【親子問題】ひきこもりの長期化で親に何が起きるのか|数字で見る8050
高齢の親が同居する息子から暴力を受けている、年金や預金を勝手に使われている。こうしたご相談は、決して珍しいものではありません。厚生労働省の調査によれば、家族などの養護者による高齢者虐待について、令和6年度に市町村が受けた相談・通報は41,814件にのぼり、12年連続で過去最多を更新しています。
もっとも、いざ相談しようとすると、どこに何を伝え、その後に何が起きるのかが見えにくい分野でもあります。「通報したら家族が犯罪者として扱われるのではないか」「相談しても何も変わらないのではないか」という迷いのなかで時間だけが過ぎてしまうことも少なくありません。
この記事では、高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律(以下「高齢者虐待防止法」といいます)が市町村に与えている権限と、通報の後に実際どこまでの対応が行われているのかを、条文と公表統計に沿って整理します。
本記事は2026年9月時点の法令および厚生労働省「令和6年度『高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律』に基づく対応状況等に関する調査結果」に基づいて作成しています。制度の運用には市区町村ごとの差があります。
統計上、最も多いのは同居する息子からの虐待
同じ調査で、市町村が虐待と判断した件数は17,133件です。被害を受けた高齢者から見た虐待者の続柄は、次のとおりです。
| 被害を受けた高齢者から見た虐待者の続柄 | 割合 |
|---|---|
| 息子 | 38.9% |
| 夫 | 23.0% |
| 娘 | 19.3% |
| 妻 | 7.1% |
| 孫 | 2.6% |
虐待者の年齢は50歳から59歳が27.3%で最も多く、被害を受けた高齢者の85.7%が虐待者と同居していました。虐待の種別は、身体的虐待が64.1%、心理的虐待が37.2%、介護等放棄が19.7%、経済的虐待が16.4%です(複数回答)。
「同居している50代の息子」という姿は、統計上は例外的なものではありません。ご自身の家庭だけが特別に難しい状況にあるわけではない、という点は知っておいてよい事実だと考えます。
通報の受け皿は市町村|確証がなくてもよい
高齢者虐待防止法7条1項は、養護者による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した人に対し、その高齢者の生命または身体に重大な危険が生じている場合には、速やかに市町村へ通報することを義務づけています。それ以外の場合についても、同条2項が速やかに通報するよう努めることを求めています。
条文が「虐待を受けたと思われる」と書いている点は重要です。虐待だと確定させてから連絡する必要はなく、証拠をそろえることも求められていません。判断するのは市町村の側です。
また、同条3項は、刑法の秘密漏示罪をはじめとする守秘義務の規定が通報を妨げるものと解釈してはならないと定め、8条は、市町村の職員が通報者を特定させる事項を漏らしてはならないと定めています。
実際の窓口は、市区町村の高齢福祉担当課のほか、17条の委託に基づいて地域包括支援センターが受けている自治体も多くあります。相談・通報をした人の内訳は、警察が35.6%で最も多く、次いで介護支援専門員(ケアマネジャー)が24.4%、家族・親族が7.1%でした。
通報を受けた市町村が使える権限
高齢者虐待防止法は、通報を受けた後に市町村および市町村長が行うことを、条文ごとに並べています。
| 条文 | 市町村・市町村長ができること |
|---|---|
| 9条1項 | 安全の確認と事実確認を行い、関係機関と対応を協議する |
| 9条2項 | 老人福祉法に基づく措置を講じ、または成年後見開始の審判を請求する |
| 10条 | 措置に必要な居室を確保する |
| 11条 | 生命・身体に重大な危険のおそれがあるとき、住所または居所に立ち入って調査・質問する |
| 12条 | 立入調査にあたり、所在地を管轄する警察署長に援助を求める |
| 13条 | 措置が採られた場合に、養護者と高齢者との面会を制限する |
| 14条 | 養護者の負担軽減のため、相談・指導・助言などを行う |
事実確認は、思われているより早い
令和6年度の調査では、相談・通報の受理から事実確認を開始するまでの期間の中央値は0日、つまり即日でした。虐待と判断するまでの中央値も4日です。相談・通報のあった事例のうち93.3%で事実確認が行われ、その手段は訪問調査が59.7%、関係者からの情報収集が33.3%でした。少なくとも安否の確認については、多くの市町村が短い期間で着手しているということになります。
どこまで動いているのか|分離に至るのは19.0%
一方、事実確認の先に何が行われたかを見ると景色は変わります。虐待者からの分離が行われた事例は4,644人、19.0%でした。その内訳は次のとおりです。
| 分離が行われた事例で採られた手段(母数4,644人) | 人数(割合) |
|---|---|
| 契約による介護保険サービスの利用 | 1,642人(35.4%) |
| 医療機関への一時入院 | 804人(17.3%) |
| やむを得ない事由等による措置 | 752人(16.2%) |
| 住まい・施設等の利用 | 560人(12.1%) |
分離が行われなかった事例では、養護者に対する助言・指導が59.6%、ケアプランの見直しが27.6%でした。多くの事例は在宅のまま、介護サービスの調整と養護者への働きかけで対応されています。
立入調査(11条)が実施されたのは141件で、事実確認の手段全体の0.3%にとどまります。正当な理由なく拒んだ場合の罰則も定められていますが(30条)、この権限が行使される場面はごく限られています。
行政の権限が届かない範囲
次の3点は、ご相談の場でも説明が必要になりやすい部分です。
立入調査は犯罪捜査ではない
高齢者虐待防止法11条3項は、立入調査の権限は犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならないと定めています。目的は高齢者の安全の確認であり、加害行為の証拠を集める手続ではありません。加害行為そのものを刑事の手続に乗せるには、被害届や告訴という別の筋道をたどります。
面会の制限は、住まいが分かれた後の仕組み
13条の面会制限は、老人福祉法11条1項2号または3号の措置(特別養護老人ホームへの入所措置、養護受託者への委託)が採られた場合に使えるものです。親が自宅にとどまったまま、同居する子だけを遠ざける命令を市町村が出せるわけではありません。
接近を禁じる命令の仕組みは置かれていない
配偶者からの暴力については、配偶者暴力防止法に保護命令の制度があります。これに対して高齢者虐待防止法には、裁判所が加害者に接近の禁止を命じる仕組みが置かれていません。親子の間では、この差が実務上は大きく効いてきます。
暴力と金銭では、刑事の扱いが大きく異なる
同じ家庭内の出来事でも、刑法の扱いは内容によって分かれます。暴行罪・傷害罪・脅迫罪には、親族間だから処罰しないという特例はありません。親子であっても、成立する場合には通常どおり成立します。
これに対し、財産に関する罪には親族相盗例と呼ばれる特例があります。刑法244条1項は、配偶者、直系血族または同居の親族との間で窃盗などが行われた場合に刑を免除すると定め、251条・255条によって詐欺・恐喝・横領にも準用されます。同居する子が親の預金を引き出していたという事案で刑事処罰に至らないことがあるのは、この規定によるものです。経済的虐待が全体の16.4%を占めながら刑事事件として表に出にくい背景には、この構造があります。詳しくは同居の家族の物を持ち出した|親族相盗例で処罰されない範囲をご覧ください。
暴力の側の整理については家庭内で手が出た|家族間の暴行・傷害とDV法の関係、言葉による働きかけについては家族に危害を加えると言った|脅迫罪の「親族」の範囲で扱っています。
行政が養護者への支援に寄る理由
市町村は、加害行為をした養護者を取り締まる機関ではありません。14条は、養護者の負担の軽減のため、養護者に対する相談・指導・助言その他必要な措置を講ずるものとすると定めています。つまり、同居する息子は、制度上は支援の対象でもあります。
発生要因として挙げられた項目も、認知症の症状が58.1%、虐待者の介護疲れ・介護ストレスが57.2%、理解力の不足や低下が49.6%と並びます。行政が関係の調整に力を置くのは、こうした背景を前提に制度が組み立てられているためです。なお、介護をしている側が虐待を指摘された場合の整理は介護中の行為が虐待と言われた|高齢者虐待防止法と刑事責任にまとめています。
ただし、子の側に就労や生活の基盤がない場合、助言や指導だけで状況が変わることは多くありません。親の年金が子の生活費になっている関係では、介護サービスの調整で解決する範囲を超えます。
弁護士が担えるのは、行政の枠の外側
当事務所では、親側の代理人として子と対峙し、同時に民間の自立支援カウンセラーとチームを組んで、子の側の生活の立て直しを並行して進める形をとっています。子の側を孤立させたままでは自立が実現しないと考えているためです。行政の権限とは別に、次のような対応が考えられます。
- 代理人として窓口を一本化し、親への直接の連絡や訪問を控えるよう求めます。
- 持ち出された金銭について、不当利得の返還や損害賠償を請求します。
- 預金や不動産の管理方法を見直し、資産が費消される流れを止めます。
- 親の住まいを移すか、子に転居してもらうかという分離を設計します。
- 市町村やケアマネジャーと情報を整理し、措置や後見開始の申立ての検討につなげます。
結果を保証できる分野ではありません。ただ、親子の物理的な距離を取るだけでも双方に変化が生じることは少なくありません。距離が近すぎること自体が問題の一部になっている場合があるためです。
警察に相談しても動きがなかったという場合の考え方は警察に相談しても動いてくれないとき|弁護士ができること、親が外部の相手から要求を受けている場合は【不当要求対応】高齢の親が要求を受けている|家族が介入できる範囲で整理しています。
よくあるご質問
通報したことは相手に伝わりますか
8条は、通報を受けた市町村の職員が通報者を特定させる事項を漏らしてはならないと定めています。ただし、事実確認のための訪問が行われれば、家族の側が経緯を推測することはあり得ます。通報の前に、その後の生活の安全をどう確保するかも併せて考えておくことをおすすめします。
親本人が大ごとにしたくないと言っています
7条の通報は、高齢者本人の同意を要件としていません。一方で、老人福祉法に基づく措置や成年後見の申立ては本人の状態や意向を踏まえて判断されるため、本人が拒んでいる場合には進み方が変わります。本人の意思を尊重しながら安全を確保する道筋をどう作るかが、実務上の中心的な課題になります。
同居の子に生活費を渡すのをやめてよいですか
直系血族の間には民法上の扶養義務がありますが、成人した子に対する親の扶養は、自分の生活を維持したうえで余力がある範囲で足りると考えられています(【不当要求対応】親族からの金銭要求|扶養義務はどこまでか)。ただし、渡すのをやめる場面では要求が強まることがあります。中止するかどうかより先に、身の安全と連絡経路をどう確保するかを決めておくことをおすすめします。
まとめ
- 家族などの養護者による高齢者虐待の相談・通報は令和6年度で41,814件、虐待と判断されたのは17,133件です。
- 虐待を行った人の続柄は息子が38.9%で最も多く、85.7%が被害を受けた高齢者と同居していました。
- 通報先は市町村で、確証がなくても、また本人の同意がなくても行うことができます。
- 市町村は事実確認、老人福祉法に基づく措置、立入調査、警察署長への援助要請、面会の制限などの権限を持ちます。
- 事実確認の着手は中央値で即日である一方、虐待者からの分離に至るのは19.0%にとどまります。
- 立入調査は犯罪捜査のための権限ではなく、接近を禁じる命令の仕組みも置かれていません。
- 暴行・傷害・脅迫に親族間の特例はない一方、財産に関する罪には親族相盗例があり、行政の対応と並行して民事の請求や住まいの分離を検討する余地があります。
この分野は、行政が動き出すまでは早く、そこから先の分離には時間がかかるという特徴があります。通報するかどうかを迷っている段階でも、その後に何が起こり得るかを想定しておけば、選べる手立ては変わってきます。
同じような状況でも、経緯や残っている記録によって取れる手段は変わります。どこから手をつければよいか判断がつかない段階でも、事実を整理するところからご一緒できます。
当事務所では、電話・メール・LINEのうちご希望の方法でご相談をお受けしています。ご都合のよい手段をお選びください。
早い段階でご相談いただくほど、選べる手立ては多く残ります。迷っている段階でも、まずはお気軽にお声がけください。


