【親子問題】「自立」と「自律」|支援のゴールをどこに置くか
本記事は、2026年9月時点の法令に基づいて作成しています。
「通帳を記帳したら、身に覚えのない引き出しが何十回も並んでいた」「同居している息子にキャッシュカードを持ち出され、年金が入るたびに下ろされている」。親子の問題のご相談では、暴力や暴言と並んで、親の預貯金をめぐるお悩みが少なくありません。一方で、引き出した側の子から「親に頼まれた」「家の生活費に使った」と説明されることもあり、まずは事実をどう確かめるかから考える必要があります。
警察に相談したところ「親子の間のことなので」と言われた、という話もよく伺います。これは担当者の姿勢の問題というより、刑法に親族間の財産犯についての特例があることによるものです。ただ、刑事で進みにくいことと、お金を取り戻せないことは別の問題です。刑事の扱いと民事の請求では、根拠となる法律も、手続を動かす人も、期間も異なります。
この記事では、親の預貯金を子に無断で引き出された場合について、刑事で扱われにくい理由とその例外、民事で返還を求める根拠と期間、証拠の集め方、再発を防ぐ手当てまでを整理します。警察が動きにくい制度の背景そのものは【親子問題】「家庭の問題」と言われて警察が動かないのはなぜかで解説しています。また、親が亡くなった後に相続人どうしで問題になる使い込みは相続の分野で扱われるため、本記事では必要な範囲にとどめます。
どのような引き出し方が問題になるのか
ご相談で多いのは、次のような場面です。
- 親のキャッシュカードを無断で持ち出し、ATMで現金を引き出す。
- 親の通帳と届出印を使い、金融機関の窓口で払戻しを受ける。
- 親のスマートフォンやインターネットバンキングを操作し、自分の口座へ振り込む。
- 入院中や施設入所中の親から通帳を預かり、管理を任されていた立場で自分のために使う。
- 暴力や脅しによってカードや暗証番号を出させ、引き出す。
どの場面でも、親の同意なく子が自分のために使ったのであれば、民事上は返還を求める根拠になり得ます。一方、刑事でどう扱われるかは、引き出しの方法、暴力や脅しを伴ったかどうか、共犯者がいるかどうかによって分かれます。以下、刑事の扱いから順に見ていきます。
刑事で進みにくい理由|親族相盗例
親子の間の財産の問題で警察が慎重になる背景には、刑法244条のいわゆる親族相盗例があります。
親子の間では「刑の免除」が定められている
刑法244条1項は、配偶者、直系血族または同居の親族との間で窃盗罪などを犯した者について、その刑を免除すると定めています。親と子は直系血族にあたるため、同居しているかどうかにかかわらず、この規定の対象になります。「別居している子だから対象外」ということにはなりません。なお、これら以外の親族との間では、告訴がなければ起訴できない扱いとされています(同条2項)。
窃盗だけでなく、詐欺・恐喝・横領にも準用される
この特例は窃盗に限られません。詐欺・恐喝の罪(刑法251条)と、横領の罪(同法255条)にも準用されます。インターネットバンキングを無断で操作した場合に問題となる電子計算機使用詐欺も詐欺の章に置かれているため、準用の対象です。管理を任されていた通帳から使い込んだ場合の横領も同様です。
「免除」は罪にならないという意味ではない
刑の免除は、犯罪が成立しないという意味ではなく、成立したうえで刑を科さないという扱いです。そのため、民事上の責任はそのまま残ります。ただ、刑を科すことができない以上、捜査を進める実益が乏しいと判断されやすく、相談の段階で「民事の問題として対応を」と案内されることが多いのが実情です。制度の詳しい内容は同居の家族の物を持ち出した|親族相盗例で処罰されない範囲でも解説しています。
親族相盗例が及ばない場面
一方で、親子間の金銭の問題がすべて刑事の対象外になるわけではありません。次のような場面では、特例が及ばないか、財産とは別の犯罪として扱われる余地があります。
暴力や脅しを伴う場合
暴行や脅迫によってカードや現金を出させた場合、その程度によっては強盗罪が問題になり、強盗罪には親族相盗例の準用規定がありません。また、恐喝の程度にとどまる場合でも、振るわれた暴力は暴行罪・傷害罪として、「言うことを聞かなければ殴る」といった言葉は脅迫罪として、財産の問題とは別に評価されます。お金の問題と暴力の問題を分けて相談することが、警察の対応を考えるうえでの出発点になります。詳しくは【親子問題】親子間の暴行・傷害は立件されるのか|特例が及ばない範囲をご覧ください。
親族ではない共犯者がいる場合
刑法244条3項は、親族でない共犯には特例を適用しないと定めています。たとえば、子の交際相手や友人が一緒にカードを使って引き出した、引き出しを指示したといった場合、その人物には通常どおり刑事責任が問われ得ます。
子が成年後見人に選ばれている場合
家庭裁判所から成年後見人に選任された子が親の財産を着服した場合について、最高裁判所は、親族関係があっても親族相盗例を準用して刑を免除することはできないと判断しています(最高裁平成24年10月9日決定)。後見人は、家庭裁判所の選任を受けた公的な立場で財産を管理しているためです。
ATMや窓口での引き出しをめぐる議論
他人のキャッシュカードでATMから現金を引き出す行為は、ATM内の現金を管理する金融機関を被害者とする窃盗罪と整理されるのが一般的です。窓口で親になりすまして払戻しを受けた場合も、金融機関に対する詐欺罪が問題になります。最高裁判所は、親族相盗例が適用されるには、犯人と財物の所有者だけでなく占有者との間にも親族関係が必要としており(最高裁平成6年7月19日決定)、この考え方からは、金融機関が被害者となる場面では特例がそのまま当てはまらないとみる余地もあります。ただ、実際にこうした構成で事件として扱われる場面は限られています。
刑事と民事の違いを表で整理する
ここまでの刑事の扱いと、次章以降で扱う民事の請求を対照すると、次のようになります。
| 観点 | 刑事 | 民事 |
|---|---|---|
| 目的 | 犯罪に対する処罰 | 引き出された金銭の回復 |
| 親子間の特例 | 刑の免除(刑法244条1項) | 特例はなく、親子でも請求できる |
| 手続を動かす人 | 警察・検察 | 親本人またはその代理人 |
| お金が戻るか | 処罰の手続であり、返金を命じる仕組みではない | 返還や賠償を求めること自体が目的 |
| 期間の制限 | 公訴時効 | 消滅時効(3年・5年など) |
| 主な場 | 警察への相談・被害届 | 話し合い、家庭裁判所の調停、訴訟 |
刑事の手続は、仮に進んだとしても、それだけで親のお金が戻るものではありません。親の生活資金を取り戻すという目的からみると、中心になるのは民事の請求です。
民事で返還を求める二つの根拠
民事で返還を求める根拠は、主に不法行為と不当利得の二つです。どちらで構成するかによって、請求できる期間や範囲が変わります。
不法行為に基づく損害賠償
故意または過失によって他人の権利を侵害した者は、生じた損害を賠償する責任を負います(民法709条)。親の同意なく預貯金を引き出して使った行為は、親の財産権を侵害したものとして、引き出された額を損害として請求する根拠になります。
不当利得に基づく返還請求
法律上の原因なく他人の財産によって利益を受けた者は、その利益を返還する義務を負います(民法703条)。無断の引き出しであることを知っていた場合には、受けた利益に利息を付けて返す必要があります(同法704条)。不法行為よりも請求できる期間が長いため、数年前にさかのぼる引き出しでは、不当利得として構成することが検討されます。
請求できるのは、原則として親本人
返還を求める権利を持つのは、預貯金の名義人である親です。きょうだいが心配して動く場合でも、きょうだい自身の名前で請求することはできず、親の依頼を受けて手続を支える、親の判断能力が低下していれば成年後見などの制度を使う、という形になります。この点は【親子問題】きょうだいが相談者になる場合|親が動けないときでも扱っています。
請求には期間の制限がある
民事の請求には消滅時効があり、どの根拠で請求するかによって期間が異なります。
| 請求の根拠 | 期間 | 起算点 |
|---|---|---|
| 不法行為(民法724条) | 3年 | 損害と加害者を知った時 |
| 不法行為(民法724条) | 20年 | 不法行為の時 |
| 不当利得(民法166条1項) | 5年 | 権利を行使できることを知った時 |
| 不当利得(民法166条1項) | 10年 | 権利を行使できる時 |
いずれも、二つの期間のうち早く到来した時点で時効が完成します(2020年3月以前に生じた請求権には、改正前の民法が適用される場合があります)。長い期間にわたって少しずつ引き出されていた場合は、引き出しごとに起算点を考えることになるため、古いものから順に期間が過ぎていく点に注意が必要です。先送りしている間にも期間は進むため、取引履歴の確保と請求の方針の検討は、早めに始めることが望ましいといえます。
証拠をどう集めるか
返還を求めるには、いつ、いくら、誰が引き出したのかを示す必要があります。
まずは取引履歴を取り寄せる
口座の名義人である親は、金融機関に取引履歴の発行を求めることができます。通帳の記帳だけでは一定期間の取引がまとめて表示されることもあるため、期間を指定して取引明細を取り寄せると、引き出しの日時、金額、ATMか窓口か、振込先などが確認できます。振込であれば振込先の口座名義が、誰が利益を得たかを示す手がかりになります。ATMの防犯カメラ映像は保存期間が限られており、個人の求めには応じてもらえないことも多いため、必要に応じて警察への相談とあわせて考えることになります。
予想される反論に備える
子の側からは、「親に頼まれて下ろした」「もらったものだ」「家の生活費に使った」といった説明が出てくることが少なくありません。親の同意や贈与があったか、実際に何に使われたかは、返還請求で争点になりやすい部分です。次の点を、分かる範囲で整理しておくと役立ちます。
- カードや通帳をどこに保管し、子が持ち出せる状態だったか。
- 暗証番号を子に教えたことがあるか、あるとすればどのような目的だったか。
- 引き出された時期に、親自身が入院や外出をしていなかったか。
- 生活費として子に渡した金額と、無断で引き出された金額を分けて説明できるか。
- 引き出しに気づいた後、子とどのようなやり取りをしたか。
成人した子の生活費を親がどこまで負担すべきかという問題は、【親子問題】親の扶養義務はどこまでか|成人した子を養う義務はあるのかで整理しています。
警察への相談記録も後の資料になる
刑事で進みにくい場合でも、警察に相談した事実と日時は記録として残ります。暴力を伴っている場合には特に、相談の履歴が後の手続で意味を持つことがあります。【親子問題】警察に相談した記録を残す意味|相談票と後の手続もご参照ください。
金融機関の補償は、家族による引き出しには及びにくい
盗まれたキャッシュカードによる不正な引き出しについては、いわゆる預金者保護法により、一定の条件のもとで金融機関が補てんする仕組みがあります。ただし同法は、金融機関が善意かつ無過失であり、引き出しが預金者の配偶者、二親等内の親族、同居の親族その他の同居人などによって行われた場合には、補てんを要しないと定めています(同法5条3項1号ロ)。子は一親等の親族にあたるため、子による引き出しは金融機関の補償の対象外とされる可能性が高く、その分、子本人への請求と再発の防止が重要になります。
再発を防ぐために、金融機関に相談しながら次のような手当てを検討します。
- キャッシュカードの利用停止と再発行、暗証番号の変更。
- 通帳・届出印の再発行と、子の手の届かない場所での保管。
- ATMでの1日あたりの引き出し限度額の引き下げ。
- 年金の振込先を、子が把握していない口座へ切り替えること。
- インターネットバンキングのパスワード変更と、登録済みの振込先の確認。
話し合い・調停・訴訟の選び方
返還を求める方法には段階があります。親子の関係や子の生活状況によって、どこから始めるかが変わります。
代理人を通じて請求する
親が直接子に返還を求めると、口論や暴力に発展するおそれがあるご家庭もあります。弁護士が親の代理人として書面で請求すると、やり取りの窓口が親から代理人に移り、感情的な衝突を避けながら、返還額や支払方法を話し合うことができます。窓口を代えることの効果と限界は、【親子問題】弁護士に頼むと何が変わるのか|窓口を代えるという選択で詳しく述べています。
家庭裁判所の親族関係調整調停
当事者どうしの話し合いが難しい場合、家庭裁判所の親族関係調整調停を利用する方法があります。親などの財産の管理をめぐる紛争で親族関係が円満でなくなった場合に、調停委員を交えて話し合う手続です。申立ては原則として相手方の住所地の家庭裁判所に行い、費用は収入印紙1,200円分と連絡用の郵便切手です。
訴訟と、回収の現実
調停でまとまらない場合や、金額について争いが大きい場合は、民事訴訟で返還を求めることになります。判決を得れば強制執行も可能になりますが、子に収入や財産がなければ、判決があっても現実には回収できない場合があります。請求の方針を決める際は、取り戻せる見込みと、親の生活の安全をどう守るかを、あわせて考えることが大切です。分割での返済を合意して書面に残すといった、現実的な着地も選択肢になります。
返還の請求と同じくらい大切な、距離の取り方
当事務所がこれまで扱ってきたご相談では、預貯金の引き出しは単独で起きるのではなく、子の無職や借金、ひきこもり、家庭内での暴力や金銭の要求と重なっていることが少なくありません。お金を取り戻しても、同じ家で同じ関係が続けば、同じことが繰り返される可能性があります。
高齢の親の場合は、行政の仕組みも使える
親が65歳以上の場合、親族が高齢者の財産を不当に処分することは、高齢者虐待防止法の経済的虐待にあたり得ます。市町村や地域包括支援センターが相談を受け、事実の確認や支援の調整を行う仕組みがあります。詳しくは【親子問題】高齢の親が被害者の場合|行政が動く仕組みをご覧ください。
親と子、それぞれの生活を分ける
当事務所では、弁護士が親の代理人として子と向き合い、民間の自立支援カウンセラーが子の側の住まい探しや仕事探し、日々の金銭管理などを支える形で、親と子をそれぞれ自立させる取り組みを行っています。結果をお約束できるものではありませんが、物理的な距離を取り、お金の流れを分けるだけでも、親子双方に変化が生まれることがあります。
よくあるご質問
被害届を出せば、子は処罰されるのですか
親子間の窃盗や詐欺、横領については、被害届を出しても刑が免除される扱いになるため、それだけで子が処罰されるわけではありません。ただし、暴力や脅しを伴う場合や、親族でない共犯者がいる場合は、別に扱われる余地があります。被害届を出すことが家族関係に与える影響は、【親子問題】被害届を出すと家族関係はどうなるのか|出す前に考えることで整理しています。
子が「親に頼まれた」と言っている場合はどうなりますか
親の同意があれば、無断の引き出しとはいえません。争いになった場合は、取引履歴の内容、引き出された時期の親の状況、お金の使い道などから、同意があったかどうかが判断されます。時間が経つと親の記憶があいまいになることもあるため、気づいた段階で経緯をメモに残しておくことをおすすめします。
親が亡くなった後に引き出しが分かった場合も、返還を求められますか
親が生前に持っていた返還請求権は、相続によって相続人に引き継がれます。この場合は相続人どうしの問題として、遺産分割の話し合いや訴訟の中で扱われることになり、手続の進め方が本記事の場面とは異なります。時効の期間は親の生前から進んでいる点にも注意が必要です。
まとめ
- 親子は直系血族にあたるため、同居・別居を問わず、窃盗・詐欺・恐喝・横領について刑が免除される(刑法244条1項・251条・255条)。
- 刑の免除は犯罪が成立しないという意味ではなく、民事上の責任は残る。
- 強盗にあたる場合、親族でない共犯者がいる場合(刑法244条3項)、子が成年後見人である場合は、特例が及ばない。
- 民事では、不法行為(民法709条)または不当利得(民法703条・704条)を根拠に返還を求めることができる。
- 請求には消滅時効があり、不法行為は3年・20年(民法724条)、不当利得は5年・10年(民法166条1項)が目安となる。
- 子による引き出しは、預金者保護法による金融機関の補てんの対象外とされる可能性が高い(同法5条3項1号ロ)。
- 請求の方法には、代理人を通じた交渉、家庭裁判所の親族関係調整調停、訴訟の段階があり、再発の防止とあわせて考える。
親の預貯金の引き出しにお悩みの方へ
弁護士法人若井綜合法律事務所では、親子の問題に関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。弁護士が親御さんの代理人となり、民間の自立支援カウンセラーとチームを組んで対応する取り組みについては、【親子問題】弁護士が「親の代理人」として親子問題に介入するサービス|家庭内暴力・ひきこもりに悩むご家庭へ、自立支援カウンセラーとチームで対応をご覧ください。
預貯金を無断で引き出されてお困りの親御さん、親の口座の動きに不安を感じているご家族の方は、取引明細やこれまでの経緯のメモをお手元にご用意のうえ、お問い合わせください。遠方にお住まいの方からのご相談も承っています。


