「被害届を出す」と言われた|正当な権利の告知と脅迫の境界

若井亮

若井亮

テーマ:刑事事件

金銭の貸し借り、けんかや小競り合い、男女間のもつれ、インターネット上のやり取り。話し合いがこじれた場面で、相手から「被害届を出す」と言われることがあります。

この一言を向けられた側は、その場で頭が真っ白になり、内容を確かめないまま支払いや署名に応じてしまうことがあります。反対に、被害を受けたと考えてこの言葉を口にした側が、後から「今のは脅迫だ」と言い返されて戸惑うこともあります。

ここでは、「被害届を出す」という予告が脅迫の問題になるのはどのような場面か、そして言われた側と言った側がそれぞれ何を考えておけばよいのかを整理します。個別の事案の結論を示すものではなく、判断の枠組みの説明としてお読みください。

「被害届を出す」と言われやすい場面


次のような場面で、この言葉が出てくることがあります。

・けんかや小競り合いのあとに、相手から治療費や慰謝料を求められている
・貸し借りの返済が滞り、相手から「これは詐欺だ」と言われている
・男女間の関係のもつれで、同意の有無について主張が食い違っている
・インターネット上の書き込みをめぐって、相手から直接連絡が来ている
・退職や取引の打ち切りに際して、物や情報の持ち出しを問題にされている

いずれも、相手の言い分に理由がある場合もあれば、事実の認識が大きく食い違っている場合もあります。まずは「言われたこと」と「実際に起きたこと」を切り離すところから始まります。

この一言では、まだ決まっていないこと


強い言葉に聞こえても、その時点で確定している事柄はそれほど多くありません。

言われた内容その時点で決まっていること
被害届を出す出すかどうかは相手の判断で、まだ出されていない
警察が動く届出があっても、捜査を進めるかどうかは捜査機関が判断する
逮捕される身柄を拘束しないまま手続が進む事件も少なくない
この罪になるどの罪名の枠組みで扱うかを相手が決めるわけではない
取り下げれば終わる取下げがあっても、手続が当然に終わるとは限らない


被害届は、犯罪の被害に遭った事実を捜査機関に申告するものです。申告があった後にどう扱われるかは、届け出た人が決められる部分ではありません。被害届と告訴の違いや、届出が受理されるかどうかについては別の記事で扱っています。

手続を使うという予告と、害を加えるという告知は同じではない


脅迫として問題になるのは、生命、身体、自由、名誉、財産に対して害を加えることを告げた場合です。そしてここで告げられる害は、告げた人自身の手によって、あるいはその人の影響が及ぶ範囲で起きるものとして示されていることが求められると考えられています。

「被害届を出す」という言葉は、届け出るところまでは自分で行える一方、その先に何が起きるのか、つまり捜査を進めるのか、どのような処分になるのかは、捜査機関の判断に委ねられます。

被害届を出すという予告は、それ自体としては、法律が用意している手続を使うと伝えているにとどまり、害を加えると告げたものとは評価されにくい部分があります。境界を分けているのは言葉そのものではなく、その予告が何と結びついているかです。

被害を受けたと考える人が届け出ることは、制度として認められた行動です。これを告げただけで脅迫にあたるとすれば、正当な申告までためらわせることになります。

境界に近づくのは、予告が交換材料になったとき


同じ言葉でも、次の三つのいずれかが加わると、評価が変わっていきます。

一つ目は、出さないことの見返りを求めた場合です。「被害届を出されたくなければ払え」という形で金銭の交付に向かえば、恐喝の問題に移ります。金銭ではなく、義務のないことをさせたり、相手が本来できることを妨げたりする方向に向かえば、強要の問題として検討されます。

もっとも、けがや物の損害について実際に生じた分の賠償を求めること自体は、権利の行使です。請求があること自体が問題なのではなく、支払わせるための材料として手続を持ち出し、請求の中身と結びつかない形になっているかどうかが見られます。

二つ目は、事件と関係のない範囲に話を広げた場合です。届け出るという話に加えて、勤務先や家族に知らせる、インターネット上に書き込むといった内容が混ざると、それは手続の外側で生じる不利益の告知になります。名誉に対する害を告げたものとして、別に評価される余地が出てきます。

三つ目は、申告の中身に裏づけがない場合です。届け出るつもりがないのに、相手を怖がらせる目的だけで告げたときには、権利の行使として認められる範囲を超えていると評価される場合があるとした裁判例があります。ただし、告げた人の内心を外から示すのは簡単ではなく、口にしたのに実際には届け出なかったという一事で違法になるわけでもありません。

「取り下げてもらう」ことを目標に置く前に


言われた側は、どうすれば取り下げてもらえるかに関心が向かいがちです。ただ、ここには押さえておきたい前提があります。

告訴については、刑事訴訟法に取消しの定めが置かれています。一方、被害届の取下げについて、同じような効果を定めた規定は置かれていません。実務では取下書が提出されることがありますが、これは届出があったという事実そのものをなかったことにする手続ではありません。

また、日常のトラブルで問題になる罪の多くは、被害者の告訴がなくても手続を進められる類型です。そのため、取下げがあったからといって、捜査や処分の判断が当然に終わるとは限りません。

取り下げてもらうことを交渉の目標に置くと、相手にも実現できるとは限らない約束の対価として、お金を払う形になりかねません。

処罰を求める気持ちが和らいだという事情は、処分を判断するうえで考慮される材料のひとつです。そのため実務では、取下げそのものを条件にするよりも、当事者の間で解決したことと、その内容を捜査機関に伝えてよいという合意を書面に残す形が用いられています。

言われた側が、まず分けて考えたい三つのこと


一つ目は、事実の有無です。何があったのか、認められる部分はどこで、認識が食い違っている部分はどこかを整理します。

二つ目は、責任の有無と範囲です。事実として認められる部分について、支払う義務があるのか、あるとしていくらなのかは、相手が示した金額と一致するとは限りません。

三つ目は、手続への備えです。警察や検察から連絡が来た場合に、どう対応するかをあらかじめ考えておきます。

怖いと感じたことと、支払う義務があるかどうかは、別々に決まります。この二つが混ざると、義務のない金額を、義務があると思い込んで払ってしまうことになります。

その場でしないほうがよいこと


・その場で現金を渡す、または求められるまま振り込む
・内容を確かめないまま、示談書や念書に署名する
・相手を挑発して、強い言葉を引き出そうとする
・連絡を断ち切って、そのまま音信不通になる
・事実と違う部分まで、その場の勢いで認めてしまう

金額や条件をその場で決める必要はありません。持ち帰って確認したいと伝えるだけでも構いませんし、そのように伝えたこと自体が不利に働くわけでもありません。

記録として残しておきたいもの


・やり取りの元データと、その画面を保存したもの
・日時、場所、その場に居合わせた人
・求められた金額と、その名目
・自分の側から送った連絡の控え

やり取りが続いている段階では、後から振り返って経緯を説明できる材料を残しておくことが、こちらの言い分を伝えるうえでも役に立ちます。

「脅迫だ」「嘘の申告だ」と言い返す前に


強い言葉を向けられると、こちらも同じ土俵で言い返したくなります。その前に、次の点を確かめておきたいところです。

言い返した内容が、そのままこちらの言い分として通るわけではありません。相手の行為とこちらの行為は、それぞれ別に検討されます。もともとの出来事について自分の側にも思い当たる点がある場合、両方が並行して見られることになります。

虚偽の申告を処罰する規定は、特定の人に刑事上の処分を受けさせる目的で虚偽の申告をした場合を対象としており、罰金の定めが置かれていない重い類型です。特定の人の処罰を求めるものでない虚構の申告は、軽犯罪法の別の規定の問題として扱われます。どちらも、成立の範囲は限られています。

申告の一部に誇張が含まれていても、それが犯罪の成否を左右しない部分であれば、虚偽の申告にはあたらないと考えられています。記憶違いや説明の食い違いを、直ちに嘘と決めつけて言い返すのは適切とはいえません。

相手の説明に事実と異なる部分があると考えるのであれば、その場で言い返すよりも、それを裏づける材料を整えて、後の手続の中で示すほうが実際的です。

被害を受けたと考えている側が気をつけたいこと


この記事は、届出をためらわせることを意図したものではありません。被害を受けたと考えるのであれば、届け出ることは認められた行動です。そのうえで、次の点を意識しておくと、後から言い分を否定されにくくなります。

・届け出るかどうかという話と、金銭の話を、同じ条件の中に混ぜない
・賠償を求めるのであれば、根拠と金額と期限を書面で示す
・相手が応じなかった場合にどうするかを、その場で言い切らない
・届出とは関係のない範囲へ知らせるという話を持ち出さない
・直接のやり取りが負担になっているときは、窓口を代理人に一本化する

なお、弁護士の名前で受任の通知や請求の書面を出すこと自体は、脅迫や恐喝にあたるものではありません。

よくあるご質問


言われただけの段階で、警察から連絡が来ることはありますか。

届出が受理され、捜査を進めると判断されれば、話を聞きたいという連絡が入ることがあります。連絡が来るまでの時間には幅があり、しばらく何もないまま経過することもあります。連絡がないことが、そのまま何も起きていないことを意味するとは限りません。

その場で言われるままに支払ってしまいました。取り戻せますか。

畏怖した状態で応じた合意については、後から取り消しを主張できる場合があります。ただし、主張が認められるかどうかと、実際にお金が戻ってくるかどうかは別の問題です。相手の資力や連絡が取れるかどうかによって、結果は変わります。支払ってしまった経緯や、そのときのやり取りが残っていれば、それが手がかりになります。

言われたきり、その後は何の音沙汰もありません。終わったと考えてよいでしょうか。

届け出るかどうかは相手の判断であり、期限が区切られているわけではありません。時間が経ってから手続が動くこともあります。一方で、犯罪の種類ごとに公訴時効が定められており、そこを過ぎれば起訴されることはなくなります。連絡が途絶えた場合でも、記録は残しておくほうが安全です。

まとめ


・「被害届を出す」は手続を使うという予告であり、それだけで脅迫にあたるとは評価されにくい
・境界を分けているのは言葉そのものではなく、その予告が何と結びついているか
・出さないことの見返りを求める形になると、恐喝や強要の問題に移っていく
・事件と関係のない範囲への通知が混ざると、別の評価を受ける余地が出てくる
・被害届の取下げには、告訴の取消しのような法律上の定めが置かれていない
・取り下げてもらうことを目標に置くと、実現するとは限らない約束にお金を払う形になりやすい
・怖いと感じたことと、支払う義務があるかどうかは別に決まる
・言い返す前に、双方の行為がそれぞれ検討されることを踏まえておく

「被害届を出す」と言われた場面では、言葉の強さに引きずられて、その日のうちに結論を出そうとしてしまいがちです。実際に判断が必要なのは、何があったのか、そのうち自分に責任がある部分はどこか、という点です。相手の言い分に納得できないまま条件を受け入れそうになっているときや、どこまで応じるべきか判断がつかないときは、早い段階で弁護士にご相談ください。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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