無実でも示談すべき?否認と示談のジレンマ
風俗店を利用したあとに、店やキャストから「ケガをさせた」「診断書を取ってある」と告げられ、金銭を請求されたり、警察から連絡が来たりすることがあります。
診断書という書面が出てくると、それだけで話が決着したように感じるかもしれません。しかし実際には、診断書が1枚あるという事実と、刑法上の「致傷」にあたるという評価とは、同じことではありません。両者の間には、いくつも確認すべき段階が残っています。
この記事では、致傷という主張がどのような構造で成り立っているのか、そして診断書という書面をどう読めばよいのかを、法律を専門としない方に向けて整理します。
この記事の前提
読み進めるにあたり、次の点をあらかじめ確認してください。
- 客側の立場から、成人同士のやり取りを前提として書いています
- すでに逮捕されている場合や、警察から呼び出しを受けている場合は、一般的な説明よりも個別の相談が優先されます
- 相手のケガを軽く見たり、診断書を疑ってかかったりすることを勧める趣旨ではありません。書かれている内容を正確に把握することが、誠実に対応するための出発点になる、という趣旨です
- 事実と違う説明の組み立て方を示すものでもありません
「ケガをさせた」と言われたとき、三つの話が混ざっている
同じ「ケガをさせた」という言葉でも、それがどの土俵の話なのかによって、問われる中身は変わります。相談の場でまず整理するのは、この切り分けです。
| 言われ方 | どの土俵の話か | そこで問われること |
|---|---|---|
| 治療費と慰謝料を払ってほしい | 民事の損害賠償 | ケガと行為との関係、実際に生じた損害の内訳 |
| 傷害罪で被害届を出す | 刑法の暴行・傷害 | 有形力の行使と、その結果として生じたケガ |
| 不同意性交等致傷になる | 刑法181条2項 | 不同意性交等罪が成立したうえで、その機会に生じたケガ |
厄介なのは、1枚の診断書がこの三つすべての場面で持ち出される点です。しかし、診断書に求められる役割は土俵ごとに違います。民事の請求では損害の裏づけとして、刑事の場面では犯罪の成立要素の一部として扱われます。「診断書があるから致傷だ」という説明は、この違いを飛ばした言い方だといえます。
致傷は「ケガがあること」だけでは成立しない
不同意性交等致傷罪は、刑法181条2項に定められています。条文は次のとおりです。
「第百七十七条若しくは第百七十九条第二項の罪又はこれらの罪の未遂罪を犯し、よって人を死傷させた者は、無期又は六年以上の拘禁刑に処する」
この条文を分解すると、成立までに三つの段階があることが分かります。
- 前提となる不同意性交等罪(刑法177条)が成立していること
- そのケガが、刑法でいう「傷害」にあたる程度のものであること
- そのケガが、その罪の機会に生じたものと認められること
前提が崩れれば、致傷も残らない
181条2項は、177条の罪を「犯し、よって」死傷させた場合の規定です。つまり土台となる177条が成立しないのであれば、その加重類型である致傷も成立しません。
ケガの有無だけを見て結論が出る構造にはなっていない、ということです。もっとも、これは「ケガがなければ何も問題にならない」という意味ではありません。土台の177条そのものが5年以上の有期拘禁刑という重い罪であり、致傷が付かなくても事案の重さが変わるわけではない点には注意が必要です。
刑法でいう「傷害」とは何か
刑法上の「傷害」は、身体の生理的機能を害することを指すと理解されています。骨折や打撲のような分かりやすい外傷に限られません。
この点について最高裁は、昭和38年6月25日の決定で、軽微な傷であっても人の健康状態に不良の変更を加えたものである以上は傷害にあたり、181条の傷害を204条(傷害罪)の傷害と別に解すべき理由はない、という趣旨を示しています。致傷の「傷害」だけを特別に厳しく限定する扱いはされていない、ということです。
ごく軽微なものについては、判断が分かれてきた
一方で、下級審の裁判例には、本人も気づかないまま数日で自然に治った程度の擦り傷などについて、日常生活で見過ごされる程度の損傷にとどまるとして、致傷の成立を認めなかったものがあります。
ただしこれは、軽ければ致傷にならない、という一般則ではありません。逆に、数日で治る程度の傷や、皮下の内出血にとどまる事案で致傷が認められた裁判例も数多くあります。どちらに転ぶかは記録の内容次第であり、自分の見立てで結論を決められる領域ではありません。
外傷以外も「傷害」になり得る
目に見える傷だけが対象ではない点も押さえておく必要があります。
最高裁は平成24年7月24日の決定で、監禁の事案について、一時的な精神的苦痛やストレスにとどまらず、診断基準に照らして特徴的な精神症状が継続して現れているといえる場合には、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の発症も刑法にいう傷害にあたる、との判断を示しました。性犯罪の事案でも、急性ストレス反応やパニック障害を傷害と認めた高裁の裁判例があります。
性感染症の感染が問題になり得ることも含め、傷害の範囲は、外から見て分かるケガより広いと考えておくのが実際に即しています。
診断書には何が書かれているのか
ここからが本題です。診断書は決まった様式のある書面ではありませんが、警察に提出されるものには、おおむね次のような欄があります。
| 記載欄 | 書かれていること | 読むときに意識したいこと |
|---|---|---|
| 傷病名 | 医師が付けた診断の名称 | 症状の重さそのものを表す言葉ではない |
| 部位 | 所見が確認された身体の場所 | 説明されている経緯とかみ合っているか |
| 初診日 | 実際に受診した日 | 受傷したとされる日との間隔 |
| 全治・加療の見込み | 診察した時点での見通し | 実際に治癒までかかった期間とは別のもの |
| 受傷の原因 | いつ、どのようにして負ったか | 本人の説明をもとに記載されるのが通常 |
| 作成日 | 診断書が書かれた日 | 受診日と離れている場合がある |
「全治2週間」は結論ではなく見込み
「全治○週間」という表現は強い印象を与えますが、これは診察した時点で医師が立てた見通しです。実際にその期間で治ったのか、逆にもっとかかったのかは、その後の経過を示す資料を見なければ分かりません。
また、全治期間は損害額を自動的に決める数字でもありません。休業損害を請求されている場合、診断書に書かれた期間と、実際に休んだ期間、そして休む必要があった期間は、それぞれ別に検討される事柄です。
「受傷の原因」の欄が意味すること
診断書の受傷原因や受傷日は、受診した本人の説明をもとに医師が記載するのが通常です。医師が現場に居合わせて確認したものではありません。
これは診断書の信用性を否定する話ではなく、書面の性質の問題です。診断書は「診察した時点で、医師がどのような所見を確認したか」を示す書面であって、「誰が、どのような経緯でそれを生じさせたか」まで証明する書面ではありません。この二つを分けて考えられるかどうかが、実務では重要になります。
他覚的な所見と、本人の訴えは性質が違う
診断書には、医師が診察や検査で確認できた所見(他覚的所見)と、本人が訴えている症状(自覚症状)の両方が書かれることがあります。痛みやしびれのように、外から確認しにくいものもあります。
どちらも診断の材料である点に変わりはありませんが、後に争いになったときに検討される深さは同じではありません。診断書を渡された場合は、どの記載がどちらにあたるのかを意識して読むことになります。
診断書を示して金銭を請求されたとき
店やキャストから診断書を見せられ、その場で金額を告げられることがあります。ここで押さえておきたいのは、次の点です。
- 請求されている金額と、法的に支払う義務がある金額は、当然には一致しない
- 治療費、通院交通費、休業損害、慰謝料は性質の違う費目であり、まとめて一つの金額として提示されているなら内訳の確認が必要になる
- 店に対して支払う「罰金」と呼ばれるものは、店との間の違約金の俗称であって、本人に対する賠償とは別のものである
- 金銭を支払ったことによって、刑事の手続がどうなるかが自動的に決まるわけではない
金額の相場や示談の進め方については、それ自体が一つの大きなテーマになるため、別のコラムで扱っています。
避けたほうがよい対応
診断書を示された直後に取りがちで、あとから状況を悪くしやすい対応を挙げます。
- 診断書を発行した医療機関に、自分から問い合わせる
- 相手本人に直接連絡し、記載内容について問いただす
- 内容を確認しないまま、その場で現金を渡す、あるいは書面に署名する
- 「この程度でケガとはいえない」と自分で判断して、全面的に否定する姿勢を取る
- 逆に、記載内容を確認しないまま、言われたことをすべてそのとおりだと認めてしまう
- やり取りの記録や、店の予約履歴・オプションの申込内容を消してしまう
1と2は、相手方への接触として不利に評価されるおそれがあります。3から5は、いずれも事実関係を確認する前に結論を出してしまう点で共通しています。6は、後で自分の説明を裏づける材料まで失うことになりかねません。
相談前に整理しておくこと
弁護士に相談する際、手元にそろっていると話が早く進むものを挙げます。
- 診断書を見せられたのであれば、いつ、誰から、どのような形で示されたか
- 記載内容のうち、覚えている範囲(写真を撮ることを求められて断られた場合も、その事実自体が情報になります)
- 当日の時系列(入店・退店の時刻、支払い、やり取りの流れ)
- 店やキャストとのメッセージ、通話履歴、予約時の記録
- 請求されている金額と、その内訳の説明があったかどうか
記憶があいまいな部分は、埋めずにあいまいなまま伝えてください。つじつまを合わせた説明は、後から食い違いが生じたときに、かえって全体の信用性を損なうことになります。
情報を読むときに注意したい点
この分野の解説には、次のような不正確な記載が残っていることがあります。
- 刑罰の名称が「懲役」のままになっている記事があります。2025年6月1日から拘禁刑に一本化されており、181条2項も現在は拘禁刑と定められています
- 条文番号の誤記が見られます。実際に、181条2項を「188条2項」と記載している法律事務所のページが確認できます
- 示談金の相場としてレンジが示されている場合、その数字がどの範囲の事案を集めたものかまでは書かれていないことが多く、自分の事案に当てはまるとは限りません
まとめ
- 「ケガをさせた」という主張には、民事の請求、傷害罪、181条2項の致傷という別々の話が混ざっている
- 不同意性交等致傷は、前提となる不同意性交等罪が成立していることを土台とする加重類型である
- 刑法上の「傷害」は生理的機能を害することを指し、致傷の傷害を傷害罪の傷害と別に解すべき理由はないとされている
- ごく軽微な損傷について致傷を認めなかった裁判例はあるが、軽ければ致傷にならないという一般則ではない
- PTSDなど精神的な機能の障害も傷害にあたり得る
- 診断書は「診察時点の所見」を示す書面であり、経緯や原因まで確定させる書面ではない
- 「全治○週間」は見込みであって、実際の治癒期間や損害額を決める数字ではない
- 医療機関や相手本人への直接の問い合わせは、避けたほうがよい
早く相談したからといって、良い結果が約束されるわけではありません。それでも、診断書に何が書かれ、何が書かれていないのかを整理しないまま金額や説明を受け入れてしまうと、後から立て直すことが難しくなります。まずは、手元にある情報を並べるところから始めてください。


