マナーうんちく話521≪お心肥し≫
今年も梅の実が黄色く熟す頃になりました。
梅は万葉集では「萩」に次いで多く詠まれていますが、米やお茶とともに、日本人には大変なじみが深いものです。
ところで「夏も近づく八十八夜・・・」は茶摘みの歌ですが、「梅干しの歌」をご存じでしょうか。
今から百年以上前の、明治の終わりから大正の初めにかけての「尋常小学校」の国語の教科書に「うめぼしのうた」があります。
二月三月花ざかり うぐいす鳴いた春の日の 楽しい時も夢のうち 五月六月実がなれば 枝からふるい落とされて 近所の町に持ち出され 何升何合計り売り もとより酸っぱいこのからだ 塩につかってからくなり 紫蘇に染まって赤くなり
三日三晩の土用干し 思えばからい事ばかり それも世のため人のため シワわよっても若い気で 小さい君らの仲間入り 運動会にもついていく まして戦のその時は なくてはならぬこのわたし・・・」。
日清・日露戦争や第一次世界大戦の時代に作られた歌だけあって、小学校の教科書にも「イクサ」という言葉が登場しているのに時代を感じますが、一方では小学生が喜びそうな「運動会」の弁当で、梅干しが重宝されていたことがよくわかるような気がします。
「マナーうんちく話2251(和文化クイズ)」の解答と解説です。
いろいろな場面で応用が利くので、ぜひ参考にして下さい。
A、お茶を飲むときに一服と表現する理由は「薬として服用」する意味と、「休むため」の二つの理由が考えられます。
ちなみに医師や薬剤師等の医療従事者の指示で薬を飲むことを「服薬」、自分の判断で飲むことを「服用」といいますが、奈良時代から平安時代にかけて、中国からの留学僧により伝えられたお茶は、もとは特権階級の薬として飲まれていたようです。
また一休みの方法としてたばこを吸うことは休憩といいますが、お茶を飲むことは休憩の意味もあります。
さらにたばこは、最初は頭痛薬や万能薬として使用されていたようですが、やがて嗜好品として普及したといわれています。
日本には16世紀から17世紀にかけて、スペインの宣教師によって伝えられたといわれています。
「百害あって一利なし」といわれるタバコが、もとは薬として使用されていたとは驚きですね。
大学入学と同時に吸いはじめ、以来35年間タバコを吸ってきた私も、確かに心理的効果は確かにあると今でも思っています。
B、3番が該当しています。(一概に間違いとは言えませんが・・・)
「黒文字」はクスノキ科の落葉低木で、香りがいいので和菓子を一口大に切り分ける楊枝として使用されます。
最近はステンレス製等の「菓子切り」も多く出回っています。
木の表面に黒い斑点が多くあり、昔の人はそれを文字に見立てて黒文字と呼んだのでしょう。
黒文字に対し「白文字」もあり、杖などに利用されています。
また黒文字で菓子を切る際は親指、人差し指、中指の3本を使用し、残りの指は添える程度でいいでしょう。
菓子が載っている紙は「懐紙」で、和紙を二つ折りにしたものが一般的です。
紙袋に入った黒文字を使用した時、使用後に元の袋に戻すわけですが、その際は、紙袋を折って入れたらいいと思います。
「この楊枝はすでに使用していますよ」というメッセージです。
割り箸もそうですね。
ただそのまま入れても間違いとは言えないと思いますが、思いやりの精神が発揮できればいいですね。
ちなみに厳格な作法が要求される場では、使用済みの黒文字は、持ち帰えったほうがいいでしょう。
C、間違っているのは「3」で、入梅は二十四節気ではなく「雑節」の一つです。
ちなみに雑節とは二十四節気、五節句以外に、季節の移り変わりをより正確に把握するために設けられた特別な歴日のことです。
節分、彼岸、社日、八十八夜、入梅、半夏生、土用、二百十日、二百二十日などがあり、日常生活や農作業に深い関連がある日本独自の指標のことです。
二十四節気や五節句は、どちらかといえば公家や武家の文化で、雑節は農民の生活の知恵だといえると思います。
今、米が話題になって、いろいろな議論が交わされていますが、昔は初夏に田植えをした米が、実りの秋を迎える頃に台風が多く発生するので、注意喚起をするために設けられたのが、立春から数えて210と220目に当たる、雑節の「二百十日」「二百二十」です。
天候の影響を大きく受ける農業は、自動車など他の産業とはいろいろな面で異なるということです。
D、間違いは2,4です。
ワインは注いでもらう時に、グラスは持ちません。
洋食のテーブルセッチングでは、グラス類は右側に並べられ、飲み物は右側からつがれることが多いので、ワインやシャンパンをついでもらう時に、上体をやや左に傾ければいいでしょう。
また洋食のナプキンは、中座するときには「また戻ってきます」という意味も込めて椅子の上に置きます。
テーブルの上に置いたら食事が終わった合図になります。
コーヒーや紅茶をいただくときには、最初にそのまま飲んで味を把握して、砂糖やミルクなどを入れればいいと思います。
洋食のパンをいただくときにも、まずは何もつけず一口食べて、必要とあればバターを使用すればいいと思います。
畳の上では「座礼」が基本です。
従って和室での乾杯も、座布団からおりて、正座して行います。
E、間違いは4です。
訪問先で茶菓を出されたら、相手の心遣いに感謝しながら、遠慮しないで、すぐにお礼とともに「戴きます」と言っていただいて下さい。
終わったらお菓子の感想等はあった方がいいと思います。
前向きな感想があればいいのですが、季節感や食感などの具体性が欲しいところです。
さらに上級者になれば、つまり場を踏んでいただけたら、お菓子に託されたあるじの意図まで汲み取れるようになるでしょう。
例えば6月6日に開催したお抹茶カフェでは、参加者の半年分の疲れやストレスを払っていただき、また向こう半年間元気で参加してくださいという私たち主催者の思いを込めて「水無月」を召し上がっていただきました。
2,の「うな重」や「うな丼」は持って食べてもいいし、持たなくてもいいです。
ちなみに「うな重」をいただくときには、下の部分を左から食べ、下半分を食べ終わったら、うな重の対角線上に両手で斜め角を持って、向きを変えて、再度左側から食べます。残り少なくなったら持って食べてもいいです。
和食で器を持っていいのは手の平の大きさですが、米は感謝の対象の食べ物ですから、両手でもち上げて感謝の気持ちを表現したのではないでしょうか。
いま日本は米価ばかりが話題になっていますが、何千もの長い間、瑞穂の国として日本人の主食の役目を果たしてきた米に、少しは感謝の気持ちを持っていただきたいものです。
日本人にとって、米は市場原理ばかりではないということです。
F、初物は、日本人の大好物で、和食や和菓子の世界では重宝されますが、中でも「初ガツオ」は特別な存在です。
「目には青葉 山ほととぎす 初がつお(山口素堂)」の句は有名ですが、「まな板に 小判一枚 初がつお」と詠まれるくらい高価です。
そこで「女房を 質に入れても食いたい 初がつお」となるわけです。
とにかく江戸っ子は見栄っ張りですね。
「初物四天王」は、鰹の次は「鮭」、続いて「松茸」になりますが、この後には「茄子」がきます。
「一富士、二鷹、三茄」と呼ばれたように、縁起物の初茄は将軍家に献上されたとか。
煮てもよし、焼いてもよし、漬物にしてもよいのが茄子で、江戸時代には刺身でもたべられていたとか・・・。
我が家の茄子も大きく成長し、先日「初茄」を天婦羅で戴きました。
「親の言うことと、茄子の花は、万が一にも違いなし」といわれますが、確かに茄子は花をつけたら、必ずと言っていいほど実がなります。
だから縁起がいいといわれるのではないかと思っています。
ちなみに魚の初物は「カツオ」ですが、野菜の初物は「ナスビ」ということです。
G、シーボルトです。
ラフカディオハーンは小泉八雲で「怪談」小説を広めましたね。
シーボルトも小泉八雲も日本人女性と結婚しましたが、当時の日本人女性の立ち居振る舞いの美しさとか、教養の深さなどでたいそうもてたようです。
ちなみに江戸時代の武士の作法は勤務用、つまり登城した時に、職場で役に立つのに対し、武士の妻の作法は家庭を守るために存在したので、確かに頷ける話ですね。
H、1,2,3はまさにその通りでしょう。
4は日本と欧米の挨拶が合体した内容で感心しません。
日本人同士ならいいと思いますが、時と場合を考えた方がいいと思います。
握手は右手をしっかり握り、相手の目を見て、笑顔で対応するのがいいと考えます。
5は×です。
テーブルマナーでは、相手と食べるスピードを合わすということは大切なことです。
では複数人、大人数の場合に、誰と合わせばいいかということですが、主賓がいれば主賓に合わしてください。
主賓がいなければ、目上の人や高齢女性などが対象になります。
特に洋食で、自分だけ早く食事を終えて、テーブルナプキンを食卓の上に置くと、周囲に不快感を与えるので注意してください。
どうしても早く終えてしまいそうなときは、一口だけさらに残して、周囲との会話を楽しんでください。