警察から呼び出しの電話が来た|任意同行・出頭要請への対応
本記事は2026年9月30日時点の法令(民法、刑法、刑事訴訟法、消費者契約法、性的姿態撮影等処罰法)に基づいて作成しています。令和5年の刑法改正により、旧強制わいせつ罪・旧強制性交等罪はそれぞれ不同意わいせつ罪・不同意性交等罪に改められており、本記事では改正後の罪名で記載しています。個別の事情によって結論が変わることがありますので、具体的な対応は専門家にご相談ください。
「今ここで払ってくれれば、この件は終わりにします」。風俗店でトラブルになった直後、店のスタッフやキャストからこう持ちかけられたというご相談は少なくありません。一方で、「その場で払ったのに、後日また連絡が来た」「払ったはずなのに、話が終わっていなかった」というご相談も同じように寄せられます。
「その場で払う必要はない」という説明は、多くの法律事務所の記事で目にします。それ自体は誤りではありませんが、なぜ払っても終わらないことがあるのか、逆にどのような条件がそろえば支払いが解決につながるのかは、あまり整理されていません。「終わる」という言葉が何を指しているのかを分けて考えないと、払うべきかどうかの判断もつきにくいままです。
この記事では、即時払いを求められた場面での判断の軸に絞って整理します。支払期限を切られたときの具体的な言い回し、示談書の条項、身分証の扱いといった個別の論点は、それぞれの記事に委ねています。
「この場で終わる」は何が終わるのか
相手の言う「終わる」には、実はいくつかの異なる問題が含まれています。支払いによって閉じるものと閉じないものを分けておくと、目の前の提案をどう評価すればよいかが見えやすくなります。
民事の請求は「誰と」「どこまで」で決まる
風俗トラブルで金銭の請求が問題になるとき、請求できる立場にある人は一人とは限りません。行為を受けたキャスト本人には精神的苦痛などについて損害賠償を求める余地があり、店には営業上の損害など別の名目の主張があり得ます。この二つは法律上別の請求です。店のスタッフに現金を渡しても、それでキャスト本人の請求まで消えるとは限りません。この点は誰に払うのか|店の損害とキャスト個人の損害は別で詳しく扱っています。
また、ある請求を「これで終わり」と確定させるのは、支払いそのものではなく、支払いと引換えに交わす合意です。お互いに譲り合って争いをやめる合意(和解)が成立すれば、その内容の範囲では後から蒸し返すことができなくなります(民法695条・696条)。反対に、合意の中身が口頭の「これで終わり」だけであれば、何が清算されたのかを後で示すことは難しくなります。合意書に盛り込むべき事項は風俗トラブルの示談書に必ず入れる6条項|抜けると後で効かないをご参照ください。
刑事手続は当事者の約束だけでは閉じない
「払えば警察には言わない」という言葉が添えられることもあります。しかし、不同意わいせつ罪、不同意性交等罪、性的姿態等の撮影罪などは、被害者の告訴がなくても捜査や起訴ができる罪です。示談が成立していることは、検察官が起訴するかどうかを判断する際に考慮される事情になりますが(刑事訴訟法248条)、当事者間の約束によって捜査機関の判断が拘束されるわけではありません。
その場の支払いだけで刑事の面まで確実に閉じられるわけではないという点は、判断の前提として押さえておきたいところです。もっとも、被害を訴える側と条件を整えた示談が成立していることは、実際の手続の見通しに影響します。支払いに意味がないのではなく、「誰と、どのような書面で」合意するかによって、その意味が変わるということです。
身分証・画像などの情報は支払いとは別の問題
トラブルの場面では、身分証の写真を撮られた、スマートフォンの中の画像を確認された、といった事情が重なることがあります。支払いを済ませても、控えられた身分証の写しや撮影された画像が相手の手元から消えるわけではありません。返還や削除、第三者に伝えないことの約束は、支払いとは別に取り決めておく必要がある事項です。身分証を求められた場面については身分証の提示・撮影を求められた場合|応じる義務と拒否の帰結で整理しています。
ここまでの内容をまとめると、次のようになります。
| 「この場で終わる」の中身 | 実際に区切りをつけるために必要なもの |
|---|---|
| 店との金銭の問題 | 店との合意書(清算条項を含むもの) |
| キャスト本人との金銭の問題 | キャスト本人との合意書(本人確認を含むもの) |
| 刑事手続 | 被害を訴える側との示談(宥恕の意思表示など)。ただし捜査機関の判断を拘束するものではない |
| 身分証・画像などの情報 | 返還・削除・第三者に伝えないことの取決め |
その場での支払いに付いてこないもの
即時払いを求める側には、話が冷静になる前にまとめたい、支払う側に考える時間を与えたくない、といった事情があることが少なくありません。急いで支払うことで、支払う側が失いやすいものを確認しておきます。
書面・受領証・本人確認
即時払いの場面では、支払う側の手元に残るものが少なくなりがちです。現金を渡した場合、誰にいくら渡したのかを後で示す材料がなければ、「受け取っていない」「あれは別の名目だった」と言われたときに反論することが難しくなります。弁済をする人は、支払いと引換えに受取証書(領収証)の交付を求めることができます(民法486条1項)。それでも、その場で相手の氏名や立場まで確かめられるとは限りません。
受領書の作り方は【風俗トラブル】示談金の領収書・受領書をどう作るか|後日の否認に備える、本人確認をしないまま支払うことの問題は【風俗トラブル】支払った後に相手が別人だと分かった|本人確認をしない示談の危うさで扱っています。
金額の根拠を確かめる時間がない
提示される金額は、店の「罰金表」や規約に書かれた数字であったり、根拠の説明がないまま示された数字であったりします。規約に違約金の定めがあっても、損害賠償額の予定(民法420条)としての効力には限界があり、公序良俗(民法90条)や、消費者の利益を一方的に害する条項を無効とする規定(消費者契約法10条)によって効力が否定・制限される場合があります。詳しくは損害賠償額の予定(民法420条)は風俗の規約でも有効かをご覧ください。
ただ、こうした点は、その場で冷静に確認できる性質のものではありません。金額の妥当性を検討する時間がないこと自体が、即時払いに伴う大きな不利の一つといえます。
支払いの事実がどう受け取られるか
事実関係に争いがあるのに、その場の雰囲気に押されて謝罪し支払うと、後になって「認めたから払ったのだろう」と受け取られることがあります。反対に、自分にも非があると考えている場合でも、事実と異なる内容まで認める形で支払うことは避けたいところです。支払うかどうかの判断と、どの事実を認めるかの判断は、分けて考える必要があります。撮影に気づかれた直後の場面については撮影に気づかれた直後の店内対応|その場で求められることと応じる範囲で整理しています。
払うかどうかを判断するときの確認点
即時払いを求められたからといって、支払うことがいつも誤りというわけではありません。大切なのは、支払いによって何が確定するのかを確かめたうえで判断することです。
確認したい4つの点
その場で結論を出す前に、少なくとも次の点が確認できるかを考えてみてください。
- 誰が請求しているのか(店なのか、キャスト本人なのか、その両方なのか)。
- 何の名目の請求なのか(罰金、違約金、慰謝料、営業損害など)。
- 金額の根拠が説明されているか。
- 支払いと引換えに、何が書面で約束されるのか(清算、被害届を出さないこと、身分証の返還、画像の削除など)。
このうち一つでも曖昧なまま支払うと、自分が「終わった」と考えている範囲と、相手が「終わった」と考えている範囲とがずれる余地が残ります。
その場での支払いが選択肢になり得る場面
自分の行為に問題があったことに争いがなく、請求しているのがキャスト本人であり、金額が事案に見合っていて、支払いと引換えに清算や接触禁止などを定めた合意書をその場で交わせる、という条件がそろうのであれば、早く区切りをつけることに利点がある場合もあります。
もっとも、実際にはこれらの条件がその場ですべてそろうことは多くありません。条件の一部が欠けているなら、その場では支払いを約束せずに持ち帰り、確認してから判断する方が、結果として確実に終わることもあります。当事務所の【解決事例】デリヘルで罰金100万円を請求された|借用書への署名前に相談し、キャスト本人の署名入り合意書で解決でも、署名や支払いの前にご相談いただいたことで、請求の相手と合意の中身を確かめたうえで解決に至っています。
持ち帰ると伝えるときの具体的な言い方は、【風俗トラブル】支払期限を切られた|『今日中に』に応じないための伝え方で整理しています。
身の安全を優先すべき場面
部屋から出してもらえない、ATMまでの同行を求められる、大声や威圧的な態度で支払いを迫られる、といった状況では、判断の順序が変わります。まずはその場を離れること、必要であれば110番通報することを優先してください。この場面についてはその場から帰してもらえない|監禁と不退去の境界とその場でATMに連れて行かれた|同行と引き出しの強要で詳しく扱っています。
また、「払わなければ家族や職場に知らせる」「払わなければ通報する」といった言葉で支払いを迫られる場合、請求の方法によっては恐喝の問題になり得ます。「金を払わなければ通報する」と脅されたら|風俗トラブルにおける恐喝罪への対処法もあわせてご覧ください。
すでにその場で払ってしまった場合
その場で支払ってしまったというご相談も多く寄せられます。払ってしまった後でも、記録を残し、合意の形を整えることで区切りをつけられる余地はあります。
まず残しておきたい記録
支払った日時、場所、金額、渡した相手、支払いの方法、そのときに言われた言葉を、できるだけ早くメモにしておきます。振込であれば振込の記録、受領証や書面を受け取っていればその原本、店とのメッセージや通話の履歴も保存しておきます。記録の整理の仕方は【風俗トラブル】自分側の記録をどう作るか|相談の前に整理しておく材料をご参照ください。
追加の請求や、別の相手からの請求が来たとき
その場の支払いが清算の合意を伴っていなかった場合、「あれは店への罰金で、キャスト本人との話は別だ」といった形で、後から別の請求が続くことがあります。すでに支払った金額があることは、その後の交渉で考慮を求める事情になります。書面が残っていない場合でも、記録をもとに経緯を整理することで対応できる場合があります。
当事務所でも、【解決事例】メンズエステの盗撮トラブル|示談金支払後の追加請求を拒否できた事例や【解決事例】デリヘルでの本番行為を理由に70万円を支払ってしまった|支払後に合意書を作成した事案のように、支払い後に合意の形を整えて区切りをつけた例があります。
支払ったお金を取り戻せる場面
脅されて支払った場合や、明らかに過大な金額を支払った場合には、支払いの前提となった合意の取消しや無効を主張する道があります(民法96条1項・90条)。強迫を理由とする取消しには期間の制限があります(民法126条)。もっとも、支払いの経緯を示す記録が乏しいと主張が難しくなることもあり、取り戻しは容易ではありません。
一方で、【解決事例】デリヘルの本番行為で「罰金」50万円を支払った後に再請求|交渉で支払済みの50万円が全額返金された事例のように、交渉によって返金に至ることもあります。
よくあるご質問
「今払わないなら警察に行く」と言われたら、払った方がよいのでしょうか。
警察に相談するかどうかは相手が決めることであり、支払いと引換えに通報しないと約束されても、その約束が刑事手続を止める効力を持つわけではありません。一方、通報をほのめかして不相当な金額を求める行為は、恐喝の問題になり得ます。払うかどうかは、通報の予告があるかどうかではなく、請求の相手・名目・金額の根拠・合意の中身から判断することになります。
手持ちがないので、借用書を書くよう求められました。
借用書は、借りたお金を返すという内容の書面です。実際にはお金を借りていないのに署名すると、請求の根拠や金額を後で争うことが難しくなるおそれがあります。署名する前に内容を確認し、その場では書かずに持ち帰るという選択もあります。すでに署名してしまった場合については脅されて署名した念書・示談書は有効か|「無効」と「取消し」の違いをご覧ください。
その場で払った金額は、後の示談で考慮してもらえますか。
支払った相手と後の示談の相手が同じであれば、既に支払った金額として差し引くよう求めるのが通常の流れです。相手が異なる場合、たとえば店に支払った後にキャスト本人から請求された場合には、店に支払ったお金がキャスト本人の損害に充てられたものとして扱われるかどうかが争点になります。この場面では、支払いの記録が大きな意味を持ちます。
まとめ
- 「この場で終わる」の中身は、民事(店・キャスト本人)、刑事、身分証や画像などの情報に分かれ、支払いだけですべてが閉じるとは限りません。
- 争いを終わらせるのは支払いそのものではなく、支払いと引換えに交わす合意です(民法695条・696条)。
- 不同意わいせつ罪・不同意性交等罪・撮影罪などは告訴がなくても捜査・起訴され得る罪で、示談は起訴の判断で考慮されますが、捜査機関の判断を拘束するものではありません(刑事訴訟法248条)。
- 支払う際には、受取証書(領収証)の交付を求めることができます(民法486条1項)。
- 規約の違約金や罰金表の金額は、効力が否定・制限される場合があります(民法90条・420条、消費者契約法10条)。
- その場で判断する前に、請求の相手・名目・金額の根拠・引換えに得られる約束の4点を確認します。
- 脅されて支払った場合は合意の取消しを主張する余地があり、取消しには期間の制限があります(民法96条1項・126条)。
弁護士法人若井綜合法律事務所では、風俗トラブルに関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。その場で支払いを求められて返事を保留している方、すでに支払ってしまい追加の連絡に不安を感じている方、いずれの立場からのご相談にも対応しています。
請求の相手や金額の根拠が分からないまま判断を迫られているときは、支払う前に一度ご相談ください。状況を伺ったうえで、どのような合意の形であれば区切りをつけられるかを一緒に検討します。


