マナーうんちく話502≪会話の中に季節の話題を積極的に!≫
秋の野に 咲きたる花を 指折り かき数ふれば 七種(ななくさ)の花
山上億良が万葉集で「秋の七草」をうたっていますが、萩、桔梗、女郎花、なでしこ、藤袴、葛(くず)、すすきの花は、秋になって一斉に咲くわけではありません。
私が主催する講座では、毎年9月の講座で会場に活けますが、厳しい暑さが続いた今年は、なかなか手に入れるのが難しくなりました。
万葉集で一番多く歌われる花であり、秋を代表する花の一つでもある「萩」は夏には咲いており比較的楽に摘んでくることができます。
万葉集で一番多く読まれているということは、当時の貴族は萩の花を摘んで女性に贈ったのでしょうか?
ロマンが感じられる花です。
女郎花と表現される「おみなえし」も早く咲きますが、「ススキ」はかなり秋が深まってからです。
また「藤袴」は自生する野山が大変少なくなり、簡単には手に入りません。
いずれにせよ千数百年前から、季節を彩る花として、私たちの生活になじんできたわけですから、派手ではないけど、一層の趣が感じられます。
ちなみに《春の七草》は、七草粥として食することで、栄養を補給する目的で生まれた、古代中国の風習が起源ですが、《秋の七草》は、美しさを鑑賞してめでる日本独特の文化です。
また春の七草よりも長い歴史を有します。
ところで「食欲の秋」には多くの野菜や果物に恵まれます。
我が家の畑でもトマトはお盆くらいまでですが、この時期にはピーマンや茄子が元気に育っています。
ちなみに「秋茄子は嫁に食わすな」という言葉があります。
姑の嫁いびりのような意味でとらえる人も多いと思いますが、本意はどうでしょうか。
茄子は夏に収穫すれば「夏茄子」と呼ばれますが、私のような素人が作った茄子は、厳しい暑さで、皮がとても硬くなり、お世辞にもおいしいとは言えません。
そして暑さが収まり、朝夕の気温差がでてくる秋に収穫する茄子は「秋茄子」と呼ばれ、実の状態が良くなるとともに、甘みや旨味が出て、とても美味しくなります。
「こんなおいしい茄子を嫁に食わすなんてもったいない」という説は、昔の封建的な家族制度の中で生まれた意味だと考えます。
一方、秋茄子はとても美味しいけれど、水分を多く含み、体を冷やすことになるので、「大事な嫁には食べさせないほうがいい」との、まさに思いやりの意味もあります。
特に子どもに恵まれることが大事で、流産のリスクを考慮したのではないでしょうか。
さらに秋茄子は「種が少ないので子宝に恵まれない」という縁起を担いだという説もあります。
では真実はどうでしょうか?
本来は「秋茄子をネズミに食わすな」だったようです。
ネズミは夜行性で夜に目が見えるので「夜目」が「嫁」に転じたとか・・・。
いずれにせよ、秋茄子はうまい野菜です。
美味しく、楽しくいただいてください。
余談事ですが「親の意見と茄子の花は千に一つの無駄がない」といわれます。
「かぼちゃ」や「かんぴょう」などは大きい花が沢山咲きますが、実が成るのはごく一部です。
その点、茄子は花が咲けば、まず実が成ります。
親の意見はうるさいような気がするけど、どれも我が子の幸せを思って発する言葉なので、素直に聞いた方がいいという意味です。
このような言葉は広く浸透してほしいですね。
またこの時期を代表する鳥と言えば、長い尾が特徴の「鶺鴒(せきれい)」ではないでしょうか。
鶺鴒は神話に登場します。
日本の国を創造したといわれる男の神イザナギと、女の神イザナミが結婚しましたが、何分にも初めてですから子供の作り方がよくわかりません。
そこに鶺鴒がやってきて、長い尾を振って子の作り方を教えたわけです。
今の日本があるのは鶺鴒のお陰ということです。
9月12日から17日までは「白露」の次候「鶺鴒鳴く」です。
こうして鶺鴒は結婚に非常に縁が深い鳥として「恋教え鳥」と呼ばれるようになり、以前は結婚式場の置物として、また壁画などにも描かれました・
そんな鶺鴒が今、恋の季節を迎えているわけですが、番になってもとても仲がいいとか・・・・・。
婚活の手本になってほしいものですね。
一方、縁起がいい鳥もいれば、侘しさを感じる鳥もいます。
秋になって涼しい風が吹いてくる頃になると、燕が南の国に移動していきます。
燕は稲作の国日本では害虫を食べてくれるので益鳥と呼ばれ、さらに商売繁盛の代名詞にもなったなじみの深い鳥ですが、越冬するために日本を去るわけです。
華やぎの春とは対照的ですね。
最後にこの時期は、マナーの世界にも縁の深い魚介類や草が旬を迎えています。
「鮑」と「水引草」です。
鮑は日本全国、比較的水深の浅いところの岩礁に住んでいる長寿の貝です。
だから縁起がいいとされ、昔は贈り物に鮑を添えていましたが、やがて乾燥した鮑が使用されるようになり、さらに、それが図案化され、現代の贈り物には「熨斗紙」としてつけられるようになっています。
「水引草」は我が家の花壇にも咲きますが、上から見ると赤く、下から見ると白い小花が細長く点々と咲いています。
祝儀袋の水引によく似ているから水引草と名付けられています。
花言葉はずばり「慶事」です。
最近は異常気象のせいでしょうか、日本ならではの風情が感じられなくなってきた気がします。
AI全盛時代とは言え、何百年も、何千年も続いてきた素晴らしい文化が消えてしまうのは寂しいですね。


