【親子問題】子の借金を親が返す義務はあるのか
この記事は、2026年10月時点の民法・民事訴訟法・民事執行法・公証人法に基づいて書いています。夫婦間の契約取消権を定めていた民法754条が令和8年4月1日に削除されたこと、令和7年10月1日から公正証書の作成手続がデジタル化されたことを反映しています。
「息子と『もうお金は求めない』という約束を書面にしたのに、半年ほどで元に戻ってしまった。あの書面に意味はあったのでしょうか」。親子の問題でご相談を受けていると、こうした声を伺うことがあります。反対に、これから子に家を出てもらうにあたって「条件を書面にしておきたいが、何をどこまで書けば効き目があるのか分からない」というご相談もあります。
インターネット上では「家族の間でも契約は有効」「公正証書にすれば強制執行ができる」と説明されることが多く、それ自体は誤りではありません。ただ、検索で上位に表示される解説の多くは夫婦の誓約書や離婚の取り決めを念頭に置いたもので、成人した子と親との約束について、どの部分が法律で支えられ、どの部分が支えられないのかという線引きまではあまり書かれていません。
この記事では、成人した子と親との間で交わす合意書について、契約としての効力、書面にしても実現できない約束、親の側が書面に縛られる場面、約束を守らせる力の持たせ方、作るときの順序を整理します。子に家を出てもらう法的な手段や、金銭の要求を断ることの位置づけは、それぞれ別の記事で扱っています。
親子の間で交わした合意書にも契約としての効力がある
家族であることを理由に効力が弱まるわけではない
親子の間で交わした約束も、内容が法律に反しない限り、契約として効力を持ちます。契約は申込みと承諾がそろえば成立し、書面は原則として成立の要件ではありません(民法522条)。口頭の約束も法的には契約になり得ますが、後から内容を確かめる手段がないため、書面にしておく意味があります。
かつて民法には、夫婦の間でした契約は婚姻中いつでも取り消せるという特別な規定(旧民法754条)がありましたが、令和6年の改正で削除され、令和8年4月1日から適用されなくなりました。親子間の契約にはもともとこうした特別な取消しの規定はなく、親子だからという理由で、合意書の効力が第三者との契約より弱くなることはありません。
署名や押印がある書面は、証拠として重みを持つ
本人の署名または押印がある書面は、本人の意思に基づいて作られたものと推定されます(民事訴訟法228条4項)。後になって子が「そんな約束はしていない」と言い出した場合でも、署名のある合意書があれば、約束の存在と内容を示す有力な材料になります。
親子の話し合いは感情が高ぶったまま進むことが多く、何を約束したのかが当事者の記憶の中でずれていきがちです。決めた内容を文字にして双方で確認すること自体に、話し合いを区切り、次の段階へ進むための意味があります。
書面にしただけで約束が実現するわけではない
一方で、合意書があっても、子が約束を守らないときに親が自分の力で実現させることはできません。たとえば「〇月〇日までに家を出る」と書いた合意書があっても、期日を過ぎたからといって荷物を運び出したり鍵を替えたりすることは、自力救済として問題になる可能性があります。この点は【親子問題】鍵を替える・締め出すことの可否|自力救済の限界で詳しく扱っています。
合意の内容を強制的に実現するには、判決や、強制執行ができる公正証書など「債務名義」と呼ばれる文書が必要です。この違いは後の章で整理します。
書面にしても法律では支えられない約束
約束の内容によって、法的な支えの有無が分かれる
合意書にどのような文言を書くかは当事者の自由ですが、内容によっては、書いても法的な効力が認められないものがあります。親子問題でよく見られる約束を整理すると、次のようになります。
| 約束の内容 | 法的な位置づけ | 留意点 |
|---|---|---|
| 親子の縁を切る・親子でなくなる | 効力は認められない | 法律上の親子関係は合意で解消できない |
| 子が相続を放棄する・財産を一切求めない | 生前の約束としては効力が認められない | 相続放棄は相続開始後に家庭裁判所で行う。遺留分の放棄は生前でも家庭裁判所の許可が必要 |
| 将来、扶養を求めない | 扶養を受ける権利は処分できない | 生活の状況が変われば扶養の問題は改めて生じ得る |
| 連絡や訪問を控える | 合意として意味を持ち得る | 守られなくても直ちに強制することはできない |
| 〇月〇日までに家を出る | 合意として意味を持ち得る | 強制的に実現するには判決や即決和解などが必要 |
親子関係・相続・扶養は合意で消すことができない
「今後は親子の縁を切る」という合意書を作っても、戸籍上・法律上の親子関係はなくなりません。親子関係を前提とする相続や扶養も、当事者の合意だけで消すことはできない仕組みになっています。
相続放棄は、相続が始まった後に家庭裁判所へ申述して行うもので(民法915条・938条)、親の生前に子が「相続はいらない」と書いても、その書面で相続権がなくなるわけではありません。生前にできるのは遺留分の放棄ですが、これも家庭裁判所の許可が必要です(同法1049条1項)。扶養を受ける権利も処分することができないとされています(同法881条)。親子の関係を前提とする権利は、合意書ではなく、遺言や家庭裁判所の手続など別の仕組みで扱う必要があります。成人した子をどこまで養う義務があるのかは、【親子問題】親の扶養義務はどこまでか|成人した子を養う義務はあるのかをご覧ください。
脅されて書いた・書かせた合意書は取り消される可能性がある
合意書は、双方が自分の意思で署名したことが前提です。子から暴力や脅しを受けて親が「毎月〇万円を渡す」と書かされた場合、強迫による意思表示として取り消すことができます(民法96条1項)。逆に、親や親族が子を取り囲み、長時間にわたって署名を迫った場合には、子の側から同じ主張がされるおそれがあります。
また、子が精神的な不調などにより約束の意味を理解できる状態になかった場合には、意思能力がないとして合意が無効とされる可能性があります(同法3条の2)。高額すぎる違約金のように、内容が社会的に見て相当でない条項は、公序良俗に反するものとして効力が否定されることもあります(同法90条)。取消しと無効の違いは脅されて署名した念書・示談書は有効か|「無効」と「取消し」の違いで解説しています。
親の側が書面に縛られる場面もある
「毎月〇万円を送る」と書いた約束は撤回しにくくなる
合意書は子の約束を固めるだけでなく、親の約束も固めます。注意したいのが、子の生活費として「毎月〇万円を送る」といった金銭の約束です。
親子間でお金を渡す約束は、多くの場合、贈与にあたります。書面によらない贈与は、まだ渡していない部分について解除できますが(民法550条)、書面にした贈与は、原則として一方的にやめることができません。子の自立を後押しするつもりで書いた送金の約束が、年金生活や体調の変化によって、親にとって重い負担として残ることがあります。毎月の送金のような定期の贈与は、贈与した人か受けた人が亡くなれば効力を失いますが(同法552条)、それまでの間は続きます。
送金を約束する場合は、期間(「〇年〇月まで」)、上限額、見直しの条件(子が就労した場合、親の収入が減った場合など)をあわせて書いておくと、後で調整しやすくなります。扶養についての取り決めとして整理できる場合には、事情が変わったときに家庭裁判所が内容の変更を判断する仕組みもあります(同法880条)。
借金の肩代わりや保証と読める文言は入れない
話し合いの中で、子から「今ある借金は親が払う」「部屋を借りるときは親が保証人になる」といった条件を合意書に入れるよう求められることがあります。親には、成人した子の借金を返す法的な義務はもともとありません(【親子問題】子の借金を親が返す義務はあるのか)。それでも合意書に「親が支払う」と書けば、子に対して支払いを約束したものとして扱われる可能性があります。
保証人を引き受けると書けば、後に貸主などとの間で保証契約を結ぶ流れにつながります。保証契約は書面で結ぶことによって効力を生じるため(民法446条2項)、署名の時点で責任が生じます。引き受ける前に確認したい点は【親子問題】家を借りる際の保証人・保証会社の問題|無職の子のために親が引き受ける前にで、子からの金銭要求への向き合い方は【親子問題】子から金銭を要求され続けている|断ることの法的な位置づけで扱っています。
約束を守らせる力を持たせる方法
公正証書で強制執行できるのは金銭の支払いなどに限られる
合意書を公証役場で公正証書にし、「支払いを怠ったときは直ちに強制執行を受けても異議はない」という文言(強制執行認諾文言)を入れておけば、裁判を経ずに強制執行を申し立てることができます。ただし、この方法が使えるのは、一定額の金銭の支払いなどを内容とする約束に限られます(民事執行法22条5号)。
親子問題で言えば、子が親から借りたお金を分割で返す約束や、子が持ち出した親の預金を返す約束などは、公正証書にする意味があります。反対に、「家を出る」「連絡を控える」「暴力をふるわない」といった約束は、公正証書にしても、そのまま強制執行することはできません。なお、令和7年10月1日から公正証書の作成手続がデジタル化され、公証人が相当と認める場合にはウェブ会議で作成できるようになっています。遠方に住む家族が関わる場合は、利用できるかを公証役場に確認するとよいでしょう。
家を出る期日を決めるなら即決和解という方法がある
子に家を出てもらう日を決めて合意する場合、合意の内容を簡易裁判所で和解調書にしてもらう「即決和解」(訴え提起前の和解、民事訴訟法275条)という手続があります。和解調書は確定判決と同じ効力を持つため(同法267条)、期日を過ぎても子が退去しないときには、改めて裁判をしなくても明渡しの強制執行を申し立てることができます。
即決和解は、当事者の間ですでに合意ができていることが前提で、合意がないまま申し立てても成立しません。また、強制執行は最後の手段であり、子が出ていった後の住まいや生活の見通しが立っていなければ、家を出ても親のもとへ戻ってくる結果になりかねません。退去をめぐる法的な手段の全体像は【親子問題】子を家から出ていかせることはできるのか|占有と明渡しで整理しています。
金銭以外の約束には、守られなかったときの対応を書いておく
連絡や訪問を控える、暴力をふるわないといった約束は、直接強制することができません。それでも合意書に書く意味がないわけではなく、守られなかったときに何をするかをあらかじめ決めておくことで、約束に実質的な重みを持たせることができます。
たとえば、「約束に反して自宅を訪れた場合、親は警察に相談する」「送金はその月から停止する」といった、親の側の対応を書いておく方法があります。違約金を定めることもできますが(民法420条)、子に支払能力がなければ実際の回収は難しく、金額が過大であれば効力が否定されるおそれもあります。違約金は、ほかの手立てと組み合わせて考えるのが現実的です。
親子の合意書を作るときの順序と書き方
話し合いの前に、譲れる線と譲れない線を分けておく
合意書は、話し合いの結果を書き留めるものです。話し合いに入る前に、親として譲れない点(暴力をやめる、家を出る期日など)と、譲れる点(当面の生活費の援助の額や期間など)を分けておくと、子の言い分に押されて条件が崩れることを防ぎやすくなります。夫婦や家族の間で方針が割れたまま話し合いに臨むと、子から見て「誰と何を約束したのか」が曖昧になるため、合意書に署名する親を誰にするかも事前に決めておきます。
条項は「誰が・いつまでに・何を」で書く
「迷惑をかけない」「自立に努める」といった抽象的な文言は、守られたかどうかを判断できず、後で争いになったときに役に立ちにくい書き方です。条項は、次の点を意識して書くと、後から読み返しても内容が一つに定まります。
- 誰が誰に対して約束するのかを、氏名で特定する。
- 期限は「〇年〇月〇日まで」と日付で書く。
- 金額は月額・総額・支払方法・振込先まで書く。
- 控える行為は「自宅を訪問しない」「金銭を要求しない」のように具体的な行動で書く。
- 約束が守られなかったときに親がとる対応を書く。
- 内容を見直す時期や条件を書く。
作成した合意書には日付を入れ、当事者全員が署名押印したものを人数分作り、それぞれが1通ずつ保管します。書面を整えるときの細かな実務は示談書の日付・署名・押印・部数|書面を整えるときの実務も参考になります。
当事者だけで話し合うのが難しいときは、窓口を代える
子から暴力や強い金銭の要求を受けている状態では、親が子と向き合って条件を詰めること自体が負担となり、身の危険を伴うこともあります。そのような場合には、弁護士が親の代理人として子と話し合い、合意の内容を書面に整える方法があります。窓口を代えることの意味は【親子問題】弁護士に頼むと何が変わるのか|窓口を代えるという選択で解説しています。
また、合意書が子に義務を課すだけのものになると、子の側に約束を守る理由が生まれにくくなります。住まい、仕事、生活費の管理といった子の生活の見通しとあわせて取り決めることで、約束は守られやすくなると考えています。家を出た後の支援を含めた進め方は【親子問題】子を家から独立させる具体的な手順をご覧ください。
よくあるご質問
子が合意書の約束を破ったら、警察に届け出ることはできますか。
合意書の約束を破ったこと自体は、それだけで犯罪になるものではないため、合意の違反を理由に警察が動くことは通常ありません。ただし、約束を破る過程で暴力をふるった、物を壊した、脅したといった行為があれば、合意書とは別に犯罪として扱われる可能性があります。合意書はそれまでの経緯を示す資料として、警察へ相談する際にも役立ちます。
子から「無理やり書かされた」と言われています。合意書は無効になりますか。
強迫による取消しが認められるには、相手を怖がらせて意思表示をさせたといえる事情が必要で、「書かされた」という主張だけで直ちに合意の効力が失われるわけではありません。ただ、作成時の状況が争いになることを見越して、話し合いの日時・場所・同席者や、内容を確認する時間をとったことなどを記録しておくと、後で経緯を説明しやすくなります。
一度作った合意書を後から見直すことはできますか。
当事者双方が合意すれば、内容を変更することができます。変更するときは、元の合意書のどの条項をどう改めるのかを明記した書面を新たに作ります。子の就労や親の体調など、事情が変わる可能性が高い項目は、最初から見直しの時期を合意書に書いておくと、話し合いのきっかけを作りやすくなります。
まとめ
- 親子の間で交わした合意書も、内容が法律に反しない限り契約として効力を持つ(民法522条)。
- 署名または押印のある合意書は本人の意思で作られたものと推定され、約束の存在を示す材料になる(民事訴訟法228条4項)。
- 親子関係の解消、生前の相続放棄、扶養を受ける権利の放棄は、合意書に書いても効力が認められない(民法881条・915条・1049条1項)。
- 脅されて書いた合意書は取り消すことができ、親が子に書かせた場合にも同じ主張を受けるおそれがある(同法96条1項)。
- 書面にした送金の約束は親を縛るため、期間・上限・見直しの条件をあわせて書く(同法550条)。
- 公正証書で強制執行できるのは金銭の支払いなどに限られ、家を出る期日は即決和解で定める方法がある(民事執行法22条5号、民事訴訟法275条)。
- 金銭以外の約束は、守られなかったときに親がとる対応を書き、子の生活の見通しとあわせて取り決める。
弁護士法人若井綜合法律事務所では、親子の問題に関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。遠方にお住まいの方からのご依頼にも対応しており、弁護士が親の代理人として子との話し合いの窓口となり、取り決めた内容を書面に整えるところまでお手伝いします。自立支援カウンセラーと連携し、子の生活の見通しとあわせて進める体制をとっています。
子との約束を書面にしておきたいが何を書けばよいか分からない方、すでに交わした合意書が守られずにお困りの方は、一度ご相談ください。ご相談から自立までの流れと費用は【親子問題】子の暴力・ひきこもり・お金の無心・犯罪行為に悩む親御さんへ|ご相談から自立までの流れと費用、よくあるご質問でご案内しています。


