【親子問題】壁や家具を壊された|器物損壊として扱えるか
本記事は2026年10月時点の法令をもとに、一般的な考え方を整理したものです。実際に請求できるかどうかや請求の方法は、けがの程度、子の年齢、同居の有無、残っている記録などによって変わります。
子から暴力を受けてけがをしたとき、「親子なのだから、治療費や慰謝料を求めるのはおかしいのではないか」と考えて、費用をすべて自分で抱えている親御さんは少なくありません。反対に、繰り返される暴力に区切りをつけたいという思いから、「せめて治療にかかったお金は子に負担させたい」と考える方もいらっしゃいます。
本記事では、子の暴力によるけがについて、子に治療費や慰謝料を請求できるのか、請求できるとしてどのような損害が対象になるのか、そして「請求できること」と「実際に支払われること」の間にある現実的な問題を順に整理します。請求の手段だけでなく、請求することが家族の安全や関係に与える影響にも触れます。
親子の間でも、暴力によるけがは損害賠償の対象になります
民法709条は、故意または過失によって他人の権利を侵害した者は、それによって生じた損害を賠償する責任を負うと定めています。暴力によって体を傷つけることは、この「権利の侵害」の典型です。また民法710条により、治療費のようなお金の損害だけでなく、痛みや恐怖といった精神的な苦痛(慰謝料)も賠償の対象になります。
これらの規定には、加害者と被害者が家族である場合を除外する定めはありません。親子であっても、子が親に暴力をふるってけがをさせた場合、子は親に対して損害賠償の責任を負い得るというのが基本的な考え方です。
「家族間の犯罪は罪にならない」と耳にしたことがあるかもしれませんが、刑法244条などの親族間の特例は、窃盗や詐欺といった財産を対象とする犯罪について刑を免除するものです。暴行や傷害には及びませんし、民事上の損害賠償の責任を消すものでもありません。刑事手続の側から見た整理は、【親子問題】親子間の暴行・傷害は立件されるのか|特例が及ばない範囲で解説しています。
請求の対象になる主な損害
| 損害の項目 | 内容の例 | 手元に残しておきたい資料 |
|---|---|---|
| 治療費 | 診察・検査・処置・薬の費用、入院費 | 領収書、診療明細書 |
| 通院交通費 | 通院のための電車・バス代、必要性があればタクシー代 | 利用日と金額のメモ、領収書 |
| 休業損害 | けがのために仕事を休んだことで減った収入 | 勤務先の休業の証明、給与明細 |
| 慰謝料 | けがによる痛みや、暴力を受けたことによる精神的な苦痛 | 診断書、通院期間が分かる記録 |
| 物の損害 | 暴力の際に壊された眼鏡・スマートフォン・家具など | 写真、購入時の資料、修理の見積り |
慰謝料の金額は、けがの程度や通院期間だけでなく、暴力の態様、繰り返されてきた期間、その後の生活への影響などを総合して考えられます。一律の相場で決まるものではないため、記録をもとに個別に組み立てることになります。なお、壊された物については刑事の観点からの整理もあり、【親子問題】壁や家具を壊された|器物損壊として扱えるかで触れています。
健康保険を使って治療を受けた場合、加入している保険によっては、他人の行為によるけがであることを届け出るよう求められることがあります。受診の際や保険者への問い合わせの際に、どのような経緯のけがかを正確に伝えておくと、後の手続が混乱しにくくなります。
請求の前提になるのは「記録」です
損害賠償を求める側は、暴力があったこと、それによってけがをしたこと、損害の金額を示す必要があります。家庭内の出来事は第三者の目撃者がいないことが多く、後から「そんなことはしていない」「自分で転んだのだろう」と言われると、記録の有無が大きな意味を持ちます。残しておきたい主なものは次のとおりです。
- 医師の診断書(けがの部位、程度、見込まれる治療期間が書かれたもの)。
- 受診時のカルテに残る受傷の経緯(病院でどのように説明したか)。
- けがの部位や壊された物の写真(日付が分かる形で保存)。
- 暴力があった日時、場所、きっかけ、言われた言葉を書いたメモ。
- 警察や行政の窓口に相談した記録。
- 子からのメッセージや、本人が行為を認めている録音。
診断書を取る時期の考え方は【親子問題】診断書はいつ取るべきか|傷害の立証、受診の際の伝え方は【親子問題】子の暴力でけがをした|病院で何をどう伝えるかで詳しく扱っています。警察への相談が後の手続にどう生きるかについては、【親子問題】警察に相談した記録を残す意味|相談票と後の手続も参考にしてください。
記録を残すことは、請求をするかどうかを決める前からできる備えです。今の時点で請求までは考えていなくても、後で選択肢を残しておくという意味があります。
「請求できる」と「実際に支払われる」は別の問題です
法律上の責任があることと、実際にお金が支払われることは同じではありません。子に対する請求を考えるときは、次のような事情を合わせて検討する必要があります。
子に収入や財産がない場合
ひきこもりの状態が続いている、仕事をしていない、親の年金や仕送りで生活しているといった場合、請求が認められても支払いに充てるお金がないことがあります。裁判で支払いを命じる判決を得ても、差し押さえる財産がなければ、すぐには回収につながりません。
一方で、判決などで確定した債権は長期間にわたって行使できるため、子が将来仕事に就いたときや財産を得たときに備えて、権利を確定させておくという考え方もあります。
親が子の生活費を負担している場合
同居して生活費を親が出している場合、子が親に支払うお金の出どころが結局は親自身ということになりかねません。この場合は、請求によって金銭を回収することよりも、損害の金額を明確にし、行為の重さを本人に示すこと、今後の生活費の負担と切り分けて取り決めることに意味を見いだす方が現実的です。親が負うべき扶養の範囲については、【親子問題】親の扶養義務はどこまでか|成人した子を養う義務はあるのかで整理しています。
子が未成年の場合
未成年の子でも、自分の行為の責任を理解できる能力(責任能力)があれば、本人が賠償の責任を負います(民法712条)。責任能力の有無は年齢だけで決まるものではありませんが、中学生以上であれば認められることが多いと考えられています。
ただし、未成年の子に対して親が裁判などの手続をとる場面では、子の法定代理人である親が、自分を相手方とする手続で子を代理することはできません。そのため、特別代理人の選任を求めるなどの手当てが必要になることがあります。また、責任能力がない年齢の子の場合、民法714条で責任を負うのは監督義務者、つまり親自身になるため、子に対する請求という形は成り立ちにくくなります。
請求するときの主な方法
請求の方法は一つではなく、家族の状況や目的に応じて選ぶことになります。一般的には、負担の軽い方法から段階的に検討します。
- 書面で請求する方法です。損害の内訳と金額、支払い方法を示した書面を送ります。弁護士が親の代理人として送る場合は、以後の連絡窓口を弁護士に移すこともできます。
- 話し合いで合意し、書面に残す方法です。分割での支払い、支払いが滞った場合の扱い、今後の接触のルールなどを合意書にまとめます。
- 調停を利用する方法です。家庭裁判所の調停や簡易裁判所の民事調停で、第三者を間に入れて話し合います。
- 訴訟を起こす方法です。話し合いで解決しない場合に、裁判所に損害の賠償を求めます。
- 刑事手続と連動させる方法です。傷害事件として起訴された場合、刑事裁判を担当する裁判所に損害賠償命令を申し立てられる制度があります。
合意書を作る際の注意点は、【親子問題】親子間で合意書を作る|約束を書面にする意味と限界で解説しています。損害賠償命令の制度は、刑事裁判の証拠を利用しながら比較的簡易な手続で賠償を求められる点に特徴がありますが、起訴されていることが前提になります。被害届を出すかどうかの判断は、【親子問題】被害届を出すと家族関係はどうなるのか|出す前に考えることも合わせてご覧ください。
なお、犯罪の被害に遭った方に国が給付金を支給する犯罪被害給付制度もありますが、親族間の事件では、支給が制限されたり減額されたりする場合があります。対象になるかどうかは、事件の内容や家族の状況によって判断されます。
請求することが、安全や家族の関係に与える影響
子への請求は、法律上の権利を行使する正当な手段です。ただ、同居している場合や暴力が続いている場合には、請求が子の反発を招き、新たな暴力のきっかけになるおそれもあります。請求を検討する際は、金額の計算よりも先に、親自身の安全をどう確保するかを考えておくことが大切です。
- 暴力が続いている間は、避難先や110番の判断など、安全の確保を優先します。
- 請求の書面を送る時期は、同居を解消した後や、第三者が窓口になった後を検討します。
- 請求の目的(費用の回収、行為の重さを伝えること、今後の取り決め)を家族の中で整理します。
- きょうだいや配偶者など、ほかの家族の安全にも配慮します。
介入の後に子が強く反発した場合の備えについては、【親子問題】介入の後に子が逆上した|再度の暴力への備えで取り上げています。
また、請求をきっかけに子と直接やり取りを重ねることは、親にとって大きな負担になりがちです。弁護士が代理人となれば、請求の書面の送付や支払いの交渉を親に代わって行い、親と子が直接ぶつかる場面を減らすことができます。窓口を代えることの意味は、【親子問題】弁護士に頼むと何が変わるのか|窓口を代えるという選択で説明しています。
当事務所では、弁護士が親御さんの代理人として子と向き合い、自立支援のカウンセラーと役割を分担して、子の生活の立て直しを支える取り組みを行っています。損害の請求も、子を追い詰めるためではなく、親と子それぞれが自立した関係に移るための区切りの一つとして位置づけることがあります。サービスの概要は【親子問題】弁護士が「親の代理人」として親子問題に介入するサービス|家庭内暴力・ひきこもりに悩むご家庭へ、自立支援カウンセラーとチームで対応をご覧ください。
よくあるご質問
何年も前の暴力についても請求できますか
体を傷つけられたことによる損害賠償の請求権は、損害と加害者を知った時から5年、暴力の時から20年で時効にかかります(民法724条、724条の2)。親子の場合は加害者が誰かは明らかなことが多いため、けがをした時から5年が一つの目安になります。過去の暴力についても、この期間内であれば請求の余地がありますが、時間が経つほど記録が失われやすくなる点には注意が必要です。
請求すると、子に前科がつくことになりますか
損害賠償の請求は民事の手続であり、請求したことや支払いを命じる判決が出たことで前科がつくことはありません。前科は刑事裁判で有罪となった場合の問題であり、民事の請求とは区別されます。
暴力を続ける子に、自分の財産を残したくありません
損害賠償の請求とは別に、相続の場面で考えておく問題です。親に対する虐待や重大な侮辱などがある場合には、家庭裁判所に相続人から外すことを求める相続廃除という制度があります。要件や手続については、【親子問題】暴力を続ける子に財産を渡したくない|相続廃除の要件で解説しています。
子の暴力によるけがについて請求できるかどうかは、法律上の責任の有無だけでなく、子の生活状況、記録の残り方、そして請求の後に家族がどう暮らしていくかを合わせて考える必要があります。費用を一人で抱え込む前に、どのような選択肢があるのかを一度整理してみることをおすすめします。
同じような状況でも、経緯や残っている記録によって取れる手段は変わります。どこから手をつければよいか判断がつかない段階でも、事実を整理するところからご一緒できます。
当事務所では、電話・メール・LINEのうちご希望の方法でご相談をお受けしています。ご都合のよい手段をお選びください。
早い段階でご相談いただくほど、選べる手立ては多く残ります。迷っている段階でも、まずはお気軽にお声がけください。


