【風俗トラブル】示談書に「女性は被害届を出さない」と入れておけば安心?

若井亮

若井亮

テーマ:風俗トラブル

この記事は、2026年10月時点の刑法・刑事訴訟法・民法と犯罪捜査規範にもとづいて解説しています。不同意性交等罪・不同意わいせつ罪は、2023年7月施行の刑法改正後の罪名で記載しています。


「示談書に『女性は被害届を出さない』と書いてもらえば、もう警察沙汰にはならないと考えてよいのでしょうか」。風俗店の利用をめぐるトラブルで示談を進める方から、よく寄せられるご質問です。反対に、店の側から「この一文を入れておけば安心ですよ」と示談書を差し出され、そのまま署名してよいか迷っているというご相談もあります。

 被害届を出さないという約束は、相手の意向を確かめる手がかりとして意味を持ちますし、示談書に入れること自体が誤りというわけではありません。ただ、その一文がどこまで効くのかは、刑事手続の仕組みと、示談書に誰が署名したかによって大きく変わります。条項があることで安心してしまい、本来確認すべき点が抜けているケースも少なくありません。

 この記事では、「被害届を出さない」という条項が法的に何を意味し、どこに限界があるのかを整理したうえで、条項に頼りきらずに示談書全体で備えておきたい点を解説します。示談書のほかの条項の作り方や示談金の水準については、それぞれ別の記事で扱っています。

「被害届を出さない」という条項は何を約束したことになるのか

当事者どうしの約束であり、警察や検察を縛るものではない

 示談書は、トラブルの当事者どうしが交わす民事上の合意です。「被害届を出さない」という条項も、署名した当事者がお互いに対して負う約束であって、警察や検察が捜査をするかどうかを左右する効力までは持ちません。

 被害届は、被害にあった事実を捜査機関に申告する書面で、警察はこれを受理して捜査の端緒として扱います(犯罪捜査規範61条)。一方で、警察は犯罪があると考えるときには捜査をすることとされており(刑事訴訟法189条2項)、被害届は捜査が始まるきっかけの一つにすぎません。示談書の条項は当事者の行動を約束させるものであり、捜査そのものを止める仕組みではないという点が、考える際の出発点になります。

約束が破られた場合に残るのは民事上の問題

 示談書で約束したにもかかわらず女性が被害届を出した場合、警察が示談書の存在を理由に受理を断ることは通常考えにくく、届出を受けて事情を確認していくことになります。

 約束を破った相手に対しては、債務不履行として損害賠償を求める(民法415条)といった民事上の主張が考えられます。ただし、損害の内容を具体的に示す必要があるうえ、民事上の主張をしても刑事手続が進むこと自体は止まりません。示談金を支払った後に被害届を出された場合の流れは、【風俗トラブル】示談金を払ったのに被害届を出された|合意の効果と刑事手続で詳しく解説しています。

被害届以外にも捜査が始まる経路はある

 捜査は、被害届だけを起点に始まるものではありません。店のスタッフや第三者による通報、女性が警察や相談窓口に事前に相談した記録など、さまざまな経路で事件が把握されることがあります。

 弁護士ドットコムにも、「被害届は出さないと一筆もらったが、今後被害届が出ることはないのか」「女性の気が変わった場合はどうなるのか」といった趣旨の相談が寄せられています。条項があっても、こうした経路まで閉ざすことはできないという点は押さえておきたいところです。

不同意性交等罪などで、この条項が効きにくい理由

非親告罪では、告訴がなくても起訴できる

 風俗店でのトラブルで問題になりやすい不同意性交等罪(刑法177条)や不同意わいせつ罪(同法176条)は、被害者の告訴がなくても検察官が起訴できる「非親告罪」です。そのため、女性が「被害届を出さない」「告訴しない」と約束していても、捜査機関が事件を把握すれば手続が進む可能性は残ります。

 これらの罪がどのような場合に成立するのかについては、「本番=即逮捕」ではない|不同意性交等罪の成立要件を条文から確認するで条文に沿って整理しています。

告訴する権利を前もって放棄することは認められにくい

 告訴がなければ起訴できない「親告罪」の場合でも、事情は大きくは変わりません。刑事訴訟法には、いったんした告訴を取り消す定め(同法237条)はありますが、告訴する前にその権利を放棄することについては定めがありません。過去には、被害者が告訴権を放棄する意思を書面で示していても、それによって告訴権が消えるわけではないとした高等裁判所の裁判例もあります。

 したがって、「告訴しない」「被害届を出さない」という約束は、女性が捜査機関に申告すること自体を法律上できなくするものではない、と考えておくのが実情に沿っています。

示談が成立しても、処分の結果が約束されるわけではない

 示談の成立は、検察官が起訴するかどうかを判断する際の重要な事情になります(刑事訴訟法248条)。ただ、行為の態様や前科の有無など、ほかの事情もあわせて判断されるため、示談があればそれだけで不起訴になるというものではありません。

 条項の有無よりも、女性本人が処罰を望まないという意思を、捜査機関に伝わる形で残せているかどうかが、実際の処分に影響しやすい部分です。この点は示談が成立しても処分が残る場合|示談=不起訴ではない理由で詳しく扱っています。

条項があっても安心しきれない、風俗トラブル特有の事情

示談書に署名しているのが店だけの場合

 風俗トラブルの示談書では、店のスタッフや店長が女性の代わりに署名し、女性本人の署名がないことが少なくありません。弁護士ドットコムでも、店と客だけが署名した示談書について、後から女性本人が申告するのではないかと心配する相談が見られます。

 被害届を出すかどうか、処罰を求めるかどうかは、被害を受けたと主張する女性本人が判断することです。店が女性から正式に委任を受けていることが確認できない限り、店が署名した「女性は被害届を出さない」という条項が女性本人を拘束するとは言いにくいでしょう。店が女性に代わって交渉することの問題点は、店がキャストに代わって示談交渉をしてよいのか|非弁行為という視点で解説しています。

示談の前にすでに警察へ相談していた場合

 条項は、これから先の行動についての約束です。示談書を交わす前の時点で、女性や店がすでに警察に相談していた、あるいは被害届を出していた場合には、「出さない」と書いても状況は変わりません。その場合に意味を持つのは、被害届の取下げや、処罰を望まない旨の意思表示です。

 店から「警察に相談済み」と聞かされた場合の確かめ方は【風俗トラブル】キャストが警察に相談したと聞かされた|本当かどうか確かめる方法はあるか、口頭で「警察には言わない」と約束された場合の受け止め方は【風俗トラブル】店が「警察には言わない」と約束してきた|口約束の意味と限界で整理しています。

「被害届を出したら違約金」と定める条項の扱い

 条項に実効性を持たせようとして、「被害届を出した場合は示談金を返還する」「違約金を支払う」といった定めを置くことを考える方もいます。しかし、被害を申告すること自体に金銭的な不利益を結びつける定めは、公序良俗(民法90条)との関係で効力が争われる余地があり、実際に請求が認められるとは限りません。

 また、相手方から見ると強い圧力と受け取られ、交渉がかえってこじれる原因にもなりえます。条項を重ねて縛るよりも、女性本人の意思を確かめた内容にしておくことのほうが、結果として後のトラブルを避けやすくなります。

条項に頼りきらず、示談書全体で備えておきたいこと

似ているようで役割の違う条項を区別する

 刑事手続との関係で示談書に入れることが多い条項には、いくつかの種類があります。それぞれ役割が異なるため、「被害届を出さない」の一文だけで済ませず、事案に応じて組み合わせることが考えられます。

条項の種類主な内容刑事手続との関係
被害届を出さない旨の条項今後、被害届の提出や告訴をしないことを約束する当事者間の約束にとどまり、捜査を止める効力はない
宥恕条項加害者を許し、処罰を望まない意思を示す検察官が処分を判断する際の事情として考慮される
取下げ条項すでに出した被害届・告訴を取り下げることを約束する取下書の提出や本人への意向確認が別に必要になることが多い
清算条項示談書に定めた以外に債権債務がないことを確認する民事上の追加請求に備えるもので、刑事手続には直接及ばない


 宥恕の文言が刑事処分にどう影響するかは宥恕文言の意味|「許す」と書かれると刑事処分はどう変わるか、取下げの書き方は被害届の取下げ・告訴の取消をどう書くかで解説しています。

女性本人の意思を確認できる形にする

 宥恕や被害届を出さない旨の約束は、女性本人の意思として示されてはじめて意味を持ちます。本人の署名を得る、店が代理する場合は委任状の提示を求める、本名を明かしたくない事情がある場合は弁護士を通じて本人の意思を確認する、といった方法が考えられます。示談書の基本的な条項の組み立てについては、風俗トラブルの示談書に必ず入れる6条項|抜けると後で効かないもあわせてご覧ください。

支払いと受領の記録を残しておく

 後から示談書の内容を主張するためにも、示談金を誰に、いつ、いくら支払ったのかを示す記録は欠かせません。現金で手渡す場合でも、受領書を受け取っておくことが大切です。具体的な作り方は【風俗トラブル】示談金の領収書・受領書をどう作るか|後日の否認に備えるで紹介しています。

よくあるご質問

「被害届を出さない」と書いてもらえば、警察から連絡が来ることはありませんか?

 条項は女性や店との約束にとどまるため、警察から連絡が来ないことまでは保証されません。通報や事前の相談など、被害届以外の経路で事件が把握されることもあります。ただ、女性本人の宥恕が示されていれば、捜査や処分の段階で有利な事情として扱われる可能性があります。

約束を破って被害届が出されたら、示談金を返してもらえますか?

 示談書の定め方や、示談金が何の対価として支払われたかによって結論が変わります。示談金が損害の賠償として支払われている場合、被害届が出されたことだけを理由に全額の返還を求めるのは難しいことが多いと考えられます。まずは示談書の内容を確認したうえで、刑事手続への対応と民事上の主張を分けて検討することが大切です。示談成立後に処罰を求められた場合の考え方は、示談が成立した後に被害者が処罰を求めた|宥恕の撤回はできるのかで解説しています。

店から渡された示談書にこの条項があります。サインしても大丈夫でしょうか?

 条項が入っていること自体が問題になるわけではありません。確認したいのは、誰が当事者として署名するのか、宥恕や清算の定めがあるか、示談金の額や支払方法に無理がないかといった点です。その場で判断がつかない場合は、署名をいったん保留し、内容を持ち帰って確認する時間をもらうことも一つの方法です。

まとめ


  1. 「被害届を出さない」という条項は当事者どうしの民事上の約束であり、警察の捜査(刑事訴訟法189条2項)を止める効力はない。
  2. 約束が破られた場合に考えられるのは、債務不履行による損害賠償(民法415条)などの民事上の主張である。
  3. 不同意性交等罪(刑法177条)や不同意わいせつ罪(同法176条)は非親告罪であり、告訴がなくても起訴されうる。
  4. 告訴の取消し(刑事訴訟法237条)とは異なり、告訴権を前もって放棄しても権利は消えないとした裁判例がある。
  5. 示談は起訴・不起訴の判断(同法248条)で重視されるが、処分の結果を約束するものではない。
  6. 店だけが署名した示談書の条項が、女性本人を拘束するとは言いにくい。
  7. 被害届の提出に違約金を結びつける定めは、公序良俗(民法90条)との関係で効力が争われる余地がある。


弁護士法人若井綜合法律事務所では、風俗店の利用をめぐるトラブルに関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。示談書の条項の確認から、店や女性本人との交渉、警察から連絡が来た場合の対応まで、状況に応じてお手伝いします。

店から示談書へのサインを求められている方、すでに署名した示談書の内容に不安がある方は、おひとりで判断せずにご相談ください。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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