【不貞慰謝料】一度きりの関係でも慰謝料は請求できるのか
「相手が結婚していたなんて、請求の書面が届くまで知りませんでした」。慰謝料を請求された側の方から、こうしたお話をうかがうことがあります。一方で、請求する側の方からは「知らなかったの一言で片づけられてしまうのでしょうか」というご相談も届きます。同じ言葉が、正反対の立場から同じくらいの切実さで語られます。
インターネット上では、「既婚と知らず、知らなかったことに落ち度もなければ慰謝料の支払義務は生じない」という説明が広く紹介されています。この説明自体は誤りではありません。ただ、実際の事件では、その手前でつまずくことが少なくありません。「知らなかった」と一言で述べられている内容が、法律上は別々の話に分かれていて、どれを述べているかで検討される場所も、そろえるべき材料も変わってくるからです。
この記事では、「知らなかった」という言い分を二つの軸で分けて整理します。一つは何について知らなかったのかという軸、もう一つはいつの時点で知らなかったのかという軸です。そのうえで、故意や過失が否定されたときに何が起きるのかまでを扱います。落ち度がなかったことを示す資料の種類や集め方、慰謝料の相場、時効、示談書の作り方については、それぞれ別の記事で詳しく取り上げていますので、本記事では立ち入りません。
「知らなかった」には三つの中身が混ざっている
ご相談の場で語られる「知らなかった」は、よく聞いていくと同じ内容ではありません。結婚していること自体を知らなかったという方もいれば、以前は結婚していたが離婚したと聞かされていたという方もいます。結婚しているとは聞いていたが、夫婦関係はもう終わっていると説明されていた、という方もいます。
どれを述べているかで、検討される場所が変わる
三つは日常語ではどれも「知らなかった」ですが、裁判所が確かめようとすることは同じではありません。自分がどの言い分を述べているのかがはっきりしないまま話を進めると、必要のない材料を集め、必要な材料を集めそこねることになります。
| 「知らなかった」の中身 | 確かめられること | 裏づけになりやすいもの |
|---|---|---|
| 結婚していること自体を知らなかった | 既婚であることを知っていたか、知り得たか | 出会いの場、相手の説明、交際の実態 |
| 離婚したと聞かされていた | 離婚したと信じたことに相当の理由があったか | 離婚したことの裏づけとして示されたもの |
| 夫婦関係は終わっていると聞かされていた | 実際に破綻していたか、破綻を信じた相当の理由があったか | 当時知っていた別居や生活の実情 |
もう一つ、この三つとは別に「途中までは知らなかった」という言い分があります。これは何を知らなかったかではなく、いつの時点で知らなかったかという別の軸の話ですので、後の章であらためて取り上げます。
故意と過失は何が違うのか
配偶者のある人と性的な関係を持った第三者が、その配偶者に対して責任を負うかどうかは、民法の不法行為の規定によって決まります(民法709条・710条)。最高裁判所は、第三者が誘惑したのか自然な愛情によるものかを問わず、故意または過失がある限り責任を負うという考え方を示しています(最高裁判所昭和54年3月30日判決)。
争点になるのは「知っていたか」より「確かめられたか」
故意とは、相手が既婚者であることを知っていた場合を指します。過失とは、知らなかったけれども、通常求められる程度の注意を払っていれば気づけたのに気づかなかった場合を指します。内心そのものを外から見ることはできませんので、実際の争点は、出会った経緯や交際の実態からみて、確かめる機会があったといえるかどうかに移ります。
「そうかもしれない」と思っていた場合
はっきり知っていたわけではないが、既婚者かもしれないとは感じていた、という状態もあります。この場合、知らなかったという主張は通りにくくなります。確信までは至っていなくても、その可能性を認識しながら関係を持ったのであれば、知っていた場合に近い扱いを受けることがあるためです。相談の場で「うすうす感じてはいた」とおっしゃる方は少なくありませんが、この一言は自分の立場を弱める方向に働きます。
「離婚したと聞いていた」場合の扱いは動いている
三つの中身のうち二つ目と三つ目については、近年、最高裁判所が新しい判断を示しました。
令和8年6月5日の最高裁判決
この事件では、女性から離婚したと聞かされていた男性が、女性の夫から慰謝料を請求されていました。二審は、離婚したとか関係が破綻しているなどと述べて関係を持つ例が少なくないことは知られているのだから、それをそのまま信じたのは注意が足りないとして、男性の過失を認めました。
最高裁判所は、離婚したと信じたことに相当の理由があったかを検討しただけで直ちに過失があるとした点に誤りがあるとして、二審の判断を破棄し、審理を高等裁判所に差し戻しました(最高裁判所第二小法廷令和8年6月5日判決)。離婚したと信じたことに相当の理由がなかったとしても、婚姻関係が既に破綻していると信じ、そう信じたことに相当の理由があったかどうかを、別に検討しなければならないという判断です。
示された審理の順序
この判決に付された補足意見では、次の順序で検討すべきことが示されています。
- 関係を持った当時、夫婦の婚姻関係が実際に破綻していたかどうかを確かめる。
- 破綻していたのであれば、破綻した時期と関係を持った時期の前後を確かめる。
- 破綻した後の関係であれば、本人の認識を問わず、請求は認められない(最高裁判所平成8年3月26日判決)。
- 破綻する前の関係であれば、破綻していると信じ、そう信じたことに相当の理由があったかを確かめる。
この判決の読み方には注意が要る
この判決は、審理のやり方に誤りがあるとして高等裁判所に差し戻したものです。差し戻された後の審理は続いており、この事件の結論そのものが確定したわけではありません。既婚と知らずに関係を持った人が支払わなくてよくなった、という内容の判断でもありません。婚姻関係が破綻しておらず、破綻を信じた相当の理由も認められない場合には、これまでと同じく責任を負うことになります。
「いつの時点で知らなかったのか」という軸
「知らなかった」をめぐる話は、知っていたか知らなかったかの二択で語られがちですが、実際の相談では途中で知ったという形が多く見られます。
判断されるのは関係を持った時点ごと
故意や過失は、関係を持ったそれぞれの時点について判断されます。交際の全期間をひとまとめにして、知っていたか知らなかったかを決めるわけではありません。したがって、知らずにいた期間と、知った後の期間とが分けて評価されることがあります。知らなかった期間について責任が認められなくても、知った後も関係を続けていれば、その後の分については責任が生じます。
「知った」といえるのはどの時点か
ここで問題になるのが、どの時点をもって知ったといえるのかです。相手からはっきり打ち明けられた、相手の配偶者から連絡があった、慰謝料の請求書が届いた、といった場面は時期がはっきりしています。一方、共通の知人からそれらしい話を聞いた、指輪の跡に気づいた、といった場面では、その時点で知ったといえるのかが争いになります。当時のやり取りの記録が残っていれば、時期を特定する手がかりになります。
知った後にどうしたかも見られる
知った後に関係を解消したのか、続けたのかは、責任の有無だけでなく、金額の側にも影響します。相手の配偶者から関係をやめるよう伝えられた後も続けていた場合には、その点が重く受け止められることがあります。逆に、知った時点で関係を解消した経緯が記録として残っていれば、そのことを示すことができます。
否定されたときに何が起きるのか
故意や過失が否定されるという言葉は、請求がすべて消えることだけを指しているように読めます。しかし実際には、結論の出方は一通りではありません。
結論の出方は三通りある
| 判断の結果 | 請求の行方 | あわせて押さえること |
|---|---|---|
| 故意も過失も認められない | 不貞行為を理由とする請求は認められない | 配偶者に対する請求は別に残る |
| 一部の期間についてのみ認められる | 認められた期間の分について責任が生じる | それ以前の期間は対象から外れる |
| 故意はないが過失は認められる | 責任は生じる | 事情として金額の側で考慮されうる |
三つ目の形は、実際の事件では珍しくありません。故意までは認められなかったものの、交際の状況からすればもう少し確かめるべきだったとして過失が認められ、その分の事情が金額の側で考慮される、という結論です。ゼロか満額かの二択ではないということでもあります。
自分の責任が否定されても、配偶者への請求は残る
見落とされやすい点として、自分の責任が否定されたとしても、その配偶者が相手の配偶者に対して行う請求までがなくなるわけではありません。夫婦の一方が負う責任と、関係を持った第三者が負う責任は、それぞれ別に判断されるためです。自分に責任がないと認められたことで、家庭の側の紛争まで終わるわけではない、という点は知っておいてよいところです。
支払ってしまった後では戻しにくい
早く終わらせたい気持ちから、内容を検討しないまま支払ってしまう方もいます。自分の意思で支払ったお金は、後から取り戻すことが難しくなります。故意も過失もなかったと考えている場合ほど、支払う前に整理しておく必要があります。
自分の言い分を裏づけるもの
故意や過失があったことは、本来、請求する側が示すべき事柄です。もっとも、内心に関することですので、実際の交渉や裁判では、知らなかった側が当時の事情を具体的に述べていくことになります。
材料は当時のやり取りの中にある
出会った場、相手の説明、交際の実態を示すものは、その多くが当時のメッセージや記録の中に残っています。相手がアカウントを消したり、やり取りが削除されたりすると確かめられなくなりますので、請求を受けた段階で、手元のものを自分から消さないことが出発点になります。どのような資料がどう働くかについては、別の記事で個別に取り上げています。
だまされていた場合は、こちらから請求できる立場にもなる
独身であると偽られて関係を持った場合には、偽った本人に対して損害賠償を求められることがあります。ただし、こちらから動くことで相手の配偶者に事情が伝わることもありますので、進め方は状況をみて決める必要があります。この点は貞操権をめぐる別の記事で扱っています。
請求する側から見た同じ問い
相手から「知らなかった」という返答があった場合、請求する側は次の順序で整理することになります。
- 相手の言い分が三つの中身のどれにあたるのかを、まず確かめる。
- 出会いの場と交際の実態を示す資料をそろえ、確かめる機会があったといえるかを具体的に述べる。
- 途中から知っていたといえる時期があるなら、その時期を特定して主張を組み立てる。
- 相手の責任が否定される場合でも、配偶者に対する請求は別に検討できることを踏まえる。
よくあるご質問
「知らなかった」と伝えるだけで請求は止まりますか
伝えるだけで止まることは多くありません。知らなかったという説明に加えて、そう信じたことに無理がなかったといえる事情を、当時の状況に即して具体的に述べる必要があります。反対に、事情を述べないまま黙っていると、相手方の説明だけが残ることになります。
マッチングアプリで知り合った場合は認められやすいのですか
出会いの場は考慮される事情の一つですが、それだけで決まるわけではありません。交際の期間や会い方、相手の説明の内容といった他の事情とあわせて判断されます。同じ出会い方でも、その後の交際の実態によって結論が変わることがあります。
途中で知り、すぐに関係をやめました。それでも支払う必要がありますか
知る前の期間について故意も過失も認められない場合には、その期間を理由とする請求は認められないことになります。知った時点で関係を解消していれば、その後の期間についても問題になりません。もっとも、いつ知ったといえるのかが争いになることがありますので、その時期を示せるものを確保しておくことが大切です。
まとめ
- 慰謝料の請求が認められるには故意または過失が必要とされている(民法709条・710条、最高裁判所昭和54年3月30日判決)。
- 「知らなかった」は、結婚していること自体、離婚したという説明、夫婦関係が終わっているという説明の三つに分かれる。
- 最高裁判所は、離婚したと信じた相当の理由がなくても、破綻を信じた相当の理由を別に検討すべきとした(令和8年6月5日判決)。ただし差し戻された審理は続いており、結論は確定していない。
- 関係を持った当時に婚姻関係が破綻していた場合には、認識を問わず責任を負わないとされている(最高裁判所平成8年3月26日判決)。
- 故意や過失は関係を持った時点ごとに判断され、知った後も続けた分については責任が生じる。
- 結論の出方は、全部が認められない場合、一部の期間だけの場合、故意は否定され過失が残る場合の三通りがある。
- 自分の責任が否定されても、配偶者に対する請求は別に残る。
既婚と知らずに慰謝料を請求された方へ
弁護士法人若井綜合法律事務所では、男女間のトラブルに関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。既婚と知らずに関係を持ち、突然の請求に戸惑っている方からのご相談も少なくありません。ご自身の言い分が三つのどれにあたるのかを整理するだけでも、次に何を確かめればよいかが見えてきます。
請求を受けた方からのご相談だけでなく、相手から「知らなかった」と主張されて対応に迷っている方からのご相談もお受けしています。書面の期限が迫っている場合や、相手方に代理人が就いている場合には、早い段階でご相談いただくことで取れる手が広がります。まずは状況をお聞かせください。


