Mybestpro Members

海江田博士プロは鹿児島読売テレビが厳正なる審査をした登録専門家です

残りの人生、そろそろ考えることー「終活」が大事とか云うけれど―

テーマ:人生を考える

今日の目次
人生の始末をどうつけるか
同窓会は「生存確認」の場
「終活」と団塊の世代
「終活」という人生計画
他にやるべきことがいっぱい

人生の始末をどうつけるか

上のタイトルを書きながら、なんか意味深だなと思った。現在、私は74歳。そろそろ真剣に向き合うべきことは?と考えたとき、自分の人生の始末をどうつけるか、というテーマにならざるを得ない。
つまり、
「俺も「死」というテーマから逃げるわけにはいかないよな。」
ということである。
ネットニュースなど見ていると(地上波テレビも新聞も全く見なくなりましたので)日々、有名人の訃報が伝えられている。そんな中、若くして亡くなった人については『この人知らないなあ。』という人物が多いことに気がつく。その世界では有名な人だったのかも知れないが、私とはそれほど縁がなかった、ということなのだろう。(特にバンドのメンバーとかは知らない人だらけである。)
逆に年配の方の場合は、そのほとんどが知っている人ばかりだ。というか、「え!この人まだ生きてたんだ!」という人が多いことに驚かされる。
随分前から画面では見かけなくなっていたけど、まだ生きていたとは・・との思いで見ているのだ。まあそんな人たちだから、大抵は80代後半か90代の方が多い。(役者さんだと「名脇役」みたいな。主役級は普通にニュースになりますので)つまり、懐かしい顔を久しぶりに見たと思ったら、それは訃報だった、ということになるわけだ。自分の人生もそんな世界に近づいている、ということになるのかな、と考えさせられる。

同窓会は「生存確認」の場

ここで少し話は変わるが、近年、同窓会を以前よりは頻繁に行なうようになってきた。まあ、私が主催するわけではないのでちょっと他人事(ひとごと)みたいな書き方になってしまう。
主催というか、同窓会の企画は、この役割を引き受けてくれた幹事連中に任せている。彼らが「互いの生存確認をしたいから、もっと頻繁に開催してくれ。」との、同級生たちの意向を受けて事前に会場を決めたりインフォメーションを流したりと、いろいろと手配してくれているのだ。
この幹事たちが汗をかいてくれるので、その「生存確認」と称する同窓会が頻繁に行なわれることになったわけで、彼らにはいくら感謝しても足りないくらいである。まあ、個人的には『そんな「生存確認」なんていらんのじゃないの。』というのが正直な感想だが・・・
で、その同窓会だが、開催されるたびに一人二人と同級生たちの訃報が発表される。中には、長患いの末、という奴もいるけれど、急死の報に驚かされる奴もいたりするのだ。(てことは、やはり頻繁に「生存確認」を開催した方がいいのか・・・)
というわけで、同窓会はまず彼らを偲んで或いは悼んで、黙祷から始めることになってしまう。悲しい現実だが、年齢的にはいた仕方ないところなのだろう。

「終活」と団塊の世代

辛気臭い話に終始するのは嫌なので、その「死」についてちょっと別の見方をしてみようと思う。それは、近年よく言われるようになってきた「終活」についてである。「終活」という言葉がかなり普及してきて、割と日常的に使われるようになってきた。
このテーマに関する解説本、ユーチューブなども多く世に出ているようである。おそらく、多くの年配者がこのテーマについて考えるようになっているのではないか。
特に私のちょっと上の世代はいわゆる「団塊の世代」である。際立って人口の多いこの世代がそろそろ「終活」を考えざるを得ない時期に入ってきた、ということなのだろう。
彼らは常に、日本の流行や消費を先頭きって担ってきた世代でもある。その彼らがとうとう最後は「終活」という、最終的な流行(はやり)というか、消費に繋がるかも知れないコンセプトを担うというわけだ。
さて、団塊の世代のすぐ後ろ、彼らより3,4歳若い私がどう考えるか、ということである。私の同世代も団塊の世代に続いてまだまだ人口は多い。団塊の世代の課題を、ほぼそのまま引き継ぐことになるだろう。そうなると、「終活」なんて言う世相も、自分の課題として考えざるを得ないことになるわけだ。

「終活」という人生計画

しかし、ここで考えた。
「俺って、昔からほぼ計画的に生きてきたことなんてなかったよなあ。」
ということである。
「そもそも、これまでの人生一度だって計画的に生きたことなんてなかった俺が、人生の最終局面で「終活」などという、最も辛気臭そうな計画を立てることなんてあり得るだろうか。」
と考えたのだ。
これって、終活を真剣に考えておられる方には、失礼な言動になるのだろうか。私の場合、これまでまるで計画的に生きてこなかったにもかかわらず、人生どうにかなったみたいである。この先もそれで行けるんじゃないだろうか、というのが現在の思惑なのだ。
「そんなに甘くないよ。人間死ぬまで、いや死んだ後もいろいろあるんだよ。」というのが、いわゆる「終活」というコンセプトを打ち出した先達のお考えなのだろう。
私だってもちろん「あとは野となれ山となれ。」などと考えているわけではない。そのうち、遺言くらいは書くかも知れない。ただ、エンディングノートとかすべて身辺をきれいにしてとか、極めてきちんと計画的にやりましょう、などと考えていないだけだ。

他にやるべきことがいっぱい

おそらくこれからも、今までみたいに好きに生きていくことだろう。とはいえ、少し考えてみた。
現時点ではどうもモノを沢山所有し過ぎていることは確かである。これはそのうち大幅に整理しなくては、と思っている。
お金はほぼ使い切ってしまうつもりなので、これで残った者(子供たちのこと。カミさんは自分で蓄えているはずなので)が揉めることはないと思う。ただ、使い切ると言っても、人間何時が着地点なのかわからないから、ここはよーく考える必要があるが。
これまで、その著作をよく読んでいる学者先生とか、人生豪快に生きてきた友人とかに「俺は「終活」なんてクソくらえ、と思っている。」という人物を何人か知っている。私はそこまで言い切ることはしないけれど、まあとにかく「終活」なんて考える前に、考えるべきこと、やるべきことがいろいろあるんだよなあ、と日々思いながら生きているのだ。


同窓会ではただの酔っぱらった親父(ジジイか?)

リンクをコピーしました

Mybestpro Members

海江田博士
専門家

海江田博士(税理士)

税理士法人アリエス

税務相談はもちろんのこと、従来の税理士としての職務に留まらず経営者自身で革新できることを目指した支援を続けています。日本経済をしっかりと支えられる強い基盤を持った中小企業への第一歩のお手伝いをします。

海江田博士プロは鹿児島読売テレビが厳正なる審査をした登録専門家です

関連するコラム

プロのおすすめするコラム

コラムテーマ

コラム一覧に戻る

プロのインタビューを読む

有効な経営革新支援でより強い経営を目指すプロ

  1. マイベストプロ TOP
  2. マイベストプロ鹿児島
  3. 鹿児島のビジネス
  4. 鹿児島の税務会計・財務
  5. 海江田博士
  6. コラム一覧
  7. 残りの人生、そろそろ考えることー「終活」が大事とか云うけれど―

海江田博士プロへの仕事の相談・依頼

仕事の相談・依頼