マナーうんちく話935《おめでたい時には、なぜ鯛の「オカシラツキ」なの?》
五節句は、奈良時代に中国(唐)から日本の宮中に伝わり、江戸時代になって、江戸幕府が公式行事として定めました。
1月7日の「人日の節句」を除いて、残り4つの節句は同じ奇数が重なる日ですが、これは「奇数は縁起の良い数字」という中国の陰陽思想の影響を受けています。
また貴族階級の間で発展した「五節句」は大切な一年間の節目ですが、農民の間で重宝された「二十四節気」より漠然とした区分になっています。
そもそも節句というのは季節の節目であり、旬の食材をふんだんに使用した「お節料理」と酒で、互いに長寿と息災を祈願するハレの日であり、日本は世界屈指の長寿の国ですから、本来はこの節句を盛大に祝って、日本人を実感していただきたいものです。
そのためにも、それぞれの節句の意味や由来を正しく理解することが大事です。
ここでは簡単に触れていますが、詳しくは個別に「マナーうんちく話」をご覧ください。
●人日(1月7日)の節句
本来は1月1日だったのですが、元日には屠蘇で邪気を払う風習があることと、1日は新年を祝う特別な日でもあるので、五節句が季節の植物で邪気を払う本来の目的からすれば、7日の方が適していると考えられたので、あえて1月7日になったわけです。
「人日」という名は、かつて中国で1月7日に人を占ったことに由来します。
健康長寿を祈願してせり、なずな。ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろの七草がはいった「七草粥」をいただく日です。
ちなみに一月七日は、二十四節気の「小寒」であり、小寒の七十二候の初候は「芹乃栄う(せりさかう)」で、まさに芹が旬を迎える季節です。
●上巳(3月3日)の節句
「雛祭り」や「弥生の節句」ともいわれるお祭りです。
女の子の健やかで幸せを祈願するお祭りですが、旧暦では桃の花が咲く時期でもあるので「桃の節句」とも呼ばれます。
なお雛祭りに登場する数々のモチーフは白・緑・紅が使用されていますが、これは春の訪れを祝福する意味があります。
白は清浄、緑はヨモギの色で邪気払い、魔除けの紅色ということでしょう。
雛人形を飾り、蛤の吸い物で貞操教育をしたり、祭りが終われば直ちにかたずけて整理整頓や、ハレとケのけじめを教育したといわれますが、今ではその面影は感じられなくなりましたね。
ちなみに、この行事は江戸時代以降になって日本で急速に普及していますが、世の中が変わっても、親が子を思う気持ちだけは大切にしたいものです。
また雛人形の豪華さを競うより、祭り本来の意味や意義を正しく子に伝えたいものですね。
●端午(5月5日)の節句
男の子の逞しい成長を祈願する祭りで、鯉のぼりや柏餅をいただき、菖蒲湯につかります。柏餅は柏の葉を使用しますが、柏の葉は新しい葉が生えないと古い葉が落ちないので子孫繁栄につながるといわれています。
また菖蒲の強烈なにおいは邪気を払う効果があるといわれています。
5月人形を飾り、新茶を飲みながら柏餅を食べて、家族団らんのひと時を過ごすとともに、子供の成長を祈るのもいいで、いつまでも大事にしたい日本の祭りです。
また男の子に限らず、こどもの健やかな成長を願う「子どもの日」でもあります。
古代中国では5月は「物忌みの月」とされ、邪気を払う儀式がおこなわれており、この風習が日本に伝わって現在に至ります。
鯉のぼりは「鯉が滝を登り竜になる」という故事にちなみ、こどもの立身出世を願う祭りでしたが、最近はめっきり見なくなりましたね。
最近は、出世より安定を望む傾向が強いということでしょうか。
●七夕(しちせき)(7月7日)
古代中国の「織姫伝説」と、日本の神事「棚機女(たなばたつめ)」が複雑多様に絡み合った祭りで、7日の夕方にとり行われたことから「七夕(たなばた)」になったといわれています。
また旧暦の7月7日は、新暦の8月の始め頃で、稲が成長期を迎え雨が恋しい頃でもあります。従って七夕は雨乞いの儀式でもあったとか。
そういえば七夕伝説の彦星である牽牛の「牽」は、神様に捧げる牛の意味があります。昔は天の神様に、牛を供えて雨乞いをしていたのでしょうね。
さらに小麦の収穫期の頃でもあるので、素麺をお供えします。色が鮮やかな5色の素麺がありますが、中国の陰陽五行説の影響だと思います。
7月は「文月」と言いますが、これは牽牛と織姫の二つの星に、詩歌の文をささげたことに由来します。
●重陽(9月9日)
縁起の良い陽の数字の一番大きな9の字が重なる、大変縁起の良い日とされています。つまり重陽の節句は五節句の中でも一番格式が高い節句で、江戸時代には将軍から武士まで全員で、長寿のシンボルである菊の花びらを浮かせた「菊酒」を飲んでお祝いしたとか。
我が家でも、毎年その風流な風習を偲び菊酒でお祝いします。
また「栗ご飯」を炊いて「菊酒」を飲んでお祝いしたので「栗の節句」「菊の節句」ともよばれます。
ちなみに菊には邪気祓いや長寿の力があると考えられていました。
日本のしきたりは日本独特の季節感により培われてきたわけですが、前にも触れた「二十四節気」や「七十二候」と同様、今回の「五節句」も中国から伝わり、日本の気候風土や生活様式の中で独自の進化を遂げています。
ちなみに平安時代になると貴族の力が大きくなり、やがて貴族の時代になるわけですが、その貴族たちは「寝殿造り」といわれる立派な屋敷で、歌を詠み、美酒を飲み、蹴鞠をしたりしながら優雅な生活を謳歌しており、そんな中で日本の文化が生まれたわけですね。
特に貴族は「年中行事」をとても大切にしていたようで、五節句も貴族階級を中心に発展したわけです。
子孫繁栄・五穀豊穣・無病息災を祈願するとともに、神様にお供えした旬の農作物や花などを儀式終了時に下げて、皆に分け与えることにより絆を深めたわけです。
それが1200年以上の月日を経て、現在に受け継がれているわけですから素晴らしいですね。
ごく一握りの貴族階級でしか味わえなかった文化を、今では皆が当たり前のように楽しめているわけですので、日本の平和と繁栄に心から感謝したいものです。
それと同時に次世代にも正しくつなげていきたいものです。


