マナーうんちく話402≪喪中葉書を出す時・頂かれた時のマナー≫
●儚い命の代名詞「蛍」
6月10日から15日頃は芒種・次候の「腐草蛍と為る(ふそうほたるとなる)」で、蛍が飛び交う頃です。
先人は草が腐敗して、そこから蛍が生まれると信じたそうですが、蛍はきれいな水辺を好むので、今では環境の指標になっていますね。
ちなみに「朽草(くちくさ)」とは蛍の異名です。
ところで蛍は一生のうちほとんどを幼虫の姿で、水中で過ごし、成虫になると水しか接種できなくなり、わずか一週間しか生きられません。
「蛍二十日蝉七日」という言葉があります。
蛍も蝉も夏の虫で、蛍は美しい光を放って、蝉は鳴いてその存在を示しますが、いずれも寿命が非常に短いので、物事の栄が短いという意味で使用されます。
昔の人は、露や蝉や蛍に儚さを感じていたようですが、現在は「人生百年時代」です。
短い時間だけど、美しい光を放ちながら、けなげに生きている。
そんな蛍の生きる姿勢を学びたいものです。
●世界屈指の長寿国になった日本
蛍も蝉も千年以上前から詩や短歌に登場しますが、蝉も蛍の寿命は、今も昔も、ほとんど変わっていないようです。
しかし人の命はここ100年で急激に伸びました。
特に日本人の平均寿命と健康寿命は著しい伸びを見せています。
また昨年の敬老の日に発表された、100歳以上生きている人の数は99763人です。
人類永遠のテーマである長寿を世界に先駆け達成したわけで、「素晴らしい」の一言に尽きます。
●少子多死社会の到来
ただ手放しで喜ぶわけにも参りません。
長寿国ということは裏を返せば高齢者が多いわけで、今の日本は「超」がつくくらい少子化と高齢化が進行している国です。
最近の出生数は約68万人、死亡数は約160万人で、亡くなる人が圧倒的に多い「少子多死社会」です。
婚礼件数も以前に比べれば大幅に減っており、今の日本では結婚式より葬式が多いということです。
ちなみに現在、葬儀社が関与する形式的な葬儀の件数は約50万件だそうです。
平均寿命の増大や地域等における人間関係の希薄化等で、葬儀の規模は縮小傾向にあり、「家族葬」が全体の5割、「一般層」が3割という数字も出ています。
●冠婚葬祭における葬儀の位置づけ
「冠婚葬祭」という言葉は江戸時代初期に確立されたといわれていますが、冠婚葬祭という流れが、人生の流れそのものを表しています。
人が生まれて成長し大人になって(冠)、やがて結婚して家族を持ち(婚)、人生の終わりを迎えます(葬)。
その後は供養や季節ごとの神事が執り行われる(祭)ということです。
ちなみに「祭」は人生のどの時期にも繰り返し行われるので、冠婚葬祭の最後は「葬」になります。
そして冠婚葬祭における「葬」の位置づけは、人生の終わりに際して、故人を弔い、その死を社会的に公認する、きわめて厳粛な行事です。
さらに故人の遺族・親族・友人知人などが、別れを告げる通過儀礼としての位置づけもあります。
また宗教的には故人の冥福を祈る儀式であり、社会的には遺族を支える儀式でもあるといえます。
ただ、「葬式仏教」といわれるように、仏教=葬式ではないはずです。
仏教のことを正しく理解したうえで、葬式を行うことが大切ではないでしょうか。
コロナの影響も大きいのですが、今直葬や家族葬等が増え、冠婚葬祭における「葬」の位置づけが大きく変化しています。
家族や親族や地域社会における絆が希薄する理由がわかるような気がしますが、本当にこれでいいのでしょうか。
●通夜と告別式。どちらを優先する?
葬儀は一般的には「通夜」から始まって、その翌日に行う葬儀式、告別式、出棺、火葬の流れになります。
ただ最近は多様化しており、どのような形式になるかは、故人や家族の心情や希望により大きく異なるのが現状でしょう。
〇通夜⇒故人の霊を、夜を徹して見守る儀式でしたが、最近は夕方から1時間から数時間で終える「半通夜」が一般的になっているようです。
通夜の服装にも変化が表れており、ほとんどの参列者が喪服着用になっています。
ちなみに通夜は、世界のほとんどの民族が行いますが、葬式の前夜祭ではありません。
今のように医学も科学も発達していなかった時代には、「死」の判定が非常にあいまいで、難しかったわけです。
無理もありません。
だから死体を見張る必要があり、確認ができるまで見守ったわけで、これが本来の通夜ということになります。
通夜は故人の霊を見守る儀式と位置付けたのは、現代人の合理化された発想だと思います。
〇葬儀⇒家族や近親者が故人の成仏を祈る儀式であり、通夜の翌日に執り行われるケースが一般的です。
〇告別式⇒葬儀で成仏した個人に対し、友人・知人など生前に個人と関りがあった人が、葬儀の後に別れを行う儀式だとされています。
つまり結婚式にたとえれば挙式と披露宴のような関係で、挙式は一種の通過儀礼で、披露宴は宴会ととらえることができると思います。
従って大事にしたいのは葬儀で、告別式は無理に、しなければならないものではないと考えます。
しかし、長年交流があった故人に対し、別れを惜しむ気持ちはみんなあります。
その気持ちを無視するわけにはいかないので、葬儀の後の告別式は大きな意味を持つのではないでしょうか。
では知人が亡くなって、都合であまり時間が取れない場合、通夜と葬儀、いずれかを選ぶとしたらどちらを優先しますか。
それぞれの意味をしっかり理解したうえで、決めていただきたいものです。
通夜と葬儀は同じではなく、その意味から判断すると葬儀に参列する方がいいと考えます。
現在の一般葬の場合、参列者が一昔前に比べると非常に減っているので、なおさらです。
葬儀が終わっていよいよ出棺となった時に、火葬場に向かう霊柩車を見送る人が多いほど、故人も遺族も喜ぶと思います。
誰だってより多くの人に見送ってほしいものですよね。
江戸時代に幕府の宗教政策が出されるまでは葬儀を行う人はごく一部の特権階級のみでしたが、キリシタン討伐のためすべての人が寺の檀家になり、その檀家の人がなくなれば、葬儀はその寺が受けもつようになり、庶民でも、質素ながら葬儀を執り行うようになります。
そして明治になると、有力者や富豪の葬儀において、派手な「葬列」を組むようになったいきさつがあります。
だから最後のお見送りは人数が多いほど故人や遺族から喜ばれると思います。
ちなみに弔辞におけるマナーの基本は、喪主や遺族へ対して思いやりの気持ちを発揮することです。
死は大変繊細な問題であるだけに、余計に細かな配慮が大事ということです。
あくまで喪主や遺族の気持ちを察することが大切だと心得てください。


