誰に払うのか|店の損害とキャスト個人の損害は別

若井亮

若井亮

テーマ:風俗トラブル

「お店の分とご本人の分、合わせて◯◯円です」。風俗店とのトラブルで金銭を請求されたとき、示されるのが合計額だけということは珍しくありません。金額が妥当かどうかに気を取られがちですが、支払う前に確かめておきたいのは、そのお金が誰に対する、何のお金なのかという点です。

 支払いは、相手に渡しさえすれば清算が済むというものではありません。受け取る権限のある人に渡して、はじめてその分の義務が消えます。裏を返すと、渡す先を確かめないまま合計額を支払った場合、支払ったのに清算が済んでいないという状態が残ることがあります。

 この記事では、店の損害とキャスト個人の損害がなぜ別のものとして扱われるのか、そして支払先という観点から何を確認しておくとよいのかを、順を追って整理します。

この記事が扱う範囲

 この記事は、成人同士の間で起きたトラブルについて、店やキャストから金銭を請求されている客側の立場から、民事上の「支払先」の考え方を整理するものです。次の点はここでは扱いません。

  • 請求額そのものの妥当性や目安。
  • 請求書に書かれた名目ごとの法的根拠の読み方。
  • 規約や誓約書の条項がどこまで効力を持つかという問題。
  • 店の担当者が交渉の当事者になれるのかという、弁護士法上の論点。


 また、店のルールに反する行為をすすめる趣旨ではありません。すでに逮捕や警察からの呼び出しがあるなど刑事手続が動いている場合は、対応の順序が変わりますので、早めに個別に相談してください。

一つの出来事から、性質の違う二つの請求が生まれる


店の請求は「契約」と「店自身の損害」から出てくる

 店と客の間には、サービスの利用についての契約があります。料金、コースの内容、禁止事項などがそれにあたります。店が客に何かを請求するとき、その土台になるのは、この店と客との契約か、店自身に生じたとされる損害です。

 したがって、店が請求できるのは、原則として店自身の権利にあたる部分ということになります。

ご本人の請求は「ご本人に生じた損害」から出てくる

 一方で、接客したご本人が受けたとされる精神的な苦痛や、身体に関わる損害は、ご本人自身の権利です。慰謝料は、苦痛を受けたとされる人が持つもので、雇っている側や業務委託先が当然に持つものではありません。

 同じ一つの出来事から生じていても、この二つは持ち主が違います。だからこそ「合計いくら」という形でまとめられると、内訳のどこが誰の権利なのかが見えにくくなります。

請求の種類と、請求できる立場


請求の種類誰の権利として説明されるか土台になる考え方
慰謝料接客したご本人ご本人が受けたとされる精神的な損害
治療費・検査費ご本人ご本人が現実に支出した費用
休んだことによる減収ご本人ご本人に生じたとされる減収
店がご本人に支払った補償店が現実に負担した金額
規約違反に対する定額の請求店と客との間の契約
キャンセル料・コース料金・延長料店と客との間の契約
備品や設備の弁償所有している側(多くは店)物が壊れたことによる損害
店の売上が落ちたという主張第三者に生じた損害として争点になりやすい


 この表は、あくまで「どちらの側の権利として説明されるか」を整理したものです。表に載っているからといって、その項目が当然に認められるという意味ではありません。

金額より先に支払先を確かめる理由


支払いは「受け取る権限のある人」に渡して効力を持つ

 民法は、支払いを受け取る権限を持つ人以外に支払っても、原則としてその効力は生じないという考え方をとっています(民法478条、479条)。権限のない相手に渡した場合でも、本来の権利者がその利益を受けた範囲では効力が認められますが、それを超える部分は義務が残ったままになり得ます。

 この場面に置き換えると、ご本人の分だとして店に渡したお金が、実際にはご本人に渡っていなかった場合、ご本人からの請求は残っている可能性がある、ということになります。すでに支払った側からすると、二重に支払う形になりかねません。

確かめたかどうかが、後で意味を持つ

 もっとも、法律は支払った側を一切保護しないわけではありません。相手が受け取る権限を持つ人だと見える外観を備えており、支払った側がそれを知らず、かつ知らなかったことに落ち度がなかったといえる場合には、その支払いに効力が認められる余地があります。

 ここで重要なのは、落ち度がなかったといえるかどうかは、確認したかどうかで変わり得るという点です。委任状や本人の署名を一度も見ないまま、口頭の説明だけで合計額を渡していると、後から「確かめる機会はあった」と評価される可能性があります。支払先の確認は、相手を疑う行為というより、自分の支払いを無駄にしないための作業だと考えるのが実際的です。

店がご本人の分もまとめて受け取れる場合


考えられる三つのかたち

 店がご本人の分も含めて受け取ること自体が、常に問題になるわけではありません。次のようなかたちであれば、店が受け取ること自体は説明がつきます。

  1. ご本人が、店に対して受け取りを任せている場合。この場合は、任せたことを示すものがあるかが問題になります。
  2. ご本人が、店に請求権そのものを譲り渡している場合。この場合は、ご本人から客への通知か、客の承諾があるかが問題になります。
  3. 店自身の権利として請求している場合。この場合に受け取れるのは、あくまで店の分に限られます。


 いずれにも当たらないまま「まとめて預かる」という形になっているときは、後日ご本人から改めて請求を受ける余地が残ります。なお、店の担当者が交渉そのものの当事者になれるかどうかは、弁護士法との関係で別に検討すべき論点であり、支払先の話とは切り分けて考える必要があります。

支払う前に確認しておきたい項目


確認する項目確かめておきたい理由
請求書や示談書に書かれた請求者の名義店の請求なのか、ご本人の請求なのかを切り分けるため
ご本人の署名、または受け取りを任せたことを示す書面の有無店がご本人の分を受け取る権限を持っているかを確かめるため
請求権を譲り受けたという説明があるか譲渡があったのなら、通知や承諾があるかを確かめるため
振込先の口座名義誰に渡ったお金として記録に残るかが変わるため
領収書に書かれる受領者と、何に対する支払いかの記載後日、どの範囲の清算として支払ったのかを説明できるようにするため


 現金を手渡しした場合は、記録が残りにくくなります。支払う側は、支払いと引き換えに受取証書、つまり領収書の交付を求めることができます。日付、金額、受領した人、何に対する支払いかが書かれているかを確認しておくと、後で範囲を説明しやすくなります。

「店の損害」として説明されるものの見方

 店が自分の損害として挙げるものには、性質の異なるものが混ざりがちです。大きく分けると、店と客との契約に基づく請求、店が現実に負担した費用、そして店の営業上の不利益という三つになります。

 このうち、店が現実に負担した費用は、金額の裏づけを示しやすい部分です。反対に、売上が落ちた、退職されたといった営業上の不利益は、直接の相手ではない立場に生じた損害として、どこまで認められるかが争点になりやすい領域です。この点の枠組みは別の記事で扱っていますので、ここでは「当然に認められるとは限らない項目である」という位置づけにとどめます。

 もう一つ注意したいのが、同じ損害が二回数えられていないかという点です。店がご本人に補償を支払ったという項目と、ご本人自身の減収という項目が、どちらも請求に入っているような場合、内訳を確認しないまま合計額を支払うと、後から整理し直すことが難しくなります。

ご本人に支払う場合に起きやすいこと

 ご本人の分はご本人に支払うのが筋だとしても、実際には連絡先が分からない、教えてもらえないという状況がよくあります。ご本人の側からすれば、客に個人の情報を伝えることには抵抗があるのが自然です。

 このようなときに、店を通さずご本人へ直接連絡を取ろうとすると、別の問題を生みかねません。勤務先を訪ねる、SNSで探すといった行動は、支払いの意思を示すつもりであっても、相手に不安を与える行為として受け止められることがあります。連絡経路の確保は、代理人を立てて行うほうが結果的に整理しやすい部分です。

示談書の当事者欄と、清算条項の届く範囲

 示談書には、誰と誰の間の合意なのかが書かれています。ここが店だけになっている場合、その合意の効力は、原則として店との間にとどまります。

 示談書の末尾には、「本件に関して他に債権債務がないことを確認する」といった清算条項が置かれることがあります。この条項も、その合意の当事者になっている人との間でしか働きません。店との間で清算条項を交わしても、ご本人が当事者になっていなければ、ご本人の請求は形の上では残ります。

 また、処罰を求めないという趣旨の記載は、被害を受けたとされる本人の意思として意味を持つものです。刑事手続との関係については扱いが変わりますので、そちらは個別に確認してください。

支払先がはっきりしないときにできること

 支払う意思はあるものの、誰にいくら払えばよいのかが分からない、という状態は起こり得ます。その場合にまず考えられるのは、内訳と受け取る権限について、書面で説明を求めることです。これは金額を値切る行為ではなく、どこまでの清算として支払うのかを確定させる作業です。

 なお、法律上は、誰が権利者か分からない場合に法務局へお金を預けるという供託の制度があります。ただし、これは権利者が特定できない場合の制度であり、そもそも支払う義務があるかどうかや金額そのものが定まっていない段階では使いにくい仕組みです。実際に使えるかどうかは、状況を前提に個別の検討が必要になります。

 また、その場で一部だけ支払う対応は、支払う義務があることを認めたものと受け取られる場面があります。この点は別の記事で扱っていますが、支払先が固まっていない段階での一部支払いには、慎重さが求められます。

支払先の点で行き違いになりやすい対応


  • 内訳を確認しないまま、示された合計額をそのまま振り込む。
  • ご本人の分だと説明された金額を、権限の裏づけを見ないまま店の口座に入金する。
  • 現金で渡し、領収書を受け取らないまま帰る。
  • 店を通さず、ご本人へ直接連絡や送金を試みる。
  • 店に支払ったことで、すべての清算が終わったと考えて記録を残さない。


 いずれも、その場では話が収まったように見えても、後から「どの範囲の清算だったのか」を説明できなくなる点で共通しています。

相談の前に整えておきたいもの


  • 請求書、メッセージ、示談書の案など、金額や名目が書かれたもの。
  • 請求者の名義が分かるもの(宛名、署名欄、振込先の名義)。
  • これまでのやり取りの日付と、誰と話したかの記録。
  • すでに支払ったものがある場合は、その日付、金額、渡した相手、領収書の有無。
  • 店から示された内訳のうち、説明を受けていない項目の一覧。


 これらがそろっていると、「支払う義務があるのか」「あるとして誰にいくらか」という二段階の検討を、短い時間で進めやすくなります。

まとめ


  • 一つの出来事からは、店の請求とご本人の請求という、持ち主の違う二つの請求が生じ得る。
  • 慰謝料はご本人の権利であり、店の請求と同じ枠では扱われない。
  • 支払いは、受け取る権限のある人に渡してはじめて効力を持つのが原則である。
  • 権限のない相手に渡した場合、本来の権利者が利益を受けた範囲を超える部分は義務が残り得る。
  • 店がご本人の分を受け取るには、受け取りを任されているか、請求権を譲り受けているかといった裏づけが必要になる。
  • 示談書の清算条項は、当事者になっている人との間でしか働かない。
  • 支払先の確認は相手を疑う行為ではなく、自分の支払いを無駄にしないための手順である。


 ここで述べたのは一般的な考え方であり、実際にどう扱われるかは、契約の内容、やり取りの経緯、手元にある資料によって変わります。すでに金額の提示を受けている場合や、支払期限を区切られている場合は、支払う前の段階で一度、専門家に内訳と支払先を確認してもらうことをおすすめします。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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