デリヘル嬢から誘われた本番でも罪になる?「同意していた」が通用しない理由
「本番行為が確認された場合、100万円を申し受けます」。風俗店の利用規約や店内の掲示に、こうした一文が置かれていることがあります。後日その金額を請求されて調べてみると、「これは民法420条の損害賠償額の予定だから支払義務がある」と書いたページと、「店が勝手に決めたものだから支払う必要はない」と書いたページの両方が出てきて、かえって分からなくなる。そんな状態でたどり着いた方に向けて、民法420条という条文が実際には何を決めていて、何を決めていないのかを整理します。
この記事の前提
はじめに、扱う範囲をはっきりさせておきます。
- 対象は、成人同士のやり取りで、風俗店から金銭を請求されている側(客側)の視点です。
- すでに逮捕・勾留されている場合や、警察から呼び出しを受けている場合は、記事を読むより先に個別に相談したほうがよい場面です。
- 店のルールに反する行為をすすめる趣旨の記事ではありません。
- 金額そのものの妥当性、誓約書の条項ごとの読み方、請求書面の名目の突き合わせについては、それぞれ別の記事で扱っています。
なお、この記事に出てくる「罰金」という言葉について一点だけ触れておきます。罰金は刑罰の名称で、私人である店が科せるものではありません。この点は別の記事で扱っているので、ここでは「店が請求している金銭」という意味で読み進めてください。
民法420条は何を定めた条文か
まず条文を見ます。民法420条は三つの項からなり、内容は次のとおりです。
- 当事者は、債務の不履行について損害賠償の額を予定することができる(1項)。
- 賠償額の予定は、履行の請求又は解除権の行使を妨げない(2項)。
- 違約金は、賠償額の予定と推定する(3項)。
「損害賠償額の予定」とは、契約違反があったときに支払う賠償の金額を、あらかじめ決めておく合意のことです。売買契約や賃貸借契約、インターネットサービスの利用規約でも広く使われている、ごく一般的な仕組みです。風俗店の規約に「違反した場合は◯◯円」と書かれている条項も、形の上ではこの型に当てはまります。ですから、風俗店の規約だからという理由だけで、この仕組みが使えなくなるわけではありません。
この条文の効果は「金額を証明しなくてよくなる」こと
ここが最初の分かれ道です。損害賠償を請求する側は、本来なら「どんな損害が、いくら生じたか」を示さなければなりません。売上がどれだけ減ったのか、その減少はこの出来事によるものか。これを示すのは簡単ではありません。賠償額の予定は、この立証の手間をあらかじめ省いておくための合意です。
古い判例も、請求する側は債務不履行があったことを主張・立証すれば、損害の発生や金額を立証しなくても予定した額を請求できる、という考え方を示しています。裏返すと、420条が省いてくれるのは「損害の発生と金額」の証明であって、「違反があったこと」の証明までは省いてくれないということです。債務不履行が成立しなければ、予定された額を支払う理由もありません。
「420条があるのだから支払義務がある」という説明は、この点を飛ばしています。420条は支払義務を発生させる条文ではなく、支払義務があるとされた場合に金額をどう決めるかについての条文です。
「違約金」と書いてあれば賠償額の予定と推定される
3項は、違約金は賠償額の予定と推定する、と定めています。違約金には二つの性格があり得ます。一つは損害賠償の代わりとして支払うもの(賠償額の予定)、もう一つは制裁として支払わせるもので、実際に生じた損害の賠償は別途請求できるという建て付けのもの(違約罰と呼ばれます)です。
3項があるため、書面に「違約金」とだけ書かれている場合は、まず賠償額の予定のほうだと扱われます。「これは制裁なので、この金額とは別に実際の損害も払ってもらう」と主張したい側は、その推定を覆す説明をする必要があります。この推定は、請求を受けている側にとって不利にばかり働くものではありません。
お金以外のものを約束させる条項(421条)
民法421条は、金銭でないものを損害の賠償に充てると予定した場合にも420条を準用する、と定めています。違反したときに一定の物を差し入れる、特定の対応をする、といった条項も、賠償額の予定と同じ枠組みで評価されうるということです。「お金の話ではないから規約の中の約束にすぎない」とは言い切れない一方で、金額の場合と同じように効力の限界も及びます。
「規約でも有効か」は三つの問いに分かれる
「有効か無効か」と一言で聞かれることが多いのですが、実際の検討は次の三段階に分かれます。どの段階でつまずいても、書いてある金額がそのまま通ることにはなりません。
| 検討の段階 | 問われること | 主に関係する条文 | 結論の形 |
|---|---|---|---|
| 問い1 合意 | そもそもその条項が契約の内容になっているか | 民法548条の2、548条の3 | 合意になっていない/なっている |
| 問い2 効力 | 条項としての効力が制限されないか | 民法90条、548条の2第2項、消費者契約法9条・10条 | 全部無効/一部無効/制限なし |
| 問い3 あてはめ | その場面に条項が当てはまるか | 民法420条1項、415条、709条 | 当てはまらない/当てはまる |
問い1 そもそも合意になっているか
掲示があること=合意があること、ではない
賠償額の予定は「当事者は……予定することができる」と書かれているとおり、当事者の合意が出発点です。店が一方的に決めた金額が、決めただけで相手を拘束するわけではありません。
この点は実際にいちばん争いになりやすいところです。店内の壁に貼り紙があった、入口に掲示されていた、ウェブサイトの規約ページに書いてあった。こうした事情は合意があったことをうかがわせる材料ではありますが、それだけで合意が成立したと決まるものでもありません。書面に署名した場合と、掲示を見ていたかどうかも分からない場合とでは、検討の重さが変わります。
ウェブ上には、掲示があった事例について「店はあらかじめ予告しているのだから賠償額の予定にあたり、支払わなければならない」と結論づけている解説もあります。しかし、予告と合意は別のことです。合意といえるかどうかを飛ばして金額の話に進むことはできません。
読んでいなくても合意とみなされる場合がある
もっとも、「読んでいないから関係ない」で終わるわけでもありません。民法には定型約款という仕組みがあり、一定の要件を満たす取引では、個別の条項を読んでいなくても合意したものとみなされることがあります(548条の2第1項)。他方で、相手方の権利を制限し又は義務を加重する条項のうち、信義則に反して相手方の利益を一方的に害するものは、合意しなかったものとみなされます(同2項)。契約前に約款の内容の開示を正当な理由なく拒んだ場合の定めもあります(548条の3)。
風俗店の利用ルールがこの定型約款に当たるかどうかは、取引の実態によって判断が分かれ得るところです。いずれにしても、「読んでいない」も「掲示していた」も、それ単独では結論になりません。
問い2 条項としての効力が制限されないか
「裁判所は増減できない」という条文は、いまはない
かつての民法420条1項には後段があり、「この場合において、裁判所は、その額を増減することができない」と書かれていました。この一文は、2020年4月1日に施行された改正で削除されています。実際の裁判では公序良俗による制約が認められていて、条文と運用がずれていたためと説明されています。
注意したいのは、削除されたからといって「裁判所が自由に減額できるようになった」わけではない点です。合意した金額に当事者が拘束されるのが原則であることは変わりません。公序良俗(民法90条)などによって効力が争われる余地があることが、条文の上でも見えるようになった、という位置づけです。
なお、2020年4月1日より前にされた賠償額の予定の合意については、改正前の民法によることとされています(改正法の附則)。かなり前に交わした書面が問題になっている場合には、適用される条文が違うことがあります。
無効になるとしても「超える部分だけ」ということがある
効力が制限される場合でも、条項が丸ごと消えるとは限りません。たとえば消費者契約法9条1項1号は、「当該超える部分」を無効とする書き方をしています。公序良俗を理由とする場合も、行き過ぎといえる限度で一部が無効とされる、という整理がされることがあります。
つまり、「無効だから一円も払わなくてよい」と「有効だから満額を払う」の二択ではなく、その中間の結論があり得るということです。二択で説明している記事は、結論がどちらに振れていても実際の場面には合いにくくなります。
キャンセル料と、違反したときの違約金は土俵が違う
消費者契約法9条1項1号は、契約の解除に伴う損害賠償の額の予定や違約金について、同種の契約の解除に伴って事業者に生ずべき平均的な損害の額を超える部分を無効とする、という規定です。予約のキャンセル料はここが土俵になります。
一方、「本番行為をしたら◯◯円」のように、契約を解除するかどうかとは関係のない違反行為に対して定額を定める条項は、この規定にそのまま当てはまるとは限りません。当てはまらない場合は、民法90条や548条の2第2項、消費者契約法10条(消費者の権利を制限し又は義務を加重する条項で、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するもの)といった別の入口で検討することになります。同じ「高すぎる」という主張でも、使う条文が変わると、示すべき材料も変わります。
あわせて、支払が遅れたことに対して加算される金銭については、消費者契約法9条1項2号が年14.6パーセントを超える部分を無効としています。
これらの規定はいずれも民事のルールです。条件に当てはまれば自動的に請求が消えるというより、当事者がその主張をしたうえで、最終的には個別の事案に即して判断される、という性質のものです。
問い3 その場面に当てはまるか
「違反があったこと」を示すのは請求する側
先に触れたとおり、420条が省いてくれるのは金額の証明です。どの行為があったのか、それが条項に書かれた違反に当たるのかは、請求する側が示すことになります。
条項の文言の解釈も、ここで問題になります。「わいせつ行為」「迷惑行為」といった幅のある言葉が使われている場合、その場面がそこに含まれるのかは、当然に決まるものではありません。
規約の予定額で決まるのは、店との間の話
420条1項は「債務の不履行について」と書かれています。店の規約は、店と客の間の契約についての取り決めです。
これに対し、キャストの方個人が受けたとされる損害(慰謝料など)は、契約違反ではなく不法行為として問題になり、その請求は本来その方本人のものです。店の規約に金額が書いてあることが、そのまま本人との関係を清算したことにはなりません。店に予定額を支払ったのだから本人との話も終わっている、と考えるのも早計です。
予定額は「上限」としても働く
あまり知られていませんが、賠償額の予定には請求する側を縛る面もあります。実際の損害が予定額を上回ったことを証明できたとしても、原則として予定額を超えて請求することはできない、と解されています。争いを避けるために金額を先に決めた以上、両方向に効くという考え方です。
この点は、請求書面を読むときの手がかりになります。規約の違約金を根拠にしながら、同じ出来事について慰謝料、休業補償、迷惑料と名目を重ねて金額を積み上げている請求は、「あらかじめ金額を予定していた」という建て付けと整合するのかを確認する余地があります。3項の推定もここで効いてきます。実際の損害とは別枠だと主張するなら、その条項が違約罰であることを説明する必要があるのは、請求する側だからです。
有効だとしても、金額がその場で確定するわけではない
最後に、実際の場面で見落とされやすい点をまとめます。
- 条項が有効だとしても、支払うべき額は、当事者の合意か、争いになれば裁判所の判断によって確定します。店が計算した金額がそのまま確定額になるわけではありません。
- その場で現金を渡す、念書に署名するといった対応をすると、規約とは別に「合意した」という新しい根拠が積み上がることになります。
- 一部だけ支払う、分割の申し入れをするといった行動が、債務を認めたものと評価されることがあります。
- 反対に、根拠がないと考えて連絡をすべて放置すると、裁判手続に移行したときの負担が大きくなることがあります。無視することと、窓口を絞ったうえで対応することは別です。
相談する前に整理しておくと役に立つこと
- 規約や誓約書の現物(署名した書面、掲示の写真、サイトの規約ページなど)。手元にない場合は、見た記憶があるかどうかだけでも書き出しておきます。
- その条項をいつ、どのような形で示されたか(入店時か事後か、署名を求められたか、口頭だけか)。
- 請求書面の名目と内訳。金額だけでなく、何を根拠に、誰が請求しているかを控えます。
- やり取りの記録。連絡の日時、メッセージ、支払の有無と方法。すでに一部でも支払っている場合は、その事実も含めて整理します。
- 自分の記憶であいまいな部分。あいまいなところは、あいまいなまま書き留めておくほうが後で役に立ちます。
まとめ
- 民法420条は、契約違反があったときの賠償額をあらかじめ決めておける、という一般的な仕組みを定めた条文です。風俗店の規約だからという理由だけで、この仕組みが使えなくなるわけではありません。
- この条文の効果は、損害の発生と金額の証明を省けるという点にあります。違反があったこと自体は、請求する側が示すことになります。
- 「違約金」と書かれていれば賠償額の予定と推定されます。実際の損害とは別枠の制裁だと主張する側が、その推定を覆す説明をすることになります。
- 検討は、合意になっているか、条項としての効力が制限されないか、その場面に当てはまるか、の三段階に分かれます。掲示があったことは、合意があったことと同じではありません。
- 「裁判所は増減できない」という条文は削除されていますが、合意に拘束されるのが原則である点は変わりません。2020年4月1日より前の合意には改正前の条文が適用されます。
- 無効といっても、超える部分だけが無効となる形があります。全部か無かの二択ではありません。
- 予定額は、請求する側にとっての上限としても働き得ます。同じ出来事について名目を重ねた請求は、その建て付けと合っているかを確認する余地があります。
最後に一点だけ付け加えます。ここで整理したのは考え方の枠組みであって、結論そのものではありません。同じ「100万円」という条項でも、どのように示されたか、何があったか、誰が請求しているかによって評価は変わります。また、早めに動いたからといって良い結果が約束されるものでもありません。それでも、書面と経緯が手元に残っているうちに整理しておくことは、どの方向に進むにしても選択肢を減らさずに済む方法です。


