないのかを尋ね、その回答を文字の残る形で保存しておきます。先ほどの表のように、理由が身元の問題であれば代理人を介した方法を提案できますし、理由の説明がないのであれば、そのことが判断の材料になります。
なお、合意書で支払方法が決まっているのに相手が受け取りを拒む場合には、合意どおりに支払いの準備をしたことを通知して受領を求めれば足り、その時点から支払いが遅れたことの責任を負わないとされています(民法492条・493条)。受け取りを拒まれ続ける場合に備えて法務局に供託する制度もありますが(民法494条)、相手の氏名や住所が分からないことの多い風俗トラブルでは、使える場面は限られます。当事者だけで方法の対立が解けないときは、弁護士を窓口にすることも選択肢の一つです。
やむを得ず対面で渡す場合に決めておくこと
相手の事情や支払う側の希望から、対面での受け渡しを選ぶこともあります。その場合でも、場所・時間帯・持参するもの・当日の順序をあらかじめ決めておくことで、当日に判断を迫られる場面を減らすことができます。
場所と時間帯を選ぶ
店の事務所の一室、車の中、ホテルの部屋、営業時間外の店舗といった場所は、相手方の人数が多くなりやすく、話が終わるまで帰りにくい状況が生じやすい場所です。日中の時間帯に、弁護士の事務所など第三者のいる場所で受け渡しをするよう提案することで、こうした状況を避けやすくなります。深夜の呼び出しへの対応は【風俗トラブル】深夜に店から呼び出された|翌朝まで待ってよいかの判断、ホテルの部屋に店のスタッフが来た場面は【風俗トラブル】ホテルの部屋に店のスタッフが来た|ドアを開ける前に考えることで扱っています。
持っていくもの・持っていかないもの
持参する現金は、合意書で確定した金額にとどめておくことをおすすめします。余分な現金を持っていると、その場で上乗せを求められたときに断りにくくなるためです。合意書の写し、筆記用具、合意書の文面を事前にやり取りしたメッセージの記録も用意しておきます。
身分証の原本や印鑑を持ってくるよう求められることもあります。何のために必要なのかを事前に確かめ、必要がない物は持参しないという判断もあり得ます。身分証を求められた場面の考え方は身分証の提示・撮影を求められた場合|応じる義務と拒否の帰結で整理しています。
当日の順序を決めておく
当日は、次の順序で進めることを事前に相手方と確認しておくと、その場での食い違いが生じにくくなります。
- 合意書の文面が、事前に確定したものと同じかを確かめる。
- 受け取る人が合意書の当事者本人か、委任を受けた代理人かを確かめる。
- 合意書に双方が署名する。
- 金額を互いに確かめたうえで現金を渡し、引換えに受領証を受け取る。
- 店で書かされた借用書や念書があれば、その原本の返還を受ける。
現金を渡すのは、書面がそろった後という点がこの順序の要です。書面の署名より先に現金を渡してしまうと、その後に条件の変更を求められたときに、支払う側の手元に交渉の材料が残りません。
身の安全を優先すべき場面
受け渡しの場で出口をふさがれる、ATMに同行するよう求められる、大声や威圧的な態度で追加の支払いを迫られるといった状況になった場合は、受け渡しを続けることよりも、その場を離れることを優先してください。必要であれば110番通報をためらう必要はありません。この場面については、その場から帰してもらえない|監禁と不退去の境界とその場でATMに連れて行かれた|同行と引き出しの強要で詳しく扱っています。
当事務所でも、【解決事例】デリヘル利用後に「50万円を深夜に持って来い」と要求されたが、支払い0円で解決した事例や【解決事例】風俗店から示談金100万円を対面で要求されるも、弁護士の即日対応で安全に解決のように、対面での受け渡しを求められた段階でご相談いただき、受け渡しの形を見直したうえで解決に至った例があります。反対に、【解決事例】風俗店から30万円を請求され振込先だけを告げられた男性が、合意書の締結と本人確認を条件に約1週間で解決した事例のように、振込を指定された場合でも、合意書と本人確認を先に整えることが区切りにつながります。
よくあるご質問
相手の弁護士から「事務所で受け渡しをしたい」と言われました。これも避けるべきでしょうか。
相手方に弁護士がついていて、その事務所での受け渡しを求められる場合は、店の事務所に呼び出される場合とは性質が異なります。まずは、名乗った人物が実際に弁護士であるかを、日本弁護士連合会のウェブサイトで氏名や所属の弁護士会から確かめておきます。そのうえで、弁護士の預り金口座への振込を希望することも伝えてかまいません。弁護士が代理人であれば、振込による支払いは通常受け入れられます。
現金書留で送ることはできますか。
現金を郵送する場合は現金書留を使うことになり、レターパックや宅配便で現金を送ることは郵便法や各事業者の約款で認められていません。現金書留であれば送付の記録は残りますが、受け取った人が誰かや、支払いによって何が清算されたのかまでは示せません。郵送を選ぶ場合でも、合意書と受領証の取り交わしを先に済ませておくことが前提になります。
指定された期限までに全額を用意できません。
期限までに用意できないことを伝えるときは、支払う意思があるかどうかと、いつまでにいくら用意できる見込みかを分けて伝えると、話が進みやすくなります。短い期限を切られた場合の伝え方は【風俗トラブル】支払期限を切られた|『今日中に』に応じないための伝え方を、分割払いなどの選択肢は示談金を一括で用意できないとき|分割・減額・被害弁償という選択肢をご参照ください。家族や知人に代わりに届けてもらうことを考えている場合は、【風俗トラブル】家族が代わりに交渉に出た|本人以外が動くことの是非もあわせてご覧ください。
まとめ
- 「現金で持ってこい」には方法・場所・日時・受取人の4つの指定が含まれており、いずれも当事者の話し合いで決め直すことができる(民法484条1項)。
- 場所と方法を決める前に、誰に・何と引換えに・いくら支払うのかを合意書の文面で確定させ、支払方法もその中に書き込んでおく。
- 支払う側は支払いと引換えに受取証書を求めることができ、全額を支払ったときは借用書などの証書の返還も求められる(民法486条1項・487条)。
- 受け取る権限のない人への支払いは、原則として効力を生じない(民法478条)。店が報酬目的で示談金を受領することは非弁行為の問題となり得る(弁護士法72条・77条3号)。
- 相手が身元を明かしたくない場合は、代理人限りの開示と代理人の預り金口座の経由という形を検討できる(弁護士職務基本規程38条)。
- 合意した方法で支払いの準備をして受領を求めれば、受け取りを拒まれても支払いが遅れたことの責任は負わない(民法492条・493条)。
- 対面で渡す場合は、場所・時間帯・持参するもの・当日の順序を事前に決め、現金は書面がそろった後に渡す。
弁護士法人若井綜合法律事務所では、風俗トラブルに関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。現金での受け渡しを指定されて日時や場所の返事を迫られている方、すでに受け渡しの約束をしてしまい当日の進め方に不安を感じている方、いずれの立場からのご相談にも対応しています。
受け渡しの場所と方法は、金額と同じように話し合いで決めていく事柄です。指定された日時が迫っているときは、その旨をお伝えください。状況を伺ったうえで、どのような形であれば安全に区切りをつけられるかを一緒に検討します。


