別れた途端「これまでの金を返せ」と言われた|贈与と貸付の違い
「結婚しよう」と言われて交際を続け、お金を渡したり、体の関係を持ったりした。ところが相手には最初から結婚する意思がなかった、あるいは既に家庭があった——。
こうしたご相談を受けたとき、最初に整理しなければならないのは「相手はひどい」という評価ではなく、自分が何を失い、それがどの法律の枠組みに乗るのかです。同じ「結婚をちらつかせる」行為でも、金銭を失ったのか、性的な自己決定の機会を失ったのか、婚約という地位を失ったのかで、使える請求の種類も、認められるかどうかの分かれ目も変わります。
ここでは、結婚詐欺と貞操権侵害の境界を中心に、責任を追及できる場合とそうでない場合の見取り図を整理します。男女どちらの立場でも考え方は同じです。
「結婚をちらつかせる」こと自体が、直ちに違法なわけではない
前提として、誰と交際するか、誰と結婚するかは自由です。交際中に結婚の話が出ていても、その後に気持ちが変わって別れることは、それだけでは法的な責任を生みません。
責任が問題になるのは、うそによって相手の判断をゆがめ、その結果として金銭や身体に関わる決定をさせた場合です。「結婚をほのめかしていた」という事実は、責任の有無を決める決め手ではなく、あくまで判断材料の一つにすぎません。
まず三つの枠組みを分けて考える
このテーマで登場する法的な枠組みは、大きく三つあります。
| 枠組み | 主に失ったもの | 中心となる争点 | 主な根拠 |
|---|---|---|---|
| 結婚詐欺 | 金銭・財産 | 受け取った時点で、騙し取る意思があったか | 刑法246条1項/民法96条・703条・704条・709条 |
| 貞操権侵害 | 性的な自己決定 | うそで意思決定がゆがめられたか | 民法709条・710条 |
| 婚約破棄 | 婚約という地位 | 婚約が成立していたか、破棄に正当な理由があるか | 民法709条・710条・415条 |
なお「結婚詐欺罪」という罪名は刑法にありません。成立するのは詐欺罪(刑法246条1項)で、法定刑は10年以下の拘禁刑です。2025年6月1日に懲役・禁錮が拘禁刑に一本化されたため、現在は「懲役」ではなく拘禁刑と表記されます。罰金刑の定めはありません。
境界① 失ったのは「お金」か「関係」か
最も基本的な線引きがここです。
詐欺罪は財産に対する犯罪です。したがって、金銭や財産を交付していない場合、どれほど不誠実な交際であっても詐欺罪にはあたりません。「結婚するつもりがないのに交際した」というだけでは、刑事の詐欺にはならないということです。
一方で、金銭のやり取りが一切なくても、独身だと偽られた、離婚予定だと偽られた、結婚する気がないのに結婚を約束されたといった事情のもとで性的関係を持った場合には、貞操権侵害として慰謝料を請求できる余地があります。貞操権は「誰と性的な関係を持つか・持たないか」を自分の意思で決める権利で、婚姻関係にない人にも当然に認められます。
逆に、金銭は渡したが性的関係はなかったという場合、貞操権侵害は問題になりません。
金銭も渡し、性的関係もあったという場合には、両方の枠組みが並び立つこともあります。この場合、渡した金銭の返還と、精神的苦痛に対する慰謝料は別の損害として整理されます。ただし、同じ損害を二つの構成で二重に回収できるわけではありません。
境界② うそは「いつの時点」のものか
次の分かれ目は時点です。ここが実務上、最も争われます。
結婚詐欺の側から見ると、決め手は「金銭を受け取った時点で、返すつもりも結婚するつもりもなかったか」です。受け取った当時は本当に結婚するつもりで、後から気持ちが変わった、返せなくなったという場合は、民事上の債務不履行にとどまり、詐欺には至りません。この「当初からの意思」は相手の内心の問題であるため、立証の壁が高くなります。
貞操権侵害の側から見ると、問題になるのは「性的関係を持った時点で、独身であること・離婚の予定・結婚の意思について誤信させていたか」です。金銭の交付が不要な分、詐欺よりも成立の間口は広いといえます。
内心は直接証明できないため、実務では周辺の事実から推認していきます。たとえば次のような事情です。
- 金銭を受け取った直後に連絡が取れなくなった
- 同時期に複数の相手と同様のやり取りをしていた
- 氏名・勤務先・住所などを偽っていた
- 独身であることが前提の婚活サービスに、既婚のまま登録していた
- 名目を変えて繰り返し送金を求めていた
こうした事実の積み上げが弱いと、「心変わり」との区別がつかず、請求が認められにくくなります。立証の考え方は、当事務所のコラム「結婚詐欺に遭ったかも|結婚詐欺の立証と損害賠償請求」で詳しく扱っています。
境界③ 婚約は成立していたか
婚約が成立していたと評価できる場合には、婚約破棄を理由とする慰謝料請求という選択肢も加わります。婚約は書面がなくても成立し得ますが、実際には、両家の顔合わせ、結納、指輪、式場の予約、周囲への報告といった客観的な裏づけが重視されます。
裏を返すと、口頭で「結婚しよう」と言われていただけでは婚約の成立が認められないこともあります。もっとも、婚約が認められない場合でも、うその内容によっては貞操権侵害として別途検討する余地は残ります。
婚約破棄の可否については「婚約を一方的に破棄された|慰謝料を請求できるケース・できないケース」を、結納金など渡した金銭の清算については「結婚を前提に渡したお金・結納金は返還請求できるか」をご覧ください。
責任が認められにくい典型的なケース
一方で、次のような場合には請求が難しくなる、あるいは認められても低額にとどまる傾向があります。
- 単なる心変わり:交際開始時や金銭を渡した時点では真意だった場合
- 相手からの請求がなく、一方的に渡した金銭:だます行為と交付との結びつきが説明しにくくなります
- 既婚だと分かった後も関係を続けた場合:誤信していたという前提が揺らぎ、さらに相手の配偶者から不貞慰謝料を請求される側に回るおそれもあります
- 対価性のある関係や、結婚を前提としない関係:結婚への期待そのものが認めにくくなります
ただし最後の点については、相手が「割り切った関係だったにすぎない」と反論しても、やり取りの内容や交際の実態から、結婚の可能性を前提とした交際だったと評価されることがあります。相手の言い分だけで結論が決まるわけではありません。
近時の裁判例に見る判断のされ方
2025年12月8日、東京地方裁判所は、既婚であることを隠して交際し性的関係を重ねた男性に対し、貞操権を侵害する故意の不法行為にあたるとして、約150万円の支払いを命じたと報じられています。報道によれば、慰謝料は110万円と算定され、これに加えて、発覚後に発症した疾患の治療費と、相手の身元を調べるために要した調査費用も損害として認められました。男性側は真剣交際ではなかったと反論しましたが、客観的には結婚の可能性を前提とした交際であったとして退けられています。
この事案から読み取れることは二つあります。
一つは、損害は慰謝料だけではないということです。心身への影響に伴う治療費や、相手を特定するための調査費用が損害として認められる場合があります。
もう一つは、評価の基準が当事者の主観ではなく客観的な経緯に置かれるという点です。どのような場で知り合い、どのようなやり取りがあり、周囲にどう説明されていたかが判断を左右します。
もっとも、これは個別事案に対する第一審の判断であり、すべてのケースに同じ結論が当てはまるわけではありません。貞操権侵害の慰謝料は、事案により数十万円から200万円程度が一つの目安とされますが、交際期間、関係の実態、悪質性、心身への影響などによって幅があります。婚姻関係という保護が働かない分、不貞行為の慰謝料より低めに算定される傾向がある点も押さえておく必要があります。
貞操権侵害を理由に請求できる条件については「既婚を隠されて交際|だまされた側が慰謝料を請求できる条件」で詳しく整理しています。
反撃の仕方を誤ると、逆に責任を負うことがある
被害を受けた側であっても、その後の行動によっては責任を問われることがあります。実際、相手の行為が違法と認められた一方で、経緯をSNSで公表したことが名誉毀損にあたるとして、公表した側にも賠償が命じられた事案が報じられています。
次の三点にはご注意ください。
- SNSやメッセージアプリでの公表・拡散:名誉毀損やプライバシー侵害にあたるおそれがあります
- 相手が既婚だった場合:既婚と知った後も関係を続けると、相手の配偶者から慰謝料を請求される立場になり得ます
- 度を越えた取り立て:害悪を告げて金銭を要求すれば、恐喝罪(刑法249条)や脅迫罪(同222条)が問題になり得ます。正当な請求との線引きは微妙で、自己判断は避けたほうが安全です
時効の期限
請求できる期間には限りがあります。
- 不法行為(貞操権侵害・婚約破棄・詐欺による損害賠償):損害と加害者を知った時から3年、行為の時から20年(民法724条)
- 不当利得や契約に基づく返還請求:権利を行使できることを知った時から5年、行使できる時から10年(民法166条1項)
- 詐欺罪の公訴時効:7年(刑事訴訟法250条2項4号)
「おかしい」と気づいてからの経過が長いほど、証拠も相手の資力も失われやすくなります。
まず取っておきたい行動
避けたいこと
- やり取りの履歴を消す、相手をブロックする(自分に有利な証拠まで失われます)
- 気づいた後も関係を続ける
- 感情的に直接問い詰める、SNSに書き込む
- 「もういい」と口頭で清算してしまう
しておきたいこと
- メッセージ、通話履歴、振込明細、マッチングアプリや婚活サービスのプロフィールを保存する
- 出会いから現在までの経緯を、日付とともに時系列で書き出す
- 渡した金銭について、名目・金額・時期・きっかけを整理する
- 相手の氏名や住所が分からない場合も諦めない(弁護士会照会などの調査手段があります)
相手の連絡先しか分からない、名前も勤務先も嘘だったかもしれない——そうした段階でも、取り得る手段はあります。金銭の問題か、関係の問題か、その両方かによって進め方は変わりますので、早い段階で一度ご相談いただければと思います。


