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井上博文

大学院・大学編入受験のプロ

井上博文(いのうえひろふみ)

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コラム

成長につながる自己変革

勉強方法

2016年8月23日

大学院や編入受験は、大人が受験する入試です。そのため、単に学科の点数だけで合否が決まるわけではありません。適性や人間性も評価対象になります。そのため、たとえ短い期間であっても自分を良い方向に変化させる意識を持ち、成長させるように努力をする必要があります。当塾でもすでに受験者が出つつありますが、どの人も、本人の自覚の中に成長を感じています。もちろん私から見ても、入塾当初からすれば、別人のように成長している人が大半です。昨日も言いましたが、受験直前に不安にかられる人に、
「ここに入ったばかりの時の自分と今の自分を比べてください」
とよく言っています。それだけで、一定の納得が得られるくらい成長に自信が持てる人が大半です。この成長に関して、決して忘れてはならないのは、
「あらゆることに対して他人(他のもの)のせいにしない」
ということです。仮に因果関係として、自分の不具合の原因に親があったとしても、親のせいにせず、さらに自分のせいにもせず、ただ、自分を変えることを考えるという意味でもあります。この点については、REBTでも仏教でも同じことを言いますので、両方を学ぶ私としては、疑う余地はありません。

「不幸にして(不運なことに)、私は○○」
といったことは少なからず誰にでもあります。私にもたくさんあります。
「俺はなんて運が悪いのか」
と、自分の運命を嘆いた若かりし時を思い出すと、お恥ずかしい限りです。しかし、他人から見ると、このことは、実はあいまいなもので、
「そんなことないやん、うまく言っている方やで」
と言う人もあれば、
「まだまだ努力が足りん」
と、我が師のように言う人もいます。他人から見ればそんなもんだと思います。結局、自分しか実状はわかりませんし、他人の言うことは両方正しいこととして
「そういう見方もあるか」
と受け入れた上で、前を向いて、成長していくのが適切です。そこに誰かのせいにする余地などあるはずもありません。他者のせいにすることほど、愚かなことはありません。よく「社会全体が」という主語を使ったり、「社会を変える」というようにchangeを他動詞で使う人がいます。私はこういう人が全く理解できません。それこそこういう人が苦しんでいる人をさらに苦しめるのだと思っています。「社会全体」という抽象概念が、主体になって、何か行動を起こすことなどあり得ません。あったら怖いです。漠然とした空気、風評、雰囲気といったものは、確かにありますが、それらは、人為的に変えられるものではありません。ましてやメディアという異常な怪物が情報を握っている以上、そう簡単に変えられるものではないでしょう。社会なる漠然としたものは、結局人間一人ひとりが握っているのです。仮に社会が「変わる」とするならば、人間の意識が少しずつ変化し、それととも社会も少しずつ変わり続けて今があるのです。今の社会に不適切さを感じるのは、年を重ねた人が「今時の若者は・・・」と嘆くのと同じ現象で、それほど大きな強制力のあるものではありません。人為的に社会を変えようというムーブメントが発生する時についても歴史は様々な人間の経験を私たちに教えてはくれますが、それは、大きな犠牲を伴い、勝てば官軍、負ければ賊軍のムーブメントになっていきます。それを望む人もあるでしょうが、私も含め、自分が犠牲になりたくない人が世の中では大半でしょうからそう簡単にそんなムーブメントは起きないほうがありがたいのです。社会には必ず作用、反作用、賛成、反対など、単純な対立構造ともっと複雑な重層構造になったものが、時間とともに積み重なり、簡単に社会の仕組みなどわかる人はいません。少子化にせよ、高齢化にせよ、簡単に解決できる問題ではありません。育児の問題もそうです。しかし、今の社会を望んだのは、実は私たち一人ひとりでもある、ということは忘れてはならないことです。地域社会を壊したのも商店街を壊したのも、教育を壊したのも、核家族にしたのも、少子化にしたのも、全部我々一人ひとりが望んだ結果、少しずつそうなっていったのです。そこに高齢化のように、人為的にはどうにもならないことが合わさって、さらに難しい問題になっていって今があるのです。
「あちらたてればこちらたたず、こちらたてればあちらたたず両方たてれば自分がたたず」
社会とはこんなもんだと思います。例えば体罰が禁止されたらどうなっているか。教育現場の悲鳴など、理想論をかざす人間は聞く耳を持ちません。
社会を変えるというのは、あまりにも安直な発想かあるいは、偏った政治思想に過ぎないのです。変えられるのは自分のみです。親子でも子どもを変えられません。夫婦でも相手を変えられません。それが現実です。「現実に目をそむけることなく、適切な方向に自分を変える意識を持つ」今後もこの方針を曲げずに進めて行きたいと考えています。


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