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田村哲也

小規模事業所経営者の頼れる経営アドバイザー

田村哲也(たむらてつや) / 経営コンサルタント

office TAMURA (オフィス タムラ)

コラム

「大谷選手が示唆したモノ」

2023年3月27日

コラムカテゴリ:ビジネス

同世代の経営者さんと
こんなペーパーを机上に置いてやり取りした

ビジネスエリア

《1960年代》
・1960年(カラーテレビ登場)
・1961年(テープレコーダー)
・1962年(首都高開通)
・1963年(ケネディ暗殺)60歳
・1964年(東京オリンピック)
・1965年(初カラーアニメ)
・1966年(BEATLES来日)
・1967年(リカちゃん人形登場)
・1968年(少年ジャンプ創刊)55歳
・1969年(アポロ11号月面着陸)
《1970年代》
・1970年(大阪万博)
・1971年(マック1号店/カップヌードル)
・1972年(あさま山荘/沖縄返還)
・1973年(ハイセイコー)50歳
・1974年(長嶋引退/セブンイレブン)
・1975年(まんが日本昔話放送開始)
・1976年(ロッキード事件/およげたいやきくん)
・1977年(ピンクレディー/王貞治国民栄誉賞)
・1978年(インベーダーゲーム/成田空港)45歳
・1979年(ウォークマン/贈る言葉)
《1980年代》
・1980年(ポカリスエット/竹の子族)
・1981年(スペースシャトル初飛行)
・1982年(笑っていいとも/CDプレーヤー)
・1983年(東京ディズニーランド)40歳
・1984年(グリコ森永事件)
・1985年(日航ジャンボ機墜落)
・1986年(つくば万博/写ルンです)
・1987年(朝シャン/ねるとん紅鯨団)
・1988年(東京ドーム完成)35歳
・1989年(消費税導入/平成元年)
《1990年代》
・1990年(大学入試センター試験開始)
・1991年(宮沢りえ写真集/東京ラブストーリー)
・1992年(尾崎豊死去/学校週5日制開始)
・1993年(Jリーグ開幕/欧州連合:EU発足)30歳
★1994年(F1アイルトンセナ事故死)
・1995年(阪神淡路大震災/地下鉄サリン事件)
・1996年(小選挙区比例代表並立制)
・1997年(消費税5%/酒鬼薔薇聖斗)
・1998年(長野冬季五輪/和歌山毒物カレー)25歳
・1999年(宇多田ヒカルデビュー/石原都知事)
《2000年代》
・2000年(シドニー五輪Qちゃん金メダル)
☆2001年(大阪USJ開園/9_11同時多発テロ)
・2002年(日韓W杯開催)
・2003年(六本木ヒルズ)20歳

今現在のビジネスパーソン諸氏は
 上記の年号の中に
 ほぼほぼ収まる建付けだ・・

・「御社の創業は○○年ですかぁ・・」
・「この商品は○○年にリリースして・・」
  あるいは
・「取引先の○○さんは何年生まれで○○歳・・」
・「経理の○○はあの年に生まれたのかぁ・・」

そんなやり取りに
 上記年表を添えたり当てはめると
 イメージや会話が広がったり・・

我々世代が感じる
 様々なズレや違和感を
 時には認めたり修正したり
 許容できたりしますよ・・と

WBC

どこもかしこもWBC一色
 食傷気味なのはさておき・・・

今日は
 侍メンバーの年齢にフォーカス!!

★印 ⇒ 大谷翔平選手が生まれた年
☆印 ⇒ 佐々木朗希選手が生まれた年

その他のメンバーも
 上記年号にプロットすれば
 ほとんどJリーグ開幕(1993年)以降誕生・・・
 (上記年表は四分の一でまかなえる)

 「○○歳です」と直接年齢を目にするより
 “えっ この前じゃん” といった驚きの感覚
 を伴うのは間違いなく老害の序章


彼らがやり遂げた快挙は
 野球が・・・とか
 チームワークが・・とか
 役割が/指導者が・・とか
 あらゆる角度から
 マスメディアが分析してくれているが

わたし的には
 大谷翔平というユニコーンを軸に
「ひとつの解」を示したと思うのです

ボトルネック

それはプロスポーツの世界や
アスリート云々だけではなく

社会が抱える
「いま」もしくは「いままで」
 あらゆる常識や考え方への
 アンチテーゼ

『グラブと帽子を放り投げた』あのシーンは

 特に我々世代がしがみついている
 マネジメント手法や悪しき慣習の終焉
 
「ボトルネックで困ってます」
「周回遅れに気付いてくださいよ」・・と
 優しく退場を促してくれたとしか思えない

なぜなら
(誤解を恐れずに言うならば)
 野球解説者や
 名だたるプロ野球OBの面々ですら
 陳腐で古めかしくて遠慮がちだったのが
 何よりもの証拠


いつの時代も
 若者が未来を創る!!

あなたやあなたの周りはどうですか?
栗山監督のように選手(スタッフ)を
「信じきる」ことができないのなら
 せめてもう少しはじに避けて道を譲って
 これ以上邪魔だけはしないように・・・

大谷選手が届けてくれた
 全てが変わった “瞬間”
 しっかり受け止めたいと思います

_264_  『ありがとう_侍ジャパン!!』

この記事を書いたプロ

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