【不貞慰謝料】証拠が消える前にすること|保全の実務
マッチングアプリで知り合い、独身だと信じて交際していた相手が、実は結婚していたと分かった。そのとき「独身の人しか登録できないはずのアプリなのに、運営会社は何をしていたのか」「運営会社にも責任を取ってもらえないのか」と考えるのは自然なことです。結論から言うと、会員が独身と偽っていたことについて運営会社に賠償を求めるのは、一般には難しいと考えられます。ただし、運営会社に何も求められないわけではなく、責任を問う相手と順番を整理すれば、取れる手段は残っています。この記事では、既婚者と知らずに交際していた方の立場から、運営会社に求められること・求めにくいことと、本来の請求の相手について整理します。
この記事は、2026年11月時点の法令と報道された裁判例をもとに解説しています。本人確認や独身証明の仕組みはアプリごとに異なり、利用規約の内容によって結論が変わることがあります。
運営会社に賠償を求めるのが難しい理由
独身と偽って登録し、交際を持ちかけたのは相手の会員です。運営会社は会員どうしが知り合う場を提供している立場であり、会員の言動について、雇い主のように責任を負う関係にはありません。利用規約にも、会員間のトラブルについて運営会社は責任を負わないという趣旨の条項が置かれているのが通常です。
もっとも、「規約に書いてあるから一切責任はない」とまで言い切れるわけではありません。消費者契約法により、事業者の責任を全部免除する条項は無効とされています(消費者契約法8条1項)。ただし、条項が無効になっても、それだけで運営会社の責任が生じるわけではなく、運営会社自身に落ち度があったかどうかが別に問われます。規約と免責条項の読み方は、【男女トラブル・マッチングアプリ】アプリ運営会社に責任を問えるのか|利用規約と免責条項の読み方で詳しく解説しています。
「独身限定」の表示は、独身であることの保証ではない
婚活向けのアプリの多くは、登録の条件として独身であることを求めています。しかし、これは会員に守ってもらう利用条件であり、運営会社がすべての会員の婚姻状況を確認したうえで保証しているという意味ではないのが通常です。出会い系サイト規制法の対象となるアプリには利用者の年齢確認が義務づけられていますが、婚姻状況の確認を義務づける法律はありません。
独身証明書の提出機能があるアプリでも、提出は任意とされていることが多く、証明書は発行された時点で婚姻していないことを示すものにとどまります。提出後に結婚した場合や、他人の書類が使われた場合までは防げません。独身証明書が何を示しているかについては、【不貞慰謝料】独身証明書は何を証明しているのか|提出制でも防げないこともご覧ください。
運営会社の責任を検討する余地がある場面
一方で、次のような事情がある場合は、運営会社の対応そのものを検討する余地が出てきます。
- 独身証明書を確認していないのに、「確認済み」といった表示を付けていた場合。
- 運営会社自身が用意した人物が、会員を装ってやり取りをしていた場合。
- 既婚であるとの通報を受けて把握しながら、相当の期間何の措置もとらず、その間に被害が広がった場合。
もっとも、これらに当たる場合でも、運営会社の義務がどこまで及ぶか、その違反と受けた被害との結びつきが認められるかは、個別に判断されます。規約上の措置は運営会社の判断に委ねられている書き方が多く、通報に対応しなかったことが直ちに義務違反になるとは限りません。報道されている独身偽装の裁判例も、独身と偽った本人に賠償を命じたものが中心です。
結婚相談所を通じた出会いでは、契約の中身が問題になる
マッチングアプリではなく、結婚相談所の紹介で知り合った場合は事情が異なります。結婚相談所の多くは、入会時に独身証明書などの提出を求めることを、契約やサービスの内容として示しています。確認の手続を契約で約束していたのに実際には行っていなかった場合には、契約上の義務を果たしていなかったとして、相談所の責任を検討する余地があります。契約書や入会時の説明資料は、手元に残しておくことが大切です。
運営会社に求められること
賠償の相手としては考えにくくても、運営会社は手続のうえで大切な窓口になります。主に次のような対応を求めることが考えられます。
| 求めること | 内容 | 注意点 |
|---|---|---|
| 通報・規約違反の申告 | 独身偽装を理由に、アカウントの利用停止や強制退会を求める | 措置の内容や結果を通報者に知らせる義務は、一般にはない |
| 弁護士会照会への回答 | 弁護士を通じて、登録情報などの報告を求める | 回答を強制する仕組みはなく、メッセージの内容などは回答されないことがある |
| 訴訟での記録の取り寄せ | 裁判所を通じて、運営会社に記録の提出を求める | 相手の氏名と住所が分かり、訴訟を起こしていることが前提になる |
注意したいのは、通報によって相手のアカウントが停止されると、アプリ上でプロフィールややり取りを確認できなくなることがある点です。通報は、相手のプロフィールとメッセージを保存してから行うことをおすすめします。相手の情報を運営会社から得る方法は【男女トラブル・マッチングアプリ】マッチングアプリの運営会社に、相手の情報開示を求められる?で、相手が強制退会になったことの意味は【男女トラブル・マッチングアプリ】相手が強制退会になっていた|アプリ内の制裁を主張に使えるかで解説しています。
責任を問う相手の中心は、独身と偽った本人
既婚であることを隠し、結婚を視野に入れた交際であるかのように装って性的な関係を持った場合、だまされた側の性的な自己決定を害したとして、相手に慰謝料を請求できることがあります(貞操権侵害・民法709条)。近年は、独身限定のマッチングアプリで知り合った既婚の相手に対し、数十万円から百数十万円程度の支払いを命じた判決が相次いで報道されています。
ただし、だまされたと感じたことだけで請求が認められるわけではありません。主に次のような事情が総合的に考慮されます。
| 考慮される主な事情 | 見られる点 |
|---|---|
| 出会いの場 | 独身限定・婚活目的のアプリか、そうでないか |
| 相手の言動 | 独身や離婚済みと明言していたか、結婚の話をしていたか |
| 交際の期間と内容 | 交際がどのくらい続き、どのような関係だったか |
| 自分の確認 | 既婚者でないかを確かめた経過があったか |
| 生じた結果 | 妊娠や心身の不調などが生じたか |
請求できる条件の詳しい整理は既婚を隠されて交際|だまされた側が慰謝料を請求できる条件を、年収や職業の詐称との違いは【男女トラブル・マッチングアプリ】プロフィールの嘘はどこから違法になるか|年収・職業・独身の詐称をご覧ください。
なお、既婚であることを隠して交際したことそれ自体は、現在の刑法では処罰の対象とされていません。他方、結婚をほのめかしてお金を受け取っていた場合には、詐欺に当たるかどうかが問題になることもあります。この点は結婚をちらつかせて金銭・関係を得る|結婚詐欺と貞操権侵害の境界で扱っています。
経緯を広く知らせることは控える
悔しさから、相手の勤務先に連絡したり、SNSで経緯を公表したりしたくなることもあると思います。しかし、報道された裁判例の中には、独身と偽った相手に賠償が命じられた一方で、SNSを通じて経緯を広めたことが名誉毀損にあたるとして、だまされた側にも賠償が命じられたものがあります。請求は、記録を整理したうえで、当事者の間か弁護士を通じて進めるのが安全です。
相手の配偶者から請求されたときの備え
既婚者と交際していた以上、相手の配偶者から不貞を理由に慰謝料を求められる可能性も考えておく必要があります。もっとも、不貞による慰謝料の支払義務が生じるのは、相手が既婚であることを知っていたか、注意すれば知ることができた場合です。独身限定のアプリで知り合い、相手が独身と明言していたといった事情は、知らなかったことに落ち度がないことを示す材料になります。
その意味で、アプリのプロフィールで独身と表示されていた画面や、婚姻歴を確かめたやり取りは、相手本人への請求だけでなく、配偶者からの請求への備えとしても役立ちます。詳しくは、【不貞慰謝料】既婚と知らなかった|故意・過失が否定される場合と【不貞慰謝料】『独身だと言われていた』をどう裏づけるかで解説しています。
既婚と分かった後も交際を続けると、その後の期間については「知らなかった」と主張できなくなります。分かった時点での考え方は、交際相手が既婚とわかった後、どうすべきか|「続ける」「別れる」それぞれの法的リスクを参考にしてください。
既婚と分かったときに進める順序
運営会社への通報を急ぐ前に、次の順序で進めると、後の選択肢を残しやすくなります。
- 相手のプロフィール、メッセージ、アプリの外で得た名前や連絡先を、日時が分かる形で保存します。
- 相手を問い詰めることや、勤務先・家族・SNSへの連絡は控えます。
- 記録を保存した後で、運営会社に通報します。
- 相手の氏名や住所が分かっているかを確認し、分からない場合は特定の方法を検討します。
- 相手への請求と、配偶者から請求された場合の対応を、あわせて方針として決めます。
退会や通報でやり取りが見られなくなる前の保存の仕方は、【男女トラブル・マッチングアプリ】退会するとやり取りは消えるのか|証拠を残す順序で解説しています。
よくあるご質問
支払った有料会員の料金を、運営会社に返してもらえますか
相手の会員が独身と偽っていたことを理由に、利用料金の返金を受けるのは一般に難しいと考えられます。利用契約は自分と運営会社の間のもので、運営会社がサービスの提供を怠ったとはいえないことが多いためです。ただし、運営会社の表示や説明に事実と異なる点があった場合などは、個別に検討する余地があります。
運営会社に、相手が既婚者だったと証明してもらえますか
運営会社は会員の婚姻状況を確認していないことが多く、既婚であることを証明してもらうのは難しいのが通常です。既婚であることは、相手の言動の記録や、相手を特定した後の調査などによって確かめていくことになります。身元を特定して請求に至った例として、【解決事例】「独身のはず」が実は既婚者だった|車のナンバーから身元を特定し慰謝料請求で解決した事例があります。
弁護士に相談する意味
既婚者と知らずに交際していた場面では、運営会社、相手本人、相手の配偶者という複数の相手方が関わり、どこに何を求めるかで手順が変わります。運営会社への通報の時期を誤ると、必要な記録が見られなくなることもあります。
当事務所では、記録の保存の仕方から、相手の特定、本人への請求、配偶者から請求を受けた場合の対応まで、ご相談をお受けしています。「運営会社に言うべきかどうか」という段階からでも、状況を整理するところからお手伝いします。
同じような状況でも、経緯や残っている記録によって取れる手段は変わります。どこから手をつければよいか判断がつかない段階でも、事実を整理するところからご一緒できます。
当事務所では、電話・メール・LINEのうちご希望の方法でご相談をお受けしています。ご都合のよい手段をお選びください。
早い段階でご相談いただくほど、選べる手立ては多く残ります。迷っている段階でも、まずはお気軽にお声がけください。


