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コラム

適切な自己評価をしましょう

勉強方法

2015年10月3日

今、必修の授業では、エラーチェックが終わって、「こんなことをしてはダメ集」に入っています。不適切な書き方、文章などを生で見てもらって、是正可能であれば、それを是正するというトピックです。これと同時に行うのが、自己分析と、自己アピールの作成です。これらについては稿をあらためますが、自己分析や自己アピールを作ろうとする際、必要なことは「適切な自己評価」です。私はこれを説明する際もREBTを用います。キーワードは「不安を根拠にしない」です。REBT はイラショナルビリーフと呼ばれる非合理的信念(私は「変な思い込み」と訳します)が原因となって、不安や怒りといった不健康でネガティブな感情が結果として生まれるというメカニズムです。非常にシンプルで、それでいて本質をついています。アルバートエリスの慧眼には、いつも感服させられます。不安を根拠にしないということは、この時期に限らずよく言っていますが、不安を根拠にして、何かを判断する人は「適切な自己評価」もできないのです。例えば、「英語ができる」などと、自分のことを少しでもアピールしようとすると、「もしそんなことを言って、テストの点数が悪かったらどうしよう」となってしまいます。
REBT 的適切な自己評価とは、痛さや苦しさについて過大でもなく、過小でもなく、そのままの評価です。よく私が事例に出すのは、画鋲を踏んでしまったときの痛さ評価とそれ以後です。確かに画鋲を踏むと痛いです。私は経験があります。根元までしっかりと刺さりました。しかし、よく「飛び上がるほどの痛み」という表現がありますが、飛び上がりませんでしたので、そこまでではありませんでした。もちろん、死ぬほどではありません。また、死にそうにもなりません。見た目にちょっとショッキングではありましたが、ダメージとしては大したことはなく、けがの程度も薬を塗るほどでもありませんでした。だから仕事にも影響はなかったし、しばらくしたら、画鋲を踏んだことも忘れていました。むしろ、画鋲を踏むとどのくらい痛いかがわかったという結果以外には何もありませんでした。こうやって考えると、画鋲のダメージがゼロではないにせよ、しばらくしたら、忘れる程度だと評価ができます。そうすると、その後、画鋲を踏むことに対して必要以上に不安になることはありません。「踏んだらどうしよう」と考える必要がなく、踏んだらどうなるかの予想がつき、どうすれば良いかも概ねわかるからです(性懲りもなく、また踏んでしまう可能性はあります)。このような状態を作っておくと、踏んだ事実が変えられないことが身に付きますし、ダメージを自分で査定できますし、ダメージを等身大だけで受け、余計なダメージを自分で作り出さずに済みます。そうすると、人はある程度快適に、少ないダメージで暮らせると思います。適切な自己評価はその先にあると言えます。受けなくても良いダメージを自分で生み出してしまう人は、なかなか適切な自己評価はできません。どちらが卵で鶏かは一概に言えませんが、「果たして適切な自己評価ができているだろうか」と、強く意識しておく必要があると思います。




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