マナーうんちく話516≪袖触れ合うも多生の縁≫
花冷えも落ち着き温かさが戻ってきましたが、暦の上では冬を東南アジアで過ごした燕が海を渡ってやってくる頃です。
燕が巣を作ると「その家には幸せが訪れる」という言い伝えが昔からありますが、毎年のことながら、我が家の昨年の巣にも燕が再び戻ってくれました。
夫婦で仲良く子育てをしている微笑ましい光景を今年もぜひ見守っていきたいと思います。
春にやってくる鳥もいれば、逆に北に帰っていく渡り鳥もいます。
「雁」です。
動物の雄と雌のペアを「つがい」といいますが、雁はいったん夫婦になると一夫一婦を貫き、生涯離れることはなく、加えて家族や群れとの絆も強く、大変夫婦仲がいい鳥だといわれています。
人の世界でも絆を大切にしたいものですね。
ところで春はなにかと目出たいことが多い季節ですが、結婚式などに出席して帰り際に「引き出物」を頂く機会は多いのではないでしょうか。
日本には昔から、主催者が宴席に招いたお客様に物品を贈るしきたりが存在していたようです。
ただ慶事以外にも法事などの冠婚葬祭全般で配られるものもあり、広範囲に及ぶ場合もあります。
ちなみに弔事のお礼の品は「会葬返礼品」「香典返し」などがあります。
引き出物がスタートした平安貴族の間での引き出物は大変豪華であったようです。
引き出物の名の由来にもなっていますが、庭に馬を引き出して贈ったという記録が残っています。
特権階級の人は何か目出度いことがあれば宴席を開き、参列者に豪華な手土産を渡し、絆を深めていたのでしょう。
今では馬代の代わりにタクシーチケットなどが用意されますが、当時馬は大変実益的な贈り物だったことでしょう。
馬のみならず衣服や犬などもあったようですが、武士の時代になると、弓矢や刀などの武具も加味され、さらに鯉や鮑やお茶などと広範囲になり、江戸時代になって鰹節や鯛などが重宝されるようになったそうです。
鰹節は日持ちもよく、鯛はめでたいものの代表格なので現在でも人気がありますね。
引き出物は参列者が土産品として持ち帰りますが、宴に参加できなかった人にも「慶事」をお裾分けするという意味でも配ります。
つまり引き出物とは「幸せのお裾分け」と「感謝の気持ち」を込めての贈り物と捉えたらいいでしょう。
また「引き出物」の「引く」には「長く続く」「長引く」という意味もあり、縁起がいい贈り物とされています。
以前は「切れる」「分かれる」「去る」というイメージを連想するものはタブーとされていましたが、マナーには不易流行的側面があります。
地域性、相手の価値観、好みなどに応じたらいいでしょう。
この様に引き出物を通じて日本人は絆を大切にしたわけですが、その根底には「共食」を通じ強められた絆を、さらに長く保とうとした、先人の人づきあいの知恵だと思います。
いかにも日本人らしい心遣いです。
虚礼廃止もいいですが、昔から伝わっているしきたりにはそれなりの理由があるわけです。
引き出物を虚礼にしてしまうか、絆づくりにするかは贈る人の心掛け次第ではないでしょうか。