【不貞慰謝料】交渉・調停・訴訟|どこで解決するかの分岐
交際していた相手のアカウントが、ある日突然使えなくなっている。後から「規約違反で強制退会になったらしい」と人づてに聞かされた。そうした経緯を知ると、それ自体が相手の落ち度を示す材料になるのではないか、と考える方は少なくありません。
もっとも、強制退会はサービスを運営する会社が自社の規約に照らして下した判断であり、慰謝料をめぐる話し合いや裁判で問われる事実とは、判断する主体も、判断の対象も、判断の進め方も異なります。同じ「違反」という言葉でも、指しているものが違います。
この記事では、アプリ内の措置がどのような性質のものかを整理したうえで、それを主張の材料として使おうとするときに、どこまでなら意味を持ち、どこから先は届きにくいのかを説明します。あわせて、自分のアカウントが措置を受けた側から見た論点にも触れます。
「強制退会」は誰が何を判断したものか
強制退会という言葉は日常的に使われていますが、法律上の処分ではありません。まず、その中身を確認しておきます。
利用規約にもとづく契約上の措置
アプリの利用は、利用者と運営会社との間の契約です。多数の利用者に同じ条件で提供される取引では、あらかじめ用意された条項の総体が契約の内容になるものとされています(民法548条の2第1項)。強制退会は、その条項にもとづいて会社が利用契約を終了させる措置です。
規約の内容そのものは、相手方から請求があったときに示すことが求められています(同法548条の3第1項)。ただし、そこで示されるのは規約の条文であって、個々の措置がどの事実にもとづいて行われたのかまでは含まれません。
きっかけは利用者からの通報であることが多い
多くのサービスには、他の利用者の言動を報告する窓口が用意されています。報告が重なった場合や、内容から見て明らかと判断された場合に、警告、機能の制限、退会といった段階的な措置が取られる運用が一般的です。会社が自ら把握して措置に踏み切ることもあります。
いずれの場合も、会社が確認できるのは自社のサービス内に残っている情報が中心です。アプリの外で何があったのかまでを調べたうえで判断しているとは限りません。
理由が本人にも知らされないことが多い
措置の理由は、詳しく説明すると検知の仕組みが伝わって回避されるおそれがあるため、具体的には明かされないことが通例です。本人が問い合わせても、規約に違反したためという一般的な回答にとどまることがあります。
その結果、外から見えるのは「使えなくなった」という結果だけになります。理由が特定できないまま結果だけが残るという点が、この材料を扱ううえでの出発点になります。
事業者の措置と、慰謝料の場面で問われることのズレ
| ズレの所在 | アプリ内の措置 | 慰謝料をめぐる場面 |
|---|---|---|
| 判断する主体 | 運営会社が自社の基準で判断する | 裁判所が法律の要件に照らして判断する |
| 判断の対象 | 規約に触れるおそれがあるかどうか | 賠償責任を基礎づける事実があるかどうか |
| 判断の進め方 | 本人の言い分を聞かないまま進むことがある | 双方が主張と資料を出し合う |
判断する主体が違う
運営会社は、自社のサービスを健全に保つために、疑わしい段階で早めに手を打つことがあります。処分の当否を確定させることが目的ではなく、そのまま利用を続けさせるかどうかを決めるための判断です。裁判所が証拠にもとづいて事実の有無を確定させる作業とは、目的そのものが異なります。
判断の対象が違う
規約は、運営会社と利用者との間の取り決めです。既婚者の登録を禁じる規約に触れたと判断されたとしても、それは会社との約束に反したという評価であって、その評価がそのまま第三者に対する責任に置き換わるわけではありません。規約や事業者への規制と、利用者が負う民事上の責任が別の話であることは、既婚者向けのサービスを扱った記事でも触れています。
判断の進め方が違う
アプリ内の措置は、本人に反論の機会を与えないまま行われることがあります。誰がどのような内容の報告をしたのかも明かされません。一方、話し合いや裁判では、主張する側が事実を示し、相手方がそれに応じて反論する過程を経ます。措置が行われたことと、その前提となった事実が確かめられたこととは、同じではありません。
それでも材料になり得るのはどのような場面か
では、まったく意味がないのかというと、そうとも言い切れません。裁判所は、審理に現れた一切の事情を総合して事実を判断するものとされています(民事訴訟法247条)。強制退会という出来事も、他の材料と結びつく限りで、判断を支える一つの事情になり得ます。
時期が他の事実とつながるとき
たとえば、相手が「もうアプリは使っていない」と説明していた時期と、実際にアカウントが動いていた時期がずれている場合、その食い違いを示す一つの手がかりになることがあります。ここで働いているのは時期の対応であって、措置そのものではありません。
説明の変遷を照らすとき
相手の説明が途中で変わっている場合に、その変化を確かめる材料になることがあります。もっとも、この場合も中心にあるのは説明の食い違いのほうで、措置はその周辺を補う位置にとどまります。
結びつく先がないと届きにくい
退会の理由が特定できない以上、その事実だけを取り出しても、何を示す事情なのかが定まりません。単独で結論を導く材料としては期待しにくいと考えておくほうが、方針を立てやすくなります。証拠の種類ごとの効き方の違いについては、証拠力を整理した記事もあわせてご覧ください。
入口にある問題|「強制退会だった」ことをどう示すか
材料として使えるかどうか以前に、そもそも強制退会であった事実をどう示すのか、という問題があります。
画面の表示からは区別がつかない
自分から退会した場合も、措置によって退会となった場合も、他の利用者から見える表示は同じであることが多く、外からは見分けられません。表示が消えた理由を画面から判別しにくい点は、退会と記録の残り方を扱った記事でも説明しています。
通知は本人の手元にしかない
措置を知らせる連絡は、対象となった本人に届きます。第三者がその通知を手にすることは、本人から示されない限り想定しにくい状況です。人づてに聞いた話だけでは、内容の裏づけまでは届きません。
運営会社に尋ねても回答は返りにくい
運営会社が保有する利用者の情報は、事業者としての守秘の枠組みの中に置かれています。第三者が問い合わせても、措置の有無や理由が回答される場面は限られます。この点は、アプリ内のメッセージの取り寄せを扱った記事で詳しく整理しています。
自分のアカウントが強制退会になった側から見ると
立場が入れ替わると、同じ出来事の見え方も変わります。
理由の開示を求められるのか
自分に関する情報については、事業者に対して開示を求める仕組みがあります(個人情報の保護に関する法律33条1項)。ただし、業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合など、開示されない範囲が定められています(同条2項)。措置の判断過程がどこまで示されるかは、事案によって差があります。
措置を争うことと、慰謝料の話は別の道筋
措置の当否そのものを問題にする場面では、規約の条項が相手方の利益を一方的に害すると認められるかどうかが議論の対象になり得ます(民法548条の2第2項)。もっとも、これは運営会社との間の話であり、配偶者や交際相手との間の請求とは別の道筋です。両方を同時に進めるべきかは、目的に照らして考えることになります。
措置を受けたことは、事実を認めたことではない
反論の機会がないまま進む措置である以上、退会になったという結果から直ちに何かを認めたことにはなりません。とはいえ、相手方がその事実を持ち出してきた場合、こちらが何も説明しないままでいると、他の材料と合わせて不利に受け取られることがあります。否定するのであれば、否定に見合う説明を用意しておくことが求められます。
通報という手段を使おうとするときの注意点
| 考えている進め方 | 起こり得ること |
|---|---|
| 事実と異なる内容で通報する | 報告の内容によっては、こちらの側が責任を問われる場面が生じるおそれがあります |
| 「通報する」と伝えて条件を引き出す | 伝え方によっては、要求の仕方そのものが別の問題として扱われることがあります |
| 退会させること自体を目的にする | アプリ内に残っていた記録に触れられなくなり、確認できる範囲が狭まることがあります |
事実の裏づけがない報告は避ける
感情が動いている場面では、確かめていないことまで書いてしまいがちです。報告の内容が事実と異なる場合、相手方から問題にされることがあります。伝えるのは、自分が直接見聞きした範囲にとどめるのが無難です。
相手を退会させても、こちらの材料は増えない
措置が取られると、相手のプロフィールややり取りの表示が失われることがあります。請求を考えている段階であれば、先に手元の記録を整えるほうが順序として自然です。記録の残し方や優先順位については、証拠を残す順序を扱った記事で説明しています。
要求と結びつけた伝え方には別の問題がある
「通報されたくなければ応じてほしい」という形で条件を持ち出すと、請求の内容そのものが正当であっても、伝え方の面で争いが生じることがあります。この線引きについては、請求と脅しの境目を扱った記事をご覧ください。
手元に残しておくと後から役に立つもの
- 相手のプロフィールややり取りのうち、まだ表示できる範囲を撮った画像。
- 表示されなくなった時期が分かる記録(最後に確認できた日と、確認できなくなった日)。
- 強制退会になったと聞いた経緯のメモ(誰から、いつ、どのような言葉で伝えられたか)。
- 自分が措置を受けた側であれば、運営会社から届いた通知そのもの。
いずれも、後から作り直すことが難しいものばかりです。方針が固まっていない段階でも、失われる前に形にしておくことをおすすめします。
よくあるご質問
相手が強制退会になったことを、運営会社に証明してもらえますか
第三者からの問い合わせに応じて、他の利用者の措置の有無や理由を回答する運用は、一般的とは言えません。手続を通じて照会する方法も考えられますが、回答が得られるかどうかは事案によります。まずは、手元で確認できる範囲を整理することからお考えください。
既婚者の登録を禁じるアプリで退会になったのだから、既婚だったことの証明になりませんか
規約違反として挙げられる項目は幅広く、どの項目に当たると判断されたのかは外からは分かりません。年齢や職業の記載、写真の扱い、連絡の取り方など、婚姻関係とは関係のない事由も含まれます。退会になったという結果だけでは、理由を一つに絞り込むことは難しいと考えられます。
自分が強制退会になったことは、慰謝料の金額に影響しますか
その事実そのものが金額を左右するというより、周辺の事情と合わせてどう見えるかという形で影響することがあります。措置の理由が争いの中心と無関係であれば、位置づけを説明することで受け取られ方が変わる場合もあります。
まとめ
- 強制退会は、運営会社が利用規約にもとづいて利用契約を終了させる措置であり、法律上の処分ではありません。
- 判断する主体、判断の対象、判断の進め方のいずれもが、慰謝料の場面で問われることとは異なります。
- 理由が本人にも知らされないことが多く、外からは結果だけが見える状態になります。
- 裁判所は一切の事情を総合して判断するため、他の材料と結びつく限りで意味を持つことはあります。
- 一方で、単独で結論を導く材料としては期待しにくく、結びつく先を用意しておく必要があります。
- 自分が措置を受けた側では、措置を争う話と慰謝料の話が別の道筋であることを整理しておくことが大切です。
- 通報を交渉の手段として持ち出すと、伝え方の面で別の問題が生じることがあります。
ご相談について
アプリ内で何が起きたのかを確かめようとしても、外から分かる情報には限りがあります。手元にある材料がどの程度の意味を持つのか、足りない部分をどう補うのかは、集まっている事実の全体を見たうえで判断していくことになります。
弁護士法人若井綜合法律事務所では、男女間のトラブルに関するご相談をお受けしています。請求する側、請求を受けた側のいずれの立場でも、現在の状況を踏まえて進め方を一緒に整理いたします。お一人で抱え込まずに、早い段階でご相談ください。


