【親子問題】執行猶予中の再使用|何が起きるか
この記事は、2026年10月時点の民法・家事事件手続法・戸籍法に基づいて執筆しています。相続廃除の要件を定める民法892条から895条は、平成30年の相続法改正でも内容は変わっていません。
「暴力を続ける息子に、自分が亡くなった後の財産まで渡したくない」。親子の問題のご相談では、このようなお気持ちをうかがうことがあります。一方で、「遺言に『相続させない』と書いておけば足りるのではないか」と考えておられる方も少なくありません。
子に財産を渡さない方法として紹介されることが多いのが「相続廃除」です。家庭裁判所に認められれば、遺留分も含めて子の相続権がなくなります。その説明自体は誤りではありませんが、実際に認められる場面は限られており、申立てが子に知られることや、子の子(孫)が代わりに相続することなど、決める前に知っておきたい事情がいくつもあります。
この記事では、子から親への暴力を理由とする相続廃除について、要件、認められた裁判例、記録の残し方、申立ての前に考えておきたいことを整理します。いま受けている暴力から身を守る方法は【親子問題】子から暴力を受けている|まず確保すべき安全と記録で、暴力が罪として扱われるかどうかは【親子問題】親子間の暴行・傷害は立件されるのか|特例が及ばない範囲で詳しく扱っています。
相続廃除とはどのような制度か
遺留分まで失わせることのできる手続
子は親の相続人であり、遺言で「全財産を長女に」と書かれていても、「遺留分」という最低限の取り分を請求できます(民法1042条)。遺言で「長男には相続させない」と書いても、長男が遺留分侵害額を請求すれば、一定の金銭を渡すことになります(同法1046条)。
相続廃除は、この遺留分も含めて相続権そのものを失わせる制度です(同法892条)。対象は遺留分を持つ推定相続人、つまり配偶者・子・直系尊属に限られ、遺留分のない兄弟姉妹は対象になりません。本人の意思に反して相続権を失わせる強い効果があるため、家庭裁判所は慎重に判断します。
生前に申し立てる方法と、遺言で残す方法
方法は2つあります。1つは、親が存命中に自ら家庭裁判所へ申し立てる方法です(民法892条)。もう1つは、遺言に廃除の意思を書いておき、亡くなった後に遺言執行者が家庭裁判所へ請求する方法で、この場合、廃除が認められると効果は亡くなった時点にさかのぼります(同法893条)。
廃除は話し合いで決める調停ではなく、裁判官が判断する審判の手続です(家事事件手続法別表第1の86項)。生前の申立ては、親の住所地を管轄する家庭裁判所に行います(同法188条1項)。
相続欠格との違い
相続権を失う制度には「相続欠格」もあります(民法891条)。親を死亡させて刑に処せられた場合や、詐欺・強迫によって親に相続に関する遺言を書かせたり書き換えさせたりした場合などに、裁判所の手続を経ずに当然に相続権を失うものです。
暴力を用いて「自分に有利な遺言を書け」と迫り、実際に書かせたような場合は、欠格の問題になり得ます。日常的な暴力そのものは欠格の事由には当たらないため、廃除を検討することになります。
暴力が廃除の理由として認められるための要件
家族の信頼関係を壊す程度かどうか
民法892条が定める廃除の理由は、親に対する虐待、親に対する重大な侮辱、その他の著しい非行の3つです。子からの暴力は、主に「虐待」として検討されます。
ただし、暴力が一度でもあれば認められるというものではありません。学説や裁判例では、その行為が親子の信頼関係、いわば相続を前提とした家族の協同関係を壊す程度のものかどうかが問われるとされています。同じ「暴力」でも、回数・けがの程度・期間・背景によって評価が大きく変わります。
家庭裁判所が考慮している事情
これまでの裁判例を見ると、次のような事情が総合的に考慮されています。
| 考慮される事情 | 評価の傾向 |
|---|---|
| 暴力の回数・期間 | 単発よりも、繰り返し長期間にわたる方が重く見られやすい |
| けがの程度 | 通院や入院を要するけがは重く評価されやすい |
| 親の年齢・心身の状態 | 高齢の親や病気療養中の親への暴力は重く見られやすい |
| 親の側の事情 | 親の言動が引き金になっていると、評価が分かれやすい |
| その後の態度 | 反省の有無や関係修復への努力も考慮される |
とくに「親の側にも原因があった」という点は、子の側が審判で主張することの多い反論です。家庭内の衝突には長年の経緯があることが多く、一方的な暴力であったことを示せるかどうかが、判断の分かれ目になりやすいところです。
暴力を理由に廃除が認められた裁判例
大阪高等裁判所令和元年8月21日決定は、長男が父に対して数年の間に3回の暴行を加えたとして、父の遺言に基づき遺言執行者が廃除を申し立てた事案です。長男は暴行の事実は認めつつ、父の側から手を出してきた、母への暴力を止めるためだったなどと反論しました。
第一審の大阪家庭裁判所は長男の言い分を踏まえて申立てを退けましたが、大阪高等裁判所は長男の説明は信用できないとしました。そのうえで、親の言動に腹を立てる事情があったとしても60歳を超えた親への暴力は許されないこと、うち1回の暴行で親が肋骨の骨折などのけがを負い入院を要したことを重く見て、廃除を認めています。
この事例からは、暴力の回数とけがの程度に加え、子の反論に対して当時の状況を裏付ける資料があるかどうかが、結論を左右することがうかがえます。
認められにくい場面
反対に、口論の中での一度きりの暴力、けがを伴わない小競り合い、親子双方が手を出し合っていた場合などは、廃除まで認められにくい傾向があります。廃除が認められる件数は申立ての件数に比べて多くないとされています。「暴力があったのだから当然に認められる」と考えるのではなく、見通しを立てたうえで検討することが大切です。
廃除を見据えた記録の残し方
診断書と警察への相談記録
廃除の審判では、暴力の事実を親の側が示していく必要があります。中心になるのは、けがをした際の診断書や写真、警察へ相談・通報した記録、行政や医療機関に相談した記録などです。日付と出来事を書き留めたメモも、ほかの資料と合わせることで意味を持ちます。
診断書を取る時期は【親子問題】診断書はいつ取るべきか|傷害の立証、警察への相談記録の意味は【親子問題】警察に相談した記録を残す意味|相談票と後の手続で説明しています。廃除のために新たに何かを集めるというより、身を守るための記録がそのまま廃除の資料にもなる、と考えておくのが現実的です。
遺言で廃除するなら、資料を誰に託すか
遺言で廃除を残す場合、家庭裁判所で暴力の事実を示すのは、親が亡くなった後の遺言執行者です。そのとき親本人は事情を説明できません。遺言執行者がどこに何の資料があるかを知らなければ、遺言に込めた意思が生かされないおそれがあります。
遺言には廃除の理由をできるだけ具体的に書き、遺言執行者を指定しておくこと(民法1006条1項)、資料をまとめて保管し、その所在を遺言執行者に伝えておくことが考えられます。遺言そのものの有効性が争われにくいよう、公正証書遺言を選ぶことも検討に値します。
申立ての前に考えておきたいこと
申立ては子に知られる
家庭裁判所は、申立てが明らかに理由のない場合などを除き、廃除を求められた子の言い分を審問の期日で聴かなければならないとされています(家事事件手続法188条3項)。申立てをしたことは子に知られ、子は審判の場で反論する機会を持ちます。
暴力が続いている状況で申立てをすると、子がそれを知って態度を硬くしたり、親への攻撃が強まったりすることも考えられます。同居を続けている場合は、申立てより先に、住まいを分ける、連絡の窓口を第三者に移すなど、安全を確保する段取りを整えておくことが望ましいといえます。住まいを分ける際の法的な整理は【親子問題】子を家から出ていかせることはできるのか|占有と明渡しで扱っています。
生前の申立てにこうした負担があることから遺言による廃除を選ぶ方もいますが、その場合は前の章で触れた立証の難しさが残ります。どちらにも一長一短があります。
廃除されても、子の子(孫)は相続する
廃除の効果は、廃除された子本人にとどまります。その子に子(親から見て孫)がいれば、孫が代わりに相続人になります(民法887条2項)。孫が未成年であれば、実際には親権者である廃除された子が、孫の相続した財産を管理するという事態も起こり得ます。
孫を通じて子に財産が渡ることを避けたい事情がある場合は、遺言の内容を工夫するなど、廃除とは別の手当てを組み合わせる必要があります。
廃除と並べて検討したい手段
廃除が認められるかどうか見通せない場合、ほかの手段と組み合わせて考えるのが一般的です。主なものは次のとおりです。
- 遺言で、子以外の家族や団体に財産を残す(ただし遺留分の請求は残ります)。
- 生命保険を活用し、保険金の受取人を子以外の人にしておく。
- 生前に財産を整理し、必要な範囲で贈与などにより移しておく(一定の範囲で遺留分の計算に含まれます)。
- 親の判断能力が低下したときに備え、任意後見などで財産の管理を担う人を決めておく。
子に遺留分を放棄してもらう方法もありますが、相続が始まる前の放棄は家庭裁判所の許可が必要で、子自身が申し立てることになります(民法1049条1項)。暴力が続いている子に協力を求めるのは、現実的でないことが多いでしょう。いずれの手段もほかの家族の相続や税金に影響するため、ご家庭ごとに設計する必要があります。子の将来の生活という観点からは、【親子問題】親亡き後問題|子の生活をどう設計しておくかもあわせてご覧ください。
財産の問題と、いま続いている暴力の問題は分けて考える
廃除は暴力を止める手段ではない
相続廃除は、親が亡くなった後に誰が財産を受け継ぐかを決める制度です。廃除が認められても、いま続いている暴力やお金の無心が止まるわけではありません。「財産を渡さない」という意思が子に伝わることで、関係がさらにこじれることもあります。
ご相談の中には、暴力の問題が落ち着かないまま、財産の対策だけが先に進んでいるケースも見られます。まず安全と生活を立て直し、そのうえで財産の対策を考えるという順序を意識していただくことが大切です。
関係が変われば、選択肢も変わる
親子が物理的な距離を取り、子が自分の収入で暮らせるようになると、暴力がおさまり、親子関係が落ち着いていくこともあります。廃除はいつでも家庭裁判所に取消しを求めることができ(民法894条1項)、遺言も書き直すことができます。一度決めた対策にこだわらず、その時々の状況に合わせて見直していく視点も必要です。
当事務所では、弁護士が親の代理人として子との窓口を担い、自立支援カウンセラーが子の住まい探しや仕事探しなど日常の支援を担う形で、親子の問題に取り組んでいます。財産の対策も、その全体の中で位置づけて考えています。
よくあるご質問
子が親のお金を勝手に使っていることも、廃除の理由になりますか。
親の財産を無断で処分したり、多額の借金を親に肩代わりさせたりする行為は、「著しい非行」として廃除の理由に挙げられることがあります。ただし暴力と同様に、金額や期間、親の側の事情などを踏まえて判断されます。預貯金の無断引き出しへの対応は【親子問題】親の預貯金を勝手に引き出された|刑事と民事の分かれ道で扱っています。
廃除が認められた後、戸籍には記載されますか。
審判が確定したら、申立てをした人が確定の日から10日以内に市区町村へ届け出ることになっており、廃除された子の戸籍にその旨が記載されます(戸籍法97条、63条1項)。遺言による廃除の場合は、申立てをした遺言執行者が届け出ます。
審判の結果が出る前に親が亡くなった場合、遺産はどうなりますか。
廃除の請求をした後、審判が確定する前に相続が始まった場合や、遺言で廃除の意思を示していた場合、家庭裁判所は親族や利害関係人などの請求により、遺産の管理について必要な処分を命じることができます(民法895条1項)。廃除が争われている子が、その間に遺産を処分してしまうことを防ぐための仕組みです。
まとめ
- 相続廃除は、遺留分も含めて子の相続権を失わせる制度で、家庭裁判所の審判が必要です(民法892条、家事事件手続法188条)。
- 生前に親が申し立てる方法と、遺言に残して遺言執行者が請求する方法があります(民法893条)。
- 子からの暴力は主に「虐待」として検討され、回数・けがの程度・親の側の事情などが総合的に評価されます。
- 診断書や警察への相談記録など、身を守るための記録が廃除の資料にもなります。
- 生前の申立てでは子の言い分が審問で聴かれるため、先に安全を確保しておくことが望まれます(家事事件手続法188条3項)。
- 廃除されても孫が代わりに相続し(民法887条2項)、廃除は後から取り消すこともできます(民法894条1項)。
- 廃除は暴力そのものを止める手段ではないため、財産の対策と親子関係の立て直しは分けて考えることが大切です。
弁護士法人若井綜合法律事務所では、子の暴力やお金の無心、ひきこもりなど、親子の問題に関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。遠方の方からのご依頼にも対応しています。サービスの内容は【親子問題】弁護士が「親の代理人」として親子問題に介入するサービス|家庭内暴力・ひきこもりに悩むご家庭へ、自立支援カウンセラーとチームで対応でご案内しています。
財産を子に渡したくないとお考えの方も、まずは暴力から身を守りたいとお考えの方も、どこから手を付けるべきか迷われたときは一度ご相談ください。


