【風俗トラブル】示談金を払ったのに被害届を出された|合意の効果と刑事手続

若井亮

若井亮

テーマ:風俗トラブル

本記事は2026年10月2日時点の法令(刑法、刑事訴訟法、民法)と犯罪捜査規範に基づいて作成しています。令和5年の刑法改正により、旧強制性交等罪・旧強制わいせつ罪はそれぞれ不同意性交等罪・不同意わいせつ罪に改められています。刑法の法定刑は、2025年6月1日施行の改正により懲役・禁錮が拘禁刑に一本化された後の表記です。個別の事情によって結論が変わることがありますので、具体的な対応は専門家にご相談ください。


「店から言われた金額を支払い、示談書にも署名したのに、数日後に警察署から電話がかかってきた」。風俗店でのトラブルの後、こうしたご相談をいただくことがあります。反対に、「示談書に『被害届は出さない』と書いてあるのだから、警察に行かれても関係ないはずだ」と考えたまま、どう動けばよいか分からずにいる方からのご相談も寄せられます。

 「示談をしても、被害届が出されることはある」という説明は、多くの記事で目にします。それ自体は誤りではありません。ただ、なぜ被害届が出されたのかという経緯によって、手元の示談書が持つ意味や、次にとるべき対応は変わります。支払ったお金と交わした書面が、どこまで効いていて、どこから効いていないのかは、あまり整理されていません。

 この記事では、示談金を支払った後に被害届が出された、あるいは出されたと告げられた場面に絞って、合意の効果を「当事者の間の問題」と「刑事手続」とに分けて整理します。被害届が出された場合の示談交渉の進め方全般は本番で被害届を出されたら?取り下げの可否と示談交渉の進め方、示談の後に相手が処罰を求めるようになった場合の扱いは示談が成立した後に被害者が処罰を求めた|宥恕の撤回はできるのか、示談と不起訴の関係は示談が成立しても処分が残る場合|示談=不起訴ではない理由に委ねています。

示談金を払った後に被害届が出される3つの経緯

 示談が成立したはずなのに被害届が出される経緯は、ご相談を伺っていると、おおむね三つに分かれます。どれにあたるかによって、手元の示談書の読み方が変わります。

示談の相手が店で、キャスト本人とは合意していなかった

 風俗トラブルでは、店のスタッフが窓口となって金額を示し、店に支払って示談書を交わすことがよくあります。ただ、店の営業上の損害とキャスト本人の精神的な損害は別の請求であり、被害届を出すかどうかを決めるのは、示談の相手ではなく、被害を受けたと考えるキャスト本人です。店との間で「被害届は出さない」と取り決めても、キャスト本人がその合意に加わっていなければ、本人の判断を縛ることはできません。

 また、受け取る権限のない人に支払った場合、支払った側が善意で過失がなかったときを除き、原則として支払いの効力は生じません(民法478条)。この点は誰に払うのか|店の損害とキャスト個人の損害は別と店がキャストに代わって示談交渉をしてよいのか|非弁行為という視点で詳しく扱っています。

示談の前から警察への相談が進んでいた

 トラブルの当日にキャストや店が110番通報をしていた、あるいは後日警察署に相談していたという場合、示談書を交わした時点で、すでに被害届が出ていたり、警察が事情を把握していたりすることがあります。この場合は「示談の後に出された」のではなく、示談の前から手続が進んでいたことになります。示談書に「被害届を取り下げる」と書かれていても、実際に取下げの手続がとられたかどうかは別の問題です。

示談書に刑事手続についての取り決めがなかった

 その場で書かされた示談書や念書には、金額と支払期日だけが書かれ、処罰を望まないという宥恕の文言や、被害届についての取り決めが入っていないことがあります。この場合、金銭の問題は清算されていても、刑事手続についてキャスト本人がどのような意思を示したのかは、書面からは読み取れません。示談書に入れておくべき条項は風俗トラブルの示談書に必ず入れる6条項|抜けると後で効かないで整理しています。

 三つの経緯ごとに、確かめるべき書面と、示談書が刑事手続の中で持つ意味をまとめると、次のようになります。

経緯まず確かめる書面示談書が刑事手続で持つ意味
店とだけ示談していた示談書の当事者欄と署名者キャスト本人の意思を示す資料にはなりにくい
示談の前から警察が関与していた示談の日付と、取下げの手続の有無被害回復の資料にはなるが、捜査が止まるとは限らない
刑事手続の取り決めがなかった宥恕や被害届に関する条項の有無被害回復の資料にとどまり、処罰感情を示す資料にはなりにくい


示談で取り決めたことは、何に効いて何に効かないのか

 被害届が出されたと知ると、「示談は無駄だったのか」と感じる方も少なくありません。しかし、示談書の中身は、当事者の間で効く部分と、刑事手続の中で評価される部分とに分けて考えることができます。

当事者の間の金銭の問題は、合意の範囲で清算される

 示談は、法律上は当事者が互いに譲歩して争いをやめる和解契約にあたります(民法695条)。示談書に清算条項があり、相手方が当事者として署名していれば、その範囲の金銭の請求については、後から蒸し返されにくくなります。被害届が出されたからといって、交わした合意がただちに無効になるわけではありません。清算条項の射程は清算条項の意味|後から追加請求されないためにをご参照ください。

「被害届を出さない」という約束で警察の受理は止まらない

 警察官は、犯罪による被害の届出があったときは、これを受理しなければならないとされています(犯罪捜査規範61条1項)。捜査を始めるかどうかは公の判断であり、当事者の間の約束で止めることはできません。そのため、示談書に「被害届を提出しない」と書かれていても、警察が届出を受け付けなくなるわけではありません。

 告訴については、公訴の提起があるまで取り消すことができ、取り消した人は同じ事件について改めて告訴することができないと定められています(刑事訴訟法237条1項・2項)。一方、被害届にはこのような定めがなく、取り下げた後に改めて届け出ることも手続上は妨げられていません。なお、不同意性交等罪や不同意わいせつ罪は親告罪ではないため、告訴がなくても捜査や起訴が行われることがあります。被害届と告訴、立件の違いは事件は『いつ』始まるのか|相談・被害届・告訴・立件の違いで整理しています。

示談書と受領証は、刑事手続の中で被害回復の資料になる

 他方で、支払った示談金と交わした書面が意味を失うわけではありません。検察官は、犯罪後の情況なども考慮して起訴するかどうかを判断します(刑事訴訟法248条)。示談金を支払ったことは被害回復の事実として、宥恕の文言があれば処罰感情が和らいだことを示す資料として、処分を決めるときの判断材料になります。示談は捜査を止める鍵ではなく、処分を決める段階で評価される材料と考えると、手元の書面の使い道が見えやすくなります。

示談書の取り決め当事者の間での効果刑事手続への影響
示談金の支払いと受領支払った範囲で損害が填補される被害回復の資料として評価される
清算条項合意の範囲で追加の金銭請求を防ぐ直接の影響はない
宥恕の文言(処罰を望まない)金銭面の効果はない処罰感情を示す資料として評価される
被害届を出さない・取り下げる約束としての意味は残る警察の受理や捜査を止める効力はない


被害届が出されたと知ったときに確かめること

 被害届が出されたと知った直後は、気持ちが動揺しやすい時期です。動く前に、次の三つを順に確かめておくと、その後の対応を組み立てやすくなります。

本当に被害届が出されたのかを見極める

 「キャストが被害届を出した」と伝えてきたのが店のスタッフだけで、警察からは何の連絡もないという場合もあります。示談の後に追加の支払いを求める目的で、このように告げられることもあるため、警察から連絡があったかどうかを一つの目安にします。もっとも、警察は捜査中の事件について、被害届の有無を当事者に知らせないことも多く、こちらから確かめられる範囲には限りがあります。追加の請求を受けている場合は、示談したのに再度請求された|清算条項と蒸し返しへの対応もあわせてご覧ください。

手元の書面と記録を集めて読み直す

 次に、示談に関わる書面と記録を手元に集め、何がどこまで取り決められているのかを読み直します。集めておきたいものは、次のとおりです。

  • 示談書や念書の原本または写しと、署名した人の氏名・立場。
  • 宥恕の文言、被害届・告訴についての条項、清算条項の有無。
  • 示談金の受領証と、振込の記録。
  • 店やキャストとのメッセージ、通話の記録。
  • 警察から連絡があった場合は、その日時・警察署名・担当者名・用件。


 店で書かされた書面を撮影していない場合は、【風俗トラブル】店の事務所で書かされた紙の写真を撮っていない|内容を後から確かめる方法をご参照ください。

キャストや店に直接抗議しない

 「約束が違う」と感じて、キャスト本人や店に連絡し、被害届を取り下げるよう強く求めたくなるかもしれません。しかし、自分の刑事事件の捜査に必要な知識を持つと認められる人に対し、その事件に関して正当な理由なく面会を強く求めたり、威迫したりすることは、証人等威迫罪にあたる場合があり、2年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金が定められています(刑法105条の2)。穏やかに頼むつもりであっても、相手の受け止め方によっては、証拠隠滅のおそれをうかがわせる事情と見られることもあります。相手方への連絡は、弁護士を通じて行うことを基本にしてください。

刑事手続の中で、交わした示談をどう生かすか

 被害届が出された後は、交わした示談を刑事手続の中で説明できる形に整えることが中心になります。

示談書と受領証は弁護人から提出する

 警察から連絡があった段階で弁護人を選任すれば、示談書と受領証の写しを、示談に至った経緯を説明する書面とともに捜査機関へ提出することができます。示談書の当事者や文言に不足がある場合でも、支払いの事実と経緯を整理して示すことで、被害回復の資料として考慮されるよう働きかけます。処分の判断で考慮される材料は起訴猶予を得るために積み上げる材料|検察官が見ているもので整理しています。

示談に応じたことと、事実を認めたことは同じではない

 風俗トラブルの示談は、その場を収めるため、家族や職場に知られないためといった理由で応じることも少なくありません。示談書の文言によっては、指摘された行為を認めたように読めるものもありますが、取調べでは、なぜ示談に応じたのか、どの事実を認め、どの事実を争うのかを、自分の認識に沿って説明することになります。示談に応じたことを理由に、身に覚えのない点まで認める必要はありません。取調べの前に、弁護人と説明の方針をすり合わせておくことをおすすめします。否認と示談の関係は無実でも示談すべき?否認と示談のジレンマをご参照ください。

キャスト本人との合意を改めて目指す

 示談の相手が店だけだった場合や、宥恕の文言が入っていなかった場合には、弁護人を通じてキャスト本人と改めて話し合い、本人の意思を確かめられる形の合意を目指すことがあります。すでに支払った金額をどう位置づけるか、追加の支払いが必要になるかは、本人の意向と事案の内容によって変わります。当事務所でも、【解決事例】メンズエステで不同意性交等罪の被害届|示談により不送致で解決した事例のように、被害届が出された後の示談によって解決に至った例があります。

払った示談金の返還を求めるべきか

 被害届を出されたことで、「それなら払ったお金を返してほしい」と考えるのは自然なことです。ただ、この判断は刑事手続への影響と切り離して考えることができません。

返還を求める余地が問題になる場面

 被害届を出さないこと、あるいは取り下げることが、示談金を支払う前提として示談書に明記されていた場合には、約束が守られなかったことを理由に合意を解除し、支払った金銭の返還を求める余地が問題になります(民法541条・545条1項)。もっとも、捜査に関わる約束がどこまで法的に保護されるかについては見方が分かれうるところで、示談書の書き方や支払いの経緯によって結論は変わります。店に支払った金銭が、本来支払う必要のない名目だった場合の考え方は払ってしまった示談金・違約金は取り戻せるか?返金請求の可否で扱っています。

返還を求めることで刑事手続の上で手放すもの

 返還を求めると、被害回復をしたという事実をこちらから取り消すことになります。示談金の支払いは、検察官が処分を決める際に考慮される事情の一つですから、その材料を自ら手放すことになりかねません。捜査が続いている間は返還の問題をいったん脇に置き、刑事手続への対応を先に進めたうえで、処分が決まった後に改めて検討するという順序が考えられます。返還の判断は、刑事手続の見通しが立ってから行うのが無理のない進め方です。

よくあるご質問

示談書を警察に見せれば、被害届は無効になりますか。

 示談書を示しても、被害届が無効になったり、警察が受理を取り消したりするわけではありません(犯罪捜査規範61条1項)。ただし、示談書は被害回復の資料として意味を持つため、弁護人を通じて提出することを検討します。示談書のどの文言が刑事処分の判断で考慮されるかは、宥恕文言の意味|「許す」と書かれると刑事処分はどう変わるかで整理しています。

キャストが被害届を取り下げてくれれば、捜査は終わりますか。

 被害届の取下げには、捜査を終わらせる法的な拘束力はありません。事案の内容によっては、取下げの後も捜査が続き、検察官に事件が送られることがあります。ただ、取下げはキャスト本人の処罰感情を示す事情として、処分の判断に影響します。取下書の書き方は被害届の取下げ・告訴の取消をどう書くかをご参照ください。

示談の後に「取り下げてほしければ追加で払え」と言われました。

 清算条項のある示談書を交わしていれば、合意の範囲を超える支払いに応じる義務は原則としてありません。被害届の取下げと引換えに金銭を求めること自体がただちに違法になるわけではありませんが、要求の仕方によっては恐喝が問題になることもあります。その境界の考え方は「被害届を出す」と言われた|正当な権利の告知と脅迫の境界で扱っています。当事務所でも、【解決事例】「警察に話す」と迫られ示談金100万円を支払った後、250万円の追加請求を支払いゼロで解決した事例のように、示談後の追加請求に対応した例があります。

まとめ


  1. 示談金を払った後に被害届が出される経緯は、店とだけ示談していた、示談の前から警察が関与していた、刑事手続の取り決めがなかった、の三つに大きく分かれる。
  2. 示談は和解契約であり、清算条項があれば合意の範囲の金銭請求は後から蒸し返されにくい(民法695条)。
  3. 警察は被害の届出を受理しなければならず、「被害届を出さない」という約束で受理や捜査を止めることはできない(犯罪捜査規範61条1項)。
  4. 告訴を取り消した人は再告訴できないが、被害届にはこの定めがなく、不同意性交等罪などは親告罪ではない(刑事訴訟法237条1項・2項)。
  5. 示談金の支払いと宥恕の文言は、検察官が処分を決める際の材料として評価される(刑事訴訟法248条)。
  6. キャストや店への直接の抗議は、証人等威迫罪が問題になる場合がある(刑法105条の2)。
  7. 示談金の返還を求める余地は示談書の書き方によるが、刑事上の評価を手放すことにもなるため、判断は刑事手続の見通しが立ってから行う(民法541条・545条1項)。


弁護士法人若井綜合法律事務所では、風俗トラブルに関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。示談金を支払った後に警察から連絡があった方、店から「キャストが被害届を出した」と告げられて真偽が分からない方、いずれの段階からのご相談にも対応しています。

交わした示談書が刑事手続の中でどのような意味を持つかは、書面の当事者と文言によって変わります。お手元の示談書や受領証をお持ちいただければ、その内容を確かめたうえで、警察への対応とキャスト本人との話し合いをどう進めるかを一緒に検討します。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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