もったいないよな~この景色―海のロケーションと日本文化を考える―Ⅰ
今日の目次
・雨は足りたのか?
・あの水不足はどうなった?
・明るいニュースもちゃんと放送しろよ!
・日本てずっとそうだった
・せめて真っ当に把握しては
雨は足りたのか?
今年の梅雨は短かったような気がする。「雨は足りたのだろうか?」と、ちょっと心配したが、農業が基幹産業である私の田舎でも、そんな声を聞こえてこなかったので、たぶん大丈夫だったのだろう。
そんなことを考えていたらふと思い出したことがある。いつの頃だったか、毎年、夏になると水不足が報じられた時期があった。やれ、農業用水が足りないだの、都市で取水制限が行なわれただの、ダムの貯水量が〇パーセントを切っただのと連日放送されていた時期があったことを思い出す。そんなニュースを見ていて「へぇ~よそは大変そうだなあ。」と思ったものだった。
あの水不足はどうなった?
と、ここでさらに思い出すのは、その水不足がいよいよ本格化して、例えば飢饉になった、といった話にまでは至らなかったということだ。ということは、日本の場合、多少の水不足などあったとしても、その後の降雨や台風の襲来などで、きっといつの間にか解決していたのだろう。
私は連日水不足のニュースが続いたあと、それからしばらくたった頃
『あの水不足はどうなったんだろう?』
と、気なることが多かった。ニュースを見ていてもその話題に触れることはない。どうやら、上記のようにいつの間にか解決していたのだろうけれど、それが報じられることはほとんどなかったのである。
つまりニュースなどで
「先週まで毎日のようにお知らせしていた水不足問題は、その後の降雨で解決に至りました。」
といった報道は聞いたことがなかった。
当時はネットでの情報検索環境も、そこまで普及していなかったので「どうなったんだろう?」と思っても調べようがなかったから、気にはなるもののモヤモヤとしたままだったのである。
明るいニュースもちゃんと放送しろよ!
さて、ここで何が言いたいのかと言うと、
「日本のマスコミって、いつもそうなんだよなあ。」
ということである。つまり、水不足といったネガティブ情報は、それが深刻になりそうなときは、干上がったダムの様子を映し出したり、農家にインタビューしたりしながら、かなり大袈裟にしかもしつこく放映するにもかかわらず、それが何とか無事に解決できて良かった、というポジティブ情報はスルーしてしまうのである。
明るい方のニュースもちゃんと放送しろよ、と思っても、それが実現することは少ないようだ。この水不足の話に限らず、マスメディアというのはそんな傾向が強いのではないか、というのが私の見立てなのである。
つまり、ネガティブな情報は積極的に流すけれど、プラスの良い方の情報はスルーしがちになる、という傾向である。基本的に日本のメディアにはそんな傾向、姿勢を感じるのだ。海外でもメディアというのは似たようなものなのだろうか?
日本てずっとそうだった
さてここで、話はかなり飛ぶのだが、自分が通ってきた長い人生(一応70を過ぎていますので)を振り返っても
「日本というのはずっとそうだったよなあ。」
との、感想を拭い切れないのだ。
というのは、私がまだ子供の頃、日本の高度経済成長が始まった。今、思い出してみれば、相当いい時代であったに違いない。その頃、日本のマスコミはそんな日本及び日本人のことを何と言っていたのか。
「日本人は金のことしか頭にない「エコノミックアニマル」と、世界では呼ばれている。文化度の高い欧米人からは蔑まされている。」
みたいな報道が多かったように記憶している。みんなが一生懸命日本の国力を上げようと頑張っているときも、メディアの主流としてはそんな論調が多かったのではないか。
さらにそんな経済力のついた日本人が、海外へと進出し始めたら、今度は
「日本人は「セックスアニマル」と呼ばれて世界の顰蹙を買っている。」
と報道していた。たまたまお金の儲かった日本人男性の中には、海外で買春をするようなけしからん輩(やから)もいたのだろう。
しかし、もちろん、そんな人だけがいたわけではない。大半はがむしゃらに働いて、ちゃんとビジネスを成功させた先人たちだったのだろうと思う。
今振り返ってみれば、あの頃のマスメディアが報じていたようなネガティブな印象だけを、他国の人が日本人に対して持っていたわけではなかったんじゃないかと思う。近年になって、かつてほどの自虐的な言説は影を潜めつつあるが、それでも冒頭書いた水不足の報道のようにネガティブ優先の報道姿勢は基本的には変わっていないような気がする。
せめて真っ当に把握しては
モノを販売するとき、「これを使うとお得ですよ。」というコピーよりも「これを使わないと損をしますよ。」というコピーの方が、宣伝効果が高いという。ネガティブ志向は、メディアに限らず、日本人全体の性向なのかも知れない。
ただ、ここまで生きてきた自分を振り返ってみて
「こんなネガティブ思考は俺にはなかった。」
とは言い切れないことも確かだ。そのために、物事を歪んで捕らえていた側面が大きかったのではないか、と後悔とも反省とも言えないような気持ちが強いのだ。
いずれにせよ、物事をネガティブに捉えるよりは、明るく前向きに捉えた方がいいに決まっている。そうは言っても、なかなかそんな気分になれない、というのであれば、何も明るく捉えないまでも正確に捉えればいいのではないか。
物事は不必要にネガティブに捉えない方がいい、とは思うが、必要以上に前向きに捉えることもない。せめて真っ当に把握するという姿勢を持つべきではないか、というのが私の世の中、特にメディアに対する考えなのである。
今日もいい天気


