【不貞慰謝料・請求された側】支払った後に再び請求されないための備え
マッチングアプリで知り合った相手とトラブルになったものの、分かっているのはアプリ上のニックネームとプロフィール写真だけ、というご相談は少なくありません。貸したお金を返してほしい、嫌がらせをやめてほしいと思っても、相手の本名や住所が分からなければ、書面を送ることも裁判を起こすことも難しくなります。そこで多くの方が考えるのが「アプリの運営会社に聞けば教えてもらえるのではないか」ということです。この記事では、運営会社に相手の情報開示を求める手段と、それぞれで分かること・分からないことを整理します。
この記事は、2026年10月時点の法令(2025年4月に名称が改められた情報流通プラットフォーム対処法を含みます)をもとに解説しています。運営会社の対応は、各社の利用規約や運用によって異なります。
個人として問い合わせても、相手の情報は教えてもらえないのが通常です
運営会社は、会員の氏名や連絡先、本人確認書類などを、利用規約・プライバシーポリシーと個人情報保護法に沿って管理しています。個人情報保護法では、本人の同意なく個人データを第三者に提供することは原則として認められていません(個人情報保護法27条1項)。また、会員どうしのメッセージには、電気通信事業法が定める「通信の秘密」の保護が及ぶと考えられています。
そのため、トラブルの当事者が個人として「相手の本名と住所を教えてほしい」と運営会社に問い合わせても、応じてもらえないのが通常です。運営会社に対応してもらえるのは、主に通報を受けたアカウントの利用停止や、規約違反の調査といったアプリ内の措置にとどまります。運営会社に何を求められるかについては、【男女トラブル・マッチングアプリ】アプリ運営会社に責任を問えるのか|利用規約と免責条項の読み方でも解説しています。
一方で、法律に基づく手続を使えば、運営会社が保有する情報の開示を受けられる場合があります。主な手段は次のとおりです。
| 手段 | 求める主体 | 対象となる主な場面 | 運営会社への強制力 |
|---|---|---|---|
| 発信者情報開示命令 | 被害を受けた本人(通常は弁護士が代理) | プロフィールなど、他の会員が閲覧できる情報による権利侵害 | 裁判所の命令による |
| 弁護士会照会 | 事件を受任した弁護士(所属弁護士会を通じて) | メッセージのやり取りを含め、事件の処理に必要な範囲 | 回答を強制する手段はない |
| 捜査機関による照会 | 警察・検察 | 被害届や告訴を受けて捜査が行われる場合 | 照会のほか、令状による差押えもあり得る |
| 調査嘱託・文書送付嘱託 | 裁判所(当事者の申立てによる) | すでに訴訟が起きている場合 | 裁判所からの嘱託による |
開示を求める手段ごとの特徴
発信者情報開示命令は「不特定の人が見られる情報」に限られます
情報流通プラットフォーム対処法(旧プロバイダ責任制限法)に基づく発信者情報開示は、インターネット上の書き込みをした人物を特定するための代表的な手続です。2022年10月からは、裁判所に申し立てる「発信者情報開示命令」という手続も使えるようになりました。
ただし、この手続の対象は、不特定の人が受信することを目的とした通信(特定電気通信)に限られます。会員どうしの1対1のメッセージはこれに当たらないと解されているため、メッセージで脅された、だまされたという場面では、この手続を使うことはできません。他方で、自分の写真を無断で使った「なりすまし」のプロフィールや、他の会員が閲覧できる場所に名誉を傷つける内容が載せられた場合には、検討の余地があります。
開示を受けるには、権利が侵害されたことが明らかであることなどの要件を満たす必要があります。また、運営会社から開示されるのは接続記録(IPアドレスなど)にとどまり、通信事業者(プロバイダ)に対して改めて開示を求める必要が生じることもあります。通信事業者が接続記録を保存している期間には限りがあり、数か月程度とされることが多いため、早めの対応が求められます。
弁護士会照会はメッセージでのトラブルにも使えますが、回答は任意です
弁護士会照会は、事件を受任した弁護士が、所属する弁護士会を通じて企業などに必要な事項の報告を求める制度です(弁護士法23条の2)。1対1のメッセージでのトラブルでも利用でき、運営会社が保有する登録情報や本人確認の状況について照会することが考えられます。個人情報保護法でも、法令に基づく場合は本人の同意がなくても第三者への提供が認められています。
ただし、照会を受けた側には原則として回答する義務があると解されているものの、回答しない場合にそれを強制する仕組みはありません。通信の秘密や会員保護を理由に、回答を控える運営会社もあるのが実情です。照会によって相手方を特定し、交渉で解決に至った例として、【解決事例】マッチングアプリで出会った相手から盗撮された|弁護士会照会による身元特定と交渉で画像削除および解決金受領を実現した事例があります。
被害届や告訴を受けた捜査機関は、より強い権限で調べられます
お金をだまし取られた、脅されたといった犯罪にあたり得る場面では、警察に被害届や告訴状を出すことも選択肢になります。捜査が始まれば、警察は運営会社に捜査関係事項照会をしたり、令状を得て記録を差し押さえたりすることができます。もっとも、捜査で得られた相手の情報が、そのまま被害者に伝えられるわけではありません。民事で賠償を求める場合には、別に相手を特定する手立てが必要になることもあります。
訴訟の中で記録を取り寄せる方法もあります
相手の氏名と住所が分かっていて、すでに訴訟を起こしている場合には、裁判所を通じて運営会社に記録の提出を求める調査嘱託や文書送付嘱託を利用できることがあります。ただし、訴訟を起こすには相手の氏名と住所が必要になるため、相手を特定する段階では使えません。アプリ内のメッセージを後から取り寄せる場面については、【男女トラブル・マッチングアプリ】アプリ内のメッセージは後から取り寄せられるのか|保存期間と開示の限界で詳しく扱っています。
開示を受けても、相手にたどり着けるとは限りません
運営会社が保有している情報には、年齢確認のために提出された本人確認書類や、登録された電話番号、メールアドレス、支払いに使われた決済情報などがあります。出会い系サイト規制法の対象となるアプリでは、利用者の年齢確認が義務づけられているため、何らかの本人確認の記録が残っていることが多いと考えられます。
しかし、登録時に他人名義の書類や虚偽の情報が使われていれば、開示された情報が実際の相手のものとは限りません。埼玉弁護士会の意見書でも、本人確認の段階で虚偽の申告がされることへの懸念が示されています。また、海外の法人が運営するアプリでは、手続が複雑になり、時間や費用がかかる傾向があります。
そのため、運営会社への開示請求だけに頼るのではなく、相手が名乗った名前、電話番号、LINEのID、振込先の口座など、ほかに手がかりがないかを併せて確認することが大切です。氏名や住所が分からない相手への請求の考え方は、【不貞慰謝料・請求する側】相手の氏名・住所が分からないときにできることも参考になります。
場面ごとの見通し
| 場面 | 主に検討する手段 | 見通しのポイント |
|---|---|---|
| メッセージでだまされてお金を送った | 弁護士会照会、被害届、振込先口座の調査 | 1対1のメッセージは発信者情報開示の対象外。口座の名義から相手にたどり着ける場合もある |
| 自分の写真でなりすましのプロフィールを作られた | 運営会社への削除依頼、発信者情報開示 | 他の会員が閲覧できる情報のため、開示手続を検討できる場合がある |
| 妊娠を伝えた後に連絡が取れなくなった | 弁護士会照会、電話番号などからの調査 | 認知や養育費を求めるには相手の特定が前提になる |
| やり取りの画面をSNSで公開された | SNS側への発信者情報開示 | 公開した人物の特定はSNS側への手続が中心になる |
お金をだまし取られた疑いがある場合は、【男女トラブル・マッチングアプリ】マッチングアプリで知り合った相手に投資を勧められたら?も併せてご覧ください。妊娠をめぐって相手と連絡が取れない場合は、妊娠を告げたら逃げられた・音信不通|相手を特定して認知・養育費にたどり着くまでで手順を解説しています。
開示を求める前に、手元で準備しておきたいこと
どの手段を選ぶ場合でも、相手のアカウントを特定できる記録が残っていることが出発点になります。相手が退会したり、運営会社がアカウントを停止したりすると、アプリ上の表示が見られなくなることがあるため、運営会社に通報する前に記録を保存しておくことをおすすめします。
- 相手のプロフィール画面のスクリーンショット(ニックネーム、年齢、居住地、会員IDなどが写るもの)。
- メッセージのやり取りのスクリーンショット(日時が分かる状態のもの)。
- 相手が名乗った名前、電話番号、LINEのIDなど、アプリの外で得た情報。
- 送金や立て替えの記録(振込明細、決済履歴など)。
- 運営会社への通報や問い合わせの記録。
退会とやり取りの記録の関係については、【男女トラブル・マッチングアプリ】退会するとやり取りは消えるのか|証拠を残す順序でも解説しています。
「運営に開示請求する」と言われた場合の受け止め方
反対に、約束を断った、連絡を絶ったといった理由で、相手から「運営会社に開示請求して身元を調べる」と告げられ、不安になってご相談に来られる方もいます。
先に述べたとおり、1対1のメッセージは発信者情報開示の対象になりません。弁護士会照会も、弁護士が受任した事件の処理に必要な範囲で使われる制度であり、単に会う約束を取りやめたという事情だけで、運営会社から登録情報が開示される場面は限られると考えられます。ただし、実際に金銭の授受や画像のやり取りがあるなど、事情によって見通しは変わります。相手の言葉に動揺して慌てて支払ったり、さらに個人情報を伝えたりする前に、状況を整理することが大切です。
弁護士に相談する意味
運営会社への情報開示の求め方は、トラブルの内容や手元の記録によって、使える手段が大きく変わります。発信者情報開示命令の申立てや弁護士会照会は、弁護士が代理人として行う手続です。費用や時間をかけても相手の特定に至らない可能性があることも含めて、事前に見通しを立てておくことが欠かせません。
当事務所では、相手の特定が必要かどうか、警察への相談と並行すべきかといった方針の検討から、照会や開示手続、特定後の交渉までをご相談いただけます。相手の情報が限られている段階でも、残っている記録から取れる手段を一緒に確認していきます。
同じような状況でも、経緯や残っている記録によって取れる手段は変わります。どこから手をつければよいか判断がつかない段階でも、事実を整理するところからご一緒できます。
当事務所では、電話・メール・LINEのうちご希望の方法でご相談をお受けしています。ご都合のよい手段をお選びください。
早い段階でご相談いただくほど、選べる手立ては多く残ります。迷っている段階でも、まずはお気軽にお声がけください。


