「別れたら死ぬ」と言われて別れられない|自傷をほのめかす相手への対応
「独身だと聞いていた」。交際していた相手が既婚者だったと分かったとき、多くの方が最初に口にする言葉です。ただ、この言葉は、述べるだけでは話し合いや裁判の場で先に進みません。相手が「そんなことは言っていない」と述べれば、そこで止まってしまうからです。
この言葉が問題になる場面は、二つあります。一つは、交際相手の配偶者から慰謝料を請求され、支払う理由がないと述べる場面です。もう一つは、独身と偽られた側が、偽った相手に対して自分から慰謝料を求める場面です。立場は正反対ですが、「独身だと言われていた」を裏づけなければならない点は共通しています。
この記事では、その裏づけをどう組み立てるかを整理します。故意と過失の違いや、認められた場合に結論がどう出るのかといった枠組みは別の記事で扱い、ここでは材料の側に絞ります。
「独身だと言われていた」は、そのままでは主張にとどまる
裁判でも交渉でも、述べたことと裏づけられたことは区別されます。裏づけるとは、自分の記憶を繰り返すことではなく、外に残っている事実から同じ結論を引き出してもらうことです。
裏づける対象は三つに分かれている
「独身だと言われていた」という一つの文には、性質の違う三つの事柄が含まれています。
| 裏づける対象 | 中身 | 材料になりやすいもの |
|---|---|---|
| 相手の言動 | 独身だと述べた、あるいは独身としか受け取れない見せ方をしていた | やり取りの記録、プロフィールの表示、第三者が見聞きしていたこと |
| 自分の受け取り方 | そのときに独身だと理解し、その前提で関わっていた | 独身を前提にした自分の言動が残っているもの |
| 受け取ったことの相当性 | そう理解したことに無理がない事情があった | 確かめようとしたやり取り、疑う手がかりが乏しかったことを示すもの |
一つ目だけを集めて、残り二つが手つかずになりやすい
ご相談を受けていて多いのは、「独身だ」という言葉の入ったやり取りを探すことに時間を使い、あとの二つが空白のままになっている状態です。相手の言動が示せても、自分がそれを信じていたことや、信じたことに無理がなかったことが示せなければ、話は途中で止まります。逆に、一つ目の直接の記録がなくても、二つ目と三つ目が厚ければ、全体として通ることがあります。
直接の記録が残っていないことのほうが多い
「独身だ」という言葉は口頭で交わされやすい
交際の入口で結婚の有無を確かめるやり取りは、会話の中で済んでしまうのが通常です。文字で残っているほうが、むしろ例外に近いといえます。この点を前提にしないまま「決定的な一通」を探し続けると、時間だけが過ぎてしまいます。
相手側にある記録は、相手の判断で消える
マッチングサービスのプロフィール、投稿、アカウントそのものは、相手が退会や削除をすれば確認できなくなります。相手が請求の気配を感じ取った後は特にそうです。手元の端末に残っているものを先に確保しておく意味は、ここにあります。消えたものをどこまで取り寄せられるかについては、別の記事で扱っています。
記録がないことは、諦める理由ではなく方針を決める理由
決定的な一通がないと分かった時点で決まるのは、結論ではなく進め方です。直接の記録がなければ、間接的な事実を複数の方向から積むほかありません。何を集めるかを絞り込むために、早い段階で手元にあるものを棚卸ししておくことが役に立ちます。
積み上げる材料は「独身として過ごしていた時間」の側に残っている
間接的な事実といっても、漠然と探すと行き詰まります。証拠の種類から入るのではなく、生活のどの場面に痕跡が残りやすいかから入ると、整理しやすくなります。
会える時間帯と連絡の取れ方
既婚であることを隠して交際している場合、会える時間や連絡が取れる時間に偏りが出やすくなります。裏返せば、その偏りがなかったこと、休日や夜間も自然に連絡が取れていたことは、独身だと受け取ったことに無理がなかった事情として働きます。
生活の場をどこまで見せていたか
自宅に出入りしていたか、生活用品の様子を見ていたか、鍵を渡されていたかといった事情です。同居や半同居に近い状態であれば、その痕跡は郵便物や写真、日用品の購入記録など、複数の形で残っていることがあります。
人に会わせていたか
友人や職場の方、家族に紹介されていた場合、その事実は当事者以外の記憶にも残ります。紹介の場の写真やその前後のやり取りに加えて、紹介された方に事情を伺える見込みがあるかどうかも、あわせて確認しておく価値があります。
先の予定をどう立てていたか
旅行、引っ越し、結婚や同居の話など、独身であることを前提としなければ成り立たない予定です。話が具体的であるほど、独身だと受け取っていたことの裏づけとして働きます。
お金と物のやり取り
贈り物、共同の支出、住まいに関する費用の負担なども、関係の性質を示す材料になります。金額の大小より、どういう前提で支出されたのかが読み取れるかどうかが問われます。
これらは一つひとつでは弱い材料です。意味を持つのは、同じ向きの事実が別々の場面にまたがって並んだときです。
自分では確かめようがない、という前提
「なぜ確かめなかったのか」と問われることがあります。ここで押さえておきたいのは、交際相手が独身かどうかを自分で公的に確かめる手立ては、制度上ほとんど用意されていないという点です。
交際相手の戸籍や住民票は自分では取れない
戸籍謄本等の交付を請求できるのは、その戸籍に記載されている本人と、その配偶者、直系尊属、直系卑属です(戸籍法10条1項)。交際相手は、このいずれにも当たりません。
それ以外の方が請求できるのは、自己の権利を行使し又は自己の義務を履行するために確認が必要な場合、国や地方公共団体の機関に提出する必要がある場合、その他利用する正当な理由がある場合に限られ、その理由を明らかにしなければならないとされています(戸籍法10条の2第1項)。住民票の写しについても同じ枠組みが置かれています(住民基本台帳法12条の3第1項)。理由がはっきりしないときは、市区町村から説明を求められることがあり(戸籍法10条の4)、偽りその他不正の手段で交付を受けた場合には罰則も定められています(戸籍法135条)。
交際している段階では、まだ権利も義務も発生していないのが通常です。「交際相手が既婚かどうかを知りたい」という理由で窓口に行っても、通る仕組みにはなっていません。
独身証明書も本人が請求するもの
独身証明書は、重婚の禁止(民法732条)の規定に抵触しないことを本籍地の市区町村が証明する書面で、結婚情報サービスや結婚相談所に提出する目的で用いられます。請求できるのは原則として証明を受ける本人で、代理による請求を認めるかどうかは自治体によって扱いが分かれます。いずれにしても、相手に取ってきてもらう以外の方法がありません。
確かめようとしたやり取りが残っていれば、それ自体が材料になる
制度がこうなっている以上、実際にできることは、相手に尋ねることと、その答えを残しておくことに限られます。独身かどうかを尋ねた記録、独身証明書の提示を求めた記録、求めたのに出てこなかった経過は、いずれも三つ目の対象である「受け取ったことの相当性」に直接効いてきます。
過去に尋ねた記録が残っていない場合でも、連絡が取れる状況であれば、改めて確認したやり取りが残ることがあります。ただし、問い詰める形になると、記録が消される方向にも働きます。進め方は慎重に検討してください。
守りに使うときと、攻めに使うときで、求められる密度が違う
同じ材料でも、どちらの場面で使うかによって「足りているか」の判断が変わります。証明する責任がどちらの側にあるかが違うからです。
請求を受けて反論に使う場合
交際相手の配偶者から慰謝料を請求される場面では、請求する側が、既婚と知っていたこと、または知らなかったことに落ち度があったことを主張し、裏づける立場にあります。こちらとしては、その説明が成り立たないと言えるところまで示せば足りる場面があります。
もっとも、責任の所在が相手にあることと、黙っていて通ることは別です。何も述べなければ、相手が並べた事情から、気づけたはずだという評価に傾くことがあります。手元の材料は積極的に出す前提で考えたほうがよいといえます。
自分から請求するために使う場合
独身と偽られた側が慰謝料を求める場面では、偽られたという事実を自分の側で示す立場になります。ここでは、示しきれなければ請求そのものが立ちません。守りの場面よりも、一段厚い材料が求められることになります。
| 使う場面 | 示す立場にあるのは | 届かなかったときに起きること |
|---|---|---|
| 請求を受けて反論する | 相手方(請求する側) | 落ち度があったと評価され、支払義務が残ることがある |
| 自分から請求する | 自分(請求する側) | 請求が認められないことがある |
二つの場面が同時に起きることがある
独身と偽られた方が、その後に交際相手の配偶者から慰謝料を請求されることは珍しくありません。この場合、同じ材料を守りにも攻めにも使うことになります。
注意したいのは、どちらの場面でも同じだけ通用するとは限らない点です。守りの場面では足りていた材料が、自分から請求する場面では足りないと判断されることがあります。また、一方の手続で述べた内容は、もう一方でもそのまま読まれます。先に何を、どこで述べるのかは、両方の見通しを並べたうえで決めたほうがよいといえます。
裏づけを弱めてしまう扱い方
後から作らない
足りない部分を補うつもりで書面を整えたり、やり取りに手を加えたりすると、他の材料まで信用されにくくなります。手を加えていない状態のまま残すことが基本です。
自分の記憶だけを文章にしても裏づけにはならない
経緯をまとめた文章は、話の流れを説明するうえで役に立ちます。ただし、それは自分の説明であって、外に残った事実ではありません。時系列を整理する目的は、記憶を証拠に変えることではなく、どの時点にどの材料があり、どこが空いているのかを見えるようにすることにあります。
断片で切り取らない
都合のよい一行だけを抜き出すと、前後の文脈を示すよう求められます。やり取りは流れが分かる形で残しておくほうが、後の説明が楽になります。
相手から返ってきやすい言い分と、噛み合う材料
| 相手の言い分 | 噛み合う材料 | 噛み合いにくい材料 |
|---|---|---|
| 独身だと言ったことはない | 独身を前提としたやり取り、独身の表示があるプロフィール、第三者への紹介の経過 | 自分の記憶をまとめただけの文章 |
| 疑う手がかりはあったはずだ | 会える時間帯や連絡の取れ方に偏りがなかったこと、自宅への出入りの状況 | 関係の親密さだけを示すもの |
| 途中で気づいていたはずだ | 気づいた時期が分かるやり取り、気づいた後に関係を終えた経過 | 時期の分からない資料 |
| 結婚を前提とした関係ではなかった | 同居や先の予定に関する具体的なやり取り、費用の負担の記録 | 贈り物の金額の大きさだけ |
請求する配偶者の側から見た同じ問い
配偶者の立場で慰謝料を請求したところ、相手から「独身だと聞いていた」と述べられることがあります。その場合に確認しておきたい点を挙げます。
- どの時点で、誰から、どのように聞いたと述べているのかを具体的に確かめる。
- その説明と、こちらの手元にある事情(会っていた時間帯や場所、やり取りの内容など)が両立するかを見る。
- 独身かどうかを尋ねた記録があると述べるのであれば、その提示を求める。
- 途中で気づいた形跡がないかを、時期の分かる資料で確認する。
よくあるご質問
「独身だ」というメッセージがなければ、もう難しいでしょうか
そうとは限りません。裏づける対象は三つに分かれており、直接の言葉が残っていなくても、独身を前提とした関わり方の記録が複数の場面にまたがって残っていれば、そこから受け取り方と相当性を示していくことが考えられます。
相手のスマートフォンを見て確かめてもよいでしょうか
おすすめできません。無断で端末の中を見る行為や、他人のIDを使って入る行為は、それ自体が別の責任を生じさせるおそれがあります。得られたものの扱いが問題になることもあります。集め方については、動く前にご相談ください。
弁護士に依頼すれば、相手の戸籍を確認してもらえますか
弁護士等が職務上の請求をできるのは、受任している事件や事務に関する業務の遂行に必要な場合に限られます(戸籍法10条の2第3項)。何がどこまでできるかは事案の内容や進み方によって変わりますので、まずは状況を伺ったうえでご説明しています。
まとめ
- 「独身だと言われていた」は、述べるだけでは裏づけにならない。
- 裏づける対象は、相手の言動、自分の受け取り方、受け取ったことの相当性の三つに分かれる。
- 直接の記録が残っていないほうが多く、その場合は間接的な事実を複数の方向から積むことになる。
- 材料は、会える時間帯、生活の場の見せ方、人への紹介、先の予定、お金の動きといった生活の場面に残りやすい。
- 交際相手の戸籍や住民票を自分で取ることは制度上できず、独身証明書も本人が請求するものである。
- だからこそ、尋ねた記録や、求めたのに出てこなかった経過が、材料として意味を持つ。
- 守りに使う場合と攻めに使う場合とで、求められる材料の厚みは変わる。
ご相談について
「独身だと言われていた」という言い分は、材料の並べ方によって受け取られ方が変わります。手元に何が残っていて、どこが空いているのかは、ご事情を伺いながら一つずつ確認していくのが近道です。
弁護士法人若井綜合法律事務所では、慰謝料を請求された方からのご相談も、独身と偽られたことについて請求を検討されている方からのご相談も承っています。相手に連絡を取る前の段階でも、記録の残し方や進め方についてご説明できます。お一人で判断される前に、お早めにご相談ください。


