【親子問題】壁や家具を壊された|器物損壊として扱えるか

若井亮

若井亮

テーマ:親子問題

本記事は2026年9月時点の法令に基づいて記載しています。刑法の法定刑は、2025年6月1日に施行された改正により「拘禁刑」に一本化されています。


「壁に拳の跡がいくつも残っている」「ドアが変形して閉まらない」「テレビと食器棚を倒された」。親子の問題でご相談にみえる方から、こうしたお話をうかがうことは少なくありません。多くの場合、修理の見積書は手元にあるのに、警察には連絡していません。

 一方で、「家族の物を壊しても罪にはならないと聞いた」という理由で、十年近く自費で壁を直し続けてきた、という親御さんもいらっしゃいます。家族間の財産トラブルには特例があって警察は動かない、という説明自体は誤りではありません。ただ、その特例が及ぶ範囲は、条文の上ではかなり限られています。物を壊す行為は、その範囲の外にあります。

 この記事では、同居する子に住まいや家財を壊された親の立場から、器物損壊として扱えるのはどこまでか、扱えるとして実際に何が起きるのか、そして修理費の負担はどう整理されるのかを順に説明します。暴力そのものへの対応や、脅し文句への対応は別の論点になりますので、ここでは「壊された物」に絞ります。

「家族の物だから」で片づけられない理由

特例が及ぶのは、財産を奪う罪までである

 家族間の財産犯について定めているのは、刑法244条です。1項は、配偶者、直系血族、同居の親族との間で窃盗罪や不動産侵奪罪を犯した場合に、その刑を免除すると定めています。刑が免除される以上、捜査や起訴が行われることは通常ありません。

 この特例は、他の条文によって適用範囲が広げられています。詐欺罪や恐喝罪には251条が、横領罪には255条が、それぞれ244条を準用しています。親の預金を勝手に引き出した、通帳を持ち出した、という相談で警察が慎重になるのは、この準用があるためです。同居の家族による持ち出しがどう扱われるかは、同居の家族の物を持ち出した|親族相盗例で処罰されない範囲で整理しています。

 ところが、物を壊す罪、つまり毀棄・隠匿の罪には、この準用規定が置かれていません。器物損壊罪を定める刑法261条にも、建造物損壊罪を定める260条にも、親族間の特例を準用する条文は存在しません。同居の子が親の家具を壊したとしても、条文の上では、まったくの他人が壊した場合と同じ罪が成立し得ることになります。

罪名条文親族間の特例(244条)
窃盗罪・不動産侵奪罪235条・235条の2直接適用される
詐欺罪・恐喝罪246条・249条251条により準用される
横領罪・業務上横領罪252条・253条255条により準用される
器物損壊罪261条準用する条文がない
建造物損壊罪260条準用する条文がない
暴行罪・傷害罪208条・204条準用する条文がない


 なお、244条1項は「刑を免除する」という規定であって、犯罪の成立そのものを否定するものではありません。持ち出しの場面でも、行為が犯罪にあたること自体は変わらず、民事の損害賠償請求が封じられるわけでもない、という点は押さえておいてください。

それでも「告訴」という条件が残る

 特例の外にあるからといって、器物損壊がすぐに刑事事件として動き出すわけではありません。刑法264条は、器物損壊罪について、告訴がなければ公訴を提起することができないと定めています。いわゆる親告罪です。

 これは244条とは別の仕組みです。244条は「親族だから刑を免除する」という規定ですが、264条は相手が誰であっても等しく適用されます。裏を返せば、親が告訴する意思を固めれば、同居の子であっても起訴の道は開かれているということになります。ここが、持ち出しや使い込みの場合との決定的な違いです。

 注意したいのは期間です。刑事訴訟法235条は、親告罪の告訴について、犯人を知った日から6か月を経過するとできなくなると定めています。家庭内の出来事では、誰がやったかは最初から分かっていますから、行為の日から数えて6か月と考えておくのが安全です。何年も前に壊された壁について、今から告訴することは想定しにくい、ということになります。

壊されたものによって罪名が変わる

家の一部か、置いてある物か

 同じ「壊された」でも、対象が建物そのものか、建物の中にある動産かで、適用される条文が分かれます。

 建物やその一部を壊した場合は、刑法260条の建造物損壊罪です。法定刑は5年以下の拘禁刑で、告訴を必要としません。これに対し、家具や家電のような動産を壊した場合は261条の器物損壊罪で、3年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金もしくは科料、そして先ほどの通り告訴が必要です。

 この区別が実務で重みを持つのは、建造物損壊が非親告罪である、という一点です。親御さんが告訴に踏み切れない場合でも、対象が建物の一部であれば、捜査が始まる余地は残ります。壁や柱に穴を開けられた、造り付けの設備を壊された、という事案で、警察の受け止めが変わることがあるのはこのためです。

玄関ドアをめぐる最高裁の判断

 では、ドアや窓のように取り外せるものはどちらに入るのでしょうか。最高裁は平成19年3月20日の決定で、建造物に取り付けられた物が建造物損壊罪の対象にあたるかどうかは、その物と建造物との接合の程度のほか、建造物における機能上の重要性も総合して判断すべきだという基準を示しました。

 この事案では、金属バットで叩いて凹ませた集合住宅の玄関ドアが問題になりました。最高裁は、外壁と接続して外界との遮断、防犯、防風、防音といった役割を果たしていることを重視し、工具を使えば壊さずに取り外せるとしても建造物損壊罪の対象にあたる、と判断しています。修繕見積額が2万5000円という、決して大きくない被害でも建造物損壊とされた点は、実務上の目安になります。

 反対に、雨戸や障子のように、取り外すことがもともと予定されている建具については、建造物にはあたらず器物損壊にとどまるとした古い判例があります。どこで線が引かれるかについては、建物や門扉を壊した|建造物損壊と器物損壊はどこで分かれるかもあわせてご覧ください。

壊された物の例想定される罪名告訴の要否
壁、柱、天井、床建造物損壊罪不要
玄関ドア、サッシなど固定された建具建造物損壊罪となる可能性不要
雨戸、障子など取り外しが予定された建具器物損壊罪必要
家具、家電、食器、衣類器物損壊罪必要
親名義のスマートフォン、自動車器物損壊罪必要


賃貸住宅では、被害者が親とは限らない

 持ち家ではなく賃貸住宅の場合、話がもう一段複雑になります。壁やドアの所有者は貸主ですから、建造物損壊の被害者は貸主ということになります。そして親御さんは、賃借人として、部屋を善良な管理者の注意をもって使用し、退去時に原状に復する義務を負っています。

 子が壊した部分についても、契約上の責任を負うのは借主である親です。貸主から修繕費を請求されたうえで、実際に壊した子に対して別途請求していく、という二段構えになります。退去の時期が近い場合は、原状回復の範囲をめぐって貸主との交渉が先に立ち上がりますので、記録の残し方がいっそう重要になります。

告訴に踏み切るかどうかをどう考えるか

被害届と告訴は別のものである

 被害届は、被害に遭った事実を警察に申告する書面です。捜査のきっかけにはなりますが、処罰を求める意思表示そのものではありません。これに対し告訴は、犯人の処罰を求める意思表示であり、親告罪ではこれがなければ起訴ができません。

 器物損壊の場合、被害届だけを出しておき、告訴までは踏み込まない、という選択も現実には存在します。両者の違いと使い分けについては、被害届と告訴の違い|ストーカー・脅迫でどちらを選ぶで詳しく説明しています。

取り消せるが、やり直しはきかない

 告訴は、公訴が提起されるまでの間であれば取り消すことができます。ただし刑事訴訟法237条2項は、一度取り消した者は、同じ事件について再び告訴することができないと定めています。子が謝ったから取り下げ、また壊されたのでもう一度、という使い方はできません。

 親子の問題では、この一回性が重い意味を持ちます。取り下げを求められて応じた後、同じことが繰り返されても、その行為についてはもう告訴という手段が残らないからです。書面の作り方や取消しの実務は被害届の取下げ・告訴の取消をどう書くかにまとめています。

「家庭の問題ですから」と言われたとき

 窓口で慎重な対応をされることは珍しくありません。同居家族の間の出来事であること、当事者が処罰まで望んでいるのか判然としないことが、その背景にあります。

 このとき整理しておきたいのが、これまで見てきた区別です。壊されたのが家具であれば告訴の意思をはっきり示す必要がありますし、壁やドアであれば建造物損壊として告訴を前提としない扱いもあり得ます。見積書や写真といった裏づけを揃え、どの物が、いつ、どう壊されたかを時系列で示せる状態にしておくと、話が具体的になります。受理に至らなかった場合の対応は、被害届を受理してもらえない|断られたときにできることをご参照ください。

 もっとも、刑事手続に乗せること自体を目的にすべきかどうかは、別に考える必要があります。処分がついても、同居が続けば状況は変わらないことが多いからです。私どもがご相談を受ける際は、刑事手続を「親子の距離を作るための材料の一つ」として位置づけ、住まいを分ける段取りと並行して検討するようにしています。

壊れた物の修理費は誰が負担するのか

成人した子に請求する場合

 故意に他人の物を壊した以上、民法709条により損害賠償義務が生じます。刑事で立件されるかどうかとは切り離して、修理費や買い替え費用を請求することは可能です。請求できる範囲は、原則として原状回復に必要な費用で、実際に支出した修理代金や見積額が基礎になります。どのような費目が問題になるかは、器物損壊で被害届が出された|修理費と示談の整理が参考になります。

 現実の壁は、請求できるかどうかよりも、回収できるかどうかにあります。収入のない子に判決を得ても、差し押さえる財産がなければ支払は実現しません。それでも請求の形を整えておく意味はあります。金額と事実を書面に残すことは、後の相続の場面や、支援機関との調整の場面で、家族の側の記録として機能するからです。

未成年の場合、請求先が親自身に戻ることがある

 子が未成年の場合には、別の問題が生じます。民法712条は、自分の行為の責任を理解する能力を備えていない未成年者は賠償責任を負わないと定め、714条は、その場合に監督義務者が責任を負うと定めています。責任能力の有無はおおむね12歳前後を目安に判断されますが、責任能力がないとされれば、賠償義務を負うのは監督義務者である親自身ということになります。

 親が被害者でありながら、賠償義務者も親である、という状態になりますから、請求は事実上空転します。中学生以上であれば本人に責任能力が認められることが多いものの、その場合も資力はありませんので、結局は家計の中で処理せざるを得ないのが実情です。

火災保険が使えるかは、約款次第

 見落とされやすいのが保険です。火災保険には「破損・汚損」、つまり不測かつ突発的な事故による損害を補償する項目があり、ここが壁や設備の修理に使えることがあります。

 ただし、この補償は偶然の事故を前提としています。故意による損壊は対象外とされるのが通常ですし、被保険者と生計を共にする同居の親族の故意を免責事由に掲げている約款もあります。また、破損・汚損については自己負担額が設定されていることが多く、少額の修理では支払の対象にならない場合もあります。契約ごとに条件が異なりますので、保険証券と約款の免責条項を確認したうえで、代理店に事故の状況を正確に伝えて判断を仰いでください。

壊された直後にしておくこと

修理する前に記録を残す

 壊れた場所をすぐ直してしまうと、後から立証する材料が残りません。修理に入る前に、部屋全体が分かる引きの写真と、破損箇所に寄った写真の両方を撮っておいてください。撮影日時が記録されるかたちで保存することが大切です。

 あわせて、業者の見積書、修理後の領収書、いつ何が壊されたかを書いた簡単なメモを残します。日付と出来事だけの数行で構いません。繰り返されている場合、この積み重ねが「一回の出来事ではない」ことを示す唯一の資料になります。記録の作り方については証拠の残し方|あとで警察・弁護士に通用する記録とはが実務的です。

物を壊す行為が、人に向いているとき

 壁を殴る、目の前で椅子を投げる、といった行為は、器物損壊にとどまらない場合があります。有形力が人の身体に向けられていると評価されれば、直接触れていなくても暴行罪の問題になり得ますし、暴行罪や傷害罪には親族間の特例がありません。

 家族間の暴行・傷害がどう扱われるかは家庭内で手が出た|家族間の暴行・傷害とDV法の関係で扱っています。身の危険を感じる場面では、物の被害を整理することよりも、その場を離れて110番することを優先してください。物は直せますが、けがはそうはいきません。

「壊すつもりはなかった」と言われたら

 器物損壊罪が成立するには故意が必要です。ぶつかって倒した、勢いで手が当たった、という説明がされることもあります。実際には、壊れることを認識しながらあえて行ったかどうかが、行為の態様や前後の言動から判断されます。壁を拳で殴る、持ち上げて叩きつける、といった態様であれば、故意が否定されることは考えにくいでしょう。判断の枠組みは壊すつもりはなかった|器物損壊罪の故意はどこで認定されるかをご覧ください。

よくあるご質問

修理費を私が立て替えて払いました。後から子に請求できますか

 請求できます。実際に支出した修理代金は、子の行為によって生じた損害そのものですから、民法709条に基づいて請求の対象になります。領収書と、その修理がいつの破損に対応するものかを示す記録を、対応させて保管しておいてください。

告訴をすると、子は必ず逮捕されるのでしょうか

 必ず逮捕されるわけではありません。逮捕は、逃亡や証拠隠滅のおそれなどを踏まえて判断されます。同居の家族による器物損壊で、被害額が大きくなく、本人が事実を認めている場合には、在宅のまま手続が進むことが多いといえます。ただ、逮捕の有無を事前に確定させることはできませんので、その可能性も含めて方針を決めることになります。

何年も前から繰り返されています。まとめて告訴できますか

 告訴の期間は、犯人を知った日から6か月です。家庭内では犯人が最初から分かっていますので、それぞれの破損行為の時点から6か月と考えることになり、古い出来事をまとめて告訴することは想定しにくいのが実際です。他方、民事の損害賠償請求は、損害と加害者を知った時から3年という期間がありますので、刑事と民事で時間の区切りが違う点にご注意ください。

まとめ


  1. 親族間の特例を定める刑法244条は、窃盗や横領などの財産犯に適用され、251条と255条で詐欺・恐喝・横領に準用されている。
  2. 器物損壊罪(261条)と建造物損壊罪(260条)には、244条を準用する条文がなく、同居の子による行為でも罪は成立し得る。
  3. 器物損壊罪は親告罪であり(264条)、告訴の期間は犯人を知った日から6か月である(刑事訴訟法235条)。
  4. 建造物損壊罪は非親告罪であるため、壁やドアなど建物の一部が対象の場合は、告訴を前提としない扱いがあり得る。
  5. 玄関ドアのように固定された建具は、接合の程度と機能上の重要性から建造物の一部と扱われることがある(最高裁平成19年3月20日決定)。
  6. 告訴は取り消せるが、取り消した者は同じ事件について再び告訴できない(刑事訴訟法237条2項)。
  7. 修理費は民法709条により請求できるが、未成年で責任能力が認められない場合は、714条により監督義務者である親自身が責任を負う構図になる。


家庭内で物を壊される状態が続いている方へ

 壁の穴やドアの凹みは、直せば見えなくなります。そのせいで、何年続いているのかが、ご家族自身にも分からなくなっていることがあります。ご相談の場で写真と見積書を並べていただくと、はじめて全体の回数と金額が見えてくる、ということは珍しくありません。

 弁護士法人若井綜合法律事務所では、親子の間で起きている暴力や金銭の問題について、親御さんの側の代理人としてご相談をお受けしています。当事務所は、民間の自立支援カウンセラーと組み、親御さんの保護と、お子さんの生活面の立て直しを分けて進める形をとっています。物を壊されるという出来事は、多くの場合、距離が近すぎることの表れです。刑事手続を使うかどうかも含めて、次の一歩をご一緒に整理させてください。

ご相談は池袋・新橋の事務所でお受けしています。全国からのご依頼に対応しており、お子さんの年齢は問いません。まずは、これまでに壊された物の記録をお持ちのうえ、ご連絡ください。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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