「死んでやる」と言われて要求を呑まされている|自分への加害予告は脅迫か
店内やホテルでトラブルが起きたあと、本人ではなく店長やスタッフから連絡が入り、示談書と金額を示される——ナイトビジネスの現場では珍しくない展開です。
このとき多くの方が気にするのは「この金額は妥当なのか」という点でしょう。しかし、そこにはもうひとつ、見落とされやすい論点があります。そもそも店が、従業員に代わって交渉の当事者になれるのかという問題です。
2026年2月には、宮崎市内の無店舗型性風俗店の店長ら4人が、店の女性従業員と不同意性交をしたとされる客と示談交渉をし、示談金を受け取ったとして、弁護士法違反の疑いで逮捕されたと報じられました。逮捕は容疑の段階であって有罪の確定ではありませんが、この場面が法的に検討される対象であることを示す出来事といえます。
本コラムでは、弁護士法72条が定める「非弁行為」の枠組みを整理したうえで、店・客・キャストのそれぞれにとって何が問題になり得るのかを見ていきます。
1. 非弁行為とは何か
弁護士法72条は、弁護士または弁護士法人でない者が、報酬を得る目的で、訴訟事件その他一般の法律事件に関して、鑑定・代理・仲裁・和解その他の法律事務を取り扱うことなどを、業として行うことを禁じています。
東京弁護士会は、この禁止に触れる行為(非弁行為)の要素を次のように整理しています。
- 弁護士・弁護士法人でない者が
- 報酬を得る目的で
- 訴訟事件に加え、当事者間ですでに紛争が発生している事案や、将来紛争が発生する可能性が高い事案(=「法律事件」)について
- 法律相談を行ったり、代理人として交渉を行ったりする(=「法律事務」)ことを
- 業として(繰り返し行っている、あるいは初回であっても繰り返す予定で行う)
行うことです。他の法律で認められている場合(認定司法書士による一定の業務など)は別に扱われます。
「報酬」は金銭に限りません。 札幌弁護士会は、金銭の代わりに物をもらうことや接待を受けることも含まれ、額や名称を問わないと説明しています。依頼そのものは無償でも、別の取引と一体で見れば有償と評価される場合がある、という指摘もあります。
違反した場合の罰則は、2年以下の拘禁刑または300万円以下の罰金です(弁護士法77条3号)。さらに同法78条2項には両罰規定があり、法人の従業者などが業務に関して違反したときは、行為者だけでなく法人にも300万円以下の罰金が科され得ます。
なお、本人が自分自身の事件について交渉することは非弁行為ではありません。禁止されているのは「他人の」法律事件に業として介入することです。
2. なぜ「店が代わって交渉する」ことが問題になり得るのか
権利の持ち主はキャスト個人
わいせつ行為や本番トラブルで発生する慰謝料請求権は、被害を受けた本人に帰属します。店から見れば「他人の権利」です。ここが出発点になります。
示談交渉は「法律事件」に当たりやすい性質を持つ
最高裁平成22年7月20日決定(刑集64巻5号793頁)は、弁護士資格のない業者がビルの賃借人と立ち退き交渉を行った事案について、「立ち退き合意の成否、立ち退きの時期、立ち退き料の額をめぐって交渉において解決しなければならない法的紛議が生ずることがほぼ不可避である案件」であったとして、弁護士法72条の「その他一般の法律事件」に関するものだと判断しました。
示談交渉も、責任の有無・金額・清算の範囲をめぐって争いが生じることが避けがたい類型です。同じ考え方が当てはまる余地は小さくありません。
もっとも、「法律事件」の解釈には争いの顕在化を必要とする見解とそうでない見解があり、確立した統一的な基準があるわけではありません。札幌弁護士会も、ある行為が非弁行為に当たるかは最終的には裁判所が証拠に基づいて判断すると述べています。
「報酬を得る目的」は広く捉えられ得る
示談金からの取り分、手数料名目の受領、キャストからの謝礼などは、いずれも報酬と評価される可能性があります。前掲の逮捕事例について、弁護士ドットコムニュースの取材に応じたナイトビジネスに詳しい林本悠希弁護士は、報酬目的で介入すれば非弁行為に該当する可能性がある旨を指摘しています。
権利を譲り受ける形も、別の条文の問題になる
「キャストから請求権を買い取った」「債権譲渡を受けた」という形にしても、弁護士法73条が、他人の権利を譲り受けて訴訟・和解その他の手段でその権利を実行することを業とすることを禁じています。こちらは「報酬を得る目的」が要件になっていません。
3. 分かれ目は「誰の権利を、誰の名で扱っているか」
店の関与がすべて問題になるわけではありません。判断の軸を表にすると次のようになります。
| 問題になりにくい方向 | 問題になりやすい方向 |
|---|---|
| 店自身の損害(備品の破損、営業への具体的な支障)を、店の名で請求する | キャスト個人の慰謝料の額を店が決めて請求する |
| 事実関係を確認し、社内の記録として残す | 示談書の当事者欄が店・店長になっている |
| 本人と客の連絡を取り次ぐ | 示談金を店名義の口座で受け取る/一部を店が取る |
| 本人が当事者として話し、店は同席にとどまる | キャストの請求権を譲り受けて取り立てる(73条) |
| 警察への通報や被害届提出に付き添う | 同様の対応を継続的・反復的に行っている |
| 本人が弁護士に相談できるよう情報を渡す | 「今この場で決めろ」と相談の機会を奪う |
店自身の損害を店の名で請求することは、自分の権利の行使であって「他人の」法律事務ではありません。ただし、請求できる範囲は店に現実に生じた損害に限られます。 「罰金」という名目が使われることがありますが、罰金は国が科す刑罰の名称であり、私人が科せるものではありません。実体は違約金や損害賠償の請求として、金額の相当性が個別に検討されることになります。
上の表は目安であり、実際には報酬の有無、反復性、交渉の態様などを総合して判断されます。
4. 「非弁の疑いがある」ことと「払わなくてよい」ことは別の話です
ここは誤解が生じやすい部分なので、はっきり分けて考える必要があります。
非弁行為の問題は、交渉の"進め方"についての問題です。仮に店の関与が弁護士法に触れるとしても、それによって次のことが自動的に消えるわけではありません。
- 実際に加害行為があった場合の、被害者本人に対する損害賠償責任
- 刑事責任(不同意わいせつ罪・不同意性交等罪は2017年の改正で非親告罪となっており、示談の成立が当然に不起訴を意味するものではありません)
つまり、「非弁だから無視してよい」という結論にはなりません。正しくは、誰を相手に、どういう形で清算するのかを組み直すという話です。この点を取り違えて放置すると、後述するように状況が悪化することがあります。
5. 客の立場から見たときに起きること
店を通じて話をまとめた場合、次のようなことが起こり得ます。
| 起こり得ること | 背景 |
|---|---|
| 支払っても本院との清算が終わらない | 店に代理権が認められない場合、その合意の効力は本人に及ばないのが原則です(無権代理)。本人が追認しなければ、後日あらためて請求や被害届が出される余地が残ります |
| 示談書の清算条項が期待どおりに働かない | 清算条項の効力は、原則としてその契約の当事者間にとどまります |
| 刑事の場面で評価されにくい | 捜査機関が重視するのは被害者本人の意思です。本人の関与が確認できない合意は、宥恕の意思表示として扱われにくい面があります |
| いったん支払った金銭の回収は容易でない | 自ら任意に支払った金銭を取り戻すには、詐欺・強迫による取消しなど別の主張と立証が必要になります |
そのため、店から示談を持ちかけられた場面では、少なくとも次の3点を確認しておく意味があります。
- 誰の代理として話しているのか(本人の委任状や本人自身の意思確認があるか)
- 示談書の当事者は誰になっているか(署名欄が店なのか、本人なのか)
- 清算条項がどこまで及ぶ書き方になっているか
前掲の記事で林本弁護士は、その場の雰囲気に流されて店側が用意した示談書に署名したり示談金を支払ったりすることは避けるべきであり、可能であればその場では結論を出さず、いったん立ち去ってから弁護士に相談することが望ましいと述べています。
6. キャストの立場から見たときのリスク
店に任せることは、働く側にとっても安心とは限りません。
- 自分の名で結ばれた示談は、自分の権利の処分です。 金額や条項を確認しないまま合意が成立すると、本来請求できたはずの部分まで清算されたと扱われる可能性があります。
- 受け取る金額と、店が受け取る金額の区別が曖昧になりがちです。 示談金が店の口座に入り、そこから一部だけが渡される形は、後から精算を争いにくくします。
- 交渉の主導権を持てないまま話が終わることがあります。 刑事手続に進むかどうかは本来、被害を受けた本人が決めることです。
金額に納得できない、内容をよく理解しないまま署名を求められている、といった状況であれば、店とは別に自分の立場で相談できる先を確保しておくことが考えられます。
7. その場での振る舞い方
トラブル直後は、双方とも冷静な判断が難しい局面です。共通して言えるのは、その場で結論を出さないことです。
請求を受けている側(客)
- 事実関係をその場で認めない/曖昧なまま謝罪の言葉を書面に残さない
- 内容を確認しないまま署名・押印しない
- 提示額をその場で支払わない、ATMに同行しない
- やり取りの記録(日時・相手・提示された金額・書面の写真)を残す
- 身の安全を優先し、必要であれば110番も選択肢に入れる
- 単独で交渉を続けず、早い段階で弁護士に相談する
請求する側(キャスト)
- 示談書は署名前に全文を読み、写しを必ず受け取る
- 金額・支払方法・清算条項の範囲を自分で確認する
- 刑事手続に進むかどうかを、店の意向とは切り離して考える
8. 店の立場から見た場合
従業員を守ろうとする動機からの対応であっても、非弁行為の枠組みは行為者の意図で変わるものではありません。一方で、店にできることが何もないわけでもありません。
事実関係の確認と記録、現場の安全確保、警察への通報や被害届提出の付き添い、本人が弁護士に相談できるよう情報を渡すこと、そして店自身に生じた損害を店の名で請求すること——これらは、本人の権利を店が代わって処分することとは性質が異なります。
境界がはっきりしない場面もありますので、対応の設計そのものを弁護士に確認しておくほうが、結果として紛争を長引かせずに済むことが多いといえます。
まとめ
- 弁護士法72条は、弁護士でない者が報酬を得る目的で、法律事件について代理交渉などを業として行うことを禁じています(罰則は2年以下の拘禁刑または300万円以下の罰金。法人にも罰金が科され得ます)。
- 示談交渉は、責任の有無や金額をめぐる争いが生じやすく、「法律事件」に当たると評価される余地があります。
- 分かれ目は「誰の権利を、誰の名で扱っているか」です。店自身の損害を店の名で請求することと、キャスト個人の慰謝料を店が代わって請求することは、法的な位置づけが異なります。
- ただし、非弁の疑いがあることは「払わなくてよい」ことを意味しません。本人に対する責任や刑事責任は別のレイヤーで残ります。
- 店を通じてまとめた合意は、本人に効力が及ばず後日あらためて請求される余地があります。示談書の当事者と清算条項の範囲は、署名前に確認しておく価値があります。
- ある行為が非弁行為に当たるかどうかの最終的な判断は、裁判所が証拠に基づいて行います。自己判断で結論を出さず、早い段階で弁護士に相談することをおすすめします。


