【親子問題】子が親の実印や権利証を持ち出した|悪用を止める手続の順序と、使われていた場合の対応

若井亮

若井亮

テーマ:親子問題

この記事は、2026年10月時点の法令(刑法、民法、民事訴訟法、不動産登記法・不動産登記規則、高齢者虐待防止法)と法務局・市区町村の一般的な運用をもとに書いています。印鑑登録や法務局での申出の細かな扱いは、自治体や管轄の法務局によって異なることがあります。


「引き出しにしまっていた実印と家の権利証が見当たらない。息子に聞いても知らないと言う」「娘が家を担保にお金を借りようとしているらしいと、知人から聞いた」。親子の問題のご相談では、こうした声を伺うことがあります。実印や権利証は、家族であっても普段は触れないものです。それが手元から消えたと気づいたとき、多くの親御さんは、どこから手をつければよいのか分からないまま数日を過ごしてしまいます。

 実印や権利証を「なくしたとき」の対処法は、司法書士や行政の案内で広く紹介されています。印鑑登録を廃止する、法務局に申し出る、という説明はそれ自体誤りではありません。ただ、持ち出したのが自分の子どもである場合、警察に相談することにためらいがある、子どもが同じ家に住み続けている、問いただせば関係がこじれる、といった事情が重なり、同じ手順をそのまま踏めないことが少なくありません。

 この記事では、子が親の実印や権利証を持ち出したと気づいた後に、悪用を止める手続の順序、すでに使われていた場合の考え方、警察での扱い、返してもらうまでの進め方を整理します。子が親名義で結んだ契約を認めるかどうかの判断は【親子問題】子が親名義で契約した|追認しないという選択で、預貯金を引き出された場合は【親子問題】親の預貯金を勝手に引き出された|刑事と民事の分かれ道で詳しく扱っています。

実印と権利証がそろうと何ができてしまうのか

 最初に確かめたいのは、何が持ち出されたかです。持ち出された物の組み合わせによって、起こりうることと、急ぐべき手続が変わります。

「実印だけでは何もできない」とは言い切れない理由

 実印は、市区町村に登録した印鑑です。不動産の売買や担保の設定、金融機関からの借入れ、保証契約などでは、実印の押印と印鑑証明書の添付を求められるのが一般的です。印鑑証明書は本人の申請で交付されるものですが、多くの自治体では、印鑑登録証(カード)を窓口で示した人を本人の代理人として扱い、委任状なしで交付する運用がとられています。そのため、実印と一緒に印鑑登録証も持ち出されている場合は、子が印鑑証明書を取得できる状態にあると考えておく必要があります。

持ち出された物ごとの危険と最初の手続

 持ち出された物と、それによって起こりうること、最初にとる手続の関係は、おおむね次のとおりです。

持ち出された物悪用されうる場面最初にとる手続
実印印鑑証明書と組み合わせた契約・保証・登記印鑑登録の廃止と新しい印鑑の登録
印鑑登録証(カード)本人以外による印鑑証明書の取得印鑑登録の廃止
権利証(登記済証・登記識別情報通知)実印・印鑑証明書とあわせた名義変更や担保の設定不正登記防止申出、登記識別情報の失効の申出
通帳・キャッシュカード・銀行印預貯金の払戻し金融機関への連絡と届出印の変更


 権利証だけで名義を変えることはできませんが、実印と印鑑登録証が一緒に持ち出されている場合は、不動産の名義変更や担保の設定に必要な物がそろってしまうことになります。この組み合わせのときは、次の章の手続を同じ日のうちに進めることをおすすめします。

気づいた日に進めたい「止める手続」の順序

 悪用を止める手続は、相手が子どもであっても、親が自分の名義と財産を守るためのものです。子を責める手続ではないと割り切って、順に進めます。

1 印鑑登録を廃止し、新しい印鑑を登録する

 最初に、住民登録のある市区町村で印鑑登録の廃止を届け出ます。廃止した時点から、持ち出された実印と印鑑登録証では印鑑証明書が取れなくなります。そのうえで、別の印鑑を新たに登録します。マイナンバーカードでコンビニ交付を利用している場合は、子が暗証番号を知っている可能性も考え、暗証番号の変更もあわせて検討してください。

 なお、印鑑登録を廃止しても、廃止前に押された書類や、すでに取得された印鑑証明書がさかのぼって無効になるわけではありません。廃止は「これから先」の悪用を止める手続であり、すでに使われたかどうかは別に確かめる必要があります。

2 法務局に不正登記防止申出と失効の申出をする

 自宅などの不動産を持っている場合は、管轄の法務局に不正登記防止申出をします。申出から3か月の間に、その不動産について登記の申請があると、法務局から申出人に知らせが届き、登記官が本人確認を慎重に行う運用です(不動産登記事務取扱手続準則35条)。ただし、登記の申請そのものを禁止する効果はなく、3か月を過ぎると効力が切れるため、危険が続く場合は改めて申し出ることになります。

 この申出は、本人が法務局に出向いて行うのが原則で、警察への相談や被害届の提出など、被害に対応する措置をとっていることが前提とされるのが一般的です。子を相手に被害届を出すことにためらいがある場合でも、まず警察に相談した記録を残しておくことには意味があります(【親子問題】警察に相談した記録を残す意味|相談票と後の手続)。どのような書面で足りるかは、事前に管轄の法務局に確認してください。

 平成17年以降に登記を受けた不動産で、12桁の符号が記載された登記識別情報通知が持ち出された場合は、登記識別情報の失効の申出もできます(不動産登記規則65条)。失効させた登記識別情報は、それ以後の登記には使えなくなります。一方、それより前の紙の登記済証は失効の対象ではないため、不正登記防止申出で対応することになります。

3 登記と口座の状況を確かめる

 止める手続と並行して、すでに使われていないかを確かめます。不動産については、法務局で登記事項証明書を取り、所有者の名義が変わっていないか、抵当権などの担保が設定されていないかを見ます。銀行印や通帳が一緒に持ち出されている場合は、金融機関に連絡して取引を確認し、届出印の変更を依頼します(【親子問題】通帳・カードを取り上げられた場合の対応)。

すでに使われていた場合、親が責任を負うのか

 登記事項証明書や金融機関への確認で、実印がすでに使われていたと分かった場合の考え方を整理します。

親の意思に基づかない登記や契約は原則として効力がない

 親の知らないうちに子が親になりすまして行った名義変更や担保の設定は、親の意思に基づかないため、原則として効力がありません。名義が書き換えられても、親が所有権を失うわけではなく、登記の抹消を求めることができます。もっとも、その不動産がさらに第三者に売られそうな場合は、裁判所に処分禁止の仮処分を求めるなど、時間との関係で手段を選ぶ必要があります。

 子が親の名前で結んだ借入れや保証の契約も、親が認めない限り、原則として親には効力が及びません(民法113条1項)。認めるかどうかの判断と、その伝え方については【親子問題】子が親名義で契約した|追認しないという選択で、保証人にされていた場合は【親子問題】保証人になってしまった後にできることで詳しく説明しています。

実印が押されていることが争いを難しくする場面

 注意したいのは、実印が押された書類は、裁判の場で「本人が自分の意思で押したもの」と推定されることです(民事訴訟法228条4項)。実印の印影が一致していると、まず本人が押印したと推定され、その書類は本人の意思で作られたと扱われます。この推定を覆すには、持ち出された時期や、その時期に親がどこで何をしていたかといった事情を、こちらから示していく必要があります。

 また、親が以前から子に実印を預けて手続を任せていた事情があると、契約の相手方から「子に権限があると信じた」と主張されることがあります(民法110条)。持ち出しに気づいた日付、最後に実印を確認した日、過去に子に実印を預けたことがあるかどうかを、記憶が新しいうちに書き留めておくことが、後の争いでの大切な材料になります。

 なお、事業のための借入れについて個人が保証人になる場合は、原則として本人が公証人の前で保証の意思を述べ、公正証書を作る必要があります(民法465条の6)。実印があれば何でもできるわけではない場面もあるため、請求の中身を一つずつ確かめることが大切です。

子による持ち出しは警察でどう扱われるのか

 「家族のことなので警察は動いてくれない」と言われることがあります。これには制度上の理由がある一方で、特例が及ばない部分もあります。

持ち出しそのものは刑が免除される

 親と子は直系血族にあたるため、子が親の物を盗んだ場合、窃盗罪は成立しても、刑は免除されます(刑法244条1項)。直系血族の場合は、同居しているかどうかを問いません。そのため、実印や権利証を持ち出したこと自体について、子が処罰されることは基本的にありません。この特例の範囲は同居の家族の物を持ち出した|親族相盗例で処罰されない範囲で詳しく説明しています。

書類の偽造や第三者をだました部分には特例が及ばない

 一方で、親の名前で契約書や委任状を作り実印を押した場合は、有印私文書偽造罪・同行使罪の問題になります(刑法159条1項、161条1項)。偽造した書類で名義変更の登記をさせた場合は、公正証書原本不実記載等罪の問題にもなります(同法157条1項)。これらの罪には親族間の特例はありません。金融機関などの第三者をだましてお金を借りた場合も、被害を受けたのが親族ではないため、特例は及びません。

 「持ち出し」と「使ったこと」は、刑事手続のうえでは別のものとして扱われるという点は、警察に相談するかどうかを考えるうえでも押さえておきたいところです。関連する罪の考え方は他人になりすまして契約した|詐欺と私文書偽造の重なりでも扱っています。

被害届を出すかどうかは別に考えてよい

 偽造の罪が問題になる場合でも、被害届を出すかどうかは、家族関係やその後の生活を踏まえて親が判断することです。警察への相談と被害届の提出は別の手続であり、相談だけにとどめる選択もあります。出す前に考えておきたい点は【親子問題】被害届を出すと家族関係はどうなるのか|出す前に考えることで整理しています。

返してもらう・二度と持ち出させないために

 悪用を止める手続を終えたら、持ち出された物を返してもらうことと、同じことを繰り返させない環境づくりに移ります。

返還を求めるときの組み立て

 実印や権利証は親の所有物ですから、子に対して返還を求めることができます。ただ、親が直接問いただすと、子が否定したり、反発して関係がさらにこじれたりすることがあります。何を、いつ持ち出したと考えているのか、何に使ったのかを確認したい、という点を書面で整理し、第三者を窓口にして伝えるほうが、話が進みやすい場合があります。

 子の部屋に入って力ずくで取り返す、子の持ち物を勝手に処分するといった方法は、別のトラブルを生むおそれがあります。自力で取り戻すことの限界については【親子問題】鍵を替える・締め出すことの可否|自力救済の限界も参考にしてください。

保管の仕方を見直す

 新しい実印、印鑑登録証、権利証、銀行印は、それぞれ別の場所に保管するのが基本です。同居している場合は、金融機関の貸金庫を利用する、信頼できる親族や専門職に預けるといった方法も考えられます。子が持ち出した背景に借金や浪費の問題がある場合は、保管の工夫だけでは根本的な解決にならないことも少なくありません。

親の判断能力が衰えている場合

 高齢の親の財産が子によって不当に処分されている場合は、高齢者虐待防止法でいう経済的虐待にあたる可能性があり(同法2条4項2号)、市町村に相談することができます(【親子問題】高齢の親が被害者の場合|行政が動く仕組み)。親の判断能力に不安がある場合は、成年後見制度の利用によって、財産を管理する人を家庭裁判所に選んでもらうことも選択肢になります。

よくあるご質問

子が「借りただけ」「親も了解していた」と言っています。どう考えればよいですか

 持ち出しや使用について親の了解があったかどうかは、後の争いで大きな意味を持ちます。了解していないのであれば、そのことを早い段階で子と相手方に明確に伝え、いつ気づき、どう対応したかを記録しておくことが大切です。あいまいなまま時間がたつと、相手方から「親も認めていた」と主張される余地が広がります。

新しい実印を登録すれば、古い実印で押された書類も無効になりますか

 なりません。印鑑登録の廃止と新しい印鑑の登録は、これから先の悪用を止めるための手続です。廃止前に押された書類の効力は、親の意思に基づいていたかどうかによって別に判断されます。すでに押された書類があると分かった場合は、早めに弁護士にご相談ください。

離れて暮らす子が帰省した際に持ち出したようです。扱いは変わりますか

 親と子は直系血族のため、同居していなくても、持ち出し自体については刑法244条1項の特例が及びます。悪用を止める手続の順序も同じです。子が遠方に住んでいる場合でも、弁護士が窓口となって対応することは可能です(【親子問題】遠方でも依頼できるのか|全国対応の実際)。

まとめ


  1. 実印と印鑑登録証が一緒に持ち出されると、印鑑証明書を取得できる状態になるため、印鑑登録の廃止を最初に行う。
  2. 権利証が持ち出された場合は、不正登記防止申出(不動産登記事務取扱手続準則35条)と、登記識別情報の失効の申出(不動産登記規則65条)を検討する。
  3. 不正登記防止申出の効力は3か月で、登記を禁止する効果はないため、登記事項証明書で名義と担保の状況をあわせて確認する。
  4. 親の意思に基づかない登記や契約は原則として効力がないが、実印の押された書類は本人の意思で作られたと推定される(民事訴訟法228条4項)。
  5. 持ち出しそのものは刑が免除される(刑法244条1項)一方、書類の偽造や第三者をだました部分には特例が及ばない(同法159条1項、157条1項)。
  6. 気づいた日付や過去に実印を預けた経緯を書き留め、表見代理(民法110条)を主張される余地を小さくする。
  7. 親の財産の不当な処分は、高齢者虐待防止法の経済的虐待(同法2条4項2号)として市町村に相談できる。


弁護士法人若井綜合法律事務所では、親子の問題に関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。弁護士が親御さんの代理人として子どもとのやり取りの窓口になり、悪用を止める手続、返還の交渉、すでに結ばれた契約への対応を進めます。持ち出しの背景に借金や浪費、家庭内での衝突がある場合は、自立支援カウンセラーとチームを組み、子どもの生活の立て直しまでを視野に入れて対応します。

実印や権利証が見当たらないと気づいた方、子どもが親の名前で何かをしているのではないかと不安を感じている方は、一人で抱え込まずにご相談ください。サービスの内容は【親子問題】弁護士が「親の代理人」として親子問題に介入するサービス|家庭内暴力・ひきこもりに悩むご家庭へ、自立支援カウンセラーとチームで対応で、ご相談から解決までの流れは【親子問題】子の暴力・ひきこもり・お金の無心・犯罪行為に悩む親御さんへ|ご相談から自立までの流れと費用、よくあるご質問でご案内しています。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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