身分証の提示・撮影を求められた場合|応じる義務と拒否の帰結

若井亮

若井亮

テーマ:風俗トラブル

風俗店の受付で「身分証を見せてください」と言われた。あるいは、店との間でトラブルになった後に「免許証を出してください。写真を撮らせてください」と求められた。応じるべきなのか、断ってよいのか、断ったら何が起きるのか。その場で判断を迫られて迷ったという相談は少なくありません。

 インターネットで調べると、「コピーを取られたが悪用されないか」という不安に答える記事は見つかります。しかし、そもそも提示に応じる義務があるのか、断ったときに何が起きるのかを整理した情報は多くありません。求められている場面と、すでに渡してしまった後の場面とでは、考えるべきことが違います。

 この記事では、身分証の提示や撮影を求められる場面を四つに分け、それぞれについて応じる義務があるのか、断った場合に現実に何が起きるのかを、条文と制度の枠組みにそって整理します。

この記事が扱う場面と、扱わない場面

 この記事が想定しているのは、客の立場で身分証の提示・撮影・コピーを求められている場面です。入店前の年齢確認の場面と、トラブルが起きた後に求められる場面の両方を含みます。

 一方で、次の内容はこの記事では扱いません。働く側として面接や入店の際に身分証を求められる場面、いわゆる闇バイトで身分証の画像を送ってしまった場面、すでに写しを取られた後で「どこまで悪用されうるか」を検討する場面です。これらはそれぞれ前提が違うため、別の記事で扱っています。

 また、すでに警察から呼び出しを受けている、逮捕されたという段階の方は、一般論より個別の事情の確認が先になります。早めに弁護士に相談してください。

身分証を求められる場面は大きく四つに分かれる

 同じ「身分証を見せてほしい」という言葉でも、求めてくる相手と根拠が違えば、応じる義務があるかどうかも変わります。まずは全体を整理します。

場面求めてくる相手根拠として説明されるもの客の側に提示義務があるか
受付・予約時の年齢確認店・スタッフ風営法にもとづく年齢の確認客に提示を義務づける規定は置かれていない
トラブル後の特定・連絡先の確保店・スタッフ・店側の代理人店の内部ルール、利用規約、誓約書契約や法律上の義務とはいえない場合が多い
ホテルのチェックイン宿泊施設旅館業法6条、同施行規則4条の2名簿への記載が中心。旅券の写しは国内に住所のない外国人が対象
路上などでの職務質問警察官警察官職務執行法2条1項任意の求めであり、応じる義務はない(運転中の免許証は例外)


 この表からわかるとおり、身分証の提示を客に義務づける規定は、風営法にも民法にも置かれていません。義務がないからといって断ることに何の影響もないわけではありませんが、出発点として押さえておく価値があります。

受付での年齢確認は、確認する義務が店の側にある

 風営法は、18歳未満の者を客として営業所に立ち入らせることを禁じています。入口に年少者の立入りを禁ずる旨を表示する義務も定められています。無店舗型の営業についても、18歳未満の者を客とすることは認められていません。

 ここで注意したいのは、これらがいずれも営業者の側に課された義務だという点です。年齢を確認できなければ処分を受けるのは店であり、客が身分証を出さなかったことを理由に客が処罰される仕組みにはなっていません。

 つまり、受付で身分証を求められるのは、店が自分の義務を果たすために行っている確認です。だからこそ、確認できないと店が判断すれば、店は利用を断ることになります。

提示しなければ利用を断られる。それ自体は違法ではない

 誰と契約するかを決めるのは、原則として当事者の自由です。店には自分の施設をどう使わせるかを決める権限もあります。身分証を出さない客の利用を断ったからといって、店が違法なことをしたとはいえません。

 拒否は自由だが、拒否した結果として利用できないこともまた自由の裏返しである、という関係になります。ここを混同して「客なのに断られるのはおかしい」と押し問答になると、話が長引くだけになりがちです。

「見せる」ことと「撮らせる」ことは同じではない

 実務でしばしば行き違いが起きるのが、この二つの区別です。提示は、その場で見せて確認してもらい、手元に戻ってくる行為です。撮影やコピーは、自分が帰った後も店側に情報が残る行為です。残るかどうかで、意味はまったく違います。

 年齢の確認だけが目的であれば、見せて確認してもらえば足りる場面が多いはずです。「見せてください」に応じたことが、そのまま「撮ってよい」という同意まで含むわけではありません。撮影やコピーを求められたら、それは別の話として、あらためて答えを決めてよい場面です。

どこまで見せるかは、自分で区切ることができる

 年齢の確認であれば、顔写真と生年月日が見えれば目的は足ります。住所や本籍、免許証番号の部分を指で隠して示す、という対応も考えられます。健康保険証であれば、記号・番号の部分は本来の確認目的には必要ありません。

 ただし、区切って示すことができるということと、店がそれで足りると判断するかは別の問題です。店が納得しなければ、結果として利用を断られる可能性は残ります。断られる可能性を織り込んだうえで、どこまで出すかを決めることになります。

マイナンバーカードを求められたときは扱いが変わる

 顔写真付きの身分証としてマイナンバーカードを持ち歩いている方も増えました。ただ、このカードは他の身分証と同じようには扱えません。

 いわゆるマイナンバー法(番号法)は、個人番号を含む情報を集めたり保管したりすることを、法律で限定的に定められた場合を除いて禁じています。行政機関や勤務先が税・社会保障の手続のために取り扱う場面などがこれにあたります。風俗店の年齢確認やトラブル対応は、この「限定的に定められた場合」に含まれません

 国の資料でも、本人確認のためにカードの提示を受けた事業者は、個人番号を書き写したり、番号が記載された裏面の写しを取らないよう留意する必要がある、と説明されています。表面を写真付きの身分証として用いること自体は想定されていますが、裏面の扱いは別だ、という整理です。

見ることと、控えることは違う

 この点について、番号を見ただけでは収集にあたらないと説明されています。問題になるのは、番号を書き写す、撮影する、コピーを取るといった、手元に残す行為です。

 マイナンバーカードしか手元にない場合は、裏面を伏せたまま提示する、交付時のケースに入れたまま示すといった方法が考えられます。「裏面は法律の関係で控えられないはずなので、表面だけでお願いします」と伝えれば、通じる場面は少なくありません。

トラブルが起きた後に求められた場合

 本番行為を疑われた、撮影を疑われた、備品を壊したといった場面で、スタッフから身分証の提示や撮影を求められることがあります。店側の目的は、多くの場合、相手を特定して連絡が取れる状態を確保しておくことにあります。損害賠償や示談の相手方が誰なのか分からなければ、店としては話を進められないからです。

 もっとも、店にその必要があることと、客の側に応じる義務が生じることは別です。利用規約や誓約書に「トラブルの際は身分証を提示する」と書かれていることもありますが、その条項がどこまでの効力を持つかは、内容と経緯によって評価が分かれます。この点は規約や誓約書を扱った別の記事で整理しています。

 現実的には、断ればその場のやり取りが長引く可能性、店が警察に通報する可能性を見込んでおく必要があります。断ることができるという話と、断れば何も起きないという話は違います。

「出すまで帰さない」と言われた場合は別の問題になる

 提示を求めること自体と、応じるまで帰らせないことは、法的にはまったく違う行為です。出口をふさぐ、大勢で取り囲む、荷物やスマートフォンを取り上げるといった形で帰る自由が奪われれば、刑法上の監禁や暴行、恐喝が問題になる余地があります。

 この場面での具体的な対応は、監禁と不退去の境界を扱った別の記事や、複数の店員に囲まれた場面を扱った記事で詳しく説明しています。

原本を渡してしまい、返してもらえない場合

 写しではなく原本を預かられてしまうことがあります。身分証の所有者は本人ですから、返還を求めることができます。とくに運転免許証は、運転する際に携帯していなければならないと道路交通法に定められており、手元にない状態が続くこと自体が生活上の不利益になります。

 返還を求めても応じてもらえない場合は、やり取りを記録したうえで、早めに弁護士に相談してください。

断った場合に現実に起きること

 「断ってよい」という結論だけを知っても、判断の材料としては足りません。断った先に何が起きうるのかを、あらかじめ想定しておくほうが役に立ちます。

  • 入店やサービスの提供を断られる。すでに受けたサービスの料金は残る。
  • その場での話し合いが長引き、対応するスタッフの人数が増えることがある。
  • 店が警察に通報し、警察官が臨場することがある。
  • 後日、店が弁護士などの代理人を立てて連絡してくることがある。
  • 店が予約時の電話番号やアプリの記録、防犯カメラの映像をもとに、こちらを特定しようとすることがある。


 最後の点は見落とされがちです。身分証を出さなければ誰にも分からない、という前提は成り立ちません。刑事の手続に進んだ場合には、通信記録や店の記録から特定が行われることがあります。身分証を出すかどうかは、特定されるかどうかを決める最後の分かれ目ではなく、その場での対応の一つにすぎません。

応じる前に確認しておきたい5点

 応じると決めた場合も、何も聞かずに渡すのと、確認したうえで渡すのとでは、後の交渉での立ち位置が変わります。

  1. 何のために使うのかを聞く。年齢の確認なのか、トラブルの記録として残すためなのかで、必要な範囲が変わります。
  2. その場で見せるだけでよいのか、撮影やコピーが必要なのかを確認する。前者で足りるなら、そこで区切れます。
  3. どこに保管し、いつ廃棄するのかを聞く。期限の定めがないまま残ることを避けるためです。
  4. 誰に渡るのかを聞く。系列店との共有、店側の代理人への提供が想定されているかどうかは、後の連絡の範囲に関わります。
  5. そのときのやり取りを、後から思い出せる形で残す。日時、場所、誰が何を求めたかを、その日のうちにメモしておくだけでも違います。


撮影・保管された後にできること

 すでに撮影された場合でも、まったく手がないわけではありません。個人情報保護法は、事業者が個人情報を取り扱う際のルールを定めています。

  • 取得したときは、利用目的を本人に通知するか公表することが求められます。本人から直接書面などで取得する場合は、あらかじめ利用目的を示すことが求められます。
  • 特定した利用目的の範囲を超えて取り扱うことは制限されています。
  • 偽りその他不正の手段によって個人情報を取得することは禁じられています。
  • 本人の同意なく第三者に提供することは、原則として制限されています。
  • 本人は、自分に関する保有個人データの開示を求めることができ、一定の場合には利用停止や消去を求めることができます。


限界があるからこそ、書面で決めておく

 もっとも、この枠組みには限界があります。本人が状況を理解したうえで自分から渡した場合、「不正な手段による取得」や「目的外の利用」にあたると主張できる場面は限られます。開示や消去を求めても、店が任意に応じなければ、次の手続を検討することになります。

 そのため実務では、示談や合意の中で、写しの廃棄と第三者への提供の禁止を条項として入れておくほうが、確認できる形になります。口頭で「こちらで処分しておきます」と言われても、後からその内容を確かめる手立てがありません。示談書に入れておきたい条項については、別の記事で整理しています。

客の側がやると、別の問題を生むこと

 その場をしのごうとした行動が、後になって重い問題に変わることがあります。次の行為は避けてください。

  • 他人名義の身分証を自分のものとして示す。
  • 身分証の記載を書き換えたり、加工した画像を示す。公文書を偽造し、それを使う行為として重く扱われます。
  • 偽の氏名や住所を伝えたうえで、示談書や誓約書に署名する。後から合意の効力そのものが争われる原因になります。
  • 店のパソコンや端末から、自分の記録を消そうとする。別の犯罪として扱われる可能性があります。


 なお、名乗りたくないという気持ちそのものは、後ろめたいものではありません。本名を明かさずに解決を図る方法があるかどうかは、代理人を立てる形も含めて検討の余地があります。

警察官から求められた場合との違い

 店から求められる場合と、警察官から求められる場合は、切り分けて考えてください。

 路上や店の前で職務質問を受けた際の提示の求めは、法律上、任意の協力を求めるものと位置づけられています。応じなければ処罰されるという仕組みにはなっていません。一方、自動車やバイクを運転している最中に警察官から免許証の提示を求められた場合は、道路交通法に提示の義務が定められており、罰則もあります。

 また、逮捕や取調べの手続に入っている場面では、氏名や住所の確認が手続の一部として行われます。この段階の話は、職務質問や所持品検査を扱った別の記事、警察に端末の提出を求められた場面を扱った記事で説明しています。

早い段階で相談する意味

 身分証を出す・出さないという判断は、その場で数分のうちに求められます。判断そのものをやり直すことはできませんが、その後の交渉の枠組みは、後からでも組み直せます

 弁護士が代理人として入れば、店とのやり取りの窓口を一本化し、写しの廃棄や連絡方法を含めて、合意の内容を書面で確定させることができます。請求の金額についても、名目ごとに根拠を確認したうえで交渉することになります。

 「もう渡してしまったから手遅れだ」と考えて連絡を断つと、店側の主張だけが積み上がっていきます。渡した後であっても、その時点からできることは残っています。

まとめ


  • 身分証の提示を客に義務づける規定は置かれていない。年齢を確認する義務は店の側にある。
  • 提示しなければ利用を断られることはあるが、それ自体は違法ではない。
  • 「見せる」ことと「撮らせる・写しを取らせる」ことは別の行為であり、同意の範囲は区切ることができる。
  • マイナンバーカードは、番号が記載された裏面の書き写しやコピーが法律で制限されている。表面のみで足りるかを確認する。
  • トラブル後の提示要求にも応じる義務があるとは限らないが、断れば通報や代理人からの連絡につながる可能性がある。
  • 「出すまで帰さない」という対応は、提示を求める行為とは別に評価される。
  • 渡した後も、利用目的の確認や廃棄の合意など、できることは残っている。


 弁護士法人若井綜合法律事務所では、風俗トラブルに関するご相談をお受けしています。身分証の写しを取られてしまった、店から連絡が続いているという段階でも、対応できることがあります。一人で抱え込まず、早い段階でご相談ください。

リンクをコピーしました

Mybestpro Members

若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

関連するコラム

プロのおすすめするコラム

コラムテーマ

コラム一覧に戻る

プロのインタビューを読む

風俗・男女トラブルの不当要求から依頼者を守る弁護士

  1. マイベストプロ TOP
  2. マイベストプロ東京
  3. 東京の法律関連
  4. 東京の男女・夫婦問題
  5. 若井亮
  6. コラム一覧
  7. 身分証の提示・撮影を求められた場合|応じる義務と拒否の帰結

若井亮プロへの仕事の相談・依頼

仕事の相談・依頼