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コラム

梅毒について

2024年2月7日

コラムカテゴリ:医療・病院

昨年、郡山医師会報に「梅毒について」を掲載しました。
梅毒感染の増加は米国でも問題になっております。以下に再掲載したいと思います。

梅毒について


全国的に梅毒感染者が増加しています。福島県における梅毒感染者数も同様に増加傾向で、2023 年第 1 四半期人口100 万人当たりの感染者数は、26.7人でした。この数は、宮城県の100万人あたり14.3人を大きく上回り、東北六県の中では、感染者数は堂々の1位になっています。中でも郡山市の感染者数は多く、先日は郡山市保健所から、梅毒感染者発生件数が2013年の8件から2022年には61件と7.6倍になっていると発表されました。
感染者を年齢別に見てみると、男性では20~50代に多く、女性では20代に突出して多くなっています。女性における感染者では、近年特に風俗産業従事歴のある女性の割合が増えて来ています。

梅毒トレポネ−マ(Treponema pallidum)
梅毒の起因菌、梅毒トレポネーマはスピロヘータ科に属するらせん菌です。一般的に最近はグラム染色によって分類され、梅毒トレポネーマはグラム陰性菌に分類されます。しかしながら梅毒トレポネーマは通常のグラム陰性菌とは異なる性質を持っています。
梅毒トレポネーマのゲノムは110万塩基と細菌の中では最小の部類に入ります。ちなみに大腸菌は460万塩基です。ゲノムが小さい分、エネルギー産生や物質代謝に必要な遺伝子をいくつか欠いています。そのため、乾燥、温度変化、および周囲環境の酸素圧への耐性が非常に低く、宿主から離れた環境ではすぐ死滅してしまいます(Clin Microbiol Rev. 2014;27:89–115. )。通常の細菌ができる純培養も不可能で、梅毒トレポネーマが生き延びていける宿主はヒトのみです。唯一、実験室内では生きたウサギの睾丸でのみ継代培養されます。
また、梅毒トレポネーマの分裂速度は非常に遅く、世代時間=1つの菌が2つに分裂するまでの時間は約30時間です。これはかなり遅く、培養可能な菌で最も遅い結核菌の世代時間は15~20時間ですが、培養後コロニーができるまで2~3週間はかかります。梅毒トレポネーマが培養可能になったとしても、コロニーができるようになるまではそれ以上時間がかかってしまうと考えられます。
そして、梅毒トレポネーマの大きな特徴は菌体の表面構造に有ります。通常のグラム陰性菌にはその細胞壁の最外層に外膜と呼ばれる膜が存在します。その外膜の主要成分はリポ多糖(LPS)です。このLPSは非常に強い生物活性をもっており、自然免疫の主要細胞であるマクロファージの細胞表面に発現しているトール様受容体TLR4のリガンドになっています。つまり、通常のグラム陰性菌が生体内に侵入するとマクロファージに認識され、強い免疫反応が起こります。しかしながら、梅毒トレポネーマはグラム陰性菌には分類されますが、外膜の成分は大腸菌のそれと比較して1/100未満であり、LPSを欠いています(Proc Natl Acad Sci U S A. 1989;86:2051–5. )。そのためマクロファージに認識されることなく、宿主内に排除されることなく潜伏感染が起こりえます。そのため、梅毒トレポネーマは“ステルス病原体”とも呼ばれています(Nature Reviews Microbiology 2016: 14, 744–759 )。

梅毒の症状

梅毒の主な感染経路は性行為です。環境変化に弱い菌なので、環境等から感染する事は無く、ヒトの粘膜同士や微細な傷のある皮膚との濃厚な接触に伴いヒト体内に侵入し、血行性・リンパ行性に全身に散布されます。感染から1年以内の活動性梅毒は早期梅毒と呼ばれ、性的接触で感染する時期とされています。感染から1年以上経った梅毒は後期梅毒と呼ばれ、他者への感染力はほぼ無くなった時期と見なされます。感染拡大を阻止するために、梅毒は早期梅毒の時期に診断発見し、治療に持っていくのが重要です。
1)早期梅毒第1期
病原体暴露後、9~90日の潜伏期間の後、感染部位に特徴的な硬結、潰瘍性病変である初期硬結、硬性下疳が出現します。無痛性の場合が多いですが、ヘルペスウイルスと同時感染すると痛みもあるので注意が必要です。この時点で治療せず放置すると、約3~6週間で自然に軽快します。所属リンパ節の腫脹を有することも多いです。また、口腔性交を介して口腔内病変を呈することもよく知られています。その他、乳首や肛門に病変を認めることもあります。
2)早期梅毒第2期
1期梅毒で治療しなかった場合、皮膚粘膜病変/バラ疹が、感染「4~10週間後に出現します。典型的には体幹・四肢近位部から左右対称に出現し,手掌や足底に梅毒性乾癬と呼ばれる中心が乾いた直径数ミリの暗赤色の発疹が出ることも多いです。 この時期は血液および組織におけるトレポネーマ量は最大となっています。皮疹も治療せずに自然に軽快します。
3)梅毒第3期
1期、2期梅毒で治療を受けていない患者の約 30% は、感染後数年〜数十年が経過すると、ゴム種、心血管梅毒 (大動脈弓動脈瘤)、および脊髄癆や進行性麻痺などの神経梅毒を発症し、3期梅毒と呼ばれます。
4)潜伏梅毒
梅毒感染の後、適切な治療が受けられなければ潜伏梅毒に移行します。潜伏梅毒は,梅毒の血清学的検査で陽性だが臨床症状を欠くものを指します。早期梅毒 1期と2期の間、および2期の症状消失後の、梅毒感染から1年以内に診断された潜伏梅毒を早期潜伏梅毒と呼びます。早期潜伏梅毒は感染性があり、約 25% の患者が二次的な再発を1年以内に経験します。感染から1年以上のものを後期潜伏梅毒といいますが、後期潜伏梅毒の性的接触での感染性はほぼないとされます。しかしながら未治療のまま長期間経過すると後期潜伏梅毒から第3期梅毒へと進展するリスクがあることに注意が必要です。

5)神経梅毒
未治療の早期梅毒患者の約40%(25~60%)では中枢神経系に菌が浸潤し、神経梅毒となります。そのほとんどは無症候性ですが、5%に髄膜炎、脳神経炎、眼症状、髄膜血管梅毒(頭痛,項部硬直,脳神経障害,痙攣および精神状態の変化など)を呈します。
3期梅毒では進行麻痺や脊髄癆が見られますが、梅毒トレポネーマによる中枢神経系への感染はあらゆる病期において起こりえます。また、眼梅毒や耳梅毒の一部も神経梅毒として考えられます。眼病変ではぶどう膜炎が最も多く、眼科で梅毒が発見されることも有ります(Nature Reviews Microbiology 2016;14,:744–759、Curr Opin Infect Dis. 2020;33(1):66-72. )。

梅毒の検査

梅毒の検査には検体を採取して直接顕微鏡で観察する、もしくはPCR検査により梅毒トレポネーマを検出し診断する方法と,間接的に血清学的に診断する方法があります。
梅毒トレポネーマの検出は病巣部の浸出漿液を暗視野顕微鏡またはパーカーインクで染色して顕微鏡観察しますが、実際の臨床現場で行うのは困難です。局所の検体を用いたPCR検査は、検体の種類によっても感度・特異度の違いがあり,現時点では研究ベースとなっています。そのため、通常の診療では血清学的診断にて判断するのが現実的です。
梅毒の血清学的検査は,梅毒トレポネーマ抗体検査TP検査とカルジオリピンに対する抗体=非トレポネーマ抗体検査RPRとの組み合わせで判断します。


TP検査とRPRの結果の解釈において、TP検査が陽性であれば,現在・過去を問わず梅毒に罹患したことを示しています。TP検査と同時にRPRも陽性であれば治療が必要な梅毒と判断することができます。しかし、近年梅毒診断における抗体検査はより精度の高い自動化法、特にラテックス凝集法TPLAが普及しつつ有り、IgM抗体も検出されるようになったため、RPR陰性・TP抗体陽性でも梅毒感染初期である場合が有り注意が必要です。

梅毒抗体検査を解釈する際に、プロゾーン現象にも注意が必要です。抗原抗体反応において,抗原・抗体のいずれかが過剰になると,かえって反応が抑制される現象を「地帯現象(zone phenomenon)」と呼び、抗体過剰による抑制現象を「前地帯現象(プロゾーン現象)」といいます。梅毒の場合梅毒トレポネーマに対する抗体が過剰に産生されることで,検査結果が本来の測定値よりも低い,または陰性になる現象を指します。この現象はRPRの方が頻度は高くなっています。臨床症状と比較して、抗体価が低値の場合は、プロゾーン現象を考慮して、検体を希釈して再検査する必要があります。プロゾーン現象は、菌量の多い1期2期梅毒のみならず、神経梅毒や妊婦梅毒でも見られることが有ります(Clin Infect Dis. 2014;59(3):384-9.)。

梅毒の治療

梅毒治療の基本はペニシリンです。日本性感染症学会のガイドラインでは
第1選択A:アモキシシリン500mg 1日3回 内服 4週間
第1選択B:ベンジルペニシリンベンザチン筋注 1回240万単位
となっています。日本では長らくベンジルペニシリンベンザチン筋注製剤は使用できませんでしたが、2021年より使用可能となりました。米国を始めベンジルペニシリンベンザチン筋注は世界のガイドラインで第一選択になっています。早期梅毒であれば240万単位を単回,後期梅毒であれば240万単位を週に1回,合計3回投与します。
第一選択のAとB、どちらを用いても効果は同じです。これまで日本で使われてきた第一選択Aアモキシシリンの効果は94.9% (Sex Transm Infect. 2022;98(3):173-7.)です。選択肢Bの効果も95%です(N Engl J Med 2005; 353:1236-1244)。

ペニシリン投与によって治療開始7~10日目に斑状丘疹などの薬疹が出現していた場合は投与を中止しますが、筋注製剤の場合は薬剤は体内に残る事には注意です。

ペニシリンアレルギーや副作用でペニシリンが使用できない場合はガイドライン上、以下の選択肢になります。
第2選択 :ミノサイクリン100 mg 1日2回 4週間
第3選択 :スピラマイシン 200mg 1日6回 4週間
ただ、テトラサイクリンは退治に影響があるので、妊婦には使わない事が一般的であり、また、マクロライド耐性の梅毒トレポネーマが増えていることには注意が必要です。

米国ではペニシリン以外の選択肢としては、
ドキシサイクリン 100 mg 1日2回 2週間
セフトリアキソン 1g 1日1回 静注/筋注 10日間
も推奨されています。
ドキシサイクリンは治療成功率が82.9%であり、ペニシリンよりやや劣る印象です(J Infect Dev Ctries 2014;8:228–232. )。また、セフトリアキソンはメタアナリシスではペニシリンと比較して治療効果に差が無いと報告されています(Int J Antimicrob Agents. 2016;47(1):6-11.)。


神経梅毒に対しては、日本でも世界的にも
ベンジルペニシリンカリウム点滴静注300~400万単位 1日6回 10~14日
となります。ただ、近年ではセフトリアキソン 2gの連日投与はペニシリンと同等の効果との報告もでてきているので(Lancet Infect Dis. 2021;21(10):1441-7.)、今後選択肢のひとつになってくるかも知れません。 なお,ペニシリンアレルギー患者でセフトリアキソンに相互反応を起こす割合は<1%とされていますが、注意は必要です。


Jarisch-Herxheimer reaction ヤーリッシュ・ヘルクスハイマー反応

梅毒治療の際は、投与8時間~12時間くらいに発熱,寒気,頭痛,倦怠感,筋肉痛,皮膚所見の増悪などが生じることがあり,“Jarisch-Herxheimer reaction(ヤーリッシュ・ヘルクスハイマー反応)”と呼ばれています。これはアレルギー反応ではなく,破壊された菌体成分への免疫反応と考えられています。たいてい24時間程度で回復するのと、解熱剤も有効なので、あらかじめ説明しておくことが重要です。

治療効果判定

梅毒の治療を開始したら、RPRと梅毒トレポネーマ抗体の同時測定を、おおむね4週毎に行います。抗体価についてはRPR値が治療前より自動化法でおおむね1/2、2倍系列希釈法で1/4に低下していれば治癒と判定します。同時に測定した梅毒トレポネーマ抗体も下がっていればなお良いです。可能であれば1年ほど抗体価の経過を追うと良いとされています。

Serofast state

梅毒に対しての適切な治療が成功すると、RPRは陰性化します。しかしながら、RPR値が治癒となった後、完全に陰性化しないまま低値で継続する例が見られます。この適切な治療でもRPRが陰性化しないserofastは15~20%と報告されています。これは、ペニシリン、ドキシサイクリンなどの薬剤間の差は認めていません。Serofastとなる原因は不明ですが宿主の抗体反応性の違いや梅毒以外の組織障害などによるものなどが推定されています。Serofastの状態ではTP抗体陽性/RPR陽性となりますが、RPRが治療後に自動化方で1/2に低下しているのなら治癒状態と判断します。RPR値が完全に安定化するまでは1~2年かかる例も有ります。RPRが完全に陰性化しないからと言って追加の治療を行う必要はありません(Clin Infect Dis 2011;53(11):1092–9、JAMA. 2014 November 12; 312(18): 1905–1917.)。
梅毒の症例が急増している現在、治療後、既往ありの状態としてのTP抗体陽性/RPR陽性のひとが増えてくると予想されます。術前検査など、何らかの機会にTP抗体陽性/RPR陽性が指摘され、医療機関を受診することもあると予想されます。このような、症状が全くなく、TP抗体陽性/RPR陽性の症例で、判断に迷う例では感染機会、梅毒治療歴をよく聴取します。感染のリスクが3 か月以内にあり、過去の治療歴がなく、活動性梅毒と判断した場合には潜伏梅毒として治療を開始。判断が困難なときは2~4 週間後に再検査することとなっています。もし、感染のリスクが3 か月以上ない場合は、4 週間後にRPR、TP抗体を再検査し、どちらかが有意な増加をしていた場合は活動性梅毒と判断。潜伏梅毒として治療を開始します。どちらも増加がない場合は慎重な経過観察を行うことになりますが、活動性梅毒と判断して治療開始することもありうるとされています(梅毒診療ガイド)。

以上、梅毒の診断・治療・follow upについて簡単にまとめてみましたが、梅毒トレポネーマについてはまだまだ不明な点が多いのも事実です。ただ、ペニシリンは有効であるのは今もかわりなく、現時点でペニシリン耐性株は認められていませんので、確実に梅毒を見つけていくこが重要であると考えます。

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