マナーうんちく話453≪冬来りなば春遠からじ≫
《一つ脱いで うしろに負ひぬ 衣がえ》松尾芭蕉
物が豊かで、便利で、「個性」とか「自分らしさ」とか「多様性」という言葉が溢れている令和の今より、6月になると一斉に制服が切り替わった学生時代の方が、季節の変わり目に敏感だったような気がします。
今回は改めて「衣替え」の歴史や意味に触れてみます。
冒頭の句の意味は、衣替えの日になったけれども、旅をしているので夏服が手元にない。だから今まで着ていた一枚の着物を脱いで背中に背負って、これで衣替えをしたことにしよう。
●衣替えの意味
四季が明確に分かれており、それが規則正しく巡ってくる日本では、季節によって暑くなったり、寒くなったりするので、季節の変わり目に、その季節に応じた衣服に着替える必要があります。
これが「衣替え」ですが、単に衣服を変えるだけでなく、衣服の手入れをする意味も含まれています。
昔の人は今より比較にならないほど、物を大事にしていたということです。
●仏教用語としての衣替え
仏教用語で衣替えとは、師匠を替えるとか、宗旨を替える、つまり学ぶ教えを替える意味もあるようです。
ちなみに僧侶が身に着ける装束は一般に「袈裟」とか「衣」といわれていますが、歴史的変遷を経て、宗派によって様々な形をとっています。
宗派が違えば衣も異なるということですね。
ただ宗派を替えるということは、単に着るものを替えるというような単純な問題ではなく、仏教用語としての「衣替え」は大変重い意味を含んでいるような気がします。
※宗旨⇒宗教の場面では、どの宗教・宗派という意味です。
●衣替えの由来
日本は世界屈指の長い歴史を有し、年中行事が大変多い国ですから、千年以上続いている行事は珍しくありません。
「衣替え」もしかりです。
もともと衣替えは平安時代の宮中で行われていた「更衣(こうい)」という行事に由来します。
ちなみに平安時代の宮中では、装束を夏と冬に2回替える作法が確立されており、これが「更衣」とよばれていました。
つまり年に2回装束を替えるのはルールとして定められていたわけですが、一方当時は天皇の着替え等を担当する女官が存在し、その役職名も「更衣」だったので、混同することを避けるために、民間人が衣装を替えることは「衣替え」と言い分けるようになったといういきさつがあります。
ただ平安時代の服は着物ですが、このころはまだ物が貧しく、四季に合わせた衣装はなく、寒ければ厚着をし、暑くなれば薄着になったことと思います。
●回数が増えた江戸時代の衣替え
江戸時代になると幕府は、衣替えの日とともに着物の種類を公式に定め、年に4回衣替えをするようになりました。
〇春から初夏⇒裏地付きの着物「袷(あわせ)」
〇盛夏⇒単(ひとえ)
〇秋⇒袷
〇冬⇒綿入れ
以上が、武士が登城する際の身だしなみで、今の公務員のクールビズとは大きく異なり、凛とした振る舞いが目に浮かんできそうです。
●近代以降
明治維新とともに、日本人の装いも着物(和服)から洋服へ次第に移行するわけですが、先ず軍隊や警察組織で夏と冬の制服の衣替えが行われ、官公庁や学校、そして民間へと普及してきます。
明治維新後は、欧米諸国から大量に様々な文化が伝わってきたわけですが、暦もしかりで、明治6年には従来の旧暦から新暦に変わりました。
それによって夏服は6月1日から9月30日まで、10月1日から5月31日までが冬服となったわけです。
●衣替えの意義
衣替えを行う目的は様々ですが、意外に多くの効能があります。
〇生活に年中行事を取り入れることにより心が豊かになります。
〇日本の伝統文化を触れることにより、より日本文化について考えるようになります。
〇服装に気を配るということは大事なコミュニケーションの一つですから、コミュニケーション能力が磨かれるでしょう。
〇季節に応じた服を着ることにより、機能的になるとともに、気分がリフレッシュされます。
〇物を大事にする意識が養われます。
〇適切な選択ができるようになります。
以上、季節に応じた衣装に着替える風習は大変長い歴史を有するわけですが、昔の人は衣装を着替えることで生活にメリハリをつけ、折り目をただしたわけですね。
今年から「酷暑日」が設けられましたが、夏に向けての衣替えは、夏にふさわしい服装で猛暑をしのぐことでもあります。
しかし「暑さ」は夏の気候の大きな特徴です。
従って暑さを上手にしのぐ工夫は大切にしたいものです。
さらに「暑さ」を活かす手も考えられます。
このようにして夏という季節に同化し、日本の夏を前向きにお楽しみください。


