被害届の取下げ・告訴の取消をどう書くか

若井亮

若井亮

テーマ:刑事事件

示談の話がまとまりかけたところで、「被害届を取り下げてもらう」「告訴を取り消してもらう」という言葉が出てきます。ところが、いざ書面にしようとすると手が止まります。示談書のどこに、どう書けばよいのか。書けばそれで手続きが終わるのか。

 この二つは、名前も出てくる場面も似ていますが、制度上の位置づけが違います。一方には法律に手続の定めがあり、もう一方にはありません。その違いを踏まえずに文例を写すと、書いたつもりのことが捜査機関に届かなかったり、相手方が署名をためらったりすることがあります。

 この記事では、示談書の条項としてどう書くか、別の書面としてどう作るか、そしてどこまでが当事者どうしの約束で、どこから先が制度の話なのかを整理します。

この記事で扱うこと、扱わないこと


 扱うのは、示談の内容がおおむね固まった後の「書き方」です。次のことは扱いません。

・示談金の金額の当否や水準。
・「宥恕」という言葉そのものの意味と、それが処分に影響していく経路。
・清算条項、口外禁止条項など、ほかの条項の設計。
・示談交渉の始め方や、相手方への連絡の取り方。

 また、ここで示すのは一般的な整理です。罪名、事件の内容、手続がどこまで進んでいるかによって、適切な書き方は変わります。

被害届の取下げと告訴の取消しは、土台が違う


告訴の取消しには、法律に定めがある


 告訴は、犯罪の事実を申告したうえで、犯人の処罰を求める意思表示です。これを取り消すことについて、刑事訴訟法にいくつかの条文が置かれています。

 取り消せる時期は、公訴の提起があるまでとされています(刑訴237条1項)。そして、取り消した人は、同じ事件について再び告訴することができません(同条2項)。告訴とその取消しは代理人によることができ(同240条)、方式については、書面または口頭で検察官もしくは司法警察員に対して行うという規定が取消しにも準用されます(同241条、243条)。

被害届の取下げには、対応する条文が見当たらない


 一方、被害届は、犯罪の被害に遭ったことを申告する書面です。警察官は届出があったときはこれを受理しなければならないとされていますが(犯罪捜査規範61条1項)、いったん出された被害届を「取り下げる」ことについて定めた条文は見当たりません。

 実務では、取下書や申述書といった書面が用いられ、警察署に用紙が用意されていることもあります。ただしそれは、法律が用意した手続というより、処罰を求める気持ちがなくなったことを記録に残すための運用という位置づけに近いものです。

二つを並べて見る


項目被害届の取下げ告訴の取消し
手続を定めた条文見当たらない刑事訴訟法に規定がある
できる時期明文の制限はない公訴の提起があるまで
やり直し明文の制限はない取り消した人は再び告訴できない
代理明文の定めはない代理人によることができる
事件への影響判断の材料として扱われる親告罪では起訴の可否に関わる


 どちらも、書面が出たからといって手続が自動的に終わるわけではありません。被害届の取下げは、処罰を求めない意思の表れとして、起訴するかどうかの判断(刑訴248条)や量刑の事情の中で考慮される材料になります。告訴の取消しは、親告罪、つまり告訴がなければ起訴できない犯罪については、起訴の可否そのものに関わります。

示談書の一文と、捜査機関に届く一通は別のもの


 ここが、書き方を考えるうえでの出発点です。

 示談書は、当事者どうしの和解の契約です(民法695条)。そこに「被害届を取り下げる」と書いてあれば、それは相手方が当事者に対してその約束をしたということを意味します。しかし、捜査機関はその契約の当事者ではありません。示談書の条項は、それ自体では捜査機関に何かを届けるものではないのです。

 実務上は、示談書の写しや支払を示す資料を、警察が捜査している段階であれば警察署に、検察官に送致された後であれば担当の検察官に提出し、捜査機関の側から被害者に意思を確かめる、という流れをたどることが多いとされています。取下書や告訴取消書を作る場合も、それが捜査機関に届いて初めて手続としての意味を持ちます。

 したがって、書面の設計は次の二段構えで考えることになります。

・示談書の条項として、何を約束したのかを残す。
・別紙として、捜査機関に提出する書面をあらかじめ作っておく。

 別紙を用意しておく理由は単純です。示談が成立した後も相手方の協力が続くとは限らず、条項だけを置いておくと、いつまでも提出されないという状態が生じ得るからです。この点は、告訴取消書の書式を公開している事務所の解説でも、示談書に条項を入れただけでは自動的に取り消されるわけではない、として同じ趣旨が述べられています。

被害届の取下げをどう書くか


「取り下げる」だけでは決まっていないことが多い


 「甲は、本件について提出した被害届を取り下げる」という一文は、よく見かける書き方です。ただ、この一文だけでは、いつ、どこに、誰が出すのかが決まっていません。後で「そのうち行きます」という状態が続いても、条項に反しているとは言いにくくなります。

 最低限、次の点は言葉にしておくほうが、後の食い違いが減ります。

・どの事件についての被害届か(いつ、どこで、何があった件か。届出先の警察署が分かっていればその名称も)。
・いつまでに行うか(「速やかに」「入金を確認した日から○日以内に」など)。
・誰が行うか(本人が窓口に出向くのか、書面を預けて代理人が提出するのか)。

「処罰を求めない」という一文を併せて書く意味


 前に見たとおり、被害届の取下げは法律が用意した手続ではありません。そうすると、実質的な中身は「もう処罰を求める気持ちはない」という意思の表明ということになります。

 この点は書き方に直接効いてきます。ある法律事務所の解説では、示談書の記載が不明瞭だと、捜査機関がそれを取下げの意思表示として扱わない可能性がある、と指摘されています。「取り下げる」という行為だけを書くのではなく、処罰を求めない意思そのものを書き添えておくほうが、意思の内容が伝わりやすくなります。

 文言としては、許すという趣旨の記載と、処罰を求めないという記載を並べる形が一般的です。宥恕という語を使うか、平易に「許す」と書くかは、相手方が意味を理解して署名できるかどうかで選ぶことになります。

告訴の取消しをどう書くか


起訴された後は取消しができない


 告訴の取消しができるのは、公訴の提起があるまでです(刑訴237条1項)。起訴された後に「告訴を取り消す」と書いた書面を作っても、告訴の取消しとしての効果は生じません。その場合の書面は、処罰を求めない意思を示す資料として、量刑の事情の中で扱われることになります。

 つまり、告訴の取消しを条項に入れるかどうかは、手続がどこまで進んでいるかと切り離せません。すでに起訴されている事件で、取消しを前提にした条項を書くと、実現できない約束が残ることになります。

一度取り消すと、再び告訴できない


 取り消した人は、同じ事件について再び告訴することができません(同条2項)。この制限は、親告罪についての規定と解するのが一般的です。

 書き方の話としてより大事なのは、これが相手方にとってかなり重い条項だという点です。取消しに応じるということは、後から気持ちが変わっても告訴という手段には戻れないということを意味します。相手方が条項を前にして慎重になるのは自然なことで、そこを急かす形の交渉は、示談そのものの真意が疑われる材料にもなり得ます。

取り消す人が一人とは限らない


 告訴ができるのは被害を受けた本人だけではなく、未成年者の親権者などの法定代理人にも固有の告訴権が認められています。複数の告訴権者がそれぞれ告訴している場合、示談の相手方一人から取消しを得ても、ほかの人の告訴は残ります。誰が告訴しているのかを確かめないまま条項を作ると、想定していた結果に届かないことがあります。

共犯者がいる場合は、一人だけを取り消すことはできない


 見落とされやすい点です。親告罪について共犯の一人または数人に対してした告訴やその取消しは、ほかの共犯に対しても効力を生じます(刑訴238条1項)。告訴の主観的不可分と呼ばれる考え方です。

 したがって、共犯者がいる事件で「甲は、乙に対する告訴のみを取り消す」といった条項を書いても、そのとおりの結果にはなりません。被害者側から見れば、一人と示談したことで全員について告訴が取り消されることになるため、これも相手方が応じにくくなる事情のひとつです。条項を作る前に、共犯者の有無と、その人たちとの示談の見通しを確認しておく必要があります。

そもそも親告罪かどうかを確かめる


 告訴の取消しが起訴の可否に直結するのは、親告罪の場合です。名誉毀損罪や侮辱罪、器物損壊等の罪、過失傷害罪などがこれにあたります。

 ここで注意したいのが、インターネット上に出回っている文例には、法改正前の前提が残っているものがあることです。性犯罪については、かつて親告罪とされていたものが平成29年の刑法改正で非親告罪となりました。それ以前に書かれた解説や書式には、性犯罪を親告罪の例として挙げたままのものが今も見られます。文例を参考にするときは、その記事がいつ書かれたものかを見ておくと安全です。

別紙として作る書面には何を書くか


 被害届の取下書にも告訴取消書にも、法律で決まった様式があるわけではありません。書式を公開している事務所の例や実務の解説を踏まえると、共通して押さえられているのは次の項目です。

・宛先(警察署長宛、または担当の検察官宛)。
・作成した日付。
・作成者の表示と署名押印。
・どの事件についての書面かの特定(発生日、発生場所、行為の内容、相手方の氏名)。
・取り下げる、または取り消すという意思を示す一文。

 相手方が住所を知られたくないと考えている場合もあります。書式を公開している事務所の解説では、住所の代わりに生年月日を記載する扱いが紹介されています。示談書についても同じ配慮が必要になる場面があり、氏名や住所を書かずに事件のほうを特定して作成する方法がとられることもあります。

誰が提出するのか


 ここは実務の運用に幅があるところです。本来は届け出た本人、告訴した本人が提出するものだという説明がある一方で、署名押印をもらった書面を預かって加害者側から提出し、その際は委任状を添えるほうがよい、という実務も紹介されています。

 告訴の取消しについては、代理人によることができるという条文があります(刑訴240条)。被害届の取下げにはそうした条文がないため、警察署によって扱いが分かれる余地があります。どちらの書面についても、提出の方法は事前に窓口へ確認しておくほうが行き違いが起きにくくなります。

支払と書面の前後関係をどう書くか


 この点で悩む方は多いはずです。書き方は、大きく二つに分かれます。

 ひとつは、支払を先に済ませ、その場で書面を取り交わす形です。「乙は本日甲に対し金○円を支払い、甲はこれを受領した」「甲は本件について乙を許し、処罰を求めない」といった書き方になります。当日に完結するため、後で履行を待つ部分が残りません。

 もうひとつは、支払を条件にする形です。「乙が前項の金員を全額支払ったときは、甲は本件について乙を許し、処罰を求めない」といった書き方で、分割払いのときや、後日振込にするときに用いられます。ある事務所が公開している文例もこの形です。

 いずれの場合も、先に書面だけを差し入れてもらい、支払は後にするという順序は、相手方にとって負担が大きいものです。応じてもらえないことがあるだけでなく、仮に応じてもらえたとしても、支払が滞れば信頼関係の問題として残ります。

書き方で無理が出やすい四つの型


記載の例起きやすいこと
制度にないことを義務にする取下げの手続を完了させる相手方に実現できない部分が残る
将来の権利をあらかじめ放棄させる今後一切告訴しない条項どおりの効力が認められにくい
処分の結果を条件にする不起訴になった場合に支払う当事者では決められない条件になる
古い文例をそのまま使う親告罪を前提にした条項罪名と条項が噛み合わない


「今後一切告訴しない」について


 示談書でしばしば見かける書き方です。ただ、まだ告訴をしていない段階であらかじめ告訴権を放棄しても、法律上の効果は生じないとした裁判例があります(昭和28年の裁判例)。

 この条項を入れること自体が誤りというわけではありません。処罰を求める気持ちがないことを示す資料としての意味は残ります。ただ、書けば相手方が告訴できなくなる、という性質の条項ではないという前提で考えておく必要があります。

処分の結果を条件にすることについて


 「不起訴になったら支払う」「起訴された場合は返還する」といった条項は、当事者のどちらにも決められない事柄を条件にしています。処分がいつ出るかも分からないため、支払の時期が定まらず、結果として示談が成立していない状態と変わらなくなることがあります。

受け取る側から読み直すと


 条項の意味は、署名する側から見るとまた違って見えます。示談を持ちかけられた立場の方は、次の点を確かめてから署名を考えることになります。

・告訴を取り消すと、同じ事件について再び告訴することができなくなること。
・共犯者がいる場合、一人についての取消しがほかの共犯にも及ぶこと。
・示談書を提出した後、捜査機関から意思を確かめる連絡が来ることがあること。
・内容をよく理解しないまま署名すると、後でその点が問題になり得ること。

 意思確認は、事件の関係で事情聴取が予定されていなければ、電話で行われることもあるとされています。そこで説明した内容が示談書の記載と食い違えば、書面の意味そのものが揺らぎます。加害者側から見ても、相手方が内容を理解したうえで署名していることが、書面の値打ちを支えているといえます。

弁護士に相談する意味


 被害届の取下げや告訴の取消しは、文言をひとつ書き足せば済むという性質のものではありません。罪名が親告罪かどうか、手続がどこまで進んでいるか、告訴権者や共犯者が複数いないか、といった事情によって、書ける条項も、書いた条項が持つ意味も変わります。

 また、被疑者とされている方が自ら相手方に連絡を取ることは、事実上むずかしい場面が多いといえます。相手方の負担になるだけでなく、捜査機関から働きかけと見られる余地もあります。連絡先を知らされていない場合には、弁護人限りで開示を受けるといった方法をとることになります。

 弁護士に依頼したからといって、望む処分が約束されるわけではありません。ただ、書面の設計と提出までの段取りを一貫して組み立てられるという点では、意味のある選択肢だと考えています。

よくあるご質問


示談書に書いてもらったのに、取り下げてもらえません


 示談が成立し、金銭を支払ったという事実そのものは残ります。示談書の写しと、支払を示す資料を捜査機関に提出して事情を説明することになります。取下書が出ていないことだけをもって、示談の意味が失われるわけではありません。

起訴された後に取り消してもらう意味はありますか


 告訴の取消しとしての効果は生じません。ただ、処罰を求めない意思が示されたという事情は、量刑を判断する際の材料として扱われます。起訴後に示談が成立する場面でも、書面を作る意味がなくなるわけではありません。

取り下げてもらえば、記録は残りませんか


 捜査を受けたという記録が消えるわけではありません。取下げは、それまでの経過をなかったことにする手続ではなく、その後の判断に向けて資料を加えるものだとお考えください。

まとめ


・告訴の取消しには刑事訴訟法に手続の定めがあるが、被害届の取下げには対応する条文が見当たらない。
・示談書の条項は当事者どうしの約束であり、それ自体が捜査機関に届くものではない。
・条項と別紙の書面の二段構えで設計し、提出までを含めて考える。
・被害届の取下げは、行為だけでなく処罰を求めない意思そのものを書き添えるほうが伝わりやすい。
・告訴の取消しは公訴の提起があるまでで、取り消した人は再び告訴できない。
・共犯者がいる親告罪では、一人だけの取消しという書き方はできない。
・支払と書面の前後関係は、当日完結型か支払を条件にする型かを決めて書く。
・制度にないことを義務にする、将来の権利を放棄させる、処分の結果を条件にする書き方は無理が出やすい。
・文例を参考にするときは、法改正前の前提が残っていないかを確かめる。

ご相談を検討されている方へ


 示談の内容は固まったものの、書面をどう作るかで止まっているという段階のご相談も承っています。すでに作成された案をお持ちの場合は、その内容を拝見したうえで、書き足したほうがよい点と、実現がむずかしい部分を整理してお伝えします。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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