マナーうんちく話498≪うかつ謝り≫
初夏の風景が丸ごと目に浮かんでくるような山口素堂の句があります。
《目には青葉 山ほととぎす 初鰹》
江戸っ子は何かと初物好きですが、なかでも初鰹は特別で、無理して大金をはたいても、他の人よりも早く食べるのが粋とされていたようです。
このような理由で初鰹は、希少価値もあり大変高値が付き、一本一両から二両もしたとか。
《まな板に 小判一枚 初鰹》(宝井其角)という句があります。
大金持ちはさておき、庶民にとって、年収にも匹敵するくらいの初鰹を、いち早く食べるには大変無理をしなければいけません。
しかし当時、庶民ができる金策といえば質屋通いくらいなものですが、問題は質草です。
そこで《女房を 質に入れても食いたい 初鰹》という川柳が生まれてくるわけですが、なかには「蚊帳(かや)」を入れるものも出てきます。
《初鰹 りきんで食って 蚊に食われ》という句が生まれてきます。
「早くも初鰹を食ったよ!」と他人に自慢したいので、無理して蚊帳を質入れして初鰹を口にしたけれど、その蚊帳を請け出すことができないまま夏になったので、蚊に刺され放題になったという、哀れな句ですね。
●自己成長につながる見栄
ちなみに「見栄」とは、自分を実際よりもよく見せるようにする態度で、その根底には人の目を気にしたり、人に認めてほしいという思いがあります。
おそらく虫にも動物にもあり、ほとんどの人がそうではないでしょうか。
単なる虚勢ではなく、自分にできるささやかな自己防衛にもなるでしょう。
また蚊に刺され放題になるような無理な見栄を張るのは感心しませんが、今の自分より、さらに理想の自分に近づけたいという思いから発せられる見栄は、向上心にもつながるのではないかと考えます。
今の自分よりさらに成長したいという思いで、上を目指し、一歩一歩着実に実績を積み重ねていくことを大事にしたいものです。
見栄を単にその場限りにせず、どうすれば無理なく、他人より早く初鰹を食べることができるかを考え、行動に移すことが大切ということです。
●江戸しぐさに学ぶ「後引きしぐさ」
見栄を張ってマナー美人を気取ってみるのもいいかも・・・。
「マナーうんちく話」で何度も触れましたが、江戸っ子が互いに気持ちよく日常生活を送るために、知恵を出し合って築いた「江戸しぐさ」に「後引きしぐさ」があります。
お客様をお迎えして歓談をした後に、お見送りをするわけですが、外に出てお客様が立ち去ったら、自分もすぐ部屋に入るのではなく、相手の姿が見えなくなるまでお見送りをするというものです。
お客様が途中で一度振り返った時に、主の姿がそこになかったら味気ないものです。
またお見送りを受ける側も、一度は振り返ってみることをお勧めします。
自分が振り返ったら、主もまだそこにいて、また互いに視線を合わせて、相手との別れを惜しむというのが、いわゆる「粋な人」ということです。
これには、かえって見送りを受ける側が、精神的負担がかかるという意見もありますが、私の長い接客の経験からすれば、お見送りは丁寧なほどいいと思います。
例えば、玄関からタクシーで帰られるお客様がほとんどでしたが、タクシーの姿がほとんど見えなくなるまで見送ることにより、お客様に深い感謝の気持ちを伝えることができます。
まさに「お迎え3分にお見送り7分」で、お見送りは大袈裟にするくらいでちょうどいいと思っています。
ただこれではいかにも仰々しくなるので、お客様に精神的負担をかけないようにすることも大切です。
経験を重ねることを大事にしてくださいね。
徒然草に登場する女性の、月が美しい夜の別れのシーンに出てくる、風情あるお見送りを参考にしてください。
「徒然草9月20日の頃」に登場する女性の別れ際のシーンです。
・・・妻戸(つまど)をいま少し押し開けて、月見る気色(けしき)なり。
やがてかけこもらましかば、口惜しからまし・・・
両開きの戸をさらに少しおしあけて月を見る様子である。
もし、その人が妻戸の掛け金を掛けて部屋に閉じこもってしまったら、残念なことであろう・・・
今より比較にならないくらい、物に恵まれず、不便であったころに、このように別れ際を粋に振舞える人がいたわけですね。
ただこのしぐさは、見栄を張ったのではなく、日頃の心配りから出たことで、日頃からの行いが大切だということでしょう。
江戸しぐさは今のビジネスマナーのようなものですが、見栄を張って風流を極めたマナー美人を目指すのも、たまにはいいものですね。


