本番を認める発言をしてしまった後にできること|自認の撤回と限界
この記事は、2026年10月14日時点の民法および刑法をもとに作成しています。恐喝罪の法定刑は、2025年6月1日に施行された拘禁刑への改正を反映しています。個別の事案での見通しは、支払いの経緯や手元の記録によって変わります。
「ホテルで店のスタッフに『今すぐ払わないなら警察を呼ぶ』と言われ、近くのコンビニのATMで現金を下ろして手渡した。家に帰って落ち着くと、あの支払いが本当に必要だったのか分からなくなった」。風俗トラブルのご相談では、このようなお話を伺うことがあります。反対に、「自分にも落ち度があったのだから、取り戻そうとすること自体が許されない」と考え、追加の請求が届くまで誰にも話せずにいた方もいらっしゃいます。
一般には「脅されて払ったお金は取り戻せる場合がある」と説明されることが多く、それ自体は誤りではありません。ただ、ATMで下ろして現金で渡した場合は、振込と違って銀行の手続で止める道がなく、誰にいくら渡したのかを後から示さなければならない場面が出てきます。また、「警察」という言葉が出てきた事情によっては、返還を求める動きがかえって刑事の問題を呼び起こすこともあります。
この記事では、「今すぐ払わないと警察」と告げられてATMで下ろした現金について、取り戻せるかどうかを分ける点と、払った後にしておきたいことを整理します。ATMへ連れて行かれている最中の対応はその場でATMに連れて行かれた|同行と引き出しの強要で、振込で支払った場合の手続は【風俗トラブル】振り込んでしまった直後|振込を止められるか・取り戻せるかで扱っていますので、あわせてご参照ください。
現金で払ったお金は、振込と何が違うのか
銀行の手続で止める道はない
振込であれば、組戻しの依頼や、犯罪に利用された疑いのある口座の取引停止といった、金融機関を通じた手段を検討する余地があります。これに対し、ATMで引き出して手渡した現金は、その時点で相手の手元に移っており、金融機関の側で止めたり戻したりする仕組みはありません。
そのため、現金で払ったお金を取り戻すには、受け取った相手に返還を求める(交渉や訴訟)か、相手の行為が犯罪に当たる場合に刑事手続の中で返金がなされる流れを目指すか、のいずれかになります。
「取り戻せるか」は三つの問題に分かれる
「取り戻せるか」という問いには、性質の異なる三つの問題が含まれています。現金で払った場合は、とくに二つ目と三つ目が課題になりやすいところです。
| 確認する点 | 内容 | 現金払いで問題になりやすいこと |
|---|---|---|
| 請求の根拠 | 返還を求める法的な理由があるか | 請求された名目と、自分の側の事情をどう整理するか |
| 相手の特定 | 誰に返還を求めるか | 店のスタッフ、キャスト、名乗っただけの人物の区別がつかない |
| 支払いの立証 | 誰に、いくら渡したか | ATMの記録は「下ろした」ことしか示さない |
返還を求める根拠がはっきりしていても、相手が誰か分からない、あるいは渡した事実を示せないときは、実際にお金が戻ってくる見込みは下がります。三つのどれが欠けているのかを最初に見極めることが、その後の進め方を決めます。
ATMの記録が示すことと、示さないこと
ATMの利用明細票、通帳の記帳、ネットバンキングの入出金明細からは、引き出した日時、場所(ATMの設置場所)、金額が分かります。ただし、これらが示すのは自分の口座からお金を下ろしたという事実までで、そのお金を誰に渡したのかまでは示しません。
下ろしたことと渡したことをつなぐのは、引き出しの直前直後のやり取りです。相手からのメッセージや着信の記録、金額を指定された内容、受け取りの書面の有無などが、その材料になります。なお、ATMの防犯カメラの映像は金融機関やATMの運営事業者が管理しており、個人が直接見せてもらうのは難しいのが通常です。警察の捜査や裁判所の手続を通じて確認することになりますが、映像は一定期間で消去されることが多いため、早めに動くかどうかの判断が必要になります。
「今すぐ払わないと警察」という言い方は、どこから問題になるのか
警察に届けると告げること自体は、直ちに違法とはいえない
被害を受けたと考える人が警察に相談したり被害届を出したりするのは、正当な行動です。そのため、「警察に行く」と告げられたこと自体を理由に、相手の行為がすべて違法になるわけではありません。実際に、客の側に問題とされる行為があり、女性側が損害の賠償を求めること自体には根拠がある場合もあります。
お金と引き換えにし、その場で払わせると問題になる
一方で、権利を行使する場面であっても、その方法が社会通念上一般に忍容すべきものと認められる程度を超えれば、恐喝罪が成立し得るとするのが判例の立場です(最判昭和30年10月14日)。恐喝罪の法定刑は10年以下の拘禁刑です(刑法249条1項)。次のような事情が重なるほど、正当な権利行使の範囲を超えていると評価されやすくなります。
- 金額の根拠を示さないまま、高額な支払いを求められた。
- 「払えば警察には行かない」と、警察への届出と支払いが引き換えにされていた。
- 考える時間を与えられず、その場でATMに行くよう求められた。
- 複数人に囲まれた、帰らせてもらえないなど、断りにくい状況に置かれていた。
刑事上の恐喝に当たるかどうかとは別に、民事では、相手の言動によって恐怖を感じ、その恐怖から支払いに応じた場合は、強迫による意思表示として取り消せる可能性があります(民法96条1項)。境界の考え方は店の請求が恐喝に変わる線引き|正当な権利行使との境界で、その場で即時払いを迫られたときの判断は【風俗トラブル】「今すぐ払えばこの場で終わる」と言われた|即時払いを求められたときの判断で解説しています。
自分の側にも問題があった場合の考え方
客の側にも問題とされる行為があった場合でも、請求の方法が行き過ぎていれば、恐喝や強迫の問題が生じることはあります。ただ、その場合に返還を求めると、相手方からは「もともと損害があった」という反論が出され、問題とされた行為そのものが改めて争点になります。
自分の側にも問題があった事案では、支払った全額が戻るという見通しよりも、正当といえる範囲を超えた部分をどう扱うかという見通しで考えるほうが現実的です。どこまでを争うかは、問題とされた行為の内容と、請求された金額との釣り合いを見て判断することになります。
返還を求める法的な道筋|払ったときの事情で組み立てが変わる
その場で脅されて払った場合
「警察」という言葉に押されて、恐怖からその場で現金を渡した場合は、支払いの合意を強迫によるものとして取り消すことが考えられます(民法96条1項)。取り消された行為は初めから無効であったものとみなされ(同法121条)、受け取った側は原状に戻す義務を負います(同法121条の2第1項)。法律上の原因のない利得として返還を求める構成(同法703条、704条)や、相手の行為が不法行為に当たるとして損害賠償を求める構成(同法709条)もあります。
支払う義務がないと知りながら支払った場合は返還を求められないとする規定もありますが(同法705条)、脅されてやむを得ず支払ったような場合には当てはまらないと考えられています。また、相手方から「不法な原因による給付だから返さなくてよい」と主張されることもありますが(同法708条)、脅されて支払った示談金にこの規定がそのまま当てはまるとは限らず、支払いの経緯によって判断が分かれます。詳しくは払ってしまった後に取り戻せるか|恐喝・強迫を理由とする返還で扱っています。
書面に署名してから払った場合
ATMに行く前後に示談書や誓約書へ署名し、その合意に基づいて現金を渡した場合は、和解契約としての効力が問題になります(民法695条、696条)。合意が有効に残っている限り、支払ったお金だけを取り戻すのは難しく、まずは合意そのものが強迫や錯誤(同法95条)によって取り消せるか、金額が著しく過大で公序良俗に反しないか(同法90条)を検討することになります。
この点は脅されて署名した念書・示談書は有効か|「無効」と「取消し」の違いで解説しています。署名した書面の写真を撮っていない場合の確かめ方は【風俗トラブル】店の事務所で書かされた紙の写真を撮っていない|内容を後から確かめる方法をご参照ください。
店の決まりとしての「罰金」を払った場合
「店の規則で罰金は〇〇万円」と告げられて払った場合、私人が刑罰としての罰金を科すことはできませんので、その実質は損害賠償や違約金の問題として見直すことになります。名目と実際の損害が大きくかけ離れていれば、返還を求める根拠になり得ます。考え方は「罰金」を請求された|私人が罰金を科すことはできないで詳しく扱っています。
払った後の行動が、取り戻せるかに影響する
残りを払い続けると「追認」と扱われることがある
その場では一部だけを現金で払い、残りを後日支払う約束をしている方もいらっしゃいます。ここで注意したいのが追認の扱いです。取り消すことができる行為は、取消しの原因となっていた状況が消滅し、かつ取り消せることを知った後であれば、追認することができます(民法124条1項)。そして、追認できるようになった後に、その約束の全部または一部を履行すると、追認をしたものとみなされます(同法125条1号)。追認されると、その行為はもう取り消せなくなります。
落ち着いて状況を理解した後に、何も異議を述べないまま残りの支払いを続けると、強迫を理由に取り消す道を自ら狭めてしまうおそれがあります。異議をとどめて支払った場合は追認とはみなされませんが(同条ただし書)、実務上の扱いには注意が必要です。もっとも、連絡もせずに支払いを止めると、相手方からの連絡が強まることもありますので、止め方は【風俗トラブル】分割払いの途中で払えなくなった|店への連絡と再交渉も参考にしながら、早めにご相談いただくのが安全です。
取り消せる期間と、請求できる期間
強迫を理由とする取消権は、追認をすることができる時から5年間行使しないと時効によって消滅し、行為の時から20年を経過したときも同様です(民法126条)。不法行為に基づく損害賠償請求権は、損害と加害者を知った時から3年、不法行為の時から20年で消滅します(同法724条)。法律上の原因のない利得の返還請求権は、権利を行使できることを知った時から5年、行使できる時から10年が目安です(同法166条1項)。
期間だけを見ると余裕があるように感じられるかもしれません。しかし、現金払いの事案では、相手の連絡先が使われなくなったり、店が名前を変えたり、防犯カメラの映像が消えたりと、時間とともに手がかりが失われていきます。期間の長さよりも、手がかりが残っているうちに方向性を決められるかどうかが実際の分かれ目になります。
今日のうちに残しておきたい記録
現金で払った事案では、支払いの事実と相手を示す材料を自分で集めておく必要があります。次のものは、できるだけ早く保存しておくことをおすすめします。
- ATMの利用明細票、通帳の記帳、ネットバンキングの入出金明細など、引き出した日時・場所・金額が分かるもの。
- 何回かに分けて引き出した場合は、その一回ごとの記録。
- 請求してきた人物の名乗り、人数、店名、電話番号やLINEのアカウント。
- 「警察」という言葉がどのような流れで出てきたか、金額がどのように決まったかの経過のメモ。
- 受け取りの書面、示談書や誓約書の有無と、その写しや控えが手元にあるかどうか。
- 身分証を見せた、撮影されたなど、相手に渡った個人情報の内容。
「見られたくない」という気持ちからやり取りを削除してしまう方もいらっしゃいますが、後から経緯を示す手段が失われますので、消さずに残しておいてください。
取り戻すか、支払いを前提に区切りをつけるか
返還を求めることで起こり得ること
返還を求めると、相手方は請求の正当性を主張するために、問題とされた行為を改めて持ち出してくることがあります。その中で、相手方が被害届の提出に動く可能性も考えておかなければなりません。示談金を支払った後の刑事手続との関係は【風俗トラブル】示談金を払ったのに被害届を出された|合意の効果と刑事手続で解説しています。
返還を求めるかどうかは、取り戻せる金額の見込みだけでなく、問題とされた行為の内容、刑事手続に発展した場合の影響、家族や勤務先に知られるおそれといった事情を合わせて判断することになります。
支払いを前提に合意書を整えるという選択
合意書を交わさないまま現金を渡した場合、「まだ足りない」「あれは一部にすぎない」として、後から請求が続くことがあります。こうした場合には、取り戻すことよりも、支払った金額で清算が済んだことや、今後の接触をしないことを書面に残すほうが、その後の安心につながることもあります。
当事務所でも、支払いを済ませた後に合意書を作成し、区切りをつけたご依頼があります(【解決事例】デリヘルでの本番行為を理由に70万円を支払ってしまった|支払後に合意書を作成した事案)。支払った直後に最初に決めておきたいのは、返還を求めるのか、支払いを前提に区切りをつけるのかという方向性です。
弁護士が入る場合にできること
弁護士にご依頼いただいた場合は、相手方に受任通知を送り、以後の連絡を弁護士に一本化します(受任通知とは何か|送られると相手方との関係はどう変わるか)。そのうえで、名乗りや連絡先、店の情報から相手方を確かめ、返還を求めるのか、合意書を整えるのかを、刑事手続への影響も含めて検討します。相手方の確かめ方は相手の店やキャストが分からない|請求相手を特定する方法で解説しています。
交渉の結果、すでに支払った金額の返金に至ったご依頼もあります(【解決事例】デリヘルの本番行為で「罰金」50万円を支払った後に再請求|交渉で支払済みの50万円が全額返金された事例)。ただし、返金に至るかどうかは、請求の根拠や支払いの経緯、相手方の状況によって大きく異なります。
よくあるご質問
何回かに分けてATMで下ろしました。まとめて返還を求められますか。
一連の請求に応じて支払ったものであれば、合計額を対象として返還を求めることを検討できます。ただ、現金払いでは一回ごとの金額を示す必要がありますので、引き出しの記録を回数分そろえ、どの引き出しをどの場面で渡したのかをメモに整理しておくことが大切です。引き出した額の一部を手元に残した場合は、その金額も区別しておいてください。
カードのキャッシングや消費者金融で借りたお金を渡しました。借りた分の返済も止められますか。
カード会社や消費者金融との借入れは、相手方への支払いとは別の契約ですので、相手方に返還を求める場合でも、借入れの返済義務は通常どおり残ります。返済を止めると延滞の扱いになりますので、借入れの返済は続けながら、相手方への対応を検討することになります。借りてまで払うかどうかを迷っている段階の方は、【風俗トラブル】請求を払うために借金をしようとしている|借りる前に考えることもご参照ください。
警察に相談すると、自分の行為まで調べられることはありませんか。
相手方の行為を恐喝として警察に相談すると、なぜ金銭を求められたのかという経緯を説明することになり、その中で自分の側の行為が話題になることはあります。そのため、自分にも問題とされる行為があった事案では、相談の仕方や順序を事前に整理しておくことが大切です。考え方は自分にも非がある場合の警察相談|恐喝被害を申告する際の障害で解説しています。身の危険を感じる状況であれば、こうした事情にかかわらず、ためらわずに110番通報してください。
まとめ
- ATMで下ろして手渡した現金は、振込と違い、組戻しや口座の取引停止といった金融機関の手続で止めることはできません。
- 「取り戻せるか」は、請求の根拠、相手の特定、支払いの立証という三つの問題に分かれ、現金払いでは後の二つが課題になりやすいといえます。
- 「警察に行く」と告げること自体は直ちに違法ではありませんが、方法が社会通念上の許容範囲を超えれば恐喝罪が成立し得ます(最判昭和30年10月14日、刑法249条1項)。
- その場で脅されて払った場合は、強迫による取消しと原状回復、不当利得の返還、不法行為による損害賠償が問題になります(民法96条1項、121条、121条の2第1項、703条、704条、709条)。
- 示談書などに署名して払った場合は和解の効力があるため(同法695条、696条)、合意そのものを取り消せるか、公序良俗に反しないかの検討が先になります(同法90条、95条)。
- 落ち着いた後に異議を述べないまま残りを払い続けると、追認とみなされて取り消せなくなるおそれがあります(同法124条1項、125条)。
- 取消権は追認できる時から5年(同法126条)など期間の定めがありますが、現金払いでは手がかりが早く失われるため、返還を求めるか区切りをつけるかの方向性を早めに定めることが大切です。
弁護士法人若井綜合法律事務所では、風俗トラブルに関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。「警察」と告げられてATMで現金を下ろして渡してしまった方、残りの支払いを求められて対応に迷っている方は、ATMの利用明細や相手方とのやり取りをお手元にご用意のうえ、お早めにご相談ください。
すでに支払った金額の返還を求めるのか、支払いを前提に合意書を整えて区切りをつけるのかは、事案ごとに判断が分かれます。ご家族や勤務先に知られないよう配慮しながら、状況に合わせた進め方をご提案します。


