風俗店・キャストに個人情報を握られた|悪用・晒しを防ぐには
「甲は乙を宥恕し、乙の刑事処罰を求めない」。示談書の案にこの一文が入っているかどうかで、その後の刑事手続の見通しが変わることがあります。ただし、この一文は書けば結果が決まるという性質のものではありません。
風俗店でのトラブルで示談の話が出たとき、見慣れない「宥恕」という二文字で手が止まる方は少なくありません。読み方も意味も分からないまま、「これが入っていれば大丈夫」「入っていないと裁判になる」といった断片的な説明だけが耳に入ってくる、という状況です。
この記事では、宥恕文言が何を意味する言葉なのか、どういう経路で刑事処分に影響するのか、そしてどこには影響しないのかを整理します。先に結論を書いておくと、宥恕文言は手続を終わらせる効力を持つ書面ではなく、処分を決める人が見る材料の一つです。この違いを理解しているかどうかで、示談の進め方は変わります。
この記事で扱うこと・扱わないこと
性風俗の利用に関するトラブルで、客側の立場から示談書の案を示されている方を想定しています。相手方が店なのか、キャスト本人なのかがはっきりしない場面も含みます。
次の点は、それぞれ別の論点として扱いが大きくなるため、この記事では立ち入りません。
- 示談金の金額の目安や、金額を下げる交渉の進め方。
- 清算条項・接触禁止条項・秘密保持条項など、宥恕文言以外の条項の設計。
- 示談そのものを断られている場合に取り得る手段。
- 事実関係を争っている場合の弁護方針。
- 罰金・略式手続・不起訴といった処分の種類そのものの説明。
また、相手方が未成年である場合や、暴力・脅迫が問題になっている場合は、前提が変わります。ここで書く内容をそのまま当てはめられるとは限らない点にご注意ください。
「宥恕」とはどういう言葉か
読み方と字の意味
宥恕は「ゆうじょ」と読みます。「宥」も「恕」も、いずれも許すという意味を含む字で、二つ合わせて「相手の事情をくんで許す」といった意味合いになります。日常会話ではまず使いません。刑事事件の示談書という限られた場面で残ってきた言い回しです。
示談書ではどう書かれるか
実際の書面では、たとえば「甲は乙を宥恕し(許し)、乙の刑事処罰を求めない」といった形で置かれます。甲が被害を訴えている側、乙が客側という並びです。
近年は「宥恕」という語を使わず、「厳しい処罰を求めない」「刑事処罰を望まない」と平易に書く例も増えています。どちらの書き方であっても、伝えようとしている内容は同じです。
条文に定められた制度ではない
ここが最初の注意点です。宥恕は、刑法や刑事訴訟法に定義規定が置かれた制度ではありません。「宥恕を得たときは刑を減軽する」といった条文があるわけではなく、実務のなかで使われてきた言い回しにとどまります。
では、条文に書かれていない言葉が、なぜ処分に影響するのか。次の章で見ていきます。
「許す」と書かれると、どの経路で処分に影響するのか
起訴するかどうかを決めるのは検察官
刑事訴訟法248条は、犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる、と定めています。いわゆる起訴猶予の根拠となる条文です。
宥恕文言は、この条文が挙げる「情状」「犯罪後の情況」に当たる事情の一つとして位置づけられます。被害を訴えている側の処罰感情がどうなっているかは、この判断のなかで重く見られる要素とされています。条文に「宥恕」と書かれていなくても影響が生じるのは、この経路を通っているためです。
起訴された後は量刑の事情になる
起訴された場合でも、判決で刑の重さを決める際の事情として考慮されます。示談が成立していること、そこに許す旨の意思が示されていることは、被告人側に有利な事情として主張されます。刑の重さや執行猶予の判断に影響することもあります。
ただし、どの程度重みを持つかは罪名や事案の内容によって差があります。同じ文言が入っていても、扱いが一律になるわけではありません。
「効力」ではなく「材料」
整理すると、宥恕文言は判断する人に届く材料であって、手続を止めたり終わらせたりする効力を持つものではありません。書面が提出されても、捜査が自動的に打ち切られるわけではなく、最終的な判断は検察官や裁判所が行います。
この点は、次の表で比べると分かりやすくなります。
被害弁償・示談・宥恕付き示談・告訴の取消しの違い
| 区分 | 書面や行為の内容 | 刑事手続での位置づけ |
|---|---|---|
| 被害弁償 | 生じた損害を金銭で埋める | 支払の事実が事情として考慮される |
| 示談(宥恕文言なし) | 当事者間で解決の合意をする | 紛争が解決したことが事情として考慮される |
| 宥恕付き示談 | 合意に加えて、許す・処罰を求めない意思が書面に残る | 処罰感情が和らいだ事情として考慮される |
| 告訴の取消し | 親告罪について、いったんした告訴を取り消す | 手続を進めるための条件そのものに関わる |
上の3つは、いずれも判断の材料として重く見られるかどうかの違いです。これに対していちばん下の告訴の取消しだけは、性質が違い、手続を進める条件そのものに関わります。
もっとも、告訴の取消しが意味を持つのは親告罪に限られます。風俗の場面で問題になりやすい不同意性交等罪、不同意わいせつ罪、撮影罪、迷惑防止条例違反、建造物侵入は、いずれも告訴がなければ起訴できない罪ではありません。この範囲では、宥恕文言は材料としては重い部類に入るものの、手続を終わらせるスイッチではない、という理解になります。
なお、被害届については法律上の取下げという制度が用意されていません。「取り下げてもらう」という発想より、処罰を求めない意思が示されているかどうかのほうが実質を持つ場面が多いのは、このためです。
手続のどの段階かで意味が変わる
まだ警察に届いていない段階
届出や告訴に至る前に解決すれば、事件として立ち上がらないまま終わる可能性があります。もっとも、届け出るかどうかは相手方の判断であり、合意で縛れる性質のものではありません。「届け出ない」と書いてもらったからといって、その通りになるとは限らない点は押さえておく必要があります。
捜査中で、処分がまだ決まっていない段階
検察官の判断材料として提出できる時期です。ここに間に合うかどうかで意味が大きく変わります。処分が決まった後に書面が整っても、その処分自体が動くわけではありません。
起訴された後
量刑を判断するための事情として扱われます。公判の途中で提出することもできますが、起訴前に間に合った場合とは位置づけが異なります。
風俗の場面で最初に確認したいこと——誰の「許す」なのか
刑事の相手方は本人
風俗のトラブルでは、話し合いの窓口が店になることがほとんどです。客の側はキャストの本名も連絡先も知らないのが通常ですから、店を通すしかない、という事情があります。
しかし、刑事事件で被害を訴えている当事者として扱われるのは、通常はキャスト本人です。店との間で金銭のやり取りが済んでいても、本人の処罰感情はそれとは別に存在します。
店の名前で作られた書面の限界
書面に「当店は宥恕する」と書かれ、店の代表者や店長の名前で押印されていることがあります。これは店としての意思表示であって、本人が同じ意思を持っているかどうかを示すものではありません。
窓口になっている店の担当者が、本当に本人の意思を反映して交渉しているのかを確認しないまま金銭を渡すと、支払は済んだのに事態が解決していない、ということが起こり得ます。本人の署名がある形にするか、代理して交渉していることを示す書面を求めるといった確認が要る場面です。
書面を受け取る前に確かめておきたいこと
- その宥恕文言が、誰の意思として書かれているか。
- 本人の意思であることが確認できる形になっているか。
- 支払を受け取る相手と、許す意思を示している人が一致しているか。
- その書面が捜査機関に提出される可能性を、相手が理解しているか。
なお、店が客と本人の間に入って示談交渉を代行し、報酬を得る形は、弁護士法上の問題を生じることがあります。この点は別の論点として整理が必要です。
「宥恕」という言葉をあえて使うべきか
意味が伝わっていないと、後で揺らぐ
宥恕は日常語ではありません。署名した側が後になって「意味が分からないまま署名した」と述べた場合、その書面の重みは下がります。書面が形式として整っていることと、意思が実際にあったこととは別だからです。
このため実務では、難しい言葉を使うより、最初から平易な表現で書いておくほうが安定するという考え方があります。「厳しい処罰を求めません」といった書き方であれば、意味の取り違えは起こりにくくなります。
文言の有無だけで結論が決まるわけではない
書面に「宥恕」や「許す」という語が入っているかどうかだけで結論が変わるわけではない、という受け止めも、実務では珍しくありません。判断する側が見ているのは、書面の体裁ではなく、処罰を求める気持ちが実際に和らいでいるかどうかです。
検察官が、書面に書かれた内容について本人に直接意向を確認することもあります。内容をよく説明しないまま署名を求めたり、繰り返し働きかけて書かせたりした事情があれば、その経緯自体が把握されると考えておくべきです。文言を取り付けること自体が目的化すると、かえって不利に働きます。
宥恕文言があっても変わらないこと
書面が整っても、次の点は別に残ります。
- 捜査が自動的に打ち切られるわけではないこと。
- 不起訴で終わった場合でも、捜査を受けた記録は残ること。
- 出入禁止など、店の営業上の対応は刑事処分とは別の判断であること。
- 示談の対象に含まれていない別の事実は、別に評価されること。
- 店・他の客・目撃者など、当事者以外との関係は、その示談では清算されないこと。
「これで全部終わった」と受け止めてしまうと、後になって別の連絡が来たときに対応が遅れます。何がどこまで片づいたのかは、書面の文言に即して確認しておく必要があります。
条文を引いた説明にも、誤りが混じっていることがある
インターネット上には、宥恕について「刑法○条に、宥恕を得たときは刑を減軽できると定められている」といった説明を載せたページが見られます。ところが、そこで挙げられている条番号を実際に開いてみると、落とし物を自分のものにした場合の犯罪に関する規定であり、宥恕とは無関係でした。
条番号が書かれていると、それだけで正確そうに見えます。しかし条番号が付いていることと、内容が正しいことは別です。法令の条文は総務省が運営するe-Gov法令検索で誰でも確認できますので、重要な判断の前提にする情報は、一次資料に当たって確かめるのが安全です。
事実を争っている場合は、そもそも方向が違う
ここまでは、起きたこと自体は争わない前提で書いてきました。身に覚えがない、あるいは相手の主張する内容とは事実が違うという場合、示談を求める動き自体が主張と食い違って見えることがあります。
この場合は、宥恕文言を取り付けるかどうかという話の前に、何をどこまで争うのかの整理が先に来ます。方向性が異なるため、この記事の内容をそのまま当てはめないでください。
示談の話が出たときに避けたい進め方
- 本人を自分で探したり、直接連絡を取ろうとしたりすること。
- 「許すと書いてほしい」と繰り返し求めること。
- 文言の意味を説明しないまま署名を求めること。
- その場で示された書面に、内容を確認しないまま署名すること。
- 店の担当者の説明だけを根拠に、本人の意思を推測すること。
いずれも、書面が整ったとしても、その経緯が後から問題になり得る進め方です。特に本人への直接の接触は、捜査中であれば、それ自体が身柄の判断に影響することがあります。
弁護士に相談する意味
宥恕文言をめぐる判断は、文例を写すことでは片づきません。誰の意思として書かれているのか、どの段階で出すのか、そもそもその文言を入れるよう求めてよい場面なのか、といった点を、手続の進み具合に合わせて決める必要があります。
弁護士が入る場合、相手方の意向確認や連絡の窓口を引き受けたうえで書面を作ることになります。ご本人が直接動くと不利に働きやすい部分を、手続に沿った形に置き換えられる、という意味合いです。
もっとも、弁護士に依頼したからといって、望む結果が約束されるわけではありません。相手方が話し合いに応じない場合もあります。できることとできないことを最初に確認したうえで進めるのが現実的です。
よくある質問
宥恕文言があれば不起訴になりますか
そう決まるものではありません。有利な事情として考慮される可能性は高いものの、判断するのは検察官で、事案の内容や経緯も併せて見られます。「宥恕文言がある=不起訴」と説明する情報は、単純化しすぎています。
宥恕文言のない示談に意味はありますか
あります。損害を埋めたこと、当事者間で解決したこと自体が事情として考慮されます。相手が「許す」とまでは書けないという場合でも、合意の形にしておく意味は残ります。
「被害届を取り下げる」と書いてもらえば同じことですか
同じではありません。被害届には法律上の取下げという手続が用意されていないため、書面に書き込んでも、そのとおりの効果が生じるとは限りません。処罰を求めない意思が示されているかどうかのほうが、実質を持つ場面が多いといえます。
いったん署名してもらった後で、撤回されることはありますか
意味が分からないまま署名した、圧力を感じて署名した、といった主張が後から出ることはあります。だからこそ、内容を理解したうえで署名してもらう進め方が重要になります。取り付けた事実よりも、そこに至る経緯が見られます。
まとめ
- 宥恕は「許す」という意味の言葉で、刑法や刑事訴訟法に定義規定が置かれた制度ではありません。
- 影響する経路は、起訴猶予の判断(刑事訴訟法248条)と、起訴後の量刑の事情という二つです。
- 手続を終わらせる効力ではなく、判断する人が見る材料の一つです。
- 親告罪の告訴の取消しとは性質が異なり、風俗の場面で問題になりやすい罪の多くは親告罪ではありません。
- 処分が決まる前か後かで、書面の意味は大きく変わります。
- 風俗の場面では、その「許す」が店の意思なのか本人の意思なのかを最初に確認する必要があります。
- 言葉が伝わっていない署名は後で揺らぐため、平易な表現で書くほうが安定することがあります。
- 文言を取り付けること自体を目的にすると、その経緯がかえって不利に働くことがあります。
- 条番号付きの説明でも誤りが混じることがあるため、一次資料で確認する習慣が役に立ちます。


